髪を結って胸のリボンの位置を確かめる。  
最後に鏡に映る自分にニッコリと笑いかけると向こうからも同じ笑顔が返ってきた。  
毎晩たっぷり寝てるから肌の調子もいい。  
幼い頃からお人形のようだと周囲にもてはやされていたミサだったが、  
高校に入ってからはそれが顕著になっていた。  
男子生徒は積極的にミサを誘ってくるし、  
女子もどうしたらそんなに細く可愛くなれるのか真剣に聞いてくる。  
可愛いと言ってもらえるのは嬉しい。  
人の注目を浴びるのは楽しい。  
この頃からミサはモデルになりたいと思うようになっていた。  
「ミサ、早くご飯食べなさい」  
「はーい」  
母の声に答えるとミサは軽い足取りでキッチンに向かった。  
「あれー?お父さんがこの時間にいるなんて珍しいね」  
新聞を読んでいる父にミサは目を丸くした。  
いつも父はミサが起きてくる前に出かける。  
日曜日は遅くまで寝ているので一緒に朝食を食べることはまずなかった。  
「ああ今日はゆっくりでいいんだ」  
新聞から顔を上げた父親は制服姿のミサに眉を寄せた。  
「そのスカート短すぎるだろう」  
父親が言う通りミサのスカートは膝丈よりも上で白い太腿が見えてしまっている。  
 
「今時の女子高生はみーんなこうだよ」  
「だからってそんなに脚を露出させてみっともないだろう。  
全く今の子は恥じらいがない」  
ミサは肩を竦めた。  
全く父親というものはどうしてこうも口うるさいのだろう。  
話を遮るようにしてミサは箸を取った。  
「お母さんご飯多すぎるよ。ミサ少食だって知ってるでしょ〜?」  
「だから心配して多くしたんじゃない。あなた痩せすぎよ。貧血でも起こしたらどうするの」  
今朝は父がいるせいか母まで口うるさい、とミサはうんざりした顔になった。  
「痩せてる方がいいんだって。ミサはモデルになるんだから」  
そう返してからミサはまずいと思った。  
両親はミサがモデルを目指すのを反対してるのだ。  
「何夢みたいなこと言ってるの。モデルになれる子なんて一握りなのよ。もっと現実を見なさい」  
「仮になれたとしても業界は厳しいんだぞ。悪い男に騙されたらどうする」  
早速二人のお小言が始まる。  
いつもならハイハイと聞き流すのだが朝から二人に責められてミサの苛立ちも頂点に達した。  
「あぁ、もううるさいなー!ミサの人生はミサの物なの!親のくせに娘の夢邪魔しないでよ!」  
 
そう叫ぶとミサは鞄を持って両親の制止も聞かずに家を飛び出た。  
その日ミサはムシャクシャした気持ちで一日中過ごした。  
放課後学校が終わってもまっすぐ帰る気にならず、友人を誘ってカラオケに行った。  
ソファーの上に立って声を張り上げて歌うと爽快な気分になれる。  
ぶっ通しで5曲歌った後は流石に疲れて座り込む。  
「どうしたの〜ミサ。今日なんかヤケになってない?」  
友人がアイスティーの入ったグラスを渡してくれる。  
それを飲みながらミサは両親への愚痴を話した。  
「あ〜それはウザいわ。スカートの長さなんて自由でいいじゃん」  
「そうそう!」  
「将来のことだって親って勝手なことばっか言うよね。  
目標は高く持てって言っておきながら、現実は甘くないだとかあんたは世の中ナメてるとか」  
「そうそう!」  
やっぱりこの友人は話が分かるとミサは強く同意した。  
しかし友人はストローを噛みながら  
「でもそんなふうにあれこれ言ってくれるのも親だけだよね」  
「え?」  
「他人だったらその子の服装や将来なんてどうだっていいわけじゃない。  
親だから心配してくれてるわけでしょ」  
「……」  
ミサは黙って考えた。  
 
確かに親は欝陶しくて、放っておいてほしいと思うこともある。  
でも親にしてみれば自分の子どものことは何かと心配なのだろう。  
『ミサ、人生は一度きりなんだ。後悔しないように慎重に考えなさい』  
『ミサの笑顔はみんなを元気にするの。いつも笑顔を忘れちゃダメよ』  
ミサは鞄から携帯を出した。  
門限は6時なのにもう7時になろうとしている。  
父親も帰っている時間だ。  
いつもなら6時を過ぎれば母から電話が来るのに今日はそれがないということは、  
朝のミサの態度を両親も怒っているのかもしれない。  
ミサは立ち上がった。  
「…帰ろうか」  
ミサの気持ちを汲んでくれたのか友人は何も言わず頷いてくれた。  
 
