今日こそは、と思った。  
いつもは超高級なリムジンに乗って帰宅する彼。  
いつもいつも、話し掛けたいと思っては、その機会を逃す彼女。  
このチャンスを、いつも夢見ていた。  
今日に限って、何故徒歩?とも思ったけれど、それはそれ。  
千載一遇のこのチャンス、絶対逃したくはない。  
でも、やっぱり勇気が出せず、なかなか話しかけられないでいる彼女。  
所々に存在する木の影に身を潜め、彼の後ろ姿を密やかに眺める。  
そうして彼が少し遠くなると、また彼女は足音を消しながらこそこそと  
木から木――時には電柱や喫茶店等の看板の後ろへと渡り歩いていた。  
街行く人たちが訝しげに彼女を見ている事にさえも、彼女は気がつかない。  
心臓が高鳴るのを押さえ、今度こそ――と思ったとき。  
彼がおもむろにジーンズのポケットから携帯を取り出し、ボタンを操作している。  
メールでも打っているのだろうか?誰に?もしかして――恋人に!?  
あらぬ考えに、彼女は頭を金属バットで殴られたような衝撃を受けたが、  
いやいや、まだそうと決まったわけでは無いのだから、と瞬時に立ち直る。  
――が。  
そんな葛藤を繰り返している間に、彼の姿がいつの間にか消えていた。  
彼女は焦ったが、曲がり角が見えたため、そこを曲がったのだと容易に想像がついた。  
急いで道を曲がると、そこに彼の姿は無く――  
「――ちょっと、いいかな?」  
後ろから声を掛けられ、彼女は眼鏡越しの丸い目を更に丸くして、恐る恐る後ろを振り向く――と。  
「え…!?貴方は…!」  
「こんにちは。君、東大生だよね?」  
「は……はい…。…夜神…君?」  
何と、今年の新入生、東大トップ通過の夜神月である。  
何故、彼が自分に…?  
驚きを隠せない様子の彼女に、もう一人の東大生トップが足音も立てずに近づいていく。  
 
「夜神君、ありがとうございます」  
「ひゃっ!!?」  
突然の、声。  
聞き間違えるはずもない。先程まで自分が追いかけていた人物の声が、耳元に降ってきたのだ。  
バサ、と思わず手に持っていた手提げ袋を落とし、身を強張らせた。  
「…そんなに驚かなくても。貴女も私をつけていたんですから、お互い様でしょう。」  
「え…!?え!?」  
思わぬ彼の台詞に、彼女の頭は完全にパニックに陥ってしまった。  
――ばれていた?尾行していたのが?えええええ!?  
「ち、違うの、流河君!別につけてたわけじゃ…!!これは、その…!」  
必死に言い訳をしようとしていたが、うまく言葉にはなってくれない。  
その挙動不審さは、まさに図星を付かれた時に人が見せる、それであった。  
「東大に入ってからのこの十日間、どうも誰かに見られているような気配を  
感じていました。何となく、女性のような気がしていたんですが、それを  
月君に話したら『まさか流河に限って』とか『何かの間違いだろう』とか  
失礼極まりない事を言われまして。ね、月君、本当だったでしょう?」  
「…まぁ、確かに。」  
彼女はぐうの音も出ない程の衝撃に、ただ呆然と立ち尽くすだけである。  
眼鏡越しの目は、心なしか赤くなっているように見える。  
――最初から気付かれていたなんて…そんな…!  
「それで私が尾行されている、と言う事実を月君に納得して頂く為に、  
今回は月君に貴女を逆尾行してもらいました。――手提げ、落ちてますがいいんですか?」  
「え…きゃ、きゃああああ!?流河君、だめっ…!」  
手提げ袋を拾おうとする流河を確認し、彼女はある事実に思い至り彼を止めようとしたのだが。  
「……何です、これは?」  
手提げ袋から滑るようにその存在を覗かせるテキスト類――に混じって、ピンク色の大学ノート。  
ご丁寧に題名までついている。それは決して勉強に使う目的ではない事は明らかだった。  
 
 
☆流河君観察ノート☆  
 
4月 5日  
 
今日は念願だった東大の入学式。  
そこで、とっても素敵な男性を見つけたの。  
何とこの東大トップの成績で入った、流河秀樹君。  
壇上の上に立ってスピーチをしている彼を見ていると、何だか胸がドキドキしちゃった。  
 
 
少し猫背で、髪はばさついていて、目の下には濃い隈が出来ていて、  
いかにも奇才って感じの流河君。  
気になって、彼を目で追っていたら、リムジンでの帰宅!  
もしかしてすごいお金持ちなのかしら。  
明日も会いたいな♪  
 
4月 7日  
 
人だかりが出来ていたので友達と一緒にテニスコートを覗いてみると、  
そこには昨日壇上でスピーチをしていたあの二人が、テニスの試合をしていた!  
それも二人ともすっごく上手で、特にあの流河君のかっこよさにびっくり!  
素敵だったなぁ。  
Jrチャンピオンだった夜神君と互角以上の試合をするなんて…  
でも流河君に関する事は何一つわからなかったらしくって、すっごい残念。  
試合の後、私は帰るふりをして二人の後を追いかけてみたら、  
お洒落な喫茶店に入って何かを話していたけど、何を話しているかまでは  
聞こえなくて残念…。二人とも携帯電話で誰かと話した後、  
急いで喫茶店から出て行っちゃったし…。  
追っかけたかったけど、結局また例のリムジンに二人で乗って帰ってしまった…。  
何か緊迫した感じだったけど……あの二人仲良いのかな?  
 
4月10日  
 
今日も流河君に声を掛けられなかった。  
友達は「どこがいいの!?」と言うけれど、私には彼以上に素敵な人が  
この東大でも今のところ見つけられない。  
彼はあの時以来、学校に来たりこなかったりが続いているけれど、  
私は何とか彼の事が知りたくて、彼の姿を見つけると引き寄せられるように  
彼を目で追ったり時には彼の講義を受けている教室まで付いて行ったり……  
椅子の座り方が変わってて、でもそこがたまらない。  
彼を眺めているとすごく幸せ……写メールに彼の姿を映したいけど、  
ばれたら感じ悪いから取りあえず保留。  
今日は流河君はお昼にチョコレートの詰め合わせやチョココロネに  
イチゴジャムをつけて食べていた。かなりの甘党みたい。  
 
 
4月14日  
 
今日こそは、と思い彼が赤門まで歩いていくのを早足で追いかけて行ったけれど、  
結局間に合わず、また彼はリムジンに乗って帰って行った。  
私って何て勇気が無いのかしら。明日こそは、頑張らなくちゃ。  
ちなみに今日彼は一人で校庭のベンチで本を読んでいた。  
本の持ち方がまたすごく変わっていて、まるで本を摘むように持っていた。  
何て不思議な人なのだろう。  
何の本までかはわからなかったけれど、何となく彼が読んでいる本は難しそう。  
お昼にはたっぷりと生クリームののったケーキを食べていた。  
ああ、彼と仲良くなれたら私が彼の好きなケーキを作ってあげるのに……  
 
 
「………ストーカー…ですか?」  
「………間違いないな」  
「違いますっっっ!!!」  
京子は急いで流河の手の中の日記をひったくるようにして取り返す。  
顔は完全に熱くなっている。おそらく今の自分の顔は、かつて39度の高熱を  
出した中学ニ年のあの冬の日よりも赤いに違いない。  
いやいやいや、そんな事よりも。  
読まれた。読まれてしまった。私の淡い恋心を綴った日記を。  
流河君に見られ、挙句の果てにストーカー扱い……!!  
「違うの、違うの!私、本当にただ流河君に話しかけたかっただけで…!  
でもいっつも流河君車で帰っちゃうし……だから……」  
最後はほぼ涙声だった。  
眼鏡越しの所為なのか、それとも元々なのか、その丸い瞳は  
うるうると涙で滲みかけていた。  
「……しかし、だからと言って……あの尾行の仕方じゃ、  
僕らだったからよかったものの…警察に捕まってもおかしくなかったと思うんだけど…」  
「そうですね。あれだけ怪しいステップで尾行されてしまっては、  
90%の人間はどん引きだと思います。」  
「……ごめんなさい……私…流河君の事がもっと知りたくて……それで……」  
それ以上は言葉に出なかった。  
何て事だろう。あれ程想っていた相手と、こんなに近くで話をしていると言うのに。  
その話の内容たるや、自分へのストーカー容疑………  
彼女の心は雨でどしゃ降りだった。彼らの一言一言が、雨どころか槍のように  
ぐさぐさと心に突き刺さる。  
今日はいつになく晴天で、雲一つないさわやかな青空だと言うのに。  
――ああ、私の馬鹿。私の馬鹿ぁぁ!勇気が無かったばっかりに、こんな事に…!  
「流河、そろそろ許してあげてもいいんじゃ無いか?  
彼女だって、別に悪気があったわけじゃないんだから……」  
月の言葉に、彼女の心に僅かに日差しがさしてきた。  
槍が降り止み、取りあえず小雨程度にまでは心が回復した瞬間。  
 
