火口卿介を確保し、夜神月の手に再びデスノートが戻った。  
「う、うわあああ!」  
 同時に、デスノートを所持していたときの記憶も全て戻った。  
――僕は……僕は何て事を……  
 大丈夫ですか、と自分を気遣うLの言葉も、今の月には届かない。月はノートを  
抱きしめたまま、呆然と目を見開いていた。  
 
 
 全ての監視を解かれた月は、火口逮捕から七日経った十一月四日の早朝、森の中  
にいた。大木の根元を、スコップで掘り進めて行く。顔を覗かせた銀色の箱の蓋を  
取り、以前弥海砂が所有していたノートを手にした。  
――このノート……  
 目を伏せて黒い表紙を見つめていると、大きな羽音が静寂な森に響いた。  
 瞬間、黒い死神が天から舞い降りてくる。  
「おー、久しぶりの人間界!ってあれ?ライト!?」  
 降りてきた死神――リュークは、そこにいた人物を見て大声を上げた。  
「このノートは、ミサに掘り出させるんじゃなかったのか?」  
 目を丸くして尋ねるリュークに、月は無言で背を向けた。デスノートを手に持っ  
たまま、何処かへと進んでいく。  
「おい、待てよライト!」  
 以前とは全く違った雰囲気の月に戸惑いながら、リュークは慌てて月のあとを追  
いかけていった。  
 
 それからしばらく歩き続け、月は新築とはいえない、しかし、小奇麗なアパート  
の一室の前で足を止めた。  
「おいおい、本当に何をするつもりなんだよ、ライト」  
 背後でうるさく喋りつづける死神の問いに、月は決して答えようとはしない。  
(こんな早くに女性の部屋を訪ねるのは無礼かもしれないが……)  
 一度深呼吸をしてから、ゆっくりとインターホンに手を伸ばした。  
『はーい!あ、ライトだ!待っててね、今鍵開けるから』  
 
 高い音が鳴り響いたあと、はしゃいだ女性の声がスピーカーから流れた。わずか  
に間を空けて、部屋のドアが開かれる。  
「ライト、やっぱり来てくれたんだね!昨日の夜の『会いたい』ってメール、本当  
だったんだ!ミサ、早起きして待ってたんだよ!」  
 部屋の主である海砂は、笑顔で月を見つめた。しっかりと化粧を整え、寝巻きで  
はなく黒いニットのワンピースを着ているところを見ると、月の訪問を心待ちにし  
ていたようだ。  
「ミサ、これを……」  
 先ほど掘り出した黒いノートを月は海砂に差し出した。海砂は待っていました、  
と言わんばかりに素早くそれを受け取る。  
「あっ……」  
 ミサの身体が小さく震えた。キラに会う為に努力した事、レムの落としたデスノ  
ートを拾った事、自分が第二のキラである事、Lの拘束から逃れる為に所有権を放  
棄した事。デスノートに関する全ての記憶が戻ったのだ。  
「……思い出したよ、ライト」  
 ミサはデスノートを抱え、やや強張った声で告げる。  
「ライト、立ち話なんかじゃなくてさ、部屋に上がってよ」  
 その声をごまかすように、海砂は無理に笑顔を作った。立ち尽くしている月の腕  
を引っ張り、部屋に招きいれた。  
「ようこそ、ミサのお城へ!男の人を入れるのはライトが初めてだよ」  
「……」  
「これから新世界を作るための緊急会議を始めます!」  
「……」  
「ライト、紅茶がいい?それともコーヒーがいい?」  
「……ミサ」  
 矢継早に言葉を発する海砂を、低い声で月は遮った。  
「……僕は」  
 海砂の目を真っ直ぐに捉える月。海砂もその目を真剣に見つめる。  
「どうしたの、ライト……」  
「僕は……キラであることを自白しようと思う」  
 
「……!?」  
「えっ、な、なんで!?」  
 ライトの背後でリュークが目を見開く。意外すぎる言葉に、ミサも驚きを隠せな  
い。  
「……昨夜デスノートを手にして、全ての記憶が戻った……そして、自分の犯した  
罪の大きさを痛感した……僕はもう、キラでいることは出来ない……」  
「ラ、ライト、お前キャラ変わりすぎじゃないか?」  
「……デスノートを使っていたときの僕が異常だったんだよ、リューク。デスノー  
トを手にしたときに戻るのは記憶のみ。狂っていたときの人格までは戻らない……  
今の僕に、あの時の様な真似はとても出来ない」  
 何度も言葉を飲み込んだリュークに、月は苦笑して答えた。  
「ミサ、僕はそれを伝えに来たんだ。君に僕と一緒に自白しろなんて言わないし、  
第二のキラについて聞かれても僕は絶対に口を割らない。むやみにデスノートを使  
わなければ君が捕まるような事もないだろう。ただ、これでもう君には会えなくな  
る。だから、お別れを言いにきたんだ」  
「ライト……」  
 辛そうに語るライトを、海砂は哀愁に満ちた瞳でぼんやりと見つめた。  
「じゃあ、さよなら、ミサ」  
「……待って!」  
 部屋を出て行こうとする月を海砂が呼び止めた。  
「ライト、ライトがキラだって言いに行くなら、ミサも一緒に行くよ!」  
 そう言うとミサは、細い腕を伸ばし月の背中に手を回した。  
「ミサ……」  
 月に抱きつき、ストライプのセーターの胸に顔を埋めたまま海砂は言う。  
「ライト、キラだって言ったら、もう会えなくなるんでしょ?」  
「ああ、きっと極刑は免れない……最低でも、ずっと警察の監視下に置かれる事に  
なるだろう」  
「ミサ、ライトのいない世界でなんて生きられないよ。ライトのいない世界にいる  
なんて、ミサにとっては死んでるのと一緒だもん。私は、ライトの事が大好き。だ  
から、ずっとライトと一緒にいたいの。死ぬなら、ライトと一緒に死にたい」  
 
