2010年2月、SPK一同はまだ日本にいた。各種後始末のためである。
「こんなところに長居は無用です。明後日には帰国しましょう」
自室での会議でニアはそう言い切り、部下を見回す。
「明日中に各自全ての残務を済ませてください。で、ジェバンニ」
ニアは漆黒の瞳で最も年若い部下を見つめる。
「明日私は富士急ハイランドに行き、実寸大ガンダムの視察を
しますので、同行願います」
「私がですか?」
ニアの世話はレスター指揮官の担当という不文律が・・・と言いたげに、
ジェバンニは視線を泳がせる。
「本来ならレスター指揮官に頼むところですが、現地でガンダムの採寸を
してもらうという計画ですので、あなたを指名しました。後で設計・
制作もしてもらわないといけませんし。現物を見た方がいいでしょう」
「私がガンダムを作るのですか!?」
「そうです。ではこれにて今日の会議は終了。解散」
打ちひしがれるジェバンニに声をかける事もできず、リドナーは
レスターとともに部屋を辞する。
「ニア・・・本気なのでしょうか?」
「冗談だろう。いくらジェバンニが有能とはいえ、ロボット工学に
までその能力が及んでいるとは思えん。その道のプロに頼んだ方が早い」
ニアが冗談なんて言うかしら?――ハルは疑念を打ち消す事ができない。
「ところでリドナー、残務は?」
「ありません。予備日として明日は待機いたします」
「日本観光でもしてきたらどうだ?」
いきなり本心を突かれた気がして、リドナーはその切れ長な瞳をかすかに見開いた。
リドナーは無類の風呂好きである。
そして高田の護衛についていた当時、同僚である大山に、箱根の某旅館の
素晴らしいもてなしについて、熱く語られていたのだった。
『昼食と個室付きで数時間休めるという、露天風呂満喫コースがあるのよ』
『アイドルタイムの客室を短時間で貸し出すのね?無駄がない事』
『そう。だから高級旅館なのに利用料は格安だし・・・それに』
大山はガタイに似合わぬつぶらな瞳をカッと見開いた。
『あの宿には、私の体格にも合う女物の浴衣が用意してある・・・!』
柔道の猛者である彼女は、普通の旅館の浴衣ではサイズが合わず、男性用の
素っ気ない浴衣しか着用できないのだと嘆いた。
『高田様が多忙を極めている今、私も休暇が取れずなかなか再訪する事は
できないけど、またいつか行くわ!絶対!』
『そう、楽しそうね。宿のアドレスを教えてもらえる?』
その場では本気で日帰り温泉に行く気などなかったが、同僚とうち解け合う
ための手段として、一応連絡先を控えておいた。
それが今、役に立つ時が来た!と密かに拳を握りしめていたのだった。
「指揮官がそうおっしゃるのなら、そうさせていただこうかと・・・」
「私も明日こっそりと、温泉に行こうなどと思っている。内緒だぞ」
キラ事件終焉で、レスターも気持ちが安らいでいるのだろうか。くだけた様子である。
「まあ、どちらに?」
「箱根だ。都内からそう離れるわけにはいかないからな」
「あの・・・箱根でいい露天風呂を知っています」
一人で個室貸し切りで豪華昼食、というのも侘びしい。豪華なだけに。
上司とはいえ、レスターは決して疎ましい存在ではない。
リドナーが同行を頼むと、レスターは快諾してくれた。
「では明朝早くに出発だ。手配を頼む」
「了解しました」
わーいわーい温泉だー。早く浴衣着てみたい!――などという浮かれ気分は
微塵も見せず、リドナーは自室に帰った。
昼前に目的の宿につき、二人はそれぞれ浴衣を選ぶ。
大山の言う通り、女性Lサイズの浴衣も種類が豊富である。
選びあぐねるリドナーの隣で、レスターはとっとと渋い縞模様の浴衣を
選び、男湯の暖簾をくぐっていった。
結局リドナーは艶やかな紅色の浴衣を選び、女湯へ。
他に客はなく、貸し切り状態の露天風呂を心ゆくまで楽しんだ後、
リドナーは予約していた部屋へ向かう。
すでに座卓の上に前菜が並び、レスターはあぐらをかいて待っていた。
「お待たせしました」
「女性は支度に時間がかかるものだから。髪を結ったのか」
「ええ、係の女性がやってくれました」
浴衣を用意してくれた係員の心遣いで着付けもしてもらい、
サービスで簪まで用意してもらえた。いたせりつくせりだ。
白くきめ細かいうなじを晒し、リドナーは座布団に正座する。
まさかレスターのようにあぐらをかくわけにはいかない。
日本酒を差しつ差されつお酌しあいながら味わい、和食に箸を付ける。
「この小さなお餅、色が華やかでかわいいですね」
「これは生麩だ。小麦粉のグルテンから作られている。もちもちして旨い」
博識なレスターと和食トーク・日本文化トークが弾む。