「――しかし、ストーカーは犯罪です。」  
流河の一言が、今度こそ彼女を奈落の底へと突き落とした。  
もう、立ち直れない……彼女は思った。  
好きな人に嫌われた上、押されたのは犯罪者の烙印……  
一生背負っていかなければならない重い十字架……  
ああ、いっそキラに殺された方がマシかも知れない……。  
精一杯堪えていた涙が、一気に零れ落ちる。  
「ううっ……ごめんなさいっ……ごめんなさい……」  
泣いて謝る彼女に、流河はやれやれ、と言った表情で溜め息をついた。  
そんな流河に月はひそひそと囁く。  
「おい、流河言いすぎだぞ…。かわいそうじゃないか、彼女だって流河の  
事が好きでやった事じゃないか。それに……」  
お前だって十分僕のストーカーじゃないか、と心の中で呟いた。  
「月君は優しいですね。しかし、私はダメです。問題は私の立場上の都合です。  
確かに一般人に私の正体を調べ上げる事はほぼ  
100%無理でしょうが、あの日記に書いてあったように彼女は私たちの  
後をつけていたようです。もし話が聞かれでもしたらどうするんです?  
まして、このまま行為がエスカレートして、盗聴でもされたら?  
そう考えたら、彼女にはここではっきりと教えてあげた方がいいんです。  
それに次にまた人を好きになった時、また同じ行動を取った場合  
間違いなく100%の確率でふられます。」  
……確かに。流河の言っている事は正論だ、と月は思った。  
しかし捜査の為とはいえ盗聴・盗撮・ストーカー行為が当たり前の  
流河――Lにそう言われてもいまいち釈然としないものがあったりする。  
それにしても、なかなか泣き止まない彼女が少々不憫な気がしてならないが…。  
「――しかし、確かに私も大人気は無かったかもしれません。  
月君、後は私が彼女に話をつけますので、先に帰っていて下さい。」  
「……それはいいが……大丈夫なのか?流河…」  
「大丈夫です、いくらなんでも女性に刺されたりはしませんよ?私こう見えて  
結構強いですから。」  
「いや……そう言う意味じゃなくて……」  
いっそ刺されてくれた方がこっちとしては助かるんだが……と内心思った月だったが。  
 
「あんまり苛めるなよ…?」  
「……月君は私を悪魔みたいに思ってるんですか?」  
 
 
*****  
 
「もう落ち着きましたか?」  
「……は…はい……」  
東大から少し離れた公園のベンチで、彼女は流河と並んで座っていた。  
相変わらずの彼独特の座り方。  
いつもは遠目でしか見た事がなかったその座り方を、今自分はこんなに間近に見つめている……。  
その事実に、彼女は胸がドキドキしてきた。  
あんなに言われても、やはりまだ自分は流河を好きなのだ。  
改めて、実感した。  
このストーカー疑惑さえなければ、これが自分が勇気を出して話しかけていった結果なら、  
どんなに幸せだった事だろう。  
そう思うと、また後悔の念が彼女の涙を誘う。  
「ああ、もう泣かなくていいです。別に怒ってはいませんから。  
別に警察に突きつけようなんて思ってないですし。――ただ。」  
「……?」  
怒っていない、と彼は言った。それに僅かに安堵したのも束の間。  
「私の事は、諦めたほうがいいと思いますよ?」  
再び、槍である。それもどしゃ降りである。さっきまでの気分の高揚も  
再び奈落の底である。  
「や、……やっぱり、迷惑…ですよね……こんな…美人でも無い女に…つきまとわれて…!」  
もう涙も出なかった。声が震えて、自虐的マイナス思考へどこまでも突き進んでいく。  
 
「…いえ、貴女が美人とか美人で無いとかそういう問題じゃありません。  
私自身が、今は女性と付き合っている場合で無い、ということです」  
「え…?」  
一瞬気休めの言葉かとも思ったが、流河の台詞は淡々としていながらどことなく深みがあって、  
嘘を言っているようには思えなかった。  
 
「で、貴女は、私のどこが好きなんです?」  
「……え?」  
突拍子もなく聞かれた流河の問い。  
それも、彼への想いを。  
彼女は身体が燃え上がる程の熱を感じ、いたたまれない気分で口元を覆った。  
「答えて下さい。私のどこがいいんですか?」  
「そっ……それは…!」  
言わなくちゃ。絶対にこれは答えなきゃ…!ちゃんと、自分の言葉で伝えなくては。  
「…ぜ……全部……デス……」  
これは、本当だ。彼の猫背なところも、ばさばさの黒髪も、人と少し行動が違うところも、  
目の下の濃い隈も、親指の爪を噛む仕草も、その座り方も、甘党なところも、全部。  
とうとう、自分の口から言えた……!  
「……嘘ですね」  
彼の突き放した台詞に、彼女の頭は再びパニックになった。  
――どうして、どうして!?自分が言えって言ったのに、勇気を出して言ったのに、何で  
嘘だなんて言うの!?  
「う、嘘なんかじゃ…!」  
「貴女は、私の事を何も知りません。あくまで外見がたまたま貴女の趣味だったと  
言うだけです。しかもまだったの十日。全部、なんてまったくの嘘です。」  
あまりの流河の辛辣な言葉に、彼女は絶望を通り越して、今度はふつふつと  
怒りが込み上げてきた。  
――何よ、何よ…!だから、私は…!!  
「そう、です…!私は……流河君の事…何にも…知らないから……!」  
「?」  
「だから、知りたいって思ったのに…!でも話し掛ける勇気も無かったから…  
だからこんな事に……!でも、しょうがないじゃないっ!誰だって最初は  
外見で判断するしかないじゃないの!それなのに……!」  
嘘だ、なんて。あまりに残酷だ。大体、流河だって、自分の事を  
何にも知らない癖に、わかったふりして『嘘』だなんて。あんまりだ、と彼女は思う。  
 
「……そんなに、私の事が知りたいんですか?」  
当然だ。好きな人の事をもっと知りたい。好きな人と話したい、一緒に居たい。  
そう思って当たり前じゃないんだろうか。  
しかし、そんな思いは嗚咽となって、彼女の口から零れ出た。  
「う、ぅっ……!」  
流河は何とも言えない気分になり、さて、どうするかと親指の爪を噛みながら考える。  
このまま立ち去ってもいいが、どうにも後味が悪い。  
人を傷つけるのには慣れているが、少なくとも相手が自分に好意を持っている分、性質が悪い。  
――諦めさすなら、徹底的にやってみるか?  
「……わかりました。付き合いましょう。」  
「……………………………………え?」  
何て言った?今、彼は何と言った?  
「貴女と、付き合うと言ったんです。」  
嗚咽はぴたりと止まり、今度は彼の台詞の意味が理解出来なかった。  
「ただし、今日一日だけです。今日一日で――貴女に私の事を  
全部とは、決して無理ですが、出来る限りの事を知ってもらいましょう。  
貴女にはそれで満足してもらいます。いいですね?」  
いいですね、と言われても。一日限定って……それで彼の何がわかると言うのか。  
たった一日。たったの……。  
「でも……どうして……」  
「確かに、私も貴女の事を何にも知らないのに言いすぎたと反省しています。  
私も今日一日で、貴女の事をある程度理解したいと思っています。」  
「で、でもそんな…!」  
戸惑う。一日限定の付き合い。彼の意図が全く分からない。  
これなら、潔くふってくれた方がいいような気もするのだが。  
「どうします?私はどっちでも構いませんよ。私も暇じゃないもので。  
後10秒以内で決めてください。10、9、8……」  
「い、行きます!!行きますから!!」  
 
