長編エロ尻小説
「秘密特命捜査官 NAOMI 〜DEATH NOTE事件〜」
(ファイル01)
飛行機がゆっくりと旋回し、降下していく様子が、目を閉じて
いてもはっきりと判る。
機内にかかるGに、体を支配されているからだ。
(日本か・・・)
目をけだるそうに開けた女の名は、南空ナオミという。
元FBI(米連邦捜査局)の捜査官にして、大統領直属捜査班
「POINTER」という極秘セクションに属していた秘密特命捜査官
でもあった。
三ヶ月前に退職し、いまは平凡な主婦としての花嫁修業に余念が
ない毎日だ。とはいえ「POINTER」の一員として、アメリカ国内の
暗部を知りすぎている彼女にとって、アメリカ以外の国で暮らす
自由はない。
現在は帰化しているが、日本人がアメリカのデリケートな事柄を
扱う部署に就いていた代償でもあった。
ナオミはそれでもかまわなかった。
彼女自身、アメリカに留学して以来、祖国「ニホン」に帰ること
などほとんどなかったのだから・・・
「マウント・フジはどこだい?」
ウキウキしながら窓の外を眺めている男は、彼女の婚約者で
日系アメリカ人のレイ・ペンバーだ。
「この角度からじゃ、富士山は見えないわよ、レイ」
「マイ・ガッ!」
「もう一度旋回するから・・・ほら、外を見てて」
「オゥ・・・」
赤い夕闇に染まった富士山が、うっすらと見える。
「オゥ!ビューティホ〜♪マウント・フジ、ベリー・ビューティホ〜♪」
普段は口数の少ないレイが、子供のようにはしゃいでいるのを
見て、ナオミは苦笑いする。レイはウインクをしながら言った。
「あいかわらずキミの観察力は的確だ。明日から優秀なスチュワーデス
にもなれるよ」
ナオミは、婚約者の言葉の中にかすかな皮肉を感じたが、何も
言わなかった。レイには悪気はないのだろうし、繊細な言葉の
機微をいちいち分析するクセもいい加減直さなくてはならない、
とナオミは思うのだ。
これからは妻として、夫を内側から支えなくてはならない。
もう凶悪事件を追いかける日々は終わったのだ。
しかし平凡で幸せな家庭を、はたして自分に作れるのか、とても
不安だった。今までの半生を振り返ると、希望に満ちた未来が
押しつぶされそうなほどの息苦しさを感じてしまう。
ナオミにとって犯罪者との死闘のほうが、何倍も気が楽なのかも
しれない。
「富士山は美しいね。日本はボクの第二の故郷だ」
「・・・この国は、あなたが思うほど素敵な国じゃないのよ」
ちいさな声だったが、レイは聞き逃さなかった。
「前から不思議だったんだけど、ナオミは自分の祖国が
嫌いなのかい?」
「・・・・・・」
ナオミは答えず、再び目を閉じる。
レイはナオミの手に、自分の手をそっと重ね合わせながら言った。
「ゴメンよ、ナオミ。ボクはまた何か、キミを傷つけるような
ことを言ってしまったのかな?ボクはキミの笑っているところが、
とても好きだ。だからキミの笑顔のためならば、ボクは努力を
惜しまないつもりだ」
吹き出してしまうくらい生真面目な言葉で、レイは彼女をやさしく
気遣った。
レイ・ペンバーは、アメリカ全土から優秀な人材が集まるFBI
捜査官のひとりではあるが、とくに際立つ才があるわけでは
なかった。
やや保守的なところもあるが、根が素直で真面目な男だ。
何よりも他人に対するやさしさがある。
外国人というハンディを乗り越え「秘密特命捜査官」に任命
されるほど有能な南空ナオミが、いままで男関係の噂すら
まったくなかったにもかかわらず、可もなく不可もない
平凡な男、と陰口を叩かれていたレイ・ペンバーといきなり
結婚することが決まったとき、FBIは騒然となったものだ。
しかもナオミは、結婚を機に退職するという。
「まさに迷宮入りの事件とはこのことだ。・・・女は判らんな」
大統領直属捜査班「POINTER」の特命指令長官は、彼女を
何度も引きとめようとしたが、それが不可能だと知ると肩を
すくめて、そう言い放った。
手強いライバルがあっけなく去っていくことに、心の中で歓声を
上げる同僚たちを別にどうとも思わないナオミは、FBIを退職
してからというもの、レイとの新婚生活に(不安ながらも)胸を
高鳴らせる日々を送っていた。
それは彼女が、ようやく掴んだ幸せだったのだ。
ナオミは自分のことを陰気な女だと思っている。
そんな自分が嫌いだったし、自分が生まれ育った日本のことも
嫌いだった。
(いい想い出なんて何もなかった・・・)
日本から逃げるようにしてアメリカに渡ったナオミは、新天地
でも孤独な想いを強いられてきた。
個人の自立を尊ぶ国で独りで生きていくには、それなりの
覚悟がいる。皮肉なことに、なんでも器用にこなす彼女にとって、
暖かい人間関係を築くという作業は、とても困難を要するもので
あった。集団生活は苦手だが、かといって異国の地で、たった
独りで生きていけるほどナオミはたくましくはない。
仕事を認められれば認められるほど、自分の周りに見えない壁が
できていくことに寂しさを感じていたナオミにとって、レイだけが、
いや、正確に言うならばもうひとりいるが、ともかく心を通わせる
ことができる数少ない人間だったのだ。
「ナオミ、大丈夫だ。私はキラに殺されはしない。
だから安心してくれ」
レイは、ナオミが故郷に帰ってきたのに笑顔を見せず、ただじっと
黙りこくっているのは、彼に託された極秘任務の内容に不安を
覚えているため、と勘ちがいしているようだった。
(ちがうのよ、レイ。私は日本という国が、そして自分自身が
嫌いなだけ・・・)
ナオミは淋しそうな笑顔を浮かべ、実直な凡人のレイを見つめる。
冷えたナオミの手を、上からやさしく包み込む暖かい手。
それが、無性に嬉しかった。
その温もりにすがるように、彼女は彼の手をしっかりと握った。
(2〜3日後に続く)