キラ捜査本部の一室。
巨大な液晶画面と資料の山、複雑に繋がり合う電子機器の配線に囲まれながら、男は思考の海で溺れていた。
男の名はL。
Lは世界一と言っても過言ではない敏腕の探偵で、いまやその名前を知らない者はいないほどの存在である。
しかし、時としてその名前も肩書きも全く意味をなさない。
LはLである前に一人の男であり、その実体を知る者は誰もいないからだ。
十何時間にも渡る事件の考察にさすがに疲れを覚え、Lはギシリと音を立てて固い椅子にもたれた。
−このまま寝てしまってもいいが…と思いつつも、頭が妙に冴えたままで眠れない。
なぜだかその日は、変な事が起こるような予感がしていた。
Lは自分の能力を信用している。
行動力や推理力、そして科学的根拠のない動物的な勘でさえも。
ふいに、静まり返った本部室の外から、コツ、コツ、と誰かの足音が聞こえて来た。
(女の足音…弥か?いや違う、もっと狡猾な…)
Lが足音の主が誰かを判断したのと同時に、本部室のドアがサッと開いた。
「ようこそ、ウェディ」
「ふふ、さすがね、L。私が来るのはお見通しだったの?」
「いいえ」
足音の女はウェディ、彼女は稀代の大泥棒で、Lはその類い希な能力を買って協力要請し、今朝来日させたところだった。
「さすがなのは貴女ですよ。この部屋の入室パスワード、今朝貴女とアイバーが入ってから組み換えたんです。しかし一瞬で破られてしまった」
「よく言うわね。本当に入らせないつもりなら、もっと難解に出来たでしょう?私とスパイごっこでもして遊びたいのかしら」
ウェディは美しいブロンドをなびかせて、Lから少し離れた場所にあるソファーに腰かけた。
おもむろに煙草をくわえ火をつける。
コンピューターのデジタル時計は深夜1時を指している。
「…で、どういったご用件です?」
「…何か用件がないと、来ちゃいけないの?」
「…いいえ」
ウェディは細長い煙草を手に微笑んでみせるが、その表情はサングラスに隠れて読み取れない。
Lはやれやれ、とため息をついた。
ウェディはLと対等にやりあえる、むしろ時にはLを出し抜くことさえある数少ない人材だった。
稀代の大泥棒である彼女を探偵Lが捕まえられないのも、昔ある事件でLがどうしても手に入れることの出来なかった国家の機密ファイルを、
彼女の犯罪に今後一切目をつむるという条件で横流ししてもらったという過去があるからだ。
そんなわけでLはウェディを苦手としていたが、なぜだかウェディはLを気に入っていて、
何か事件があるたびにちょっかいを出してくるのだった。
「…しかし、用件がないというのは嘘でしょう。貴女のことだからどうせ報酬の上乗せとか、
そんな事を頼みに来たんだろうと思いましたよ。今回の事件はハイリスクですから」
「ご挨拶ね。でも、仕事の危険度なんて気にしたことないわ。潜入もスパイ活動も、私は趣味でやってるんだもの」
「結構なご趣味ですね。なら、今回の報酬は提示した額で我慢して下さいよ」
Lの物言いに、ウェディはくすくすと笑った。
「別に私、お金なんてもう要らないのよ。世界の名品と言われる名品は、もう所有済みだし。私が報酬でもらいたい物といえば…何かしらね…」
ウェディの話し方は自信満々だ。
しかし高慢ではなく、いきいきとしている。
Lはじっとウェディの口元を見つめた。
「…貴女なら、手に入れられない物なんてないでしょう。古代遺跡の宝物だって、アメリカ国家の最高機密だって。
貴女の欲しい物なんか、私に言われたって用意できませんよ」
Lはいつになくぶっきらぼうな口調で言った。
類い希な才能と頭脳を持ちながらも、Lとは違い自由気ままに生きるウェディは、この世界で唯一Lが劣等感を感じる相手だ。
そんなLの思考を知ってか知らずか、ウェディはきょとんとした顔で言う。
「そうかしら?どんな犯罪者だって聖母だって、女の欲しがる物なんてたかが知れてるわよ」
「女性が望む物ならなおさらでしょう。貴女は宝石もドレスも、それに似合う美貌も持っている。
これ以上何が欲しいんですか?もしかして、不老の薬とか?」
「失礼な人ね。本当に、あなたって…」
「何です?」
「それだけ何でもお見通しって顔をしてるのに、女心は分からないのね」
そう言ってため息をつくと、ウェディは煙草の火を消し、サングラスを外して机に置いた。
ガラス玉のような碧い瞳が露わになる。
普段女性の顔になどあまり興味のないLだが、この時ばかりはウェディから目が離せなくなった。