 
*****  
 
 
馬鹿だなぁと、自分で思う。  
勢いで一日限定の付き合いと言う彼の提案に乗ってしまったが、  
逆にもっと好きになってしまったりしたら。  
もっと、諦められなくなってしまったら。  
「……どうしよう…」  
「?どうしました?行きますよ?時間が勿体無いじゃないですか。一日しか無いんですから。」  
促されるように、彼の横について歩く。  
すぐ側に、彼の腕。猫背だが、背は間違いなく高い。  
細身だが、虚弱というわけでもないように見える。  
………ダメだ。  
――やっぱり、もっと好きになっちゃうかも……。  
心臓がドキドキして、何だかたまらない気分になる。これが、一日だけの幸せなんて…。  
さっきまでとは、逆の意味で泣けてきそうである。  
「そう言えば、名前聞いてませんでしたね。」  
「え?え?」  
「名前です。貴女の。」  
そう言えば、名乗ってさえいなかったのだ。彼は東大トップ入学で入学式に  
スピーチもした有名人。  
当の自分は、特に目立つところの無い地味な一般東大生。  
彼が知っているはずがなかった。  
「ええと……京子…って言います…」  
「京子さん、ですか。わかりました。」  
淡々と、特に感動もなく。自分の中だけで納得して、消化していく彼。  
今日一日だけ、と言った彼。もしかしたら明日になれば、  
自分の名前さえ忘れられてしまっているのではないんだろうか。  
――うう……やっぱり私達に、未来は無いのかしら……。  
心で泣く彼女――京子を気に掛けもせず、流河は京子に尋ねた。  
「貴女の家は、どこです?」  
「…は?」  
家?何故、いきなり家?  
いや、まぁ、別に教えても不都合は無いけれど。しかしいつも彼の問いは突拍子が無くて、答えに戸惑う。  
 
「ここからは遠いんですか?」  
「別に遠くは……ここからなら歩いて、2km位で……」  
いつもは電車で東大近くの駅で降りて通学しているのだが、今日はそこそこの道程を  
知らず知らずに歩いてきてしまっていたので、歩いても三十分かからない位である。  
「そうですか。では、家族の方は家には?」  
「?家族は…みんな働いていて多分夜まで戻らないと思いますけど…?」  
自分の事を知りたい、と彼は言ったが。何だかピントがずれている気がする。  
別に家族の事なんて、後回しでもいいような気がするのだが。  
まずは趣味の話とか、好きなアイドルの話とか……そういう事から話していくものではないんだろうか。  
「夜まで、戻りませんか。」  
「…はい…」  
しかも京子も付き合っているのに(一日限定とは言え)何故か敬語である。  
いや、これは多分彼が敬語だからなのだろうが。  
「丁度いいです。では、貴女の家に行きましょう。」  
「……はぁ…?」  
今、何だかとんでも無いことをさらりと丁寧に言わなかったか?この人は。  
「2km位ならここから三十分かかりませんね。案内して下さい。」  
「えええええぇぇ?!ちょっ…流河君!?何で…!」  
「突然大きな声出さないでください。若い女性が、はしたないですよ?  
ご家族の方かいらっしゃらないなら大丈夫でしょう。時間が惜しいので急ぎますね」  
「ちょ、ちょっと…!!」  
何コレ?コレ何?どういう事?  
順番違くない?何故いきなり家?  
普通なら、お洒落な喫茶店にでも入ってお茶飲んだり、ケーキ食べたりしながら  
話して、映画とか行ったり、夕食を食べたり……って、そういうものじゃ無いんだろうか。  
「って、流河君、待って!ダメだったら――!」  
 
 
*****  
 
 
「綺麗な部屋ですね。私とは大違いです。」  
「…そうですか」  
機械的な『そうですか』、だった。  
頭が呆然としていた。  
何なのだろう、たった一日だけの付き合いで。しかもまだ彼の事を  
何にも知らない状態で、いきなり家の、自分の部屋で二人っきりである。  
何故こんな事になってしまったのだろう。どこからおかしかったのか。  
いやきっと最初からおかしかったのだろうが、それにしても何をどう  
間違えばこんな状態に陥るのだろう。  
あれから引きずられるようにして彼に腕を掴まれ、無理矢理道案内をさせられて、  
京子が止めるのも聞かずに家に踏み込まれて。  
今はもう観念している状態だが、それにしても今から一体自分はどうなってしまうのだろう。  
そんな不安が京子を襲った。  
「何か甘いものはありますか?」  
「え!?あ、ちょ、ちょっと待ってて……」  
そうだ、まだお茶も出していなかった。突然の事で頭が混乱してはいたものの、  
いくらなんでもお茶も出さないというのは失礼な話だ。  
そう思い直し、いそいそと部屋から出て行き、台所に向かう。  
お湯を沸かして、インスタントのコーヒーを淹れながら、思う。  
――本当に、流河君が私の部屋に居るんだ……。  
その事実に、顔がまた熱くなっていく。  
しかも二人っきりで。初めて話をしたその日に。  
こんな事が本当に起こり得るなんて、思いもしなかった。  
部屋に帰るのが怖い反面、とは言えまさか自分が想像しているような事が  
起こるというのも考えにくい。  
たった一日の付き合いで、そこまでいくはずもない。  
よく考えたら、確かにそうだ。  
きっと、喫茶店なんかでは落ち着いて話も出来ないから、自分の家を選んだのかもしれない。  
うんうんと一人で納得して、そう思えば心も幾らか軽くなってきた。  
そうだ、何も怖がる事なんて無いのだ。  
早く甘いものを持って行ってあげよう。そう思って京子は自分の部屋に戻って行った。  
 
……。  
「あの…流河君…?」  
部屋に戻った瞬間、京子は硬直した。  
「はい?あ、すいません。このベッド、寝心地がよさそうだったもので、つい。」  
信じられないものを見た気分だった。  
流河が、自分のベッドに寝そべって本を読んでいたのだ。  
ゆっくりと上半身を起こしながら、流河が続ける。  
「ベッドで寝転がるなんて久しぶりです。しばらくの間、それどころじゃありませんでしたから。」  
よいしょ、という感じの動作で流河がベッドから起き上がり、ベッドの上で例の座り方。  
彼の重みを受け取って、ベッドがきし、と軋む。  
「あの……遅くなってごめんなさい…」  
目のやり場に困り、顔を背けながら、テーブルの上にコーヒーとお菓子を置く。  
彼の顔がまともに見れなかった。  
よりによってベッドの上で。何?変な事を考えているのは自分だけ?  
彼に至っては極めて冷静である。まるでそんな事を考えているようにはとても見えない。  
単に、自分が意識しすぎているだけなんだろうか。  
「あ、…どうぞ…」  
彼に食を促す。家にあった甘いものを目一杯用意してきたつもりである。  
しかし。  
「ええええ!?流河君、何…!?」  
「何って…コーヒーに砂糖を入れているだけですが?」  
何か問題でも?みたいな口振りだが、尋常な量で無いことは確かである。  
5杯目、6杯目……って7杯目もですか!?  
そこまでいくか、と言うほどの糖分である。  
甘党なのは知っていたが、ここまでとは。  
コーヒーは既にコーヒーではなく、ゾル状のわけのわからないモノへと変化している。  
「私が甘党だと、知っていたはずでは?」  
「そ、そうだけど……」  
ここまでなんて、誰が想像つくだろうか。  
しかもそれをおいしそうにずずっと啜っている。……ありえない。  
その後も、持って来たお茶菓子を黙々と貪り続ける。  
会話も無く、京子は流河の食べっぷりをただ呆然と見詰めているだけである。  
「――ご馳走様でした。そう言えば、貴女は全然食べてませんが、よかったんですか?」  
 