捜査中は必要以上の会話をする余地などなかった。
しかしひとたび仕事を離れると、レスターは大人の余裕を持つ熟年男性である。
「せっかくの雪見障子だ。開けないのはもったいないと思わないか?」
「雪見障子?」
「この障子は、下半分が開く――ほら」
レスターが窓辺に寄り、障子の下端に手をかける。すうっと下半分が上に
スライドし、ガラス窓から庭が見えた。
「あら、雪・・・」
「露天風呂から見えた空模様からして、そろそろかと思っていた」
窓の外には縁側があり、その向こうには雪景色の日本庭園。
もっと近くで眺めたくなり、リドナーはそっと立ち上がり、窓辺に寄ろうとした。
「うっ、ああっ!!!!!」
両脚の感覚がない。一歩踏み出すなりビリビリと痺れ、リドナーは派手に転倒した。
「大丈夫かっ!」
駈け寄るレスターに状況を伝える事ができないほど、リドナーは悶絶していた。
「まさか死神・・・!心臓麻痺か!」
レスターはリドナーを仰向けに転がし、畳の上で心臓マッサージを試みる。
違うんです!心臓も死神も関係ないです!脚が・・・!
慣れない正座をすると脚が痺れるなどという事を、リドナーは知らずにいた。
座った瞬間に少々苦しいな、という気はしたが、それがジャパニーズスタイル、
禅の心、と忍耐強い日本人の礼儀作法に則って無理をした。
レスターの分厚い掌が、情け容赦なく胸の中心部を押す。
指が乳房の際に食い込んでいるが、そんな事に気を留める気配すらなく、
彼は必死に部下の命を救おうとしていた。
「あっ、あの、脚・・・」
「・・・脚?ああ、そういえば君、正座してたな。痺れたのか」
レスターは途端に相好を崩し、リドナーの豊かな胸から手を離す。
「無理しなくていいのに。こういう場合、横座りでも失礼にはあたらない」
「痺れ・・・いえ・・・い、今は攣って、ます・・・み、右」
急にガンガン胸を押され、逃れようとしてもがいたせいか、痺れに加えて
こむら返りが加わり、リドナーの美脚は無惨に痙攣していた。
「ふくらはぎか。どれ、貸してごらん」
レスターは両手でリドナーの右脚を捧げ持つようにし、爪先を掴んでぐいっと
上に向けた。
「あいたっ」
「ちょっとだけ我慢してくれ。これで収まるはずだ」
瞬く間に治療を施され、リドナーはほっと一息ついた。
最悪・・・せっかくの温泉小旅行なのに、台無しになってしまったわ。
羞恥に頬染める彼女の前で、レスターもなぜか赤面していた。
「す、すまない・・・」
リドナーの胸元は豪快な心臓マッサージのせいではだけ、裾も
こむらがえり治療のためか、しどけなく乱れてしまっていた。
そして和服着用の作法として――リドナーは下着を身につけていなかった。
酔いも手伝い、リドナーの胸の鼓動が増す。
上司に対して、こんなはしたない姿を見せてしまうなんて、とんだ失態だわ!
慌てて身を起こすが、勢いをつけすぎてしまい、レスターの胸の中に
飛び込む形になってしまった。
温かく頼もしい、男の分厚い胸板。
もたれかかって、リドナーは一瞬陶然とする。
半裸状態でしなだれかかってきたリドナーの後れ毛を、レスターはその無骨な
指先でそっと掬った。
二人の視線が絡み合う。と、その瞬間唇が重なり、熱い舌と舌も絡み合っていった。
ひくにひけない男と女。そのまま重なり合い、互いの体に耽溺していった。
白く柔らかな膨らみを、ぎゅっとレスターが掴む。
反射的に身をすくませるリドナーをあやすように、
掌に包み込むようにして、ゆるく円を描くように揉みしだく。
ゆったりとしていて、巧みな愛撫だった。
今まで男性として意識をしていなかった、いかつい上司の指先や唇を
肌に受け、温泉や日本酒で火照っていたリドナーの体が別の熱を帯びる。
ぷくっと膨らんだ乳首を、レスターの舌が這う。
「ん、んっ」
我慢しきれず、リドナーの唇から喘ぎ声が漏れた。
忙しなく転がすような真似はせず、じっくりと舐めあげ、甘噛みし、
官能を高めていく老練の舌使いである。
「は、んっ、う・・・」
リドナーの指先は、レスターの撫でつけられた髪をかき乱すように、這う。
こっちの胸にも・・・あなたの唇をちょうだい。
そう声に出しておねだりをするほど、破廉恥な女にはなれない。
恥じらうリドナーのリクエストを察したのか、レスターの指が
もう片方の乳首を捉えた。
親指の腹でゆっくりと撫で上げ、人差し指と中指の間に挟んできゅっと摘む。
「あん、だめ・・・っ」
もうちょっと、あともうちょっとだけ強く弄ってほしい。
そう懇願したくてたまらないリドナーの気持ちを弄ぶかのように、
やわやわとした指遊びが続いた。
この人・・・私の気持ちなんて、全てお見通しで焦らしを楽しんでる・・・!
