「何ですかまた気持ちの悪い…不愉快です」
腰を下ろす度に尻を押さえて呻くジェバンニを、ニアが冷たい目で見つめた
そんな日のまた別の話である。
(暗転:響く出囃子。大衆で溢れる歌舞伎小屋。)
「いよっ!吉田屋!弥ー!!」
演目を終え大衆からの声援を背にして、しずしず花道を帰っていく女形。
大舞台へ戻り、上手、下手へ誘うように腕を広げ
そのままゆっくり礼をするその頬は、うっすらと赤く上気していた。
彼女の名前は、弥海砂。近隣にある芸者小屋の芸子である。
生まれ持っての器量のよさと、どんな役柄でもこなす演技力から
多大な人気があり、巷ではもっぱら「出雲のお海砂」とも呼ばれる花形役者だ。
本日も「吉田屋」のトップとして宣伝舞台を終え、お海砂が舞台袖から楽屋へ戻ると
これまた座の二枚目を張れそうな色男がそこにいた。
「ら、月…」
月と書いてライト。さわやかな微笑をたたえている彼は夜神月という。
彼も役者ではないが、巷にまた別の名前を持っていた。
その名を呼ぶ大衆がそれを彼だとは認識していないのだが、それはまた別の話である。
「どう…だった?」
今だ頬を染めたまま、は…と荒い息を吐きお海砂は月に尋ねた。
大きな瞳はうるみ、その上の細い眉は切なそうに寄せられている。
「うん、悪くなかったよ」
余興としてはね。と軽く微笑む月の前でお海砂はするすると舞台衣装の裾を上げていく。
するとそこには一筋の透明な粘液がつたい、彼女の白い太ももはそれでぐっしゃりと汚れていた。
「も、限界…」
その言葉が早いか否か、彼女の足の間から卑猥な形をした木片が地に落ちる。
ごろ…と楕円を描き、月の足元へ転がってきたその木片、張り型。
それをお海砂の元へ蹴り返しながら、月はつまらなそうに溜息をついた。
「そう…」
ぺたんとその場にくずれ落ちたお海砂を傍らに残し、月は楽屋の戸へと向かう。
「海砂はもっと僕を楽しませてくれると思ったんだけど…仕方がない、帰るよ」
「ま、待って!」
がくがく震える足を堪えて立ち、お海砂は月の背に倒れこむようにすがった。
「もっと頑張る、頑張るから…」
「でも海砂…」
「海砂、月のためなら何だってできる」
お海砂の言葉に戸にかけた手を離して振り返り、その場で腕を組んだ月は
冷淡な視線のまま、くいっと顎で張り型を差す。
「ん…わかった」
ぺたんと床に尻をつき、ころがった張り型を大切そうに拾い上げるお海砂。
月から与えられたそれは、演目の間中ずっとお海砂の胎内に潜んでいたのだ。
この変態!と他の男の前なら彼女はそう叫ぶであろうが、誰でもない月の指示。
彼にとってはただの退屈しのぎでも、恋愛至上主義の彼女にそれを断る理由などない。
愛しい彼のためと、お海砂はうずく快楽に耐えて幕が下りるまで舞い続けたのだ。
「ん…ふ…月…ッ」
大きく膝を割ってその中心へ、お海砂は躊躇うことなく張り型を当てる。
ゆっくり馴染ませるように、それをまた胎内へ戻していくが
月はその様を何の感情も表さない瞳で見下ろしていた。
「ん…ッん…、は…ッ」
長い睫を伏せ小さな両手でゆるゆるそれを進退させる。
瞳の裏で彼を思い描き、これは彼の分身だと言い聞かせれば
容易に快楽が訪れることをお海砂は体中で知っていた。
彼に抱かれた記憶が脳裏いっぱいに広がりそれだけで彼女は達してしまいそうになる。
「月…!月ぉ…」
幾度となく愛しい彼の名前を呼び、細い腰を震わせるその従順さ。
女なんて簡単だ…と白け、月はもたれていた戸から背を離すと、お海砂に歩み寄り
ぱっくりとくわえ込まれた張り型をつま先で蹴り上げた。
「あ!やぁ…あぁ…ーッ!!」
びりびりと背筋に電流がほとばしり、お海砂の目蓋に映った月は真っ白に消えていく。
荒い息を吐き、とぎれたように髪を垂らすお海砂を見つめ、月は
「勝手にイクなんて誰が許した?」
と忌々しそうに舌打ち、小さな顎を掴んだ。
胎内に残った張り形を乱暴に引き抜き、長い指を埋めればそこは粘着質な音を立てて脈打つ。
「ゆるいな…まったく海砂は駄目だな」
「あっや…だって!ひ…あ、月、また…ッ」
いっちゃうぅ!と悲鳴を上げるお海砂の口に月は己を押し込んだ。
「僕を楽しませてくれるんだろ…」
退屈させるなと呟き小さな頭を掴んで前後させながらぼんやりと天を仰ぐ。
つまらない…
神を相手にオチがつかないまま一件落着とする。