長時間暖房に晒されたこの部屋は、不快だと思える程に暑く、空気も澱んでいる気がする。  
Lは眉間に皺を寄せながら、手元にあるリモコンに手を伸ばした。  
 
その手首からはジャラジャラと鎖が擦れる金属音。  
が、肝心の24時間行動を共にする筈の夜神月の姿は無かった。  
 
その変わりと言っては何だが、  
目の前に広がるモニターには月の部屋を映し出した映像があり、  
Lは椅子の上で窮屈に体を折り畳み、じっと彼の様子を観察していた。  
 
カップに手を伸ばし、砂糖がたっぷり入った  
酷く甘ったるいコーヒを一口啜ったところで、内線電話がけたたましく鳴った。  
 
「竜崎さーん。見てる?見てたらミサの部屋の鍵開けてくんないかなぁ?」  
 
直ぐに映像を切り替えると弥海砂が、  
怪訝な面持ちで訴えかけて来る姿が映し出される。  
 
「…………どうしました?」  
 
「あはっ…、やっぱり見てたんだ。ライトと24時間ずっと一緒じゃなかったのぉ?」  
 
「……言ったものの…私、月君と一緒に生活してるとどうも調子が狂ってしまって。  
特に月君は規則正しい生活で…とても私には付いて行けません。  
なので、夜はこっそり手錠を外してるのです……」  
 
「何それぇ?まるでライトがおかしいみたいじゃん」  
 
「………そんな事はどうでもいいです。何ですか?」  
 
「あっ……そうそう。ライトの部屋に行きたいから鍵開けて!  
今なら竜崎さんいないから、ラブラブ出来ちゃうし〜」  
 
胸の前で手を合わせ、懇願するような瞳で訴えかけて来る海砂だが、  
Lが素直に「はい」と言う筈も無く。  
「駄目です」の一言で片付けられてしまった。  
 
「どうしてよー!どうせそこからライトの部屋も見てるんでしょ?  
変態!見てるなら安心じゃないの!」  
 
疲労と寝不足も手伝ってか、海砂のキンキン声が頭に響き、頭痛さえ感じる。  
 
「ねぇ?ねぇってば!!ねぇ―――!!ねぇ!!!!ねぇ――――!!!!!!!!  
ミサ開けてくれないと死んじゃう――!!ライトに会いたいのぉ!!!」  
 
Lは深々と溜め息を吐く。  
 
「………分かりました。一時間だけなら良いです。  
そんな騒音みたいな声で喚かれたら、機械が潰れそうですから。  
その変わり、モニターを通して常に私が見張っている事をお忘れなく」  
 
Lは眉間に皺を寄せながら、しぶしぶ海砂の部屋キーを開けるボタンを押した。  
 
「あはっ。ありがと♪」  
 
モニターに映る海砂はるんるん気分と言ったところだろうか、  
鼻歌まじりに部屋を後にした。  
 
Lは再び月の部屋を観察する。  
依然変化が無いその映像を前に自然と甘い物が進んだ。  
シュークリームを一つ口に放り投げ、甘ったるいコーヒーで流し込む。  
 
疲労と寝不足で疲弊しきっている自分の体を知りながら、  
睡眠という休息の道は選ばずにいた。  
否、感覚が研ぎ澄まされている今は、寝ようにも熟睡出来ず直ぐ目が覚めてしまう。  
今の思考を凌駕する他の何かががあれば別なのだが。  
 
10分程経っただろうか、おかしい。  
海砂の部屋と月の部屋は同じフロアで無いにしろ、  
一階隔てただけで3分とかからず行けるだろう。  
月の部屋には依然変わり無く眠っている彼の姿だけしか無く、  
海砂の姿は何処にも無かった。  
 
常に冷静沈着を保つLだが、流石に焦ったのだろうか。  
椅子から身を乗り出し、幹部全員に伝えようと内線ボタンを押そうとした時だった。  
 
「あはっ……竜崎さん発見〜♪」  
 
背後から甲高い女の声がした。  
 
「………で?どういうつもりなんですか?」  
「何が〜?」  
 
椅子の上に座り込むLと向かい合うように座る海砂。  
彼女の表情は普段となんら変わり無い。  
 
「何が。じゃありませんよ?月君の部屋に行きたいって喚いてましたよね?  
何故貴女はここにいるんですか?」  
 
「…………竜崎さんって頭はきれるのにそういう所は鈍感なのね」  
 
「…私嘘は嫌いです。  
それに貴女がどんな駆け引きを行おうとも全て無駄です。無意味です」  
 
「別に駆け引きなんてするつもり無いもーん」  
 
Lの表情は至って変わらず、  
いやいつも疲弊の色が濃く、憔悴しきっているように見受けられる。  
目下の隈が普段より色濃く見えるのは、睡眠が極端に足りていない証拠だろうか。  
 
