「竜崎、どうだ?」部屋に入って来るなり総一郎は急かすように問いただした。  
無理もない、自分の家族が監視されているのだ。その中には年頃の娘もいる。  
一家の疑いを晴らすため、風呂にもトイレにもカメラを設置しろとは言ったものの  
やはり気が気ではない。監視しているのが自分よりもずっと若い男なら尚更の事。  
 
「先ほど娘さんが学校から帰宅しました」Lはモニタから目を話さず淡々とそう告げる。  
「そうか、おかしなところはないな?」総一郎はLに問いかけながらモニタへと近づいて行く。  
「ええ…特記する様な事は特に見られませんが…」  
「?何かあるのか?」Lの言い方が妙に引っ掛かり、すべてを見透かすようなその視線の先にあるモニタを覗く。  
「なんだ、学校から帰ってきて疲れて寝てしまっているのか。布団もかけないで…風邪をひいてしまう」  
ベッドの上で横たわる粧裕を目にし、親心から自然にそう言葉がこぼれた。  
「いえ、そうではありません。」Lはそう言い、音声を切り替える  
 
『お・にいちゃんっ…』  
 
モニタに取り付けられたスピーカーからはくぐもった声で確かにそう聞えた  
「な、なんだって?寝言か?」ざわめく予感を押し殺すように、総一郎はLに問い掛けた。  
「ちがいます。」そう言ってLはカメラのアングルを切り替えアップにする。  
そこにはショーツの中に片手を入れ、もう片手はシャツの中をまさぐっているあられも無い姿の粧裕が映し出された。  
「っ!な、な、なんだ、これは!」 なんだ、とは言ったものの、それが何かは当然わかっていた。  
「先ほど、お兄ちゃんと言っていましたが息子さんと娘さんはそのような関係に?」総一郎の絶叫を無視し、Lは訊いた。  
「そんなわけがあるか!兄妹の仲はいいが決して、せ、性的な意味ではない!」  
まるで自分を納得させるように吐き捨てるように言い切った総一郎はふらふらと数メートル先の椅子に座った。  
 
「竜崎、これは誰にも見せないでくれないか。」呟くように総一郎はそう言った。  
「…私が捜査に不要だと判断するまでテープは残ります。」当然の如くLは答えた。  
「わかっている…それまではこの部分だけ竜崎が厳重に管理してくれ…。」  
「…わかりました。」  
 
「私は上に報告へ行かなくてはならない。あとは任せた…いや、よろしく頼む…」  
「はい。」  
総一郎はふらふらと部屋から出て行った。  
 
 
(夜神粧裕…一般的な中学生に見えるが…  
 成績優秀、将来有望で人望も厚い兄を異常なまでに慕っているのか…?)  
Lはいったん考えを巡らすのを止め、モニタに目を落として粧裕を観察する。  
『お兄ちゃ…んっ…ッ…もっと…』  
水気のない室内にピチャピチャと水音が響く。彼女は見られているなんて思いもしないだろう。  
顔は紅葉し、目はうつろだ。それでも『お兄ちゃん』と言う単語は何度も苦し紛れにその口からこぼれた。  
 
 
突然、Lはボリュームを上げた。  
「ああ゛っ! はぁはぁはぁ…わ、私の…は…あん! はぁ…はぁ…はぁはぁ…  
はぁはぁはぁ…あぁぁ…」  
粧裕の寝息のような声も、荒々しい大音量のあえぎ声となって部屋を包んだ。  
びっくりして、部屋に戻ってきた総一郎。  
「何をしてるんだ! Lっ!」  
「お静かに。この『お・にいちゃんっ…』が、呪文なのか、  
どうなのかが聞き取れません」  
「なにー!?」  
Lは、スワヒリ語で書かれた呪術の本を目で追いながら、  
「夜神さん。 この 『お・にいちゃんっ…』 ですが、もしかしたら日本語では  
ないのかもしれません」  
「…L、まさか…娘を疑っているのか!?」  
「10%くらいです。しかし、同時に疑いを晴らす方法もあります。  
夜神さん、いますぐライト君に連絡して家に帰らせてください。  
そして妹さんの部屋へ入れるのです。  
そうすれば、あの 『お・にいちゃんっ…』 が、恐ろしい呪文なのか、  
それとも単にライト君のことを指している日本語なのかは すぐに判ります」  
「そ、そんなことを! もし二人にマチガイが起きでもしたら…」  
 