「ミサ……」  
「それにね、ライト」  
 ミサの小さな肩が震えた。その声はか細くなっていく。  
「ミサも、もう誰かを殺したくなんかない。もうデスノートは使いたくない。本当は  
ね、気付いてたの。こんなことしても両親は喜ばないし、こんなやり方で作る世界は  
間違ってるって」  
「……僕もそう思うよ、ミサ。命を賭してまで僕が作りたかったのは、殺戮で成り立  
つ世界じゃない。犯罪によって悲しむ人がいなくなるようにと、そう願っていたのに、  
いつのまにか僕はただの罪人になっていた……」  
『人を殺した上での幸せなど、本当の幸せであるはずがない』  
 病院のベッドで総一郎が告げた言葉が甦る。何故、もっと早くに気付けなかったの  
だろう。  
 月はそっと手を伸ばし、海砂を優しく抱きしめた。その小柄な身体は、月の腕の中  
にすっぽりとおさまる。少しでも力を込めたら壊れてしまいそうだと、月は思った。  
ああ、彼女はこんなに小さいのに、ずっと自分に従い、そして自分を愛してくれてい  
たのか。  
「ミサ……正直に言うよ」  
 金色の長髪を撫でながら、月は囁いた。  
「僕は、ずっと君を利用しているだけだった。そして、不要になったら君を殺そうと  
も思っていた」  
「……うん。そんなの、ずっと前から分かってたよ」  
 腕の中の少女は、震えながら、演技に関してはミサの方が上だもの、と付け足した。  
ライトが私の事何とも思ってない事くらい、ずっと分かっていたよ、と。  
「それでも、ミサはライトが好き。今も昔も、そしてこれからも」  
 言葉の終わりは消え入りそうだった。海砂の瞳から涙がこぼれた。  
「ミサ……けれど、僕は今、どうしようもないくらい君を求めている。キラとしてでは  
なく、夜神月という一人の男として、君を想っている」  
「え……?」  
「信じられないか?」  
 
尋ねながら、月は当然だろうと思った。自分でも、こんな気持ちは信じがたいのだ  
から。  
「信じたいよ。もし本当だったらすごく嬉しい……だけど……」  
「今まで、散々嘘を吐いてきたからな。今更信じてくれなんて言うのは無理かもしれ  
ない……けれど、ミサ」  
 月は続ける。その声は、自分でも驚くほどに優しい。  
「僕は、君を本当に愛しく思っている。僕の為に命を賭けてくれた君を。強引で、単  
純で、積極的すぎる君を。どんな時も僕の傍にいてくれた君を。今まで、たくさんの  
女の子と付き合ってきた。でも、ここまでしてくれたのは君だけだよ」  
「ライト……」  
 月の腕の中にいた海砂は小さく顔を上げ、月の目を見つめた。そこには僅かな翳り  
さえ見受けられない。  
「……信じる。ライトは嘘を吐いてない……この天才女優、弥海砂が証明します。ラ  
イト、ミサもどうしようもないくらいにライトが好き。頭が良くてかっこよくて、純  
粋すぎるライトが。テニスが上手で、理想の世界を求め続けたライトが」  
「ミサ、ありがとう」  
 月はそっと海砂の桜色の頬に手を添えた。  
「ミサ……本当のキスをしてもいいかい?」  
「うん……して」  
 海砂は瞼を閉じる。ごまかしの為ではなく、軽い気持ちでもなく、初めて本気のキ  
スをするのだ。新色の口紅が塗られた小さな唇に、月はゆっくりと自分の唇を重ねた。  
「んっ……」  
 海砂の口内に月の舌が忍び込む。もどかしいほどの速度で月の舌は動く。海砂も  
その想いに答えるべく、必死で舌を動かした。  
 舌を絡ませ、互いの舌を貪る様に吸い合う。ただ愛しくて。目の前にいる人が、  
狂おしい程に愛しくて。呼吸する事すら忘れて、二人は相手を求めた。  
 