「こんな所から月を監視してるなんてやっぱり変態よ。  
それならずっと手錠で繋がれたままでいいじゃない」  
 
「はぁ……。めんどくさいですね。さっきも言いましたよね?  
彼と生活を共にするのは私にはストレスになると………」  
 
やや苛付いているようにも見えるLの顔。  
海砂には新鮮に感じる。  
 
Lはデスクの上に無造作に置かれたチョコを頬ばると、  
もう1つ摘みながら海砂に差し出した。  
 
「食べますか?」  
「…………うん」  
 
海砂はLから貰ったチョコを伏目がちに見つめるだけで、口に運ぼうとしない。  
Lはもう1つ摘み上げると2個目のチョコを口へ放り投げた。  
 
「……どうかしました?食べないんですか?」  
 
黙り続けている海砂の顔をLは体を反らし覗き込む。  
何処か切羽詰った様子なのか、眉間に皺を寄せながら大きな瞳を上げると  
彼女の口から予想もしなかった言葉が吐き出された。  
 
「……竜崎さんの口から食べさせて…」  
「???」  
 
驚きの余り、摘み上げた3個目のチョコを落としてしまう。  
 
「………何…言ってるんですか?」  
 
酷く驚いた顔をしてるだろう、自分でも間抜けだなと思う。  
 
「…竜崎さんでもそんな顔するんだ。  
もう分かったでしょ?ここに来た理由も。何でライトの部屋に行かないで  
わざわざ竜崎さんの元へ来たか。……もっと女心勉強した方がいいよ?」  
 
クスっと笑う海砂の顔が虫生に苛立ちを誘う。  
こんなくだらない理由で負けたと思うのは相当疲れている証拠か。  
 
「……ミサさんがそんな女の子だったとは知りませんでした。  
月君一筋に見せかけて実は………私少々ショックを受けました」  
 
Lは落とした3個目のチョコを無視し、  
海砂の掌にある溶けかけのチョコを摘み上げ口に運ぶと強引に海砂の頭を引き口付ける。  
いきなり過ぎるLの行動に驚く暇も無く。  
海砂の口内は甘ったるいチョコの味が広がり、瞬く間にとろりとした唾液の感触が広がった。  
 
「ん……ふ…」  
 
執拗に長い口付けに息が詰まりそうになる。  
蕩けそうな程甘く濃い口付けに翻弄されながら、  
微かに体が強張る海砂をLは冷静に観察していた。  
 
「……満足……ですか?」  
「……は………竜崎さんって意外とキス上手いのね…。ミサ…びっくり」  
 
月と何か画策しての行動か?  
刹那モニターに目を向けるが、月には変わったところは見受けられない。  
 
「ミサさん…月君が映るモニターを前にして良く平気でいられますね?」  
 
「……そ、そりゃあ…少しは……。ミサだって罪悪感感じるよ。  
何なら場所を変えてもいいけど……ミサの部屋に来る?」  
 
「それは遠慮しておきます。月君から目を離せませんから。  
それに今日は部屋に帰って下さい。私…疲れてるのかどうかしてたみたいです」  
 
バツが悪そうに嘆くLだが、本音か演技かさえ分からない。  
 
海砂は背を向けたLの丸まった背中に馴れ馴れしく抱き付くと、猫のように甘えて見せた。  
 
「嫌よ…もう帰れない……。竜崎さんだって本当は我慢してるんでしょ?  
キラ捜査でずっと缶詰で溜まってるでしょ?……  
其れともしかして経験無いとか……?…興味無さそうだもんね。セックスに」  
 