今更である。  
「あ、私は、お腹空いてなかったから……」  
「そうですか。貴女の分まで食べてしまったのかと、心配しました。」  
お昼ご飯は流河の尾行を決行した為に食べ損ねていたのだが、  
それ以後に起こった様々な出来事のおかげで、何だか胸が一杯で別に食べたいとも思わなかった。  
――流河君って…やっぱり変わってるかも……。  
想像以上の変人ぶりに、京子は酷く戸惑った。  
彼の考えている事も、未だに理解不能である。  
今からどうしようか、迷っていた矢先。  
「では、栄養も補給されたところで、そろそろ本題に入りましょうか。」  
「…は?本題って…?」  
「貴女、私の事が知りたかったんでしょう?」  
「…?まぁ…」  
「でしたら、お互いを知るのに一番手っ取り早い方法でいきましょう。  
後悔しないで下さいね?」  
「…?後悔って……。えっ…!!!?」  
そう言って、突然腕を掴まれた。ぐい、と引っ張られるのに、京子は制止する間も無く。  
「んっ…!?ん、んぅ…!!?」  
これまでで、一番驚いた。反論する間さえ与えられない。  
今日何度目かのパニックに陥ったが、それさえも息苦しさに取って代わられる。  
流河の唇が、京子の唇を奪っていた。  
「ん、ぁ……ふ、ぅ…!」  
夢中で唇を離そうとするが、逃げようとしても執拗に追いかけてくる彼の唇。  
両の腕は強く握られて、跳ね返す事も出来ない。  
唇を強く奪われたまま、ベッドの上に押し倒され、ぎしと軋む。  
舌が差し込まれ、京子は低く呻いたが、強引に口腔をなぞられ背筋がぞくりとする。  
思わず上擦った声を上げた瞬間、見計らうように彼の舌が口内に侵入してきた。  
「ふぁっ…ぁっ…」  
流河の舌が執拗に京子の舌を舐め上げる。ざらりとした感触に、京子は眩暈さえも  
感じる。しかしどこか甘ったるい――多分先程流河が甘いものを食べていた所為だろうが――  
味が京子の舌を痺れさせる。  
甘い、キスだった。  
京子も思わず舌を伸ばし、彼の舌とコンタクトを取る。唾液の絡み合う音が、  
淫らに響いた。  
「あ、ふ……っ…!」  
京子の息継ぎに甘い響きが混じり始めた頃、ようやく流河が唇を離す。  
紅い京子の唇が、唾液で濡れ光っていた。  
「りゅ、流河…君……!何っ…!」  
唇が離れた瞬間、はっと我に返った京子が流河に抗議をする。  
心臓は飛び出そうな位ドキドキしている。瞳は潤み、甘い痺れが口の中を支配して  
呂律がうまく回らない。  
「な、何でこんな事するのっ!離してっ!」  
「……実は正直なところ、私はもう貴女にお教えすることが無かったりします。」  
「な……何……」  
「私の素性は、貴女にはお話出来ません。今の私の立場も、  
貴女に教えていい事ではありません。しかし貴女は私の事が知りたいって言いました。  
 
「他に貴女に教えてあげられる事と言えば、私の身体位のものですから。」  
「かっ…身体……!!」  
開いた口が塞がらないとはこのことである。流河のいけしゃあしゃあとした物言いに、 京子は金魚の如く口をパクパクさせたが、言葉にはならなかった。  
「貴女が悪いんですよ?私を好きになったりするから。  
言っておきますが、私あんまり優しく出来る自信がないので、そこらへんは覚悟して下さい」  
「や、やだーーーーー!!やめてやめてやめてやめてっ!!」  
「やめませんって……言った側から後悔しないで下さい。  
大丈夫ですよ、天井の染みを数える間に終わりますから。」  
――天井の染みって…天井の染みって…!!まだ新築だから無いんですけどぉぉぉ!!  
 
京子の心の突っ込みも虚しく、流河は悪びれる事も無く京子の首筋に唇を落とす。  
「ひっ…!」  
急な刺激に――自分で触れるのとはまた違う感触に、京子の身体がぞくりとする。  
「ふぇぇぇ!!何す……!」  
「……暴れないで下さい。私だって精一杯優しくしようとしているんですから。  
しかし、私処女を相手にした事が無いのでわかりませんが、  
初めてだと当然の反応かもしれません。ではこうしましょう。」  
流河は京子の腕を頭上で一つにまとめ、片手で押さえ込む。  
「え?え?!な、何っ!?」  
「あんまり抵抗されると非常にやりにくいんです。  
少しきついかもしれませんが、貴女の事を考えての事ですので、辛抱してください。」  
 
空いた方の手で、京子の着ていたブラウスのボタンを上から三つほど器用に外し、  
それをたくし上げて京子の腕まで引き上げる。  
「ぎゃああ!!やだ、何コレ!?やだってば!!」  
中途半端にブラウスで腕を拘束され、ベッドにうつ伏せに押さえ込まれた。  
何コレ、こんなのってアリ?っていうか、いきなり俗に言うSMってやつ?  
などとパニックになりながら、京子は恐怖で泣きそうになりながらも流河を肩越しに睨みつけた。  
「そんなに怖い顔をしないで下さい。あ、そう言えばこの体勢だと眼鏡が邪魔ですね。取りましょうか?」  
それでももがく京子の身体を、流河は体重を掛けて押さえ込む。  
腕は中途半端に不自由で、自分の上半身を支えるので目一杯の状態である。  
――うう……私…もうダメかも…  
こんな事になるなんて――いやちょっとは想像できていたがまさか本当に起こりうるなんて。  
――男なんて、やっぱり皆狼なんだわ…!それを部屋に上げたりして…お母さんごめんなさぃぃ!!  
後悔先に立たずとはこの事である。  
『おとこはおーかみなっのーよっ♪きをつけなっさーい♪とっしごっろに、なあったなーら つっつっしっみなっさーい♪』  
等と自分が生まれる前の流行歌が頭をぐるぐると回っていた。  
観念してぎゅっと目を瞑った直後、自分の眼鏡が取り払われる感触がした。  
「目、開けて下さい」  
流河が囁く。京子は恐怖にかられながらも、ゆっくりと目を開いてみると。  
明るくなった視界に、自分がいつも寝ているベッドの布団が目に入る。  
いつも快眠を与えてくれるその布団を、今日ほど憎憎しく思ったことはない。  
「こっちに顔、向けてください。ここからじゃ、よく見えません。」  
流河が何がよく見えないと言ったのか、京子にはわからなかったが、  
声の方向に顔を向けると、そこには流河の顔があった。  
眼鏡が無いことで少しぼやけてはいたが、相変わらず  
すっとぼけたような、何を考えているのかわからない表情。  
感情が読み取れない目。  
しかし京子の顔を見た瞬間、流河は訝しげに彼女に問いかけた。  
「……何故、コンタクトにしないんですか?」  
は?何故コンタクト?  
「な…何……」  
微かに震えた自分の声。情けなくて涙が出そうだった。  
「何もこんな分厚い眼鏡を掛けなくても。コンタクトにした方が貴女はいいと思いますよ?」  
「え?」  
「貴女さっき自分は美人じゃないと言ってましたが、――いえ確かに  
特別美人というわけではないですが、眼鏡をのけた方が器量がよく見えます。  
考えてみて下さい。」  
思いもかけない流河の言葉に、京子は胸がトクン、と疼いた。  
こんな事を言われたのは初めてだ。そう言えば、今まで誰かの前で  
眼鏡を外した事など無かったのだ。  
実の両親ですら、この数年京子の素顔など見た事がないのではないだろうか。  
「私の顔、見えてますか?」  
流河の声が、先程よりも穏やかになった気がする。気のせいかもしれないが、  
眼鏡を外された事で、視界が不自由になった分、その他の五感がしっかりと  
働くようになったのかもしれない。  
京子がコクン、と頷くと、流河は僅かに笑みを浮かべ、言う。  
 
