長編エロ尻小説  
「秘密特命捜査官 NAOMI 〜DEATH NOTE事件〜」  
(ファイル07)  
 
雪が降りしきる街並みの中を、ナオミは独り歩き続ける。  
明るいネオンの煌きと楽しげな人々の会話、ロマンチックな粉雪・・・  
数日前の彼女だったら、心を和ませる情景だったであろう。  
だが今は、自分がどれほど孤独な存在なのかを思い知らされる  
ための道具にしか過ぎなかった。  
肩を抱きしめるように歩く彼女の傍らを、幸せそうなカップルたち  
が通り過ぎていく。  
それはついこの間まで、ナオミが体験してきた淡い夢のカケラを  
何度も想い出させるよう、神様が意地悪しているように感じた。  
急に心細くなってくる。  
このようなことは秘密特命捜査官になって以来、一度もなかった。  
叶わなかったとはいえ、幸せなひと時を味わったことのある人間  
だからこそ、その心は儚く脆いものとなる。  
「おまえは不幸だからこそ、史上最強のキリング・マシンで  
いられるのだ・・・」  
哀れむようにそう言ったのは、誰だっただろうか。  
覚えていないのは、次の瞬間、そいつを殺していたからだ。  
ナオミはたくさんの人間を殺めてきた。  
死体になった肉の塊には、興味がなかった。  
屍の山を累々と築きながら、彼女は自分のことを愛してくれる  
オトコを探して、ひたすら彷徨い続けた。  
人々が彼女を忌み嫌ったのは、その身に染み付いた死臭と怨念に  
恐怖したからなのかもしれない。  
 
レイに出逢ってから、ナオミは人を殺せなくなった。  
どんな人間にも楽しい想い出や、幸福な人生があるのだという  
当たり前なことに、今さらながら気が付いたのだ。  
しかし人間らしい生活に戻れる希望をもたらしてくれた愛しい人は、  
もはやこの世にはいない。  
脆弱になった心とやり場のない怒りを抱える彼女には、かつて  
全世界のテロリストたちから恐れられた悪魔のような凄みが  
なくなっていた。  
活発に動けるようにと身に着けた、ライダージャケットと  
ストレートデニム、ロングブーツと皮手袋という出で立ちは、  
色気を消すどころか、むしろ彼女のオンナとしてのフェロモンを  
周囲に匂い立たせている。  
ぴっちりと尻のラインが浮き出ている部分が、歩くたびに  
ゆっさゆっさとリズムを取り、酔っ払いサラリーマンたちの  
好奇な視線を独占していた。  
長い黒髪と儚げな表情が、周囲の男たちのサディスティックな  
精神をさらに刺激していく。  
それが自分の身を守る術を失いつつある、ナオミの弱点であった。  
 
ゆっさプルルンッ、ゆっさプルルンッ・・・  
目鼻立ちの整った美形のナオミが、コミカルに尻を揺さぶっている  
のは、はたから見れば滑稽なものの、そのギャップが男心を  
そそるのか、ナオミとすれ違うほとんどの男たちが振り返り、  
たまにカップルが混じっているようで、平手打ちの音も聞こえる。  
「・・・ウホッ!」  
「・・・?」  
たまらず助平な声を出した中年男に、さすがのナオミも不審な表情を  
浮かべたが、気のせいかと思い、再び何事もなかったかのように  
歩き始めた。  
この天然ボケともいえる、鈍感さはナオミ本来の姿である。  
犯罪捜査に対しては天才的な閃きを持つ彼女も、いざ自分のことと  
なると、とたんに頭が鈍くなってしまう。  
これはもともと性に関する知識が、他人を喜ばせるテクニックに  
偏っていたため、素の自分の性的魅力に興味がいかなかったことと、  
今まで異性にモテなかったコンプレックスが原因だろう。  
ナオミ自身が美の結晶だということを、彼女は知らなかった。  
 
南空ナオミは厳格な家庭で生まれ育った。  
本家は京都にある旧家にあたり、その血筋を遥か遡ると  
東北の秋家の血が混じっている。  
当時「魔駕鬼」と忌み嫌われた秋家を筆頭とする一党は、延長8年  
(930年)朱雀天皇に招かれ、平安京(現在の京都)に上洛。  
衰退著しい都を甦らせるべく、疫病退散の祈願を依頼された。  
しかしこのとき「念」一族も故醍醐上皇から同様の命を受けていた。  
極寒の大地で派生した「魔駕鬼」と温暖な瀬戸内海で育まれた「念」。  
彼らは互いに、安寧秩序の方法論があまりにも異なりすぎていた。  
「魔駕鬼」は疫病の根源を断つべく、浮浪者や病人・乞食を片っ端から  
呪殺していく選民延命策。  
「念」は強盗や殺人で人心が乱れぬよう、民の心をマインドコントロール  
していく行動規制策。  
こうした相反する思想が、やがて宮廷の政争にまで飛び火し、皮肉にも  
平安京の破綻を早めてしまうことになった。  
この「魔駕鬼」「念」両派の血統は、少数ながらも京の住民に混ざり、  
そのため京都ではたまに先祖がえりとも言うべき、異端な人材が  
出てくることがあった。  
幕末の京都では戦乱の匂いに惹かれたのか、こうした裏世界の住民たちが  
暗躍した記録も数多く残っている。  
 
南空ナオミの一族は、「魔駕鬼」総帥たる秋家直系の血筋が入っており、  
それが原因なのか、異形・異能な人間が生まれることがあった。  
ほとんどが生まれ育つ前に、自然の摂理で命を与えられないが、  
たまにそのまま成長すると、恐ろしいことになる。  
幕末における本家当主は、聡明で美しい顔をしていたが、眼が紅く、  
その眼光に射抜かれると、人を発狂させてしまうと恐れられていた。  
ゆえに常に眼を閉じていなければならなかったという。  
この本家がこうした異形(たいてい頭が良かった)たちを輩出して  
きたため、表舞台に出ることはなかったものの、裏社会では莫大な  
影響力を持ち、時の権力者とも何らかのつながりがあった。  
今では科学の恩恵にあずかる豊かな生活のためか、そうした異形・  
異能な人間は、一族の中には見当たらず、本家も土地や蓄財といった  
過去の遺産で食いつないでいる有様である。  
これは件の当主が、一族で奨励されていた近親婚を廃止させたため  
だと言われている。  
「魔駕鬼」と恐れられた血は、外と交わることでようやく薄まったのだ。  
 
ただ独り、南空ナオミを除いては・・・  
 
 
(2〜3日後に続く)  
 

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