表情こそ見えないが、声色でクスリと口角を上げるミサの顔が容易に想像出来る。  
一度覚えた苛立ちがゆるゆると加速を持ち初めているのをLは知った。  
 
「……別にどう思われようとも構いませんが……興味が無いだけです。貴方に」  
 
挑発に乗らないよう、平坦な音程で無粋な言葉を吐き捨てる。  
 
「な、何それぇ!?アイドルのミサだよ?どうして?私はこんなに竜崎さんが好きなのに!」  
 
「……そうですか。それは嬉しいですが」  
 
「竜崎さんは誰かを好きになった事無いの!?」  
 
「……。捜査の妨げになるだけですから。  
それに私…こう見えて実は嫉妬深いんです。  
そういう感情は排除しないとこの仕事はやって行けませんから」  
 
「えぇ!意外!嫉妬深いんだっ。どんな風に嫉妬しちゃうの?」  
 
「それは秘密だから言えませんね」  
 
「何それぇ、つまんない〜。でも…それで人を好きにならないなんて寂し過ぎ無い?」  
 
「仕方有りません」  
 
余りにポーカーフェイスを崩さないLに腹が立ったのか、  
海砂は唇を噛み締めると、椅子ごと彼を回転させ、今度は海砂から唇を重ねた。  
 
先程とは違いチョコの味はしないが、  
Lの極度の甘党の所為か何処か甘ったるく感じる口付け。  
貪るように男の口内を探り唇を交わし、何処か躍起になっているようにも感じられる。  
 
仄かに香る香水が女の匂いを思い出させ、  
またその香りは果実に似たもので甘ったるくL好みであった。  
 
酷い眠気が先程から襲っているのは分かっていたが、頭の心が呆けして行く。  
 
Lの髪に触れていた海砂の指が擦り抜け、僅かに冷えたそれが頬に滑り落ちる。  
何処か戸惑いを見せる不慣れた手付きだとLが考えていると、  
頬を滑る指が肩を通り、下腹部へと辿り着いた。  
 
折り曲げられているLの足を煩わしそうに除け、細い腕を滑り込ませる。  
自然と床に付いた足元を伏目で確認すると、  
海砂は躊躇わずジーンズのジッパーを降ろした。  
 
「ミサさん……」  
 
制するのもめんどうであったLは、  
観察するように指を咥えながら彼女の行動を見ているだけで。  
 
だが、女の指先が陰茎に触れるとゾクリと背筋がしなる気がした。  
まるで記憶から無かったように  
随分と長い間忘れていた気がする痺れるような甘い感覚が緩やかに広がる。  
それは肌から脳へと一気に辿り記憶を蘇えらせる。  
熱がじわじわと滾り、こんな疲れ切った体でも性欲は正常だと自嘲気味に薄く笑った。  
 
細い指先はやはりまだ冷えていて、しかし男の欲を煽るには十分であった。  
熱を持ち初めている陰茎を掌で包み込み、  
ゆっくりと擦り上げる仕草は確かな刺激を与えて来る。  
 
「気持ち良い?」  
 
海砂が上目遣いに見上げて来る。  
Lはその言葉に返事を返さず、与えられる快楽に目を閉じるとそっと首を仰け反らした。  
 
「あはっ…ミサ嬉しいよ」  
 
短く呟くと硬くなり始めたそれに唇を落とし、赤い舌を覗かせ遠慮しがちに舐め始めた。  
たどたどしく蠢く舌が、何処か戸惑いを感じさせる。  
 
だが今にも吐息が漏れそうな程感じているのは事実であり、  
Lはそれを悟られないように再び喉を仰け反らせた。  
 
「…ん…は…っ……」  
 
吐息を漏らしながら自分の陰茎を懸命に舐め上げる彼女の姿は、  
久しく抱いていない女の肌を思い出させ、  
何処か慣れて無い舌使いも、幼い彼女の顔立ちも  
淫らに広がる水音も、全てが卑猥で欲を煽る演出にしては上出来過ぎると薄く笑う。  
 
同時に自分の中の嗜虐心も煽られるのをLはじわじわと感じていた。  
嫌な癖だ。極度の疲弊感でのセックスはいつもこうだ。  
 
完全に勃起した男の陰茎を全て口に収めるのは苦汁を虐げられるのか。  
先端は喉奥の粘膜に触れている事さえ分かる。  
苦しいのだろう、時折妖艶と呼ぶには相当遠いくぐもった声が漏れる。  
 
