ベッドが悲鳴をあげ、眼下に広がるは最愛の、紅潮した美しい裸体。
月は腰を振り、緩急をつけて抽出を繰り返す。
卑猥な音をたて、視界に入る体液は最早どちらのものか判別はつかない。
中には少し、紅いものも混ざっていた。
それは初めて快楽を貪った証だと、月は心中で口角を吊り上げた。
組み敷かれ、艶やかな黒髪を振り乱した粧裕は、意味を成さない言葉を
発するばかり。
左手の、お互いに強く絡ませた指はそのままに、空いた手で
顔を背ける可愛い妹の顎を持ち上げ、正面を向かせた。
「粧裕…『月』っていってごらん。」
粧裕は激しい快感の前に、その要望に答える余裕がなかった。
自分はこんなにも乱れているのに、目の前の兄はなんと綺麗に微笑むのだろう。
そもそも、あの優しい兄と、どうして事に至ったのだろうかと
白みがけた思考の中で思いを巡らせた。
***
「これ、粧裕のじゃないか…仕方のない奴だ」
言葉とは裏腹で、無意識に憂いを帯びた表情になる。
月はリビングのソファーに掛けられた、淡いピンク色のカットソーを
そっと手にとり、階段を昇る。目的地は可愛い妹の部屋だ。
よく見慣れたドアをノックしようと空いた右手を曲げだとき、ドアが少し
開いている事に気付いた。
中からは小さな鈴をころがした様な心地よい声音が耳に届く。
どうやら妹は今、友達と電話中のようだ。
粧裕の注意が電話に注がれている事が少し残念に思いつつも、手にした
それをドアノブに掛けていこうとしたとき、それは耳に入った。
「うん、付き合ってるよ」
――思わず体を硬くした。そんな月を他所に会話は続く。
「うん?いい人だよ。――え〜恥ずかしいよ〜!
――えへへへ、それは内緒」
ここから顔が見えなくてもわかる。
眉間に皺を寄せたり、頬を染めて足をばたつかせたり。
どうやら意中の相手の話題に、妹は一喜一憂しているようだった。
いつかはこんな日が来る事など、機械的にわかっていた。
その頃にはこの淡い気持ちも、時間と共に解決してくれる筈だ。
――まだ先の話だと思っていた。
だがそれは、月自身にとっての都合のいい解釈だった。
そうとでも思わない限り、平静を装うには容易くないから。
その均衡が今、崩されようとしている。
月は自問自答した。
今、最愛の妹が見知らぬ男との逢瀬を目撃したら、自分は冷静で居られるのか?
答えはNOだ。
それ以上の事は想像する事すら体が拒否した。
やがて散漫した思考が一点に固まる。
丁度、妹の通話が終了したようだった。
今、この家には月と粧裕以外に誰も居ない。
「粧裕、入るよ。」
「わ!お兄ちゃん、どうしたの?」
やや強引に歩みを進める月。
兄の突然の来訪に、ベッドの上で寝転がっていた粧裕はびっくりして体を起す。
「これ、リビングに忘れてたぞ。」
「…あっ!ありがとう」
にししと照れ笑いを浮かべる妹を他所に、月は後ろ手でドアの鍵を静かに閉めた。
「どうした。何かいい事でもあったのか?」
手にしていたカットソーを手渡すと、言いながらベッドの上、妹の隣に腰を下ろす。
「えへっ。お兄ちゃんにはそう見える?」
照れて視線を彷徨わせる様は、まだ思考が見知らぬ男に注がれているようだった。
もじもじと頬を赤らめる粧裕の顔にかかった髪を横に掻き分け、
掌はそのまま小さな顔に吸い付くように沿わせせた。
「ああ、粧裕の事だったら何だってわかるよ。
――好きな奴でも出来たのか?」
恥ずかしがってこちらを見ようともしない妹の顔を、こちらへと上向かせた。
「お兄ちゃんには隠し事、できないなぁー」
申し訳なさそうに眉を顰めた眉間に、月は唇を寄せた。
「…お、お兄ちゃ…?」
「ふふっ。僕はね、粧裕に勉強を教えられるが、それ以外の事だって
教える事は出来るんだよ。
今、粧裕が興味あるのはそれ以外の事の方じゃないのかい?」
大きく見開かれた瞳を覗き込み、親指の腹で頬を撫でながらゆっくりと
諭すように言葉を重ねる。
一方、未だに状況が掴めていない粧裕は、敬愛する兄が何を云わんとしているのか
必死に答えを探すように細められ目を見詰め返す。
そしてだんだんと細く切れ長の目が近付いてきたかと思う頃には、
粧裕の小さな唇に、温かい兄のそれが覆い被さっていた。
月は頬に添えていた手を、体のラインに沿ってゆっくりと下へ辿ると、
首もとの服と肌の境――ギリギリ露出された鎖骨に長い指を這わせた。
唇を押し付けたままそっと粧裕を横たえ、隙だらけの可愛い妹を上から見下ろし。
衣服に手をかけた。
「僕が教えてあげるよ」
***
おわり。