出来過ぎたフランス人形のように端正で美しいウェディの顔が、
自分だけをじっと見つめて扇情的に微笑んだからだった。
そこからは一瞬の出来事だった。
ウェディの美しさに気を取られた瞬間、気が付くとLの唇は彼女に奪われていた。
「…ん…」
挨拶代わりのキスじゃない、熱く情熱的で口内を探るようなキスに、Lは心底驚いた。
ウェディの唇が離れた瞬間に、思わず椅子にへたりこむ。
「いきなり何です…ちょっと冗談が過ぎるんじゃないですか?」
「ふふふ。驚かせてごめんなさい。でも、あなた私が欲しい物を知りたくない?」
「…何が目的なんです?」
訝しむLの目線に、ウェディはなおも微笑んだまま答える。
「女が欲しがる物なんてたかが知れてるって言ったでしょう?でもお金や自由なんか、私はもう要らないの」
ウェディは片手でLの尖った顎を持ち上げる。
「私がどうしても手に入れたいのは男の人よ。それも世界一の、名探偵さんをね」
「…ご冗談を。私をからかって遊びたいんでしょう?」
「いいえ。私、冗談でこんな事をする女じゃないわ。本気よ。
欲しい物はどんな手を使ってでも手に入れたいの。泥棒だから」
ウェディは強い目線でLを見つめ、両手でLの顔を包み、もう一度キスをした。
Lは何とかしなければいけない、と必死で考えながら、
頭の片隅で今日ずっと変な胸騒ぎがしていたことを思い出した。
予感は的中だ。予想もしていなかった内容だが。
「ウェディ変ですよ…お酒でも飲んだんですか?」
「素面よ、悪いけど。れっきとしたビジネスだもの。L、あなたの仕事を手伝う代わりに、あなたを頂くわ」
ウェディの真剣な表情に、Lはこれは何を言っても聞かない、絶望的な状況だと判断した。
そして冷静に思考する頭脳の傍らで、ウェディの甘い香りや唇の感触に、Lの男性としての本能が首をもたげる。
ああ、男と女というのは、どこまでも不合理な生き物だ。
「ウェディ、冷静になって下さい。どうしてなんです?
貴女のような美しい女性が、私なんかに執心するのは理解しかねます」
キスを必死で遮ってLが言うと、ウェディは楽しそうに笑った。
「L、あなたって本当に可愛いわ。あなたは十分にセクシーで魅力的よ、私がこんなに好きになってしまうくらい。
でも、自分ではそれに全く気がついてない所が、一番の魅力ね」
「…よく分かりません」
「ごめんね。でも私あなたが好きなの、それだけは分かって」
ウェディは真っ直ぐな瞳でLを見つめる。
ウェディの、今まで見たことのない少女のような可憐な表情に、Lの理性は大きく揺れた。
「…はい」
思わずそう答えてしまった事を、Lは少し後悔した。
ウェディはそれを同意と受け取り、行為はどんどんエスカレートしていく。
舌と舌を絡めるようなキスの中、ウェディの手はLの服の中に忍び込み、その下の肌をなで回す。
「駄目ですよ…」
その感触とキス、そしてブラウスからちらちらと覗くウェディの白い胸元に、Lの理性はどんどん決壊していく。
Lがなだめるように声をかけてもウェディは聞かず、その度にLの唇を無理やり塞ぐ。
甘くて頭の芯まで痺れるようなキスと、ウェディのなめらかな手の動きが、Lの下半身を熱くさせる。
「もう…知りませんよ」
どうしてこんな事になってしまったのか…記憶をかき集めても、熱い快感がそれを邪魔してバラバラにしてしまう。
もう、どうしようもない。
Lは覚悟を決めた。
本能に誘われるまま、Lはウェディの胸に手を伸ばして触れた。
そのうちに居ても立ってもいられなくなり、激しく胸をもみし抱く。
「…L?」
ウェディは多少びっくりしたようだった。
「言っておきますが、私も男ですから。どうなっても文句は言わないで下さい」
Lは立ち上がり、ウェディを抱き寄せたまま大きなソファーに倒れ込んだ。
ウェディは軽く声を上げたがLはお構いなしで、彼女の白い首筋を舐めながら胸を弄った。
「んっ…L…」
「何ですか?」
「…今だけは、探偵じゃない、一人の男になって…」
「最初から、そうですよ。ウェディ…貴女も一人の女でしょう?」
「ええ…」
Lがウェディのブラウスのボタンを外し、ブラジャーを押し上げると、形の良い乳房が露わになる。
Lは考える余裕もなく、淡い色の胸の突起を吸った。
「あぁっ…!!」
ウェディの体が快感に大きくのけぞり、Lの自身も窮屈に膨れ上がった。
胸を丁寧に舐めながら、Lは右手でウェディの太ももをゆっくりと撫で上げ、タイトスカートの中に侵入していく。