「ミサさん…口に出しても…良いんですか?」  
 
海砂の喉奥が収縮すると同時に舌も激しく蠢き、待ち侘びた限界を感じる。  
極度の快楽を甘受しながら、僅かに乱れた声色で問いかけると海砂は小さく頷いた。  
 
「う……ぉえ…………」  
 
白濁の液体が海砂の口内に勢い良く広がった。  
 
「……吐き出して下さい。  
…どうやら私自分でも知らない内に相当溜まってたみたいです」  
 
Lは嗚咽する海砂にそっとティッシュを差し出し、  
汚れた彼女の口周りを優しく拭き取ると、  
そのまま長い指を口内に入れ乱暴に掻き混ぜた。  
 
「んっ…何するっ―――ぅうっ…え…」  
 
白濁を掻き出すように乱暴に口内を掻き混ぜれば、  
先程の行為も手伝ってか、吐き気さえ感じるのであろう。  
砂の顔が苦痛に歪む。  
 
「はぁ…はぁ…え?…今度は何?…ん…」  
 
ぬるっとした感触が指に感じられなくなると、  
Lは側にあった自分のコーヒーを差し出し無理矢理飲ませた。  
 
海砂が飲み干すのを待つと、  
未だ苦しそうにしている彼女の腕を無理に取り、強引にデスクへと押しやった。  
 
海砂をデスクに抱え上げると、Lは貪るように再び唇を交わす。  
自分の吐き出した精液の味や感触が残るのは我満ならなかったので、  
綺麗に洗浄したつもりだが、何処か生臭い香りがするような気がして  
躊躇しようとするも体が止まらなかった。  
 
「ぁ…は…りゅ…崎さん…?…ミサを…ミサを抱いてくれるの?」  
 
「……どうやら私…もう止まらないようです…。  
貴女に欲情するなんて少々癪ですが…。後悔しても遅いですよ?」  
 
「後悔なんて………ミサしない……」  
 
「知りませんよ?私女を抱く事なんて何とも思ってませんから」  
 
短く言い捨てるとLは海砂が身に付けているTシャツを一気にたくし上げる。  
白く滑らかな女の肌が曝け出された。  
下着越しではあるが、二つの膨らみへと手を伸べきつく揉み上げる。  
 
いくら冷静なLであっても、込み上げて来る欲に勝る術は無く。  
それに加え、禁欲状態の中で急に駆り立てられたのものだから勢いは増すばかりで。  
酷い眠気と酷い性欲が比例するようにLを駆り立て、  
口調さえ落ち着いてはいるものの体は限界であった。  
 
「ミサさん…震えてますよ?」  
 
肌に落ちる男の骨ばった指先がその緊張を辿る。  
海砂の背後に映る月の映像が苛立ちを増長させ、Lはボタンを押すと画面をOFFにした。  
 
「…え?…消しちゃっていいの?」  
 
「今の月君からは何も出て来ないですから……それより…ミサさん…」  
 
Lは海砂の柔肌を弄ぶように指を滑らせ、  
時に強引に触れながら愛撫を楽しむ、楽しませる。  
彼女の背に腕を回すと慣れた手付きでブラジャーのホックを取った。  
 
然程大きく無い乳房に舌を滑らせ、  
乳首を甘噛みすると初めて甘い声で海砂が鳴いた。  
 
「……私を誘って挑発したつもりでしょうが…  
別に私は貴女の策略に嵌った訳ではありません」  
 
「あっ…は…何?それ…っ?」  
 
「………ミサさん………初めてですね?」  
 
「え?」  
 
疲労した黒目がちの瞳が上目使いに女を捕える。  
何もかも見透かされたようなLの不気味で無感情な瞳に思わず海砂の体が強張った。  
 
「……。貴女が好きなのは、好意を抱いているのは私では無く月君。  
女性なら好きな男性とやりたい思うのが普通じゃ無いですか?  
……先ほどの口淫と……まぁ…初めてにしては上出来ですが……。  
私に触れられた貴女の反応で分かりました。  
口では強がってるつもりでしょうが、体は可哀想な程震えていましたからね」  
 
「なっ…何言ってんの…?」  
 
図星を付かれたような酷く困惑した海砂の表情と声を前にLは細く笑んだ。  
 
Lの指が海砂の頬を捉えると、ビクリと驚いたように僅かに顔を逸らせる。  
 
最初は何を考えてるか分からなかった海砂の思惑も  
今なら手に取るように分かり、益々愉快でならない。  
 
別に彼女に言う必要は無かったが、反応を窺う事で一層楽しさが増すと言ったところか。  
どうせ暇潰しをするなら楽しい方がいい。  
 
「本当は…私に触れられるのでさえ嫌なんでしょう?  
では何故貴女がそんな私にわざわざこんな事を頼んだのか。当ててみましょうか?」  
 
海砂の反応を窺いながら、Lが意地悪そうな目で問い掛ける。  
待ち侘びた言葉を聞くにはそう対して時間を要さなかった。  
 
「………っ……。私っ…ライトに…愛されたいの…好きなの。  
どうしようも無く…死ぬほどライトの事が好きなの!」  
 
唇を噛み締め、願うように吐き出される声は酷く切なげで  
硬く握られた拳がわなわなと震えているのが、彼女の心境を浮き彫りにしている。  
 
「……そうですね。それは分かってます。  
…じゃあ月君に頼めばいいじゃないですか?」  
 
尚も表情を崩さないLの瞳の奥が密に笑っている気がして、  
海砂は言いようも無い憤りと虚しさを覚える。  
そして、まるで怯えた子供のような表情と失望感に囚われた表情が  
一層Lの嗜虐心を煽るのを海砂は知らない。  
 