友人と別れた後ミサは走って家に向かった。  
こんなに帰りが遅くなった娘を二人とも怒っているだろう。  
きっと長い説教が待っている。  
もしかしたら夕食抜きも覚悟しなければならない。  
それでも素直に謝ろうとミサは思っていた。  
今朝口答えしたこと、連絡もなしに門限を破ったこと――。  
(それから、いつも心配掛けてごめんねって)  
ミサは家のドアを開けた。  
「ただいま!」  
 
家の中から返事はなく、しんと静まり返っている。  
しかし鍵は開いていたし電気もついているのだからいないはずはない。  
相当怒っているようだとミサは覚悟して靴を脱いだ。  
「遅くなってごめんなさい…」  
リビングのドアを開けた瞬間ミサは息を呑んだ。  
父と母が手足を縛られ猿轡をされて床に転がされている。  
ミサの顔を見ると「んー!」と声を上げた。  
「お父さん、お母さんどうしたの!?」  
ミサは真っ青になって両親に縋り付いた。  
ロープを解こうと手を掛ける。  
「んん!んー!」  
しかし両親は首を横に振って顎で外を指す。  
どうやら逃げろと言っているようだ。  
縛られている両親を見て逆上してしまったが、考えてみれば誰かが両親を襲ったわけだ。  
そしてその誰かはまだ家の中に――。  
突然肩を後ろから掴まれた。  
「ひっ!!」  
振り向くと男がニヤニヤと自分を見つめていた。  
「君、この家の娘?娘?」  
まだ二十代前半の痩せぎすの浅黒い男だ。  
ミサが声も出せずにいると男は彼女の頬に手を伸ばした。  
「高校生?可愛いな、可愛いね」  
近付いてきた男の目は常軌を逸している。  
 
恐怖に動けないでいると、父が男に体当たりした。  
男が倒れ持っていた鞄から預金通帳や母のアクセサリーが飛び出した。  
「お父さん!」  
「んん!」  
父は必死に視線でミサに逃げろと訴えてくる。  
男は立ち上がるとその父を蹴り飛ばした。  
「この芋虫が、芋虫の分際で!」  
身動きできない父を何度も何度も蹴り続ける。  
「やめてー!」  
ミサは父の体に覆い被さった。  
「お金ならあげる、警察にも言わない!だからもう出ていって!」  
「そんなの、そんなの信用できない」  
男はジャケットからナイフを取り出した。  
銀色に輝く刃にミサはひっと声を上げた。  
「全員、全員の口封じしなきゃ」  
そう言うなりミサに向かってナイフを振り下ろす。  
「きゃあーっ!」  
しかし予期した衝撃は訪れなかった。  
「……?」  
恐る恐る目を開くと母が倒れていた。  
その胸にはナイフが突き刺さっている。  
ミサをかばったのだ。  
「いやぁーっ!お母さんっ!」  
ミサは母を抱き起こした。  
母は苦しげに目を開けると、そっとミサの頭を撫でて微笑んだ。  
そしてガクリと首を垂れ、そのまま動かなくなった。  
 
「お母さん!お母さん死んじゃやだぁーっ!」  
ミサは泣きじゃくり母を揺さぶった。  
男は母の胸からナイフを抜き取ると父の首に当てた。  
「!お父さ…」  
「父親、父親を殺されたくなかったら言うことを聞け」  
ミサは慌てて何度も頷いた。  
自分が言うことを聞いて父が助かるなら何でもできる。  
「何でもする。だからお父さんを助けて…」  
「よし」  
男は父から離れてミサの前に立ちはだかった。  
ジ…とファスナーを下ろし性器を取り出すとミサの顔に突き付ける。  
「しゃぶるんだ」  
「……!!」  
グロテスクなそれに奉仕しろと強要されてミサは絶句した。  
派手な外見をしているが経験はないのだ。  
いつか素敵な男の子と出会って愛し合う――そんな幼い夢を抱いていたのに、  
まさか初めての性行為の相手が母を殺した強盗だなんて、あまりに悲惨だ。  
しかし父の命がかかっている限り拒絶は許されない。  
「…分かった。言う通りにするから…。でもお父さんの前では…。お願い、別の部屋で」  
「ダメ、ダメだ。ここでしろ。でなきゃ殺す」  
この男はミサの屈辱的な行為を父親に見せつけることで双方を苦しめたいらしい。  
 