「――では、貴女の事も、教えてもらいましょうか。」  
「――っ!!」  
声も出なかった。  
流河の掌が、京子の背を撫ぜ上げたのだ。  
素肌に触れられる感覚に、京子は震えた。  
「力、もう少し抜いていた方が楽だと思いますよ?」  
京子の柔らかな耳朶を軽く唇で挟み、低く囁かれるのに、  
京子は息を呑んで、流河からもたらされる感覚に耐える。  
流河の手が、焦らすように京子の背を上から下へと往復していた。  
力を抜くどころか、身体はこの上なく強張って、男の愛撫を受け入れるどころではない。  
流河の手が、ある一定の位置まで来たところで、ぴたりと止まる。  
「……いい加減、これも邪魔ですね。取りますよ?」  
「ひっ…!」  
言うが早いか、流河はブラのホックを素早く外し、ひらりとそれを取り去った。  
「あ……あ……」  
羞恥のあまり、抗議の言葉さえ出せない京子を気にも掛けず、流河は  
露わになった京子の膨らみに手を回す。  
「あ、や、やだっ!」  
ようやく拒絶の言葉が音となって京子の口から漏れた。  
逃れたい一心で、支えていた上半身を出来るだけベッドに押し付けてそれを阻もうとする。  
「そんな状態で抵抗しても無駄ですよ?――ほら。」  
する、と流河の手が隙間から入り込んでくる。空気が動く気配と共に、  
大きな掌が、ふわりと京子の乳房を包んだ。  
「ひぁっ…!!!」  
やんわりと揉まれ、京子の身体がびくりと震える。  
恥辱に頭の中が真っ白になった。  
――流河君が、私の……!――  
流河はその大きさを確かめるように、やわやわと京子の乳房を弄っていた。  
決して大きいとは言えない――だからと言って特別小さいわけでもない――  
その膨らみは、流河の掌の中でその形を奇妙に変えていく。  
その度、京子の口から悩ましげな溜め息が漏れた。  
「あ……ふぅ……!」  
甘い声だった。今まで出した事の無いような、自分の声で無いような、甘い声。  
 
――やだ、何、この声…――  
まるで、自分がたまらなく淫らな女になってしまったような気分になる。  
しかし、流河が優しく自分の胸を包み込む度、電流が走ったような感覚に襲われて、  
甘い痺れが脳に届く。  
そして、直結しているかのように、下半身が僅かだが疼き始めた。  
「感度は――いいみたいですね。」  
「…え?」  
「ここは、どうでしょうか?」  
「―――ひっ……!」  
コリ、と既に固くしこった淡い飾りを、押しつぶすように摘み上げる。  
身体の痺れが、大きくなった。  
「あ、あっ……いやっ……!」  
京子がふるふると身体を震わせる。その度、流河が触れている最中の京子の乳房も  
それに合わせてぷるぷると震えている。  
流河はニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべて、弄る手を更に強めた。  
「あああっ…!!」  
――しまった――そう、京子は思った。  
今度はごまかしようの無い、はっきりとした喘ぎ声だった。  
よく、テレビドラマのベッドシーンで女優さんが出す、あの声である  
(あいにく京子にアダルトビデオを見た経験は無いので、あくまでドラマ止まりである)。  
「気持ちいい、ですか?」  
流河がさも可笑しそうな声色で、からかうように京子に尋ねた。  
「ち、ちが……」  
首を振って、拒絶の意を見せる。そんなんじゃない、と自分自身にも言い聞かせるように。  
「違うんですか?おかしいですね。では貴女の気持ちのいい所を、  
もっと探してみましょうか。」  
言いながら流河は京子の突起は片手で弄りながら、もう片方の手を  
京子の乳房から下の部分へと撫ぜながら移動させていく。  
「……っ…!」  
唇を噛み締めて声が漏れるのを防ぐ京子を、流河は意地悪な笑みを  
浮かべながら見詰めている。  
さて、どこまでもつだろうか。  
こういった理性が強く、内向的で強情なタイプに限って、いざその枷が  
外れたときの反動が大きい。  
口元を緩ませて、京子の腹部をゆっくりと撫ぜていく。  
 
「っ…!っぁ…!」  
下腹部に流河の指先が触れた時、京子はこれまで味わった事の無い甘い疼きが、  
内部からせり上げてくるのを感じた。  
「まだ、悦くなりませんか?じゃあ、こうしましょうか。」  
「あっ!ちょ、ちょっ……」  
「蝶々がどうかしましたか?」  
「そーじゃなくてっ!ちょ、やだっ…あっ…!」  
蝶々は無いだろういくらなんでも。すっとぼけた流河の言葉に、突っ込みを入れる間も無く。  
流河は京子のうなじから背中にかけて、吸い付くようなキスを落としていく。  
「や、あ、ア……や……」  
強く吸われ、時々痛みにも似た感覚が走ったが、それを通り越すと  
痺れるような快感が肌を伝う。  
吸われた部分が鬱血し、紅い痕が無数に増えていくのに、流河は満足気な笑みを  
浮かべた。  
「っ……っ…は、りゅう、が君……!」  
身体に力が入らなくなった京子は、ようやく流河の愛撫を素直に受け入れていく。  
下半身の疼きが切なくももどかしく、京子は泣きそうな声で流河を呼んだ。  
そんな京子の様子を見て、流河は下腹部に回していた手を離し、  
今度はロングスカートを脱がしていく。  
「!!!!あ……あ…!!」  
「……黒、ですか。見かけによらずなかなか……」  
『なかなか』の次の言葉が気になる所だが、京子の頭の中は既に真っ白で、  
流河の言葉など聞いちゃいない。  
「しかし、上が白なのに対し下は黒とは、少々奇抜な組み合わせですね。  
明日からは下着のコーディネートもしっかり勉強  
した方がいいかと。ちなみに私は黒が………って、聞いてますか?」  
――……もう、何か疲れた……。  
京子の精神は既に満身創痍の状態である。  
もう好きにして、状態である。  
抵抗する気も失せているし、今更何を言われようと言い返す気力も無い。  
少なくとも好きな男とベッドを共にしているという、他の女性からすれば  
羨ましい状況であるにも関わらず、京子の心はブルーであった。  
 
――何これ…。何かこーゆーのってもっとこうロマンティックなもんじゃないの?  
こう、こんなSMみたいなんじゃ無くて、女の方が初めてだったら  
もっとそれなりのやり方ってものがあるんじゃないだろうか。  
それがこの男の場合は甘い言葉どころか、意地悪ばかり言って、  
こんな恥ずかしい格好させたり、無理矢理こんな事しようとしたり、  
挙句自分の下着の好みを押し付けて来たり……。  
「京子さん?」  
「!」  
初めて、『貴女』ではなく――『京子』と名前を呼ばれ、流河の方に目だけを向ける。  
眼鏡がないせいで少し霞んだ視界に彼の顔が映った。  
「大丈夫ですか?」  
「………」  
何を今更。本当に心配しているのかどうかもわからないその表情。  
彼のいつもの表情だった。  
いつも見ていた彼の顔。  
感情が読み取れない、よくわからない彼の事。  
何も知らない。まだ私は何も知らない。  
こんな事する彼の意図も、私にはわからない。  
「………」  
彼と一緒に居れば居るほど、彼の事がわからなくなっていく。  
こうやってくっついていても、彼の思考は相変わらず理解出来ない。  
けど。  
ドクン、ドクン、ドクン………  
彼の心臓の音が、背中に直に伝わってくる。  
彼の体温が、素肌に直接伝わってくる。  
文字通り、彼は私に、身体そのものを教えてくれていた。  
身体、を。  
そこまで思い至り、かぁっと顔が熱くなった。  
呆然自失状態から立ち直った瞬間でもあった。  
「さぁ…どうしましょうか?今ならまだやめても…」  
「――大丈夫……」  
 