「…分かってる癖に聞くなんて意地悪だね」  
 
「…知りませんでした?私苛めるの大好きなんです」  
 
Lの口角が僅かに上ると、背筋がすーっと寒くなる気がして、  
何を考えているのか分からないのは元々承知だが、  
普段と何処か違う彼を前に海砂は初めてLに対し恐怖心を抱いた。  
 
「……ミサさんは経験の無い自分を卑下していた。  
でも月君は経験豊富。もし自分が処女だとバレたらめんどくさいと思われ嫌われる可能性がある。  
しかも月君より貴女は年上。僅かながらだがプライドが許せない。  
だから私を使ってセックスを体験しようと考えた。…大まかに言うとこんな所ですか?」  
 
「…最初から…気付いてたの?…」  
 
「……なんとなく…」  
 
冷静にまるで事件を推理するようなLの落ち着いた口調が酷く虚しさを煽り、  
心の中は枯寂感で押し潰されそうで、海砂は自分でも声が震えているのが分かった。  
コクリと小さく頷くと、堪えていた涙が頬を伝った。  
 
「……馬鹿…ですね」  
 
「な、何よ!だってそうなんでしょ!?  
…それに月はもしかしたら…ミサの事愛して無いかも知れないの。  
前に愛する演技をするって言ってたの。だから余計に不安なのよっ」  
 
「……あぁ。……そうですね。めんどくさいと思うかも知れません。  
………月君はどうだか知りませんが」  
 
「っ…!」  
 
大きな瞳を大袈裟に天井に向けながら思い出すように語るL。  
彼にとっては何てこと無い言葉だが、海砂を打ち拉ぐには十分過ぎるものだった。  
彼女の心境を悟って尚、Lは坦々と続ける。  
 
「で…。どうして私なんですか?松田さんとか他に男はいるじゃないですか」  
 
「…え?マッツー?やだよ、気まずいじゃん。こんな事頼めないよ……。  
それに…興味あったの、竜崎さんが…その……どんな風にするか……  
だって…凄く興味無さそうだもん…。どっちかかなって思ったんだけど……  
ううん、あんまり経験無いと思ってたし…。でもミサの勘外れちゃったみたいだね…」  
 
小さく嘆く海砂の心境が窺い知れる。  
胸の奥底で低く笑う声が聞こえて来るようだった。  
海砂の頬を捉えている手を引くと、Lは耳元で低く問いかけてみせた。  
 
「やめ…ますか?…」  
 
「――えっ……分からない。でも月にめんどくさいなんて思われたく無いよ…  
でも…でも…月じゃないとやっぱりヤダっ」  
 
「……そう言うと思ってましたよ」  
 
ふぅ、と溜め息を吐くとLは海砂から身を引いた。  
意外に紳士的な彼に呆気に取られるも、内心安堵する海砂。  
やはり、もっと自分を大切にすべきであったと考える。  
 
「ごめんね」  
 
乱れた衣服を整え、デスクから腰を降ろそうとした時だった。  
 
「きゃっ!」  
 
一気に視界が回転し、あっという間に天井が映し出される。  
いや、それよりも前にLの黒髪が視界を遮った。  
 
デスクにあったチョコレートの箱がガシャンと音を立てて散らばると同時に  
カップが転げ僅かに残っていたコーヒが零れる。  
 
一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、  
きつく捕まれている手首にじわじわと鈍痛が走り、  
打ったのだろうか、ひんやりとした床の感触に背中の痛みがじわじわと煽られる。  
 
Lに組み敷かれていた。  
 
「竜崎さん?え…?何…?…」  
 
依然表情を崩さないLを見上げると、心底気だるそうな低い声で呟いた。  
 
「後悔しても知りませんよ?って私言いました。ミサさんは頷きました。  
言っておきますが、私もう止まらないんです。  
ここまで煽っておいて、やっぱり無理です、なんて都合が良すぎます。  
誘ったのは貴女なんですから……。自業自得ですよね?」  
 
