時は大江戸。
天下泰平の世を騒がすは吉良事件。
憎き罪人をぱたりぱたりと冥土へ送るその奇怪な事件は
今日も城下に住む民衆の口から口へと広がっている次第であった。
(暗転:夜闇に映る満月、かぽーんと獅子脅しの鳴る露天風呂。)
「旦那様、お一つどうぞ…」
とっくりを傾け妖艶に微笑む湯霧に包まれた美女、おハル。
そのむっちりとした肌を酒の肴にして
「苦しゅうない。近う、もっと近うよれ。」
と、羨ましくも旦那様と呼ばれたその男は豪快に笑い猪口を煽った。
「んん、柔らかそうなもんつけとるのう。どれ…」
たわわな胸にいやらしく手を伸ばせば、そっと細い指で咎められ
男の肩によよよとおハルがしなだれかかる。
「いけません、こんな所では…」
うふんとお色気たっぷりに視線をおくり
「後で…じっくり、かわいがって下さいまし…」
とおハルは初心に頬を染め上げ、また男の猪口に酒を注いだ。
「はははは!愛い奴よのぉ〜!」
でろんでろんに鼻の下を伸ばし、何杯目かわからない酒におぼれ
湯に浮かぶ盆にもりもりと空のとっくりが積み上げられる。
やがて男はざぱーんと湯船から立ち上がり、あーれーとおハルは声を上げ
その体がふらふらと揺れているのをひやり冷たい目で確かめた。
「んん?ちと飲みす…ぎ…」
ぶくぶくぶくー…
「…ちょいと、本当にこいつが吉良なんでしょうね。」
男の体が湯に沈むと同時に垣根に生えた茂みへ問いかける。
がさがさと音を立て、遊び人風の出で立ちをした男が姿をあらわすと
おハルはその眼前で恥かしげもなく、手渡された手ぬぐいで濡れた体を拭った。
「ああ。おかげさまで眠剤全部使い切っちまった。」
マットのやつまた調達に手抜きやがって…と
ぐっすみんと筆で書かれた小瓶を逆さにして振るう。この男の名はメロと言う。
茂みの隙間からせっせと内職よろしく睡眠薬入りのとっくりを
盆上に用意し続けた努力と根性の人である。
んもう、指しわしわになっちゃったじゃないとぼやくおハルに
メロは笑い「仕方あるめぇ、Lのお沙汰だ。」と返す。
「だけど…」
むんずとメロに首根っこをつかまれ、湯船から引き上げられているその男。
Lが言う吉良の印象と大きく食い違っているのだけれど…。とおハルは首をかしげた。
第一、あの「吉良」がこんなにあっけなく捕まるものなのだろうか。
「ちょ…!こいつロッドじゃねーか!!」
騒々しい声におハルは視線を上げる。
こいつ近辺の賭場を牛耳っているやくざ者の頭だよ!とメロが騒げば
やっぱり…と腑に落ちる豊満な胸に、伸ばされた男のごつい手を思い出した。
「…どういう事か、説明してもらえる?」
Lのお沙汰に狂いはないはずだ。じっとりと眉間に皺を寄せてメロを睨む。
体を張った私の労力と耐え難い時間は何だったのか。全部無駄ってことか。
「ここで生活してもいいのよ?」
しょんべん色した頭をがっつり掴み湯船に沈める。
「お、俺に言うな!うっかり野郎から確かに…!」
「と、言う事です。諦めて下さいリドナー。」
凛とした声に振りかえれば、無表情に毛先をいじる小柄な男。彼の名はニアと言う。
「まずは何か身に付けてください。ジョバンニが気持ち悪い。」
若さゆえうずくまる男と、目を伏せておハルの着物を手にした男がその後ろに控えていた。
レスターから着物を受け取るとばさっと音を立ててそれを羽織り
白い鎖骨とうなじをぎりぎりまで見せ付けるように帯を締める。
「瓦版のお清と吉良がこの宿で密会をする。Lのお触れは確かです。」
ですが…ぽんと肩に乗る手にニアは言葉を区切る。
「どうやら馬鹿がその部屋を間違えたようです。」
道を開けるニアの影から、もう一人。黒い隈取りに威厳を感じさせる猫背の男が現れた。
「「エ、L…ッ!!!」」
ははーっとお約束どおり、おハルとメロは頭を低くしてその男に跪く。
まあ、それはいいですよ。とLはその頭を頭上から手を振って止めさせた。
「最近おとなしくしていると思ったらすぐこれです。」
手首に巻きつけた綱を張り「どーもぉ」とヘラヘラしているす巻きの男を引きずり出す。
「ジョバンニが一晩でやってくれました。」とニア。
「我々が気付いた時にはもう無駄足でした。どうしてくれるんですか松田ー。」
「え?ここ、黄門様がよいよいって言うとこじゃないの」
「うるさい馬鹿空気嫁松田ー。」
くわと口を開け松田と呼ばれた男に罵詈雑言を浴びせかける和意水家一代目L。
「うっかりどころか公務執行妨害ですボケまっしぐらも大概にしてください松田の馬鹿。」
これにて、駄文は一件落着である。