卑劣な奴だと唇を噛み締めるも、自分達が助かるか否かはこの男に掛かっている。  
機嫌を損ねてはいけない。  
ミサは覚悟を決めて父から顔を背けた。  
震える手で男のモノを掴み、小さな舌でそっと舐める。  
先走りの味が口に広がった。  
(うぅ、気持ち悪い…)  
吐きそうになりながらもミサは先端を咥えた。  
亀頭部分に舌を絡め懸命に奉仕する。  
しかし何分初めてのことなので疎く男にとってはなかなか快感に繋がらない。  
苛立った男はミサの髪を掴むと強引に奥まで突っ込んだ。  
「んぐっ!」  
喉を突かれてミサは体を仰け反らせた。  
男はミサの頭を固定し自分で腰を激しく動かした。  
ミサの可憐な唇に男の醜悪な肉棒が何度も出入りする。  
ミサは苦しげに眉を寄せ時折咳込むが、男はそんなことに構わず  
ミサの温かい口内の感触に夢中になっている。  
「ぎゃあっ!」  
突然男が悲鳴を上げる。  
今まで虫のように転がっていた父が、  
いつの間にか猿轡を自力で外して男のふくらはぎに噛み付いていた。  
父として娘が男に奉仕する姿をこれ以上見ていられなかったのだ。  
 
「この、離せ!離せっ!」  
男は下半身を出したままの間抜けな格好で父を振りほどこうともがいた。  
しかし空いている方の足で踏みつけられても、父は男に食らいついて離さない。  
ミサは胸が熱くなるのを感じた。  
(お父さん、私を守るためにあんなに必死になってくれてる…)  
母も刺されそうになった自分をかばってくれた。  
こんな時に両親の愛の大きさを思い知らされる。  
「畜生舐めやがって!」  
男は獣のような叫び声を上げるとしまっていたナイフを取り出し父の背中に突き立てた。  
「ぐぁぁっ!」  
「やめてー!」  
ミサは男に縋り付いたが弾き飛ばされてしまった。  
男は何度も父の背中を刺す。  
「…ミサ」  
父は最期に娘に向かって手を伸ばすと事切れた。  
 
「そんな…」  
ミサは呆然と赤く染まった両親を見つめた。  
夢の中にいる時のように頭が上手く働かない。  
(お母さんが死んだ?お父さんも死んだ?何で、まだ今朝のこと謝ってないのに――)  
くるりと男が振り返る。  
その手の中にあるナイフが血に濡れて光るのを見た瞬間、  
ミサの中で悲しみと怒りがマグマのように沸騰した。  
 
「人殺し!よくもお父さんとお母さんを!絶対許さない!」  
泣き喚いて掴みかかるも易々と押さえつけられてしまう。  
「悪いのは君のお父さん。俺は君が言うことを聞けば助けるつもりだった。  
約束破ったのは君のお父さん。俺は悪くない、悪くないんだ」  
そう言うと男はミサの太腿に未だ剥き出しの自身を擦りつけた。  
「ひっ!」  
嫌悪感に身震いするも気丈に睨みつける。  
「離しなさいよ人殺し!気持ち悪いのよ!」  
その言葉に男の顔色が変わった。  
ミサを壁に押し付けるとナイフを胸へ向ける。  
(――殺されるんだ)  
それもいいかも知れないとミサは思った。  
命を投げ出して守ってくれた両親には申し訳ないが、  
一人ぼっちで生き残るよりも一緒に死んだ方がいい。  
(お父さん、お母さん。ミサも今行くね…)  
ミサは静かな気持ちで死を受け入れようとした。  
――ビリッ。  
「!?」  
しかしナイフはミサの制服を引き裂いただけだった。  
友人と背伸びして買った黒い下着、それに包まれた白い膨らみが覗いている。  
男はそれを見てすっかり欲情している。  
ミサは絶望した。  
この男は自分を楽に殺してはくれない。  
好きなだけ嬲り辱めるつもりなのだ。  
 