「え……そんなっ…だってさっき!お願いっ…  
ミサの冗談だと思って軽く流しといてっ」  
 
「ミサさんの反応を窺っただけです……。もう本当無理なんです」  
 
暖房を切った部屋は微かに寒気を帯び、床は酷く冷えているように感じた。  
「肌寒いくらいが丁度良い…」  
Lは短く言い捨てると海砂の両腕を頭上で束ね、白い首筋に舌をなぞらせた。  
 
「あ…いや…やっぱり…こんなの嫌っ……」  
 
「先程は楽しんでたじゃないですか?」  
 
「違う…っ…分かってる癖にっ…い…やぁっ…」  
 
圧倒的な力の差と彼の愛の無い言葉と行為を前に  
先程までの思考は、やはりどうかしていたのだと海砂は思い知らさせる。  
だが何もかももう遅い、彼を挑発したのは他でも無い自分なのだから。  
 
海砂はまるで別人のように体を捩らせ、Lを拒絶し細く震えた。  
否、本当は最初から嫌であったが、月を思が故に彼女なりの精一杯の行動だったのだ。  
 
「あんまり暴れないで下さい。私嫌いなんです、めんどうなの」  
 
どれ程身を捩ってもLの力に敵う筈も無く、腕や指も華奢であるのに、  
ましてや疲弊しきっている彼の何処にそんな力があるのだろう、と思う。  
 
「あっ…やだっ…いやっ…やめて…んっ―――っ」  
 
彼女の声が煩わしくてLは咄嗟に唇を塞いだ。  
硬く閉じられている唇を割り、綺麗な歯型をなぞるとその奥の舌を捉える。  
くぐもった声が響く中、海砂の太腿へ手を伸べた。  
 
柔らかい皮膚は僅かに緊張しているのか冷えており、恐怖の所為か切なげに震えている。  
だが今はそんな事どうでも良くて、スカートを托し上げると一気に下着を下ろした。  
 
「ま、待って…っ…竜崎さんっ……」  
 
「だから…待てません。  
言っておきますが、私処女にも容赦しません。私には関係無いですから」  
 
ぞっとするような低い声は彼が嘘を言っているとは到底思えない。  
海砂は恐怖に怯えながらも、半分は自分が招いた結果だと  
半諦めの色を落とし静かに目を瞑った。  
 
海砂の様子に面白味が欠ける…と少々眉を潜めると、  
Lは下着を彼女の片足に引っ掛かるまで下ろし、閉じられている脚の間へ強引に手を入れた。  
 
指先で割れ目をなぞると海砂が怯えた声色で小さく喘ぐ。  
僅かに湿り気を帯びるそこを煽る如く淫核を摘み上げると再び声を上げ切なげに鳴いた。  
 
「ぁ…いやっ…駄目っ………」  
 
目を瞑りながら快楽に震える様を見るともっと苛めたくなる。  
本当に自分はどこか狂っているのでは……残る理性で考えるもやはり止める術は無く。  
 
「海砂さんは…いけない子ですね。  
月君意外の男に触られて感じているなんて…」  
 
「ち、違うっ…違うもんっ……」  
 
恥辱に満ちた瞳でLを見上げる海砂。  
彼女の肌は微かに赤く染まり妖艶であった。  
Lは満足気に微笑むと、大分濡れて来た陰部に指を突き立てる。  
 
「あっ……い…やぁっ」  
 
海砂の顔が苦悶に歪みいやいやと首を振るが、  
Lは構わず指を奥まで突き立て探るように掻き混ぜる。  
中は相当狭く、柔らかな肉壁がきつく指を締め上げる。  
 
このままでは酷い痛みが彼女を貫くだろう。  
だが待つ余裕も長時間愛撫する余裕も無く。幸い十分濡れている。  
Lは屹立した陰茎を彼女の秘部に宛がった。  
 
「ひっ…」  
 
小さく息を呑む海砂の声が合図となり、  
Lは抉るように彼女の中に陰茎を突き立てる。  
 
「ああああっ…!痛いっ…いやっ…いやぁっ……」  
 
予想以上の締め付けは痛いと呼ぶには大袈裟だが、  
Lは眉を歪め痛痒にも似た快感を甘受する。  
 
ゆるりと腰を動かすと、  
待ち侘びた快楽に全身が痺れ、久しぶりに抱く女の感触に心が踊る。  
海砂の甘い香りがまるで麻薬のように鼻腔を刺激し、  
獰猛に快楽を貪りたくなる衝動を必死に堪えた。  
 