「ふうっ……」  
 ようやく唇を離したときには、二人とも息を切らしていた。  
 本気のキス――そして、最後のキス。  
 
「ミサ、そろそろ行こう……早い方がいい」  
「うん、行こう、ライト」  
 キスが終わったのを合図に、二人は決意した。捜査本部へ出向く事を――死刑台  
に向かう事を。  
「……ライト、本当に行っちまうのか?」  
 部屋から出ようとする月と海砂に、リュークが面白くなさそうに尋ねた。  
「ああ。自分でした事だ、自分で責任を取る」  
「うん。ミサもライトと一緒だよ、リューク」  
「そうか……」  
 漆黒の死神は、大きなため息を吐いた。これでもう面白い事は期待できない。こ  
の後どんな人間にデスノートを渡したって、きっとこんなに面白い事にはならない  
だろう。  
「ライト、だったらこのノートの所有権放棄してくれないか?そうしないと俺、死  
神界に帰れない」  
「それは無理だ、リューク。キラだと自白するには、デスノートを使っていた頃の  
記憶がどうしても必要だ。所有権の放棄は絶対に出来ない」  
 ライトは言い切った。ここで記憶を失くしてしまったら、何の意味も無い。  
「でも、死神界の決まりで、死神界へ帰れるのは人間が所有権を放棄した時か、そ  
の人間が死んだときって決まってるんだ」  
「……だったらリューク、僕の名前をデスノートに書けばいい。本部まで行って罪  
を償えないのは嫌だが、お前がどうしても死神界に帰りたいならこの場で僕を殺せ」  
 月の決意は揺るがない。堂々と述べる月に、海砂も続けた。  
「リューク、ミサの名前も書いていいよ。リュークも、お家に帰れないなんて嫌  
だろうし」  
「……何だよ、二人ともまるで別人だな。でも、そう言われて、はい、そうしま  
すなんて素直に名前を書くわけにもいかない。まだ勝負を見届けたわけでもない  
しな」  
 二人の顔をじっと覗きこむリューク。  
「だから、お前達が捜査本部に行って『キラだ』と言った瞬間にノートに名前を  
書かせてもらう。それでいいな?」  
 
「……ああ、仕方ないな。本当は本部の皆に全てを話したいし、じっくりと話し  
合って罰を与えてもらいたいのだけれど」  
 自分の罪が心臓麻痺で死ぬくらいで償えるわけがない。けれども、リュークが  
自分の命令を聞くような性格ではない事も分かっている。ライトは、軽く唇を噛  
んだ。  
「じゃあ、行こうミサ」  
「うん、ライト」  
 手を繋ぎ部屋を出て行く二人は、ごく普通のカップルに見える。いや、ごく普  
通と言うのには語弊がある。かたや東応大学に通う超エリート、かたや今をとき  
めく人気女優。その上とびきりの美男美女だ。誰もが羨む理想のカップルだろう  
――二人が、キラと第二のキラであるということを除けば。  
 リュークは一瞬寂しげな表情を浮かべてから、二人の後を追った。  
 
   
 アパートから本部のあるビルまではそれなりに距離はあるはずなのに、あっと  
いう間に着いてしまったように思う。道中、二人は何一つとして言葉を交わさな  
かった。ただ、時折不安げに月の手を強く握り締める海砂に、月が微笑みかけた  
だけだった。  
 暗証番号を手早く入力し、携帯電話と金属の類を全て外し、指定された場所に  
預ける。硝子の自動ドアは月と海砂を呑み込むように、滑らかに開いた。  
「ライト……大好き」  
「ああ――僕も君が好きだ」  
 これが、きっと互いに伝える最後の言葉となるだろう。そう悟りながら、二人  
は前を見つめ、本部の者達のいるフロアへと向かった。  
 
「ライトくん、ミサミサ!デート?羨ましいー!」  
 二人をおどけた口調で迎えたのは松田だった。しっかりと手を握り合っている二  
人をラブラブだねー、とひやかす。他の者達も皆揃って、以前にリュークが所持し  
ていたノートの検証をしていた。Lはいつもの様に甘味を口にしながら、独特の座  
り方で何かを考えているようだった。  
 
「ライト、別にこんなに早く来なくてもいいんだぞ。もう火口は捕まった。確かに  
まだ捜査すべき事は残っているが、お前達はもう自由なんだ」  
「そうだぞ、ライトくん。火口以外にキラがいることは明白だが、13日ルールが君  
達の無実を証明している」  
 総一郎と相沢は、二人を気遣うように話しかける。  
「……」  
 ここにいる者たちは全員自分を、自分達を信じてくれている。それでも、自分は  
この真実を告白しなければならない。例え、ここにいる者全員を絶望させる事にな  
っても。  
 コツコツと靴音を立てながら、月と海砂はゆっくりとLに近づく。Lは菓子を口  
に放り込みながら、もう玄関しか映されていないモニターを熱心に見つめていた。  
「……竜崎、父さん、そして皆さん。伝えなければならない事があります」  
 かつてないほどに月の鼓動は早鐘を打つ。目を固く瞑り、月は搾り出すように  
――しかしはっきりと言った。  
「――僕は、キラです」  
「そして、私は第二のキラです」  
「……」  
 月に続き、海砂もそう言い切った。  
 月は、後ろでリュークがノートにペンを走らせている気配を感じた。  
 