日頃のラブアフェアでは、むしろ相手の反応を見る余裕のあるリドナーだったが、
不意打ちのように始まってしまった熟年男性との行為では、翻弄される
ばかりになってしまった。
でもこういうの・・・嫌いじゃない、かも。
「あっ、あふっ・・・ん」
我慢が効かなくなり、自分の手で豊かな胸を揉みしだく。
はしたない。レスターがそんな様子を見ているのはわかってはいるが、もう止められない。
胸と連動して疼いている、密やかな部分に、レスターの指が及ぶ。
クリトリスを軽くくすぐられるだけで、リドナーのしなやかな腰が跳ねた。
「あっ・・・!」
お願い、そこを弄って。速い指使いで擦って、お願い・・・。
誘うように腰を使う。しかしレスターはリドナーのうなじにそっと
唇を這わせるばかり。指先は内腿に移動し、つうっと撫でている。
「んっ・・・レスター指揮官・・・っ」
「こういう時は、役職名を省いてもらえないか」
萎えてしまう、とでも言うように彼は苦笑する。萎えるどころか、
熱い器官はリドナーの太腿に押し当てられ、強く脈打っているが。
「申し訳、ありません」
「いや、部下の体に溺れる私が悪い」
軽く溜息をつきつつ、レスターの太い指が、ぐいっとリドナーの谷間を割った。
また、不意打ち・・・!
予期せぬところで、この男は大胆な愛撫をしかけてくる。
身を屈め、リドナーの両脚を割り込むようにしながら間に巨躯を滑り込ませる。
奥深く、甘くとろけるポイントを指先でつつきながら、舌では
小粒の果実をつつく。そして吸う。
「あぁんっ!やぁっ・・・あっ」
小娘のように鳴いてしまう自分を、もうリドナー自身止めることができなかった。
太く長い指に穿たれ、とろとろに溶けた部分から透明な液が流れ出す。
せっかく借りた浴衣が汚れてしまうかもしれない、という躊躇すら
吹き飛ばすほどの官能。
帯を解き放たれ、右手首と右足首を束ねて縛られてしまった。
あられない開脚状態のまま、リドナーは嬌声をあげ続けた。
ぐちゅぐちゅと淫らがましい音を立てながら、指で犯され続け、
喘ぎでやがて喉も涸れた。
意識がぼうっとかすみはじめた頃、ぐいっと腰を持ち上げられる。
・・・来る・・・っ!
期待に息を荒げそうになるのを、着物の左袖を噛んで堪える。
ふっくらとした秘裂を割り込むようにしながら、レスターが怒張をねじ込んだ。
「いっ・・・あぁっ・・・っつ、う」
押し広げられる快感の隅に、かすかな痛み。それは新鮮な喜びでもあった。
壊れる・・・壊してくれる?
「きてっ・・・お願い・・・っ」
リドナーは自ら脚を大きく拡げ、彼を迎え入れ、呑み込んでいった。
また焦らされるのだろうか、と思いきや、最初から激しい抽送だった。
子宮の入口までズンズンと突かれ、リドナーの体は儚い人形のように揺れる。
雄の本能に突き動かされるような状態で、次第に意識が遠のいていく。
こんな激しいの、久しぶり?かも。
この1年以上、激務に集中して恋愛どころではなかった。
だからというわけではないが、リドナーは乱れた。突かれるままに喘いだ。
「あ、あっ、だめ・・・い、いくっ、はぅ、あぁっ!!」
絶頂を迎え、体をのけぞらせた瞬間。
レスターが大きな掌でぎゅっとリドナーの口元を押さえる。
「声が、大きい・・・人が来る」
でも、でもっ、こんなに気持ちよくしたのは、あなたじゃないですか!