男はミサの下着を剥ぎ取るとささやかな胸を荒々しく掴んだ。  
「あぁっ、痛い…」  
恐怖で蚊の鳴くような悲鳴しか出ない。  
両親を殺した男に犯されるなんて殺されるよりも残酷だ。  
しかし抵抗したくとも体が言うことを聞いてくれない。  
(助けて…お父さん。助けてお母さん…)  
しかし父と母はもうミサを守ってはくれない。  
二人とも逝ってしまった。  
(こんなの酷い…)  
男は小振りのミサの乳房を乱暴に捏ね回し、しゃぶりついている。  
(ミサが何したって言うの。どうしてお父さんとお母さんが殺されなきゃならないの)  
涙が頬を伝う。  
今朝父に指摘された丈の短いスカートの中に男が手を突っ込んでくる。  
下着の隙間から手を差し込み小さな丸い尻を撫でて滑らかな肌触りを楽しむと、  
男は前の茂みを掻き分け秘裂をなぞった。  
「やっ…」  
ミサのか細い悲鳴がより男を刺激する。  
花弁の中を掻き回し柔らかな肉を捏ねると指に蜜が絡みつく。  
「気持ちいいのか?濡れてる、濡れてるぞ」  
感じているのではなく内部を守ろうとする体の働きなのだが、  
この男にそんな理屈が通じるはずもないとミサは顔を背けた。  
 
(…誰か)  
男の執拗な愛撫を受けながらミサは心の中で助けを求めた。  
誰か助けてほしい。  
この悪夢から救ってほしい。  
(…神様)  
カトリックなわけでもないし、いつも神に祈っているわけではない。  
それでも本当に困った時や苦しい時、ミサは神に助けを求めた。  
本当にいるかどうか分からない、でもいるならどうか助けてほしいと。  
今までその願いが叶ったことはなかった。  
その度に、助けを求める人は世界中にいるんだから神様も忙しいんだとミサは自分を納得させた。  
でも今は、神が本当にいるなら世界中の全ての人よりも自分を優先してほしい。  
今自分は心から助けを求めているのだ――。  
男の肉棒が膣口に押し当てられてミサは心の中で叫んだ。  
(神様助けてっ…!)  
その瞬間、体を凄まじい痛みが襲った。  
男の欲望が少女を貫き処女を奪ったのだ。  
「あぁーっ!!」  
ミサは身を捩って悲痛な叫び声を上げた。  
膣内を強引に押し広げて肉竿が奥まで入ってくる。  
男はミサの細い腰を抱えて本能の赴くままに突き上げた。  
「あ、やぁ、いや…」  
粘膜の擦れ合う音に耳を塞ぎたくなる。  
男の背中越しに死体となった両親が倒れているのが見えてミサの視界はぼやけた。  
痛みと圧迫感、そして何よりも深い悲しみと絶望がミサの胸を締め付けていた。  
体の奥で男の欲望が弾けた瞬間、ミサは意識を飛ばした。  
 
 
結果から言えば凌辱したことで満足した男がそのまま家を後にしたことでミサの命は助かり、  
男は数日後ミサの証言で逮捕された。  
しかし男は犯行を認めず、検察側もミサが事件後精神が錯乱状態にあったことを指摘し、  
ミサの証言を鵜呑みにするのは危険だと訴えた。  
親戚の家に引き取られたミサは心身に深い傷を負い、暗い絶望の中で日々を過ごしていた。  
犯人に冤罪の話が出た時からミサは神を信じなくなった。  
神がいるなら両親を殺し自分を犯したあの悪党を許すはずがないのだから。  
(この世に神なんていない、いるのは醜い人間だけ…)  
そんな時、まだ小さい従弟が新聞を持ってきた。  
「お姉ちゃん、これ見て!」  
ミサは言われるままに新聞を広げ、目を見開いた。  
そこには犯人が独房で心臓麻痺で死んだと記されていた。  
『キラの裁きか』と見出しがついている。  
「キラ…」  
それは近頃耳にするようになった名前だ。  
犯罪者を心臓麻痺で殺す正義の神。  
ミサはそれほど興味がなく事件があってからは忘れていた。  
(犯人が死んだ。お父さんとお母さんを殺したあいつが…。キラが裁いてくれた)  
ミサの頬を涙が伝った。  
「どうしたのお姉ちゃん?悲しいの」  
従弟が心配そうに顔を覗き込んでくる。  
ミサは首を横に振った。  
「違うよ、これは悲しいんじゃなくて嬉しい涙なの」  
ミサは少年の頭を撫でた。  
「神様はいる。それが分かって嬉しいの」  
そう言ってミサは微笑んだ。  
事件以来初めてのその笑顔は、彼女が心から救われたことの証だった。  
 
(終)  
 

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