 瞬間、本部は嘘の様に静まり返る。  
 
「あ、あははは、何言ってるんだよライトくん、ミサミサ。そういう冗談は笑えないよ」  
「はは、弥はともかく、ライトくんもこんなに演技が上手いなんてな。一瞬信じてし  
まった」  
 沈黙を破ったのは、松田と相沢の乾いた笑い声だった。しかし月はそれには答えず、  
デスノートをLに差し出した。  
「竜崎、これが証拠だ」  
「……」  
 大きな目を更に大きく見開き、Lはそのノートを両手で摘み上げた。  
 
「!」  
 Lの視界に、レムとは違う形態の死神が入る。  
「ラ、ライト、変な事を言うな。全くこんな作り物まで用意して――」  
 慌ててLからノートを取り上げる総一郎。けれどもその行動は、彼に残酷すぎる真実  
を突きつけるのみだった。  
 総一郎が床に落としたノートを、今度は松田と相沢が手にする。リュークを見て固ま  
る二人の手にあるノートに、最後は模木が触れた。  
「ライ、トくん、ミ、サさん……本、当なん、です、ね?」  
 おかしな場所で言葉を区切りながら尋ねるL。ライトとミサは、首を縦に振った。  
「くくっ、はじめましてだな、L。俺はリューク。この勝負、お前の勝ちのようだ。け  
ど残念だったな。ライトとミサは、あと十秒で終わりだ。九、八、七……」  
 不気味にLに笑いかけるリューク。嘘だ、と言い膝を落とす松田、固まったまま動か  
ない総一郎、焦点の合わない目で二人を見つめる相沢、ノートを床に落とす模木――そ  
して、信じたくないです、と呟くL。  
「竜崎、本当は罪を償いたかった。けれど、この死神がそれすらも許してくれないよう  
だ……すまない、そして、さようなら」  
「みんな……ごめんなさい」  
 二人が静かに告げ、Lが何か言おうと口を開いた時、零、とリュークの低い声が響い  
た。  
 
 月と海砂は、瞼を閉じた。  
 
「――」  
 月が目を開いたとき目の前に広がっていたのは、良く知っている風景だった。  
「ミサ、目を開けて」  
 隣にいたミサにそう言ってから、月は辺りを見回した。  
(死後の世界って、こんなもの、なのか……?)  
 そんな事を思っていると、信じられない光景が目に入る。  
「なっ、皆どうしたんだ!?」  
 
月が目にしていたのは、長い長い時間を過ごした、ビルにある捜査本部だった。そし  
て、そこには本部のメンバー全員が倒れていたのだ。  
「父さん、竜崎!皆!しっかりしろ!」  
「こ、これどういう事なの、ライト!?」  
 ミサに尋ねられてもわからない、としか言えない。自分達は死んだはずだ。それなの  
に、この酷くリアルな空気は何だ。どう見たって現実じゃないか。  
 そんな事を頭の何処かで思いながら、月は一番近くにいたLの身体を揺さぶり続けた。  
「う……」  
 何度か身体を揺さぶっていると、Lは小さなうめき声を上げ、目を開けた。  
「竜崎!良かった、無事か」  
「ライトくん……どうしたんですか、そんなに慌てて……」  
「え……?」  
 竜崎は不思議そうに月を見つめる。月はその反応に戸惑った。どうしたもこうした  
も、先程キラだと自白したばかりではないか。  
 ――リューク……名前を書くのが面倒くさくなったのか?  
 そんな事も思いついた。ここが現実世界だと仮定すれば、この考えが一番妥当であ  
るように思える。  
――しかし、それにしては竜崎の反応がおかしい。  
「んーっ、やばっ、寝過ごしたー。あ、ライトくん、ミサミサ、おはよー」  
 思案している月を、人懐こい笑顔を浮かべて、まどろみながら松田が見つめた。  
 ――おかしい、何かがおかしい。  
 月と海砂は顔を見合わせる。死後の世界の事など分からない。だが、ここはそんな  
世界ではない。それだけは確信していた。  
「ライト、手伝いにきたのか?だが、今は私達だけで手は足りている」  
「ああ。今まで捜査に協力して疲れただろう?今日は家でゆっくりしているといい」  
「この事件は、俺達が絶対解決しますよ」  
 いつの間に起き上がったのか、総一郎と相沢、そして模木が二人に言葉をかけた。  
 ――どういう事だ?何が起こっている?  
 月は頭を抱える。冷静な月だが、さすがにこのような事態は今までに経験は無い。  
海砂は混乱するライトを心配そうに見つめた。  
 