流河の言葉を遮って、ようやく京子が口を開く。  
押し倒されてからは、拒絶の言葉と喘ぎしか漏らさなかった京子が  
初めて肯定の言葉を口にする。  
流河は京子の言葉の意味を少し考えて、再び問う。  
「その大丈夫は、続けていい、と言う事でしょうか?」  
京子はコクン、と頷いて肯定する。流河はそんな京子を見てしばし考えた後、  
彼女から身体を離した。  
「懲りない人ですね、貴女も。わかりました、ではとりあえず起きて下さい。」  
「え?」  
「起き上がって私の方へ向いて下さい。」  
起き上がれと言われたが、身体にうまく力が入らない。  
腕も、まだ半端に拘束されたままなので、両肘に精一杯の力を込めて、  
京子はようやく身体を起こし、流河の方へ振り返った。  
流河はそれを見届けると、自らのシャツを脱ぎ始めた。  
「…!!」  
京子はシャツの下から現れる流河の身体に目が釘付けになった。  
心臓が五月蝿い程高鳴る。  
脱いでしまったシャツを、ベッドの下にばさりと落とし、今度はジーンズのジッパーに  
手をかける。  
「!!?りゅ、流河君!?」  
「何を驚いているんです。貴女私の事をもっと知りたいんでしょう?  
だから教えてあげようとしているんです。」  
「―――……!」  
京子はたまらず息を呑んだ。  
ジッパーを下げ終わり、トランクスと思わしき下着をずらすと、流河の  
そそり立つ赤黒い怒張が取り出される。  
初めて見る男のそれに、ごく、と喉が鳴るのが彼に聞こえてはいないかと  
頭の隅で考えはしたが、それよりも何よりも、その信じられない光景から目が離せなかった。  
何か保険体育の授業で男の生理現象についても習った事はあるが、  
これがそういう事なのだと、改めて理解する。  
心臓が飛び出そうな程高鳴っている。  
食い入るように見詰めている自分が酷く嫌だったが、どうしても目線を逸らす事が出来なかった。  
 
「……意外と冷静ですね。もう少しリアクションを期待していたんですが。  
まぁいいです。これ、舐めてみて下さい。」  
「………はぁ?」  
今、何て言った?何かまたしてもとんでも無いことをあたかも当然のようにさらりと丁寧に言わなかったかこの人は。  
「だから、舐めて下さいと言ったんです。耳が遠いんですか?」  
「ちょっ…ええええ!?」  
無理だ、絶対無理だ。そんな恥ずかしい真似、まだこんな経験を一度も  
した事が無い自分に、出来るわけ無い。つーかさせるなよそんな事。  
「大声を出さないで下さい。何をそんなに驚いているんです?  
これは貴女に私の事を知ってもらうのには欠かせない事だと思いますよ?」  
「そそ、そんな…!でも、でも…!」  
そそり立つ流河自身に目を向けると、処女である京子にとっては  
舐めるどころか、触れることさえも躊躇われる卑猥でグロテスクなもののように思えた。  
「や、やっぱり無理っ!出来ないよぉ……!」  
泣き出しそうに京子が言うと、流河はやれやれと言った面持ちで京子を一瞥すると、  
ひったくる様に京子の手首を掴んだ。  
「や、ちょっ…!?」  
「じれったいですね。言っておきますが、やめるのでしたらさっきのがラストチャンスでした。  
もう今からは逃げようとしても逃がしませんから。――ほら。」  
「――うわっ…!!」  
掴んだ京子の手を自らのそそり立つ楔に添えさせる。  
途端に、流河のそれがひくり、と震えた。  
「あ……!!」  
それはまるで生き物のように、どくん、どくんと脈打って、熱い体温に京子は眩暈を覚えた。  
「どうです?怖い、ですか?」  
いざ触れてみると、先程までの抵抗は感じない。  
それどころか、好奇心の方が段々と強くなっていくのに、京子は酷く戸惑った。  
「こ…怖くは……」  
「そうですか。では掴んでみて下さい。」  
「つ、掴むって…!」  
「そっとですよ?あまり強くはしないで下さいね。一応生き物ですので。」  
……一応って。一応って一体…。  
今日何度目かの突っ込みをまたも心中に止め、彼の肉茎に目を向ける。  
初めて触れる男のものに、京子の心臓は未だ落ち着く気配を見せない。  
心臓がどきどきするのと重なるように、手が震える。  
 
一つ息を呑み込んで、京子はその震える掌で、包むように流河自身を握り締める。  
「っ……」  
「――!」  
ふいに、流河が息を詰め、身体が反応するのを京子は見逃さなかった。  
「りゅ、流河君?大丈夫?」  
力を入れたわけではない。むしろ、摩るような手つきで握り込んだはずである。  
痛みが走ったわけではないはずだ。  
「……大丈夫です。続けて下さい。」  
いつもよりも細めた目で、自身を掴む京子の手を見詰めている。  
京子は彼に促されるまま、好奇心も手伝い彼の肉茎を撫ぜてみる。  
「………!」  
流河の顔つきが、にわかに変わる。  
何かを我慢するかのように唇をきゅっと結び、眉を顰める。  
流河のその表情がいつになく色っぽく見えて、京子は心臓のどきどきに  
混じり、胸がきゅう、と掴まれたような感覚を覚えた。  
――流河君って、こんな表情もするんだ……――  
知らなかった。いつもすっとぼけた様な、どちらかと言うと間の抜けたような  
表情ばかりが目に付いて、彼のこんな艶のある表情など見た事が無かったのだ。  
もっと触れたら、もっと違う表情も見せてくれるのだろうか。  
――知りたい。こうなったら、彼の色んな事を知ってみたい。  
京子が流河自身に口付けたのは、そんな想いからだった。  
「っ…!」  
小さく呻く流河に、京子はたまらない気持ちになり、流河の先端をぺろ、と舐めてみた。  
 
「………」  
京子が固まる。  
「……どうしました?」  
固まってしまった京子を訝しげに見る流河。  
「流…河君……その……」  
口の中に妙な味が広がっている。ほんの少し先端に滲む先走りを舐めただけだと言うのに。  
その味に酷く抵抗を感じた京子だったが、果たしてそれを言っていいものか悪いものか、言い惑っていた。  
「……今酷く生殺しの気分なんですが。言いたい事があれば早く言って下さい。」  
少し強い口調で言われ、京子は上目遣いで流河を一瞥した後、恐る恐る口を開いた。  
「あの、…その……すっごく……変な味なんだけど……」  
「………変な味、とは?」  
どうやら怒ってはいないようだ。逆に聞き返されて、京子はどきどきしながら続けた。  
 
「いや…何か……苦いんだけど……」  
言ってしまった直後、何だか妙に後悔する。  
多分、それは流河が特別なわけでは無いのだろうに。少し傷つけただろうか。  
「苦い、ですか」  
成る程、と何故か妙に納得している流河を、京子が後ろめたそうに見詰め、謝罪の言葉を口にする。  
「ご、ごめん、流河君!別に嫌ってわけじゃ無くて…」  
「いえ、貴女のお陰で安心しました」  
………はい?……安心?  
「どこかで甘いものばかり食べていると、精液まで甘くなると言う話を聞いた事がありまして。  
まさかとは思っていたのですが、やはり唯のデマか、もしくは私がまだその域に達していない  
という事です。最初、変な味と言われ戸惑いましたが、苦いなら正常です。安心しました。」  
「………………」  
…や、糖尿じゃあるまいし……。  
「どうしました?何か問題でも?」  
「……流河君って……もしかして結構馬鹿…?」  
「……そう言われたのは初めてですが、まさか貴女に言われるとは予想外でした。」  
「……」  
「……」  
「……あの…続けた方がいいの?」  
「……貴女このまま放置する気ですか?この状態結構辛いんですよ?」  
それを物語るように、彼の先端がひくり、とその欲求の程を訴えていた。  
――流河君って、結構かわいいかも……――  
意外な一面を見たような気がして、京子は少し嬉しくなる。  
気を取り直し、流河の肉茎にちゅ、と口付け、舌でちろちろと舐める。  
「…っ…!」  
再び彼が息を詰める。ほろ苦い味は相変わらず京子の味覚を刺激したが、  
手の中で大きさを増していくのに、京子は夢中で流河のそれを弄る行為に没頭した。  
手を動かし彼自身を擦り上げ、彼の先端を味わうように舐め続ける。  
最初は抵抗があったその苦味も、慣れてくるとそれが当たり前のようになり、  
次から次へと透明な液体が流れ出て、京子の唇を汚していく。  
 