「起きませんよ夜神さん。 いざとなったら、また彼に電話をすればいいだけのことです。  
ただし夜神さん、私はギリギリまで、そう…ギリギリまで、  
本当の、ホンっっとおおーーーに、ギリギリまで見極めますよ。  
いいですね夜神さん、ではライト君を呼んでください! さ、早く!!」  
*  
粧裕は、自分の指の動きが速くなっているのを感じていた。  
「…ん、 あ…私…すごく上手に…なっちゃった…ぁぁ… でも…でも…指だけじゃ…ああん!」  
粧裕は、この行為が『性的な満足感』を得るためのものだと自覚するまでに、かなり年月がかかっている。  
はじめは、体のどこかが軽くしびれる感じを、漠然と気に入っていただけだった。  
どうすれば出来るものなのかは、よく解らなかった。  
だがある日、兄の腕に甘えているとき、唐突にそれは来た。粧裕は、兄の腕にしがみついたまま、  
ついに『気持ちいい』を手に入れた気分になった。  
 
「かるく けいれん が くるまで おにいちゃんの うでに しがみつくの」  
 
「ぁぁ…あ  でも…あ あ いまは…粧裕は…おにいちゃんの…ラケットが…はぁはぁ…いいの…に…  
ごめんね、おにいちゃん…もう、粧裕…グリップに、シミ付けたりしないよ、だから、ああ…っ」  
 
総一郎は、思い出していた。  
ライトの試合前日になると、粧裕が「勝利のおまじない」といって、いつもラケットを自分の部屋に持っていったことを。  
「そういえばライト君、テニスもやってましたね… そのうち、お手合わせしていただくかな」  
 
その時だった。突然の轟音がホテル全体を揺るがした。  
ジリリリリリ!!  
宿泊客たちは「何だ!火災警報か!?」と、緊張した面もちで耳を澄ます。  
あまりの轟音に、総一郎も思わず耳をふさいだ。  
その警報の発生元は捜査本部であった。  
「夜神さん、どうやら、お宅に電話が掛かってきたようです」  
「L…いや竜崎、いくらなんでもボリューム上げすぎだ。これではホテルの客も騒ぎ出す」  
「そうですね、いつのまにか音量がMAXになっていました」  
Lは最大ボリュームのまま、マイクを切替えて話す。  
「ただいま、火災報知器が鳴りましたが誤報です。当ホテルには何の災害も起きておりません。  
お客様には大変ご迷惑をおかけいたしました。深くお詫びいたします」  
ボリュームを下げ、マイクを置くL。  
「娘さん、これだけ呼び出し音が鳴ってるのに電話に出られませんね。なかなか人騒がせな子だ」  
 
行為に没頭したい粧裕は電話に出るのが億劫だった。どうせ、すぐに切れるだろうと思っていた。  
しかしその電話が切れたあと、すぐに自分の携帯が着信した。家族からの電話なのだと直感した。  
粧裕は思った。  
「(いま…おにいちゃんと話しながら…してみたい!)」  
粧裕は、ベッドの上でうつぶせになり、携帯を耳で枕に押しつけるようにして電話に出た。  
「はい。あ、なんだお母さんか、ううん、ごめん、あわてて…、え…べつに具合悪くないよ  
 …ん  ちが…う……今…ちょっと眠たいの…」   
ベッドで自慰を続けている粧裕の腰が少しずつ反り返ってくる。  
 
「え?お母さん、映画観てくんの!? そう、お友達にバッタリ会ったんだ。  
うん、こっちは大丈夫だから映画楽しんできて!  
あ、映画館の中では、携帯の電源はちゃんと切って置かなきゃだめだよぉ」  
粧裕はベッドから跳ね起き、バスルームへと降りていった。  
湯沸かしのスイッチを入れるとともに、粧裕専用お風呂セットの中も確認した。  
その中には、デパートで一目で気に入った「お風呂人形」があった。  
「中学生にもなって」と家族はあきれていたが、粧裕にとっては特別な意味を持つ人形となった。  
粧裕が、人形に向かってつぶやく。  
「うふ、もうすぐお風呂がわきましゅからね〜、いい子にしてるんでしゅよ、ライトくーん」  
総一郎が買ってやった人形だった。  
「さ、粧裕…まさか、あの人形で…」  
「娘さん、どうやらステージを移動されたようですね」  
 