「ククッ、ライト、ミサ。随分困ってるみたいだな」  
 よく知っている声が背後で楽しそうに言う。  
 ――まさか……  
 振り返った月と海砂の目に、信じられないものが飛び込んできた。  
 ――リューク……!  
 思わず大声を上げそうになったが、月は慌ててその声をかき消した。同じく叫びだ  
しそうな海砂の口も、素早く塞ぐ。  
「ライトくん、どうかしたのか?顔色が悪いぞ」  
「ミサミサも、顔青いよ。やっぱり、今日は帰った方がいいんじゃない?」  
「そうだな。辛いのなら少しここで休んでいくか?」  
 相沢、松田が二人の顔を覗きこみ、総一郎がそう提案した。月は、小さく大丈夫、  
と答え、言った。  
「お言葉に甘えて、今日は帰らせてもらいます。ミサは僕が責任をもって家まで送るよ」  
 この事態を把握する為には、リュークに事情を訊くのが一番早い。そう判断した  
月は、足早に本部を後にした。  
 
「リューク、どういう事だか説明してくれ」  
 ビルを出た月は、リュークを睨み、棘のある声を上げる。  
「ククッ、そこまで怒る事ないじゃないか。それに、説明しろと言われても、どこ  
からすればいいのか分からない」  
「……じゃあ、まず最初に、ここは一体何処なのか教えてくれ」  
 外の空気に当たり少し冷静さを取り戻した月は、リュークを見上げて請う。  
「もちろん人間界だ。天国でも地獄でもない。お前達がいた人間界だ」  
 ククッ、とリュークの喉が鳴る。月は目を瞑り、次の質問に移った。  
「では、どうして僕達は生きているんだ?」  
「そんなの決まってるだろ。デスノートを使わなかったからだ」  
 呆れた様にリュークは答える。その態度に多少の怒りは覚えたものの、今はそん  
な事に腹を立てている場合では無い。月は、最大の疑問を思い切ってリュークにぶ  
つけた。  
 
「リューク、面倒かもしれないが答えてくれ。まず、僕達にデスノートを使わなか  
ったのは何故だ?それから、お前はノートにペンで何かを書いていた。あのノート  
は何だったんだ?デスノートではなかったのか?――そして、捜査本部の人達のあ  
の態度は何だ?僕には、デスノート――キラ事件に関する記憶が全て無くなった様  
にしか見えないんだが……」  
「ハハッ、さすがだなライト。いいだろう、全部教えてやる」  
 リュークは一度咳払いをすると、言った。  
「まず、何で俺がお前達にデスノートを使わなかったのかだが、この答えは簡単だ。  
死神界に『デスノートを使った人間が、その真実を第三者に話した場合、その人間  
にデスノートを使ってはいけない』という掟があるからだ」  
「……何で、そんな掟があるんだ?」  
「その説明は後だ。その前に」  
 リュークは、腰のホルダーから黒いノートを取り出した。  
「俺が使ったノートだが、あれはデスノートじゃない。これだ」  
 そう言って、二人に手にしたノートを差し出した。  
 渡されたノートを月はじっくりと眺める。大きさはデスノートと変わらない。表  
紙が黒いのも同じだ。違うのは、表紙に何も書かれていない事位だった。  
「……」  
 恐る恐るそのノートを開くと、びっしりと小さな文字が並んでいた。目を凝らし  
て解読を試みて、月は声を上げる。  
   
――2003年、11月28日、午後4時30分、夜神月、デスノートを拾う  
――2004年、5月25日、午後9時14分、弥海砂、夜神月に接触  
 
 そこには、デスノートにまつわる全ての記録が事細かに記されていた。ただし、  
その記録は全てペンで書かれたと思われる二重線により消されている。  
「何なんだ、このノートは……」  
「それは死神用の記録ノートだ。死神が人間界に行って人間にノートを渡したとき  
からその人間が死ぬまでの記録が全て書かれる事になる。勝手に更新されていくん  
で便利だ」  
 
「ねえ、この二重線は何なの?」  
 それまで黙って説明を聞いていた海砂が口を挟んだ。  
「ああ。それも含めて、今から全部教えてやる」  
 リュークは月に渡した記録ノートを指差し、説明した。  
「まず、このノートを使えるのは死神のみ。例えこのノートを人間界に落として人  
間が拾ったとしても、普通のペンじゃこのノートには書き込めない。そして、ここ  
に書かれている記録を二重線で消すと、その出来事は全て無かったことになる」  
「――!」  
 月は言葉を失った。しかしリュークはまだ続ける。  
「ただし、死神だっていつ使ってもいい、ってわけじゃない。デスノートと同じ  
様に、人間を助けるために使えば死ぬらしい。この記録ノートの記録を消してい  
いのは、『デスノートを使った人間が、その真実を第三者に話した場合』のみだ」  
「……成る程、大体分かった」  
 月は動揺したものの、それを表には出さずに努めていつも通りの口調で言っ  
た。  
「つまり、僕とミサが捜査本部の人たちにキラである事を話したから、リュー  
クは掟に則った。デスノートは使えないから、記録を消したって事だな?」  
「そうだ。さすがはライト、察しがいい」  
「けれど、どうしても分からない事がある」  
「分かってる。何でそんな掟があるか、だろ?」  
「……ああ」  
 先程からずっと考えているが、何故その様な掟が作られたのかが、どうして  
も分からない。死神にとってデスノートを使えないというのは不便極まりない  
のではないだろうか。  
「それにもちゃんと理由はある。ライト、お前に会って間もない頃、俺は言っ  
たよな。『死神に憑かれた人間は不幸になる』と。お前は迷信だと思っていた  
ようだが、あれは本当の事だ。というより、死神界に『死神は、一度憑いた人  
間は不幸にしなければならない』という掟があるんだ」  
「……嫌な掟だね」  
「ああ、死神だからな」  
 