「ふ……見かけによらず、っ…淫乱ですね。では、貴女のもそろそろ、ですか?」  
「っ、あっ…!?やぁっ!」  
流河は身体を反転させ、京子の下半身に顔を近づける。  
「や、やだぁ、流河君!」  
焦る京子を気にも留めず、京子共々倒れこみ、シックスナインの体勢にもっていく。  
「や、や、ちょっ…待って…!」  
「私ばかり攻められるのも悔しいものがあります。貴女も我慢出来ないでしょう?」  
「我慢って、そんな……アっ!」  
京子の下着をずらし、彼女の秘部に指を押し付けた。  
「あ、あ……!」  
初めて触れられる其処は、流河の指先をぬる、と飲み込んで、  
微かな痛みと共にむず痒いような快感が走った。  
「……濡れてますね。」  
言われて、びくりと身体が強張った。再び羞恥心が沸き起こり、目を強く瞑る。  
「もっと力抜いてください。」  
「で、でも……」  
「足、広げて…」  
言いながら、流河は京子の腿を掴み、広げていく。  
じわじわと其処が流河の目に晒されていくのに、京子はたまらなく恥ずかしかったが、  
それは流河が京子の濡れたスリットを舌で舐め上げる事で、頭の隅へと追いやられた。  
「あぁん!は、あ…!」  
ぴちゃ、くちゅ……  
ふるふると身体が震える。頭が真っ白になった。  
――気持ちいい――  
彼の舌が京子の内部を押し広げるように挿入され、膣壁を擦られる快感に、京子は支配されていく。  
「や、っ……あ、…ぁ…」  
「…京子さん。私を無視しないで下さい。」  
流河の声に、京子はぼんやりと目を開くと、目の前にはジーンズから覗く流河自身があった。  
それは猛る様にその存在を主張していて、京子は生唾を飲み込んでそれに見惚れた。  
また、先程の高揚感が戻ってくる。  
衝動に突き動かされるまま、流河のそれを口に咥える。  
「っ…」  
びくり、と流河の腰が引けて、それが合図に京子は流河自身を弄り始めた。  
鈴口を舐め、裏筋を指先で撫ぜて、京子は思いつく限りの行為を試してみる。  
それは稚拙で決して巧いとは言えないが、それでも、じわじわと流河を追いつめていった。  
 
流河は射精感を促されるのを堪え、京子への愛撫へと集中する。  
薄い恥毛を掻き分けて、京子のひっそりと息づく肉芽を探し当て、それを咥える。  
「あっ…!」  
京子が震え、声を上げる。流河のものを手の中に収めたまま、その快感に耐える。  
「…手、お留守になってますよ?」  
意地悪く言う流河に、京子は僅かな反抗心が芽生え、流河にやり返す。  
「っ……意外と勝気なんですね…」  
京子が流河の筋に沿って、根元から鈴口までをじわじわと舐め上げる。  
背筋がぞくり、と粟立って、快感をやり過ごすように流河が息を吐いた。  
流河が京子の突起を弄ると、奥から大量の蜜が溢れ、流河の口を濡らしていく。  
そしてその突起の下の、ジュリーピンクの割れ目の中に、指先をつぷ、と沈めていく。  
「いっ……!」  
「痛い、ですか?力入れすぎです。もう少し抜いて下さい。」  
「だ、だめ、無理っ……!」  
まだ指の節までしか入っていないにも関わらず、京子が苦痛を訴える。  
「無理でもお願いします。あ、もう一つ。  
貴女がどんなに痛くても私のは絶対に痛くしないで下さい。ましてや間違っても  
噛み付いたりなんてしないように。では続けますよ?」  
――あんたは鬼か!!?  
淡々と好き勝手な事をいけしゃあしゃあとのたまう流河に流石にキレ気味の  
京子だったが、あいにくそんな場合では無く。  
「っう…!」  
流河は気にせずに京子の蜜を指に絡め、泥濘の中に進入させていく。  
きつい内部を慣らすように、指先で膣壁を押さえつけるような動きで京子を攻める。  
「ぅあっ…!い、いぁ…!」  
胎内の違和感に、京子は目にじんわりと涙を滲ませて耐える。  
快感は特には感じず、まだ痛みの方が強い。  
段々と不安になり、また痛いと言うのに特に気遣いを見せない流河に対して  
少し腹が立ってきた事もあり、いっそ本当に噛み付いてやろうかとも思ったが、  
それはそれで勇気が要る事なので、やめておいた。  
代わりに、痛みをやり過ごすように流河の肉茎への愛撫を再開する。  
流河は挿入する指の数を少しずつ増やしていき、その度に京子が  
痛みを堪えるような声を上げ、自身への愛撫が一旦止まる。  
慣れてくるとまた流河を攻め始め、流河は達してしまわないように下腹部に力を込める。  
 
そんな肉欲のシーソーゲームの繰り返しで、お互いに段々と追い詰められていく。  
京子の方も絡む蜜の量が増え、どうやら感じるのは痛みだけでは無くなってきたようだった。  
――そろそろ、か?――  
最初に比べるとぎこちなさが無くなり、随分と巧くなったように思える京子に  
少し名残惜しさを感じたが、だからと言ってゆっくりとしているわけにはいかない。  
流河は指先を引き抜き、京子から身体を離す。  
「流河君……ぎゃっ!?」  
いきなり身体が離れるや京子に覆いかぶさる流河に、京子はかえるが潰れた様な声を上げる。  
「りゅ、流河君!?何っ!?」  
「今度こそ、力抜いて下さい。私もあまり手荒くはしたくありません。ほら、わかるでしょう?」  
「!あ…」  
ぬる、ぬると流河の先端が京子の入口を擦り付けた。  
愛液が絡んだそれは、京子の割れ目をなぞるように上下する。  
「あ、あ……!」  
気持ちいい。たまらなく。指とも舌とも違う感触が、京子の疼きを強くする。  
京子のブラウスのボタンを全て外し、ようやく京子を完全に解放してやると、  
間髪入れずに京子の腕が流河の背に絡みついた。  
「挿入ます」  
「!っ痛っ…!やだ、いぁっ…!!」  
さっきまでの快感が嘘のように、今度は激しい痛みが走る。  
胎内を犯されていく感覚に伴う破瓜の激痛に、京子は涙を浮かべた。  
「我慢して下さい。もう少し、ですから…っ…」  
京子の首筋に口付けたり、肌を撫ぜたりしながら京子の緊張を解そうとしたが、  
それでも痛みは消えないらしく、流河から身体を引き離そうとしている。  
「ちょっ…逃げないで下さい。まだ途中ですよ?」  
逃げようとする京子の腰を掴んで再び引き寄せる。  
反動で、京子の胎内に流河自身が深く突き刺さった。  
 
「やぁぁぁ!や、だ……も、家、帰る…!」  
「………はい?ここは貴女の家ですが……」  
「……っ…で、でもぉ……」  
「記憶の改ざんは勘弁して下さい。もう少ししたら、よくなります。動きますよ?」  
「いっ…!」  
流河が一度腰を引いて、再び京子の膣奥を突いた。  
大きく見開かれた目から大粒の涙が零れる。  
流河はそれを見て見ぬフリをして京子の胎内を犯し続けた。  
「う、ぁ、…あ…」  
断続的な痛みによって抵抗する気も無くし、次第に痛みごと受け入れるように  
なっていく京子を見て取り、最初はゆっくりだった流河の動きが段々と激しくなっていく。  
「んくっ、うぁ、いぁぁ…!」  
眉を顰めて苦痛に耐える。しかしそれを繰り返すうちに、痛みとは違う感覚が芽生え始めた。  
「あ、いぁ……はぁっ…ん……んっ…?」  
ぞくっ、と背筋が寒くなる。奥の奥が、再び疼き始める。  
「んっ…ふぁ…あ…っ…」  
ようやく痛み以外の感覚が理解出来る。  
胎内で脈打つ流河の熱――彼が、今自分の中に居るのだ。  
「あ……流…河、君……!」  
――私…本当に流河君と…!――  
ぼやけた目で流河を見上げる。  
目の前にある彼の顔。いつになく真剣で、少し苦しそうな彼の顔が。  
口元だけで、にやり、と笑った。  
ゾクゾクする。  
それと直結しているのか、彼と繋がっている部分から大量の蜜が溢れ始める。  
身体の奥が、昇華しきれないもどかしさを訴え、甘く疼く。  
「――いきますよ?」  
それが、彼の宣戦布告の言葉だった。  
 