たどり着いた先はもう十分に濡れていて、Lはその状態に興奮し、ゆっくりと円を描くように下着の上から秘部を撫で回す。「…あぁ…あ、あ…L、だめ…」
「駄目じゃないでしょう?もう、準備万端のように見受けられますが」
Lは自分の高ぶりを悟られないように、わざと冷静な口調でウェディをからかった。
普段はなかなか説き伏すことの出来ない強気なウェディが、自分の下で別人のように可愛く喘いでいるのを見ると、身震いするほどの興奮が湧き上がる。
「あぁっ…L、私…もう、おかしくなりそう…」
胸の先端と濡れた秘部を同時に責められて、ウェディはどうしようもなく切なげな声を上げた。
「…そろそろ、ですかね?ウェディ。私にどうしてほしいんですか?」
Lが余裕の笑みでトレーナーを脱ぎ、デニムのジッパーに指をかけた所を、ウェディは見逃さなかった。
素早く起き上がったウェディはLを押し倒し、あっという間の形勢逆転にLは目をぱちくりさせた。
「ツメが甘いわね、名探偵さん」
デニムと下着を素早く脱がせ、全裸になったLに覆い被さり、ウェディは熱い愛撫を始めた。
「そんな…」
「Lは大人しくしてくれてたらいいわ。私、欲しい物は自分から奪いに行きたいの」
言い終わると同時にウェディはLの胸元を舐め、硬く立ち上がったペニスを優しく撫でさすった。
「…んっ…」
「素敵な体ね。我慢しなくていいのよ…」
優しく撫でたり激しく擦ったり、何回かLのペニスを弄ってから、ウェディはそれを口に含んだ。
「あぁっ…!」
熱く湿ったウェディの唇に執拗に舐め回され、Lは限界に達しそうになる。
「ん…本当に…貴女は策士ですね…」
ふ、と妖しく微笑んで、ウェディはLの耳に囁きかける。
「そろそろいいわよね?L…」
Lはなすすべもなく頷いた。
Lがウェディの下着を脱がせると、彼女はスカートだけ履いたまま、Lの腰にまたがり、ゆっくりと体を沈めた。
ウェディの体がL自身を飲み込んで行く。
「あぁ…」
差し込む快感に顔を歪め、ゆったりと円を描くように、ウェディは腰を揺らした。
眉間に皺を寄せ、時折髪をかき上げながら快感をかみしめるその姿に、Lは虜になる。
「あ…あ…Lっ…」
「ウェディ…貴女やっぱり綺麗ですね。いいです…もっと…」
Lが下から激しく突き上げると、ウェディはそれに応えるように腰の動きを早めた。
肌と肌が擦れ合うみだらな音が響き、2人の息使いは荒くなる。
「L…あぁぁっ…!あん…っ!ああ…」
美しい金髪を振り乱し、白い肢体をのけぞらしてウェディは高まっていく。
ソファーがぎしぎしと軋む。
「あぁ…っ、あ…、私、もう…!」
「…んっ…ウェディ…もう、私もダメです…イキそう…あ…」
「L…!!ああっ…!」
ウェディが絶頂に達する瞬間に、Lはたまらず彼女の中に吐精した。
快感に体ががたがたと震える。
事を終え、着衣を整えるウェディを眺めながら、Lは複雑な気持ちを持てあましていた。
随分久しぶりのセックスだった。
それも、濃厚で甘い。
でも、どこか現実感が欠落している。
「…私、やっぱりからかわれていたんでしょうか」
ぼそりと呟いた一言に、ウェディがくるりと振り向いた。
「どうしてそう思うの?」
「いえ…どうしてこんな事になったのか…まだ、事態が飲み込めていなくて」
ウェディはふわりと笑って、うつむいたLの頬に触れた。
「単純なことよ。私はあなたが欲しかったから、あなたをもらったの。
あなたと私は探偵と泥棒である前に、ただの男と女だから」
「…なるほど。明快です」
「それじゃあ。さようなら」
ウェディはサングラスをかけ、いつもの調子で部屋を出て行こうとした。
しかし、その背中はどこか淋しげで、なおかつ強がっているようだった。
自分の洞察力には自信はあるが、女の気持ちだけは一生分からない、とLは心の中で苦笑する。
「ウェディ」
「…何?」
「…もしもの話ですけど」
Lはもぞもぞと話した。
「もしも、貴女がまた報酬の上乗せが欲しくなったら…今度はここじゃなくて、私の部屋へ。
あちらに入室する方がなかなか難しいとは思いますけど」
Lの言葉にウェディは一瞬驚き、その後とても綺麗に微笑んだ。
「ありがとう。あなたを盗むためなら、どんなセキュリティーも壊してみせるわ」
「それでこそ貴女ですね」
やわらかく抱きしめ合った後、ウェディは部屋を出て行った。
Lは椅子の上に座り、彼女が来る前と同じように思考の海に沈む。
しかし自分がLである前に一人の男であるという認識は、いくらか自分を楽にしてくれる。
そんな自由を与えてくれたことに、彼女は気付いているだろうか。
END