ようやく今までの説明を理解したのか、やっと海砂が口を開いた。  
 リュークは続ける。  
「俺達死神は、デスノートを使った人間にとって一番の不幸ってやつがどんな  
のか知ってる。それは、死ぬ事なんかじゃない――デスノートの記憶を持った  
まま生きていくという事だ」  
「――!」  
「……予想はしてたよ、リューク」  
 倒れそうになった海砂を素早く片腕で支え、月は言った。  
「キラ事件が無かった事になっている世界で、大量殺人犯としての記憶を背負  
って生きていく……考えただけで、気が遠くなってくるよ。これなら、死刑に  
された方が何倍もマシだ」  
 誰かに何か言われるという事はない。自分だけが重い十字架を背負って生き  
ていくのだ。それでも、これは自分が受けなければならない罰だと、月は覚悟  
を決めた。  
「これは人間にとっちゃ相当辛いらしくてな。今までも何人かこの罰を与えら  
れた人間を見てきたが、途中で発狂して死んじまう奴がほとんどだった。ああ、  
それから死んだ人間は生き返らないぞ。ついでに言っとくと、所有権の放棄も  
もう出来ない。これも掟で決まってる」  
「ああ、分かってる……ミサ、大丈夫か?」  
「う、うん、大丈夫だよ」  
 そうは言うものの、足はふらつき、顔は死人のように青ざめている。当然だ  
ろう。男である自分にとっても辛すぎる罰だ。若い女性にかかる負担はもっと  
大きいだろう。  
「すまない、ミサ。僕のせいでこんな事に巻き込んでしまって……」  
「ううん、ライトのせいじゃないよ。だって、デスノートを使ったのはミサの  
意思だもん――ミサ、頑張るよ」  
 罰を受けると覚悟した二人を、リュークは笑いながら見つめる。  
「さて、じゃあ俺は死神界に帰るぞ。こういう人間がいた場合は、特例で死神  
界への帰還が許される。ただし、俺は死神界からずっとお前達を見張っている。  
もし、お前達がデスノートを使う様な事があれば、すぐにお前達を殺す」  
 
「……使ったりしないよ、絶対に」  
「ククッ、お前達がこれからどんな人生を歩むのか、じっくり見させてもらう  
ぜ」  
 リュークは、じゃあな、と言い残し、空へと飛んでいった。  
 
「ミサ……僕はこれから築くよ。僕が、本当に作りたかった世界を。死神なん  
かに頼らず、自分の力で」  
「うん。ミサ、応援するね」  
 二人は空を見上げた。痛いほどの青がそこには広がっていた。  
 
――月日は巡り、六年が経った。  
 
「ようやく片づけ終わったね、ライト」  
 広いマンションの一室で、美しい女性が呟いた。買ったばかりの高級なソ  
ファーにもたれかかり、大きくあくびをする。  
「ああ、今日はお疲れ様、ミサ」  
 二杯のグラスに血の色にも似たワインを注ぎ、美しい青年――夜神月は、  
ソファーで疲れた顔をしている女性に、一杯を差し出した。  
「ありがと。ライト、乾杯しよ」  
「ああ、そうだな」  
 月からワインを受け取った女性――弥海砂――いや、本日からは夜神海砂  
――は嬉しそうに微笑む。月はゆっくりと海砂の隣に腰を下ろした。  
「それじゃ、私とライトの結婚を祝してかんぱーい!」  
「ああ、乾杯」  
 そう、この日、二人は結婚式を挙げたのだ。顔の広い二人の招いた客は、  
相当数になり、大変賑やかな式となった。中でも海砂の元マネージャーであ  
り月の先輩でもある松田は、涙を流しながら決して上手いとは言えない歌を  
熱唱し、会場を大きく盛り上げた。  
「……ねえ、ライト」  
 何口かワインに口をつけた後、海砂は小さな声で話しかけた。  
 