「んぁ……はぁっ…ぁ、んぁ…は……」  
突き上げられる度、あられない声が京子の唇から漏れる。  
快感が痛みを凌駕して、彼女の膣奥に彼の肉茎がぶつかる度、  
びりびりと痺れるように身体が痙攣し、彼を締め付けた。  
くちくちと淫液が絡まる音が、流河の肉茎の抽出に合わせ、室内に響いた。  
「あ、ぁぁ……ひぅ……!」  
ずる、と自身を一旦ぎりぎりまで引き抜くと、とろりとした液が  
流河の肉茎に追いすがるように糸を引く。  
「あ、や、やぁ…っ…流…河…くんっ……」  
「は……随分と…淫乱な人だ……初めての癖にこんなに、濡れて……大分よくなりましたか?」  
流河の嘲笑うような言葉に、京子はいやいやと首を振る。  
「ち、ちがっ……」  
「そうですか…?その割には貴女のここは、…私を誘ってきてるみたいですが…」  
きゅう、と彼の先端を咥え込み、痛い程に束縛する。  
足りない。こんなのではとても足りない。欲しいのは、もっと。  
「あ、やだ……やだぁ…っ…!」  
「何がです?……ああ、貴女さっきまで随分後悔してましたよね。  
やっぱり、また嫌になりましたか?このまま抜いてしまっても、私は構いませんよ?」  
わかっている。これは罠だ。  
何となく、今日彼とこんな事になってしまって、何となくだが彼の性格がわかってきた。  
ここで本音を言ってしまえば彼の思う壺。彼を喜ばせるだけなのだ。それは非情に癪に障る。  
わかっているけれど。…けれど。  
「ぁあっ…!」  
流河が結合部の上で、すっかり赤く熟れて膨れ上がった肉芽をぎゅっと摘む。  
淫液を絡めた手でぬるぬるとそれを擦りながら、空いた指でその下の繋がった部分を撫ぜる。  
「ぅああっ……だめぇ、も、お願…っ…」  
限界だった。もう、これ以上は耐えられない。  
 
「……どうして、欲しいんですか?」  
「っ…入れてっ…もっと、奥っ…うぁぁっ…!」  
「京子さん。――私の事、もっと知りたいですか?」  
「ひ、ぁぁ…ああぁぁっ!」  
「どう、なんです?」  
「っ……流河、く……知り、たっ…もっと、知りたい…っ…あ、ああ……」  
京子の答えに、満足げな笑みを浮かべながら。  
「――欲張りな、人ですね。――貴女も。」  
子供をよしよしするように、京子のおかっぱ頭を撫ぜて――流河は再び、  
京子の奥深くに自らを突き入れた。  
「ああっ…はっ、あ、ん、んぁっ…あ!」  
流河が腰の動きを早め、京子の中を容赦なくえぐる。  
叩きつけるように奥を突くと、淫液が弾けるように飛び散る。  
汗と淫液でぐちゃぐちゃになりながら、互いの身体を求め合う。  
互いの絶頂も近い。  
「あ、…は、もぅ、だめっ…どうしよ…私、私っ…」  
こんなのは初めてだ。こんな快楽は知らない。  
その果てに、一体自分はどうなってしまうのだろう。未知の恐怖に、京子は戸惑う。  
「はっ……そのまま…呑まれてしまえばいいんですよ…………私も、もう……」  
流河は京子に覆いかぶさり、一際腰の動きを早く、強めた。  
先端でぐりぐりと京子の奥壁を突くと、京子の身体が弓なりに反る。  
「あぁっ…!」  
短い嬌声と共に、震える華奢な身体をシーツに縫いつけ、痙攣を繰り返す  
胎内から自身を抜き取ると、京子の胸に白い欲望を吐き出した。  
 
 
*****  
 
――ガチャ  
 
「!竜崎…随分遅かったな。何かあったのか?」  
キラ事件捜査本部用に借りられた、あるホテルの一室。  
キラ事件の捜査に携わっている数人の刑事と、夜神月が  
あーでもない、こーでもないと、捜査を進めていた。  
「すいません。予想外に手間取りまして。」  
何事も無かったかのようにしれっとした態度の竜崎に、月がひそひそと小声で話し掛ける。  
「竜崎、話は纏まったのか?」  
「……纏まったようなそうでないような…少し微妙な感じになりました。」  
「…微妙って何だ?彼女まだ諦めていないのか?」  
「そうですね。多分。私もまだまだ甘いです。と言うか彼女もなかなかしぶとかったです。  
あ、私が『L』だという事はもちろん知られてませんのでご安心を。」  
本当は、もっと酷い事をするつもりだった。  
途中で彼女が音を上げる位。大嫌いだと言われる位。  
しかし、段々と女になっていく彼女に、自分自身がのめり込んでいったと言うのが敗因だろう。  
「…女性は苦手です」  
月にも聞こえるか聞こえないかの声で、『L』はそう呟いた。  
 
 
*****  
 
 
「………」  
自分の部屋の染みの無い天井を見上げながら、京子は呆然としていた。  
あの後、流河は『用事があるから』と言って、身支度を整えるやいなや10分もせずにここから出て行った。  
呆気に取られたのも束の間で、その後は家族が帰ってくるまでにと怒濤の如く  
片付けに入り、シーツの洗濯やら何やら、気まずい思いをしながらもいつも通りの  
態度で家族と夕食と摂ったりして、感傷に浸る間など無かったが、こうして  
落ち着いて自分の部屋で居ると、今日の事がまるで夢じゃないのかと思えてくる。  
――夢じゃない…よねぇ…――  
下半身には、紛れも無くあの感覚が残っている。  
それに伴い、喪失感のようなものが彼女を襲った。  
――本当に、流河君と――  
(ぎゃぁぁぁぁ!)  
顔から火が出るとはこのことだろう。ようやく実感が湧いてきたのだ。  
「私、本当に…!うわぁ……!」  
どうしようか。いやどうもしようがないが、それよりも何よりも、今の今まで忘れていたが。  
『付き合うのは今日限りです』  
「……今日限りって……どうしよう……」  
どうしようも無く、また好きになってしまったのに。  
前以上に、多分。  
きっと明日も彼の姿を見ると、いつもの如く、彼にストーカーと言わしめた  
あの行為をしてしまいそうになるに違いない。  
それに、彼を知れば知るほど謎は深まり、もっと彼の事を知りたくなっていく。  
そんな事を徒然と考えていると、ふと机の上の鏡が目に入った。  
何気なしにそれを覗き込んで、眼鏡を外してみると。  
「…掛けない方が、やっぱりいいのかなぁ。」  
本当にコンタクトにしてしまおうか。それに。  
「下着も…黒がいいって言ってたっけ。」  
今の今まで、気にした事も無かったのだが。  
「お化粧とかもしたら、少しは綺麗に見えるかな?髪も少し伸ばしたりして…」  
しばし考えた後、京子はにんまりと笑って。  
「決ーめた!」  
自分なりに思いっきり綺麗になって、そして今度こそ自分から声を掛けよう。  
彼が、もう一日位付き合ってもいいと思える位。一日だけと言ったのを後悔する位に。  
そう思った途端、急激な眠気が京子を襲った。  
今日は本当に……疲れた…。  
未だ彼の匂いが残っているような気がするそのベッドにゆっくりと倒れこんで。  
京子は目を瞑って、心地よい眠りの世界へと入っていった。  
 
END.  
 
 
 

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