「…海砂さん…辛いでしょうが…我慢して下さい」  
 
今自分はどんな顔をしているのだろうか。  
やつれた表情で悪魔のように彼女を見ているのだろうか。  
 
華奢な海砂の体が切なく震えているのをLは感じ、  
僅かな罪悪感に囚われるが、それを振り払うように強く腰を打ち付けた。  
 
「ああっ…いやっ…あっ…ライト…ライトっ…」  
 
今体を重ねているのは自分なのに、他の男の名を必死に叫ぶ海砂。  
Lは行為中に自分以外の男を想われるのを酷く嫌った。  
それは相手が海砂であっても例外では無く。  
 
「海砂さん…見て下さい…。今貴女を抱いてるのは私なんですよ?  
他の男の名前なんて……呼ばないで下さい……」  
 
また一つ穢してやるように耳元で低く囁くと、  
彼女の瞳が徐々に色を失い蒼ざめて行くようだった。  
 
狂気にも似た苛虐心が思考を支配して行くようで、  
薄い皮一枚で今の自我を保っているようなものだとLは思う。  
未だ理性が残っているのは相手が心底どうでも良い女だからだろうか。  
もし、愛している女ならば…考えるとぞっとする。  
 
腰を突き上げる度に痺れるような快楽が体全体を蝕み、繋がってる箇所が酷く熱かった。  
 
「ぁ…っん…はぁ…いや…あ…」  
 
海砂は喪失とした顔で涙を浮かべ、喘ぎと共に拒絶の言葉を吐く。  
何度も乱暴に上下された秘部は赤く染まり、いやらしい液体と破瓜の証である血の赤が滴っていた。  
それさえも、今のLにとっては情欲を掻き立てる以外のものでは無く、  
残虐に満ちた自分に愚かさと危うさを感じながらも、  
もっと彼女を苛めてやりたくなる衝動を抑えられずにいた。  
 
「…海砂さん…感じてますよね?…凄く濡れてますよ?  
嫌がってる割に…ここの締め付けは相当ですね…私を咥え込んで離そうとしませんし……」  
「いやっ…やめて…違うのっ…」  
「何が違うんですか…?」  
「ああ…ァッ…そこ…駄目ぇっ…いや…んっ」  
 
腰を打ち付けながら海砂の淫核を親指で撫でると、酷くいやらしい声を上げて体を捩じらせた。  
腰を打つリズムと同じようにそこを何度も擦り上げる。  
ひくひくと彼女の体内が蠢いているのが敏感な陰茎に伝わり、締め付けられるその快楽をLも甘受した。  
 
Lは体勢をやや屈めると、海砂の耳に舌を落とし柔らかい耳たぶをそっと舐める。  
ぞくりと体を震わせる彼女の首筋にかけて舌をゆっくり辿らすと、  
白い皮膚に唾液の跡が残り、てらてらと輝いているその様は卑猥でしかなかった。  
そして海砂の首筋と胸を唇できつく吸い、所有物のように赤い跡を幾つも落とした。  
 
「…そろそろ…つらいです……」  
 
押し寄せる快楽は限界を迎えようとしていた。  
淫靡に擦れる粘膜の音が徐々に早くなり、海砂の腰が弧を描くように宙に舞う。  
無我夢中になり、相当強く打ち付けてるであろう腰を一段と深く突き上げると、  
待ち望んだ蕩けるような感覚が迸り、Lは彼女の中に全てを吐き出した。  
 
眩暈にも似た感覚は、一気に体を脱力感へと導き、  
けだるい体を海砂から離すと、結合部からどろりと白い液体が垂れ落ちるのが見えた。  
海砂は、まだ小さく泣いていた。  
 
目覚めると、ソファの上だった。  
Lはあのまま海砂を放置し、襲い来る睡魔に侵食されるように意識を手放したのだ。  
掛かっているブランケットを除け、のろのろと体を起こすと側にあった時計に目をやる。  
深夜3時を回ったところっだった。何だ、一時間も寝ていない。  
溜め息を大きく吐くと、一瞬にして先程の情事が脳裏に蘇えった。  
彼女は……。部屋を見渡したと同時にコーヒーの香りが鼻腔を捕える。  
海砂が奥からコーヒーを持って出て来た。  
 
「……海砂さん…」  
「……やっと起きたんだ。ミサずっと一人ぼっちだったんだよ…」  
 
差し出されたコーヒを一口啜ると、普段より苦い味が広がった。  
静寂の中、沈黙が重い空気を更に深める気がして、  
一亥でも早くこの場から逃げ去りたかったがそうも行かない。  
 