「何だい、海砂」  
「式を今日挙げたのは、偶然?それとも――」  
「……必然だ」  
 壁に貼ってあるカレンダーに、印がついていた。  
 
――2010年、11月4日 結婚式  
 
 そう、六年前、死神に罰を与えられた日と同じ日付だった。  
「僕も君も、絶対に忘れてはいけない日。僕達にとって一番残酷で、一番大  
切な日だから」  
「……うん、そうだね」  
 海砂は俯いた。あの日の記憶は、少しも薄れる事などない。  
 この記憶を抱いたまま生きていくのは、二人が予想していたよりもずっと辛  
く苦しかった。夢に見てうなされる日は何度あったか分からないし、ふとした  
瞬間に記憶が甦り叫びたいほどの衝動に駆られたりもした。  
 それでも、月も海砂も逃げなかった。月は警察庁に入庁し、法律を変えるべ  
く努力してきた。時効の廃止、覚醒剤所持などによる減刑の廃止、何らかの事  
情により刑をかせられない場合でも、しかるべき処置を行う為の新法案。全て  
が順調だったとは言わないが、Lの協力もあり、確実に世界は変わってきてい  
た。  
 また、海砂も相変わらず人気を博している。最近はミステリードラマの女探  
偵役がまわってくる事が多い。犯人を説得するときの表情が素晴らしいと、各  
方面から絶賛されている。  
「ミサ。僕がここまでやってこられたのは、君のおかげだよ」  
「そんな、それは私の台詞だよ……ライト、大好き」  
 ミサはグラスをガラステーブルの上に置くと、深く深く月に口付けた。  
「――ね、ライト……こんな日に言うのはどうかと思って、黙ってたんだけど」  
 唇を離した後、海砂は珍しく戸惑い気味に言葉を発した。  
「なんだい、ミサ」  
「……あの、ね。私……月としたいの」  
 
「え……?」  
 月は海砂を黙って見つめる。確かに結婚して初めての夜ということを考え  
れば、自然な流れではあるだろう。しかし、今日は最も辛く哀しい日でもあ  
る。そんな日に自分の欲望に任せて行動して良いのだろうか。  
 月が返事に迷っていると、海砂が続けた。  
「こんな事言うの、不謹慎だって分かってる。でもね、ライト。私、やっぱ  
りライトが好きだから、結婚したっていう証明が欲しいの。それに……」  
 言葉を切った海砂。そしてその後、信じられないような事を口走った。  
「もし今日凄く印象に残るような事が出来たら、この日はずっと記憶に残る  
と思わない?」  
「――!」  
 月は海砂を凝視する。  
「ふっ、はははは!」  
「ラ、ライト!?」  
 刹那、月は破顔する。全く、彼女の発想にはいつも驚かされてばかりだ。  
「もう、笑う事ないじゃない、ライト!」  
「いや、ごめんミサ。ああ……返事がまだだったね――いいよ」  
「……え?」  
「……いいよ、しよう。一生忘れられない位の事を」  
「ラ、ライト……」  
 うっとりとした目つきでこちらを見る海砂を抱き上げ、月は寝室に向か  
った。  
 
 
「んっ……」  
 空色のダブルベッドの上で、二人は口付けを交わした。互いに既に衣服  
は纏っていない。  
「――ライト……」  
 唇を離され、ベッドに優しく倒された海砂が月を呼ぶ。  
「……今日は、本当に裸で出来るんだよね……」  
 
「――ああ、そうだな」  
 二人が身体を交えるのは初めてではない。三年程同棲していたので、何  
度か経験はある。だが、生真面目な月は、決して避妊具を忘れなかった。  
海砂はこっそりと全部道具を処分してやろうかとも思ったが、月にそんな  
隙は無かった。  
 隔てる物が何も無い状況で繋がるのは、今日が初めてだ。  
「嬉しい……でも、何か緊張しちゃうね」  
「そうだな――僕もだよ、ミサ」  
 そう言うと月は、海砂の形の良い胸を両手で掴んだ。  
「……!」  
 びくり、と海砂の身体が跳ねる。海砂を知り尽くしている月は、彼女が  
気持ちよくなる様に手を動かす。  
「――っ」  
 軽く爪を立てて固くなっている突起をつままれ、痺れる様な快感が海砂  
を貫いた。  
「ミサ……少し、胸大きくなったか?」  
「んんっ、ライトが、いっぱい揉むからだよっ……」  
 柔らかな両の乳房をゆっくりとこねると、海砂は悩ましげに腰を揺ら  
す。だんだんと、海砂の秘部は湿ってきていた。  
「ね、ライト……別のとこも触ってよ……」  
 胸だけを刺激され、海砂の身体はもどかしさを感じていた。最も触れ  
て欲しい部分はもう濡れそぼって彼を求めているというのに、月はそこ  
に決して触れようとはしない。  
「別のとこ、だけじゃ分からないよ、ミサ」  
「嘘、嘘吐き、分かってるくせに……!」  
 意地悪く微笑む月を、海砂は涙目で睨みつける。月はまだ、胸を揉み  
続けている。  
「――っ!」  
 海砂のそこは既に限界だった。腿を擦り合わせながら、海砂は告げる。  
「わ、私のここ……触って……」  
 