 
いそいそと服を脱ぎ始める粧裕。  
他人の目を気にしていない奔放さが健康美を演出していた。  
といた髪は艶やかで、昼間の外光が粧裕の産毛をも輝かせていた。  
 
すべてを脱ぎ去った粧裕は、お風呂人形とベビーローションを手にする。  
「どうやら夜神さん、あのベビーローションは必須アイテムです」  
その言葉に、総一郎が思い詰めた目で うなりだす。  
「L、…L、キサマは…」  
総一郎の声は、まるで地獄の底からでも響いてくるようだった。  
 
Lは、ひょいと携帯電話をつまみ上げ、モニターを見ながら夜神家に電話をかけた。  
モニターの中の粧裕は振り向き、近くで着信している子機に手を伸ばす。  
もちろん夜神家には、玄関、窓、電話機近辺には、特に多くのカメラが設置されていた。  
受話器を持つ粧裕の裸体が上下左右からのアングルで、十台以上のモニターに映し出される。  
「はい、夜神です」  
「申し訳ありません。わたくし夜神局長の部下で竜崎と申しますが、いまからそちらへ書類を取りに伺わせていただこうと思いまして、ご連絡させていただいた次第です。  
ええ、ええ、局長の言いつけでして、よろしくお願いいたします。  
ただですね、車を停める場所が…ちょっと… ええ、特殊な車両なもので。  
停める場所さえ見つかれば、5分以内にお伺いできますが、すぐに見つけられなければ、30〜40分ほど掛かるかもしれませんので、  
いえ、そちらの合い鍵はすでに預かっております、大丈夫です。はい、では、また」  
電話を切ると、Lは総一郎に説明した。  
「合い鍵を持った人間が、いつ訪ねてくるかもしれない状況で、のんびり風呂に入ってはいられないでしょう。  
若い娘さんならば、なおさらです」  
 
Lの読み通りだった。粧裕は不満げながらも服を身につけはじめた。  
「おおー! なかなかやるじゃないかっ! さすが竜ちゃん!」  
笑顔の総一郎が、Lの背中を勢いよく叩く。  
背中を叩かれた勢いで、Lは膝を抱えたままイスの上で つま先立ちにまでなったが、そのまま振り子のように元には収まった。  
「……どーも、夜神さん」  
 
そのとき夜神家の呼び鈴が鳴った。      
 
「息子さんが帰ってきましたね」  
 
「あ、おにいちゃん!」  
「なんだ粧裕、いたのか。鍵が閉まっていたぞ」  
「こわかった!」  
粧裕が月にしがみついた。  
「どうした?」  
「いまね、変質者みたいなのから電話があったの。これから家に来るって…こわかった」  
粧裕の腕にチカラが入る。  
Lの様子を懐疑的な目でうかがいはじめる総一郎。  
 
「L…」  
「夜神さん、いまです! 息子さんに電話を掛けてみてください。携帯にですよ。  
くれぐれも、帰宅したドンピシャのタイミングなのに家に掛けてはなりませんよ」  
「分かっている! む、…うぬ? だめだっ、電源が切られているっ」  
「やはり切られてましたか」  
「どういうことだ? 竜崎」  
「私にはねですね、夜神さん。 息子さんは、『家の中を探るなら、自分と妹との行為まで見ることになるぞ』と云っているように見えるんですよ」  
「そんなわけが… もういい! いまから私は家に戻る。出来の悪い部下が迷子になったからと言っておく。それでいいな!?」  
総一郎がドアから出ようとした時だった。  
モニターを見てたLが、突然、「あっ」と声をあげた。  
走って戻ってきた総一郎。  
「どうしたんだっ!? 今の『あっ』は、なんだ!?」  
 
モニターをのぞきこんだ総一郎の目に映ったものは、月をうしろから抱きしめている粧裕だった。  
そしてライトは、粧裕の手をふりほどこうともしない。  
粧裕はライトの背中に顔をうずめたまま、次第にうっとりとした表情になっていくのだった。  
 
「だめだー、ライトォぉおおお! 正気を失わないでくれーー!」  
 
「…いよいよですね。(さぁ、夜神月。お前は本当に妹を抱くつもりなのか、  
それとも捜査を攪乱するための芝居なのか、この私が見極めてやる! 勝負だ!)」  
*  
恍惚の表情を浮かべて粧裕は言った。  
「おにいちゃんの背中…つめたいね…こんなに…」  
 
「粧裕……」  
 
「おにいちゃん、今ね、お風呂…わいてるよ……」  
 
 
 

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