それよりもLは海砂に不信感を覚える。  
あんな事があったのに、まだ自分の側にいる海砂はやはり頭が悪いのか、  
それとも相当度胸が座っているのか。  
暫らく沈黙が続く中、  
普段より砂糖が少ない渋目のコーヒーをもう一口啜るとLの口が遠慮しがちに開いた。  
 
「……私…ちょっと苛付いてまして…酷いことをしてしまいましたね」  
 
一応謝ってみたが、全く悪詫びていないのが、自分でも可笑しかった。  
海砂は目を伏せたまま俯いていたが、少なからず傷ついているのは分かる。  
彼女から誘って来たのは一つの言い分けに過ぎず、  
嫌がる女を無理に蹂躪し、ましてや彼女は処女だった。  
極度の疲弊と睡眠不足、そして暫らく女を抱いていなかったとはいえ、  
何という馬鹿げた事をしてしまったのだろうか、後々めんどくさい事は目に見えているのに。  
 
「海砂さん……。この事は月君には言いませんから…」  
「…っ…当たり前じゃない!…お願い…言わないで…」  
 
俯いていた海砂は咄嗟に顔を上げ、強請るような顔でLに訴えかける。  
ああ……またか。頼むからそんな顔をしないでくれ。  
私を煽っているという事を…この女は気付かないのか。  
 
「…言いませんよ?…秘密にします」  
 
いつもと同じように膝を立てて座るLは、クスリと笑ってみせる。  
その表情が海砂にとって勘に障るものでは無いとLは知っていた。  
そして未だ涙を浮かべている海砂を引き寄せ、耳元で低く囁いてみせる。  
極上の甘い嘘を持って。  
 
「…実は…本当は海砂さんの事…ちょっと気になってたんです。  
これも内緒ですよ?……苛々しててあんな意地悪してしまいましたが……」  
「…え?…竜崎さん…?…何、言ってんの…?」  
「…私、可愛い子を見るとつい意地悪したくなるんです。…許してくれますか?」  
 
眉間に皺を寄せて、憂いの表情を浮かべて。  
限り無く許しを請う演技をLはしてみせる。  
僅かに表情が緩んだ海砂を確認すると、彼女の頬にそっと唇を寄せて、また囁いた。  
 
「……でも…この事は私だけの中に留めておきます。  
海砂さんに…辛い想いはさせたくありませんし………忘れて下さい」  
「…竜崎さん…。ごめんね。  
海砂だって、誘ったんから十分責任はあるよね…。竜崎さんだけが悪いんじゃないよ」  
「だから秘密にすれば良いですよね?…今夜の事はお互い忘れる。  
明日からは何事も無かったように振舞う。そうすれば月君にも気付かれないでしょう。  
…もう私に逢いに来ないで下さいね…」  
 
海砂は小さく頷いた。  
分かっている、こんな事を言っても彼女の中の傷は消えないし、  
今夜の事も、私の言った言葉も、深く心に刻み付けられるだろう。  
だが、彼女は私に縋らない、決して。  
夜神月を深く愛し、それは崇拝にも似た感情だ。決して裏切ることはしないだろう。  
私に絆される事も決して無いだろう。  
 
海砂に部屋に戻るようLは促した。  
そう、何事も無かったように振る舞えと強く言いきかせて。  
そして、二人だけの秘め事だと甘く囁きながら。  
 
一人になった部屋はやけに広く見えて静寂を煽る。  
忘れていた寒気が背筋をぞくっと震わせ、Lは暖房を付けると深い溜め息を吐いた。  
コーヒーを淹れ直し、角砂糖を7つ放り投げたそれを一口啜ると、口内に酷く甘い味が広がる。  
まるで今の心境を浮き彫りにしているようなそれの不味さにLは眉を顰めた。  
 
女はめんどうだ。  
まるで鎖のように重く束縛される気がして息が詰まりそうになる。  
故に嫉妬や駆け引きや醜い感情が取り巻く恋愛は、私にとっては煩わしい枷にすぎない。  
それに加え、女は恋愛になると人が変わったように盲目になる。  
本当にめんどくさい。いや――。  
本音は、そんな女に嵌り、醜い嫉妬心を曝け出す自分が一番恐ろしかった。  
 
甘ったるいコーヒーを飲み乾してカップを置くと、一気に眠気が襲って来る。  
僅かな睡眠時間では、当然体が追い付かないのだ。  
その上、あの激しい情事が疲弊に拍車をかけたようだ。  
Lはソファに横になると、重い瞼を閉じて緩やかなまどろみに身を委ねた。  
 

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