言い返そうにも、声が出せない。
右手首の戒めを解かれた。今度は帯で猿ぐつわをされ、レスターの膝の上に座らされる。
座位だ。下から貫かれ、リドナーは再び背を反らせる。
猿ぐつわの端――帯の端を掴まれ、のけぞった姿勢のまま固定された。
背中を抱きかかえられているので、ひっくり返る事はないが、豊かな胸を
さらけ出したまま、レスターの前に突き出す形になってしまう。
いやっ・・・苦しい・・・それに、恥ずかしい。
抵抗の意を表すためにイヤイヤと首を振るが、解放してもらえない。
そればかりか、よりいっそう強く突かれ、乳首を吸われる。
この私が、こんな辱めを受けるなんて・・・翻弄されてしまうなんて。
過去にそんな目に遭わされた事はなかった。男は皆リドナーの足元に傅き、
宝石を扱うように憧憬の視線を向け、優しく接してきた。
でも、こういうの・・・やっぱり、嫌いじゃないかも・・・。
強大な存在に押し潰される。蹂躙される。
「うーっ!うっ、うぅん、うっ!!」
ぎゅうっと両脚でレスターの胴を締め上げるようにして、リドナーは絶頂を迎えた。
と同時に、体内を満たす、熱い雄のエキスを感じた。
身支度を調えた後、二人はふらりと庭園を散歩した。
特に先刻の行為について、言葉を交わす事はない。
「丹前を用意してもらって正解でしたね」
「しかし冷え込むな。そろそろ部屋に戻ろうか」
宿で借りた番傘をさして、池のほとりへ向かう。
湖面に消える雪を見つめるリドナーの腰に、レスターの逞しい腕が回された。
ぎゅっと抱き寄せられ、リドナーの傘が落ちる。
後頭部を支える大きな手に引き寄せられるまま、仰向いてキス。
・・・踵がある靴を履いて、上向いてキスするのって何年ぶりだろう?。
長身の彼女にとって、それはまた、新鮮な喜びだった。
はき慣れない靴、いや下駄の鼻緒が素足に食い込んで痛い。冷たい。
でもそれすら気にならないほど、口づけに酔いしれた。
帰り道。レスターは寄木細工の店へ寄りたいと言いだした。
ハンドルを握るリドナーは、意外な提案に目を見開く。
「ニアたちにお土産ですか?」
「いや、それはまずいだろう。息子へのお土産を買おうと思っているんだ」
――やっぱり、結婚してるのね。そりゃ、そうか。
刹那の情交で、永遠の愛まで期待したわけではない。そんなおめでたい事はない。
でも、リドナーの心の奥は微かに痛んだ。
この件は胸に秘めておく。いや速やかに忘れる心づもりをする。
「もう2年近く会っていないんだが、私に似ず、細かい細工物を喜ぶ子でね」
「ふふっ、ジェバンニみたいですね」
「いやあ、ああいう男前ではない。だが心の優しい子で、新しいパパとも仲良く
やっているようだ」
「新しいパパ・・・?」
「前妻と離婚した際、息子の親権を持っていかれた。任務にかかりきりの私は、
養育者の資格がないという事だからしょうがないが・・・帰国したら、一人息子との
久々の面会をしても、バチは当たらないだろう」
「そういう事だったのですか・・・立ち入った事を聞いて、すみません」
「構わん」
立ち入りついでに、今現在独身かどうか、聞いてみたい気もする。
しかしそれもさもしいような、無粋な気がして、リドナーは結局何も言えないままだ。
ギアを握る左手に、ふとレスターの右手が重なる。
温かい。そして、頼もしい。
「その・・・一緒に土産を選んでもらえないだろうか?」
「はい、了解しました」
「ついでと言ってはなんだが・・・いや、やっぱりいい」
常になく口ごもるレスターに、リドナーはなぜか強く言い募ってしまう。
「そこまでおっしゃったなら、スパッとどうぞ」
「いや、ついででもなんでもないので。改めて言う」
ギアと一緒にリドナーの左手を握るレスターの指に、力が籠もった。
「帰国したら、また一緒にどこか行かないか?」
「・・・あなたがエスコートしてくださるのだったら、ぜひ」
淑女らしく答えつつ、的確に、大胆にハンドルを切る。曲がりくねった道を辿る。
キラ事件は終焉を迎えた。SPKもじきに解散する。
でも何か始まりそうな予感がする――リドナーの胸はやたらと高鳴るのだった。