 右手を伸ばし、濡れた部分を指し示す。月はよく言えました、と言う  
と、そっと割れ目に手を伸ばした。  
「ふあっ……!?」  
 一際高い声が海砂の口から漏れる。彼に触れられただけで、頭がおか  
しくなりそうなほどの快楽が身体を支配する。  
「すごいなミサ……」  
 呟き、月は海砂の充血した芯に触れる。そこは濡れて、膨張していた。  
 月は指の腹で、そこを撫でた。  
「うあ……!?ライト……」  
 最も敏感なそこを月に擦られ、海砂はシーツに爪を立てた。  
「やだっ、ライト……ミサ、おかしくなっちゃうっ……!」  
 それはもう泣き声に近かった。けれども、月はそこに刺激を与えるの  
をやめない。最初はゆっくりと、それから徐々に速度を上げていく。  
「――あんっ!ライ、ライトっ……!」  
 彼女の声が高くなったと同時に、少し速度をゆるめる。海砂はもどか  
しげにこちらを見る。それを合図に、月はもう一度速度を上げた。  
「うう、ううんっ……!」  
 限界が近いようだ。そう感じた月は、更に速度を上げた。  
「――!ライトッ……!」  
 ミサは月を呼びながら、一度目の絶頂に達した。  
 はあはあ、と息を切らせる海砂の額に、そっと唇を落とす。大丈夫か、  
と尋ねると、苦しそうに笑って、頷いた。  
「ミサ、指を……」  
「あ、待ってライト」  
 海砂を慣らそうと裂目に指を差し込もうとした月を、海砂が制止する。  
「何だ?」  
「早く……繋がりたいの。だから、いいよ、もう来て」  
「なっ、何言ってるんだミサ!」  
 
 いくら充分に潤っているとは言っても、慣らさずにいきなり突き立て  
るのは危険だ。大体、海砂は女性の中でも小柄な部類だ。そんな彼女の  
中に急に入れば、出血もしかねない。  
「いいの、来て……それに、ライトだって苦しそうじゃない」  
 海砂は月の下腹部に目を落とす。確かに彼のそこは、大きく勃ちあが  
っていた。  
「それはそうだが……」  
「ね、お願い……」  
 潤んだ瞳で見つめられ、月はついに降参した。  
「……分かった。ただし、危なかったらすぐにやめるからな」  
「うん、ありがとう」  
 海砂は微笑み、軽く脚を開いた。そのきつい部分に、月は自身の先端  
をあてがう。  
「――っ!」  
 その異物感に、海砂は声にならない悲鳴をあげる。想像していたより  
も痛い。  
「ミサ、やっぱり……」  
「いいの、やめないで!ライト、来てっ……!」  
 懇願され、月は少しずつ腰を進めていく。  
「んっ、んんっ……」  
 身体を仰け反らせながら海砂は耐える。やはり痛みはまだ消えない。  
しかし、先程よりは幾分慣れてきたようだ。少しずつだが、月のそれを  
受け入れていく。  
「ん、ミサッ……」  
 海砂のそこに締め付けられ、月もたまらない快感を覚えていた。自分  
のものからも液が分泌された事も手伝って、徐々に滑らかに動けるよう  
になっていく。  
「うっ……全部入った、ぞ、ミサ……」  
「うんっ……ライト、嬉しいっ……」  
 
初めて、何も着けずに繋がる事が出来た。まだ僅かに残る痛みは、そ  
の喜びですぐに消えた。  
「――動くぞ、ミサ」  
「うんっ……」  
 一度引き抜き、もう一度突き上げる。それを繰り返し、徐々に速度を  
上げていく。  
「ライト、気持ちいいっ……!」  
「――はっ、僕もだ、ミサ……」  
 もう痛みはなかった。ただ、繋がっていられる事が嬉しい。相手が喜  
んでくれるのが嬉しい。  
「――ミサ、ミサッ……」  
「――ライト……!」  
 二人は互いの名を呼び合った。溶けてしまいそうな程に身体は熱い。  
「うっ……!」  
「ライト……!」  
 最後に大きく突き上げた瞬間、海砂のそこが強く月を締め付けた。  
「……っ!」  
「ミサ……」  
 月は海砂の中に、全ての精を吐き出した。  
 
 
 
   
「気持ちよかった……」  
 シャワーを浴び、きちんとパジャマを着込んだ二人は、ベッドに並ん  
で寝転がっていた。  
「ああ……これで11月4日は、よりいっそう忘れられない日になったな」  
「ふふ、そうだね」  
 隣で横になっている月に、海砂は囁いた。  
「ライト、大好き」  
「僕もだ、ミサ」  
 微笑みを交わした後、月はゆっくりと電気を消した。  
 
 
 
 
 11月4日。  
 二人にとって最も残酷で、最も大切な日。  
 そして、二人が初めてきちんと繋がった日。  
 
 
――了  
 
 

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