長編エロ尻小説  
「秘密特命捜査官 NAOMI 〜DEATH NOTE事件〜」  
(ファイル37)  
 
「・・・・・・」  
南空ナオミは無言で、服を身につけている。  
じっとなにかを考え続けているようで、秀麗な面持ちは暗く深く、  
霧深い泉の底に沈み込んでいた。  
(・・・流されているのかも、わたし・・・)  
鬼塚英吉とのセックスは、孤独な人生を歩んできた少女には、  
魅力的で刺激的だった。  
(・・・わたしを愛してくれているのかな、あのヒト・・・)  
愛してくれさえすれば、他のものはなにもいらない。  
それだけで十分なのだ。  
愛情という契約を結んでくれれば、自分のすべてを差し出しても  
惜しくはない。  
少なくとも父親は、自分に愛情を示してくれている。  
それを失うことは、孤独なナオミの逃げ場がなくなることを  
意味していた。  
だからこそ愛なき交わりは、消去しなくてはならなかった。  
(・・・殺すべきか・・・愛するべきか・・・)  
純粋な精神の持ち主だからこそ、極端な考え方に走ってしまう。  
そうせざるを得ないほど、彼女の世界は孤独で狭すぎたのだ。  
 
カバンの中にある包丁は、学校に来る途中にある公園に隠していた。  
ヘタに学校に持ってきたら、バレる可能性が高かったからだ。  
カバンの中のものをよく盗られる、彼女なりの知恵だ。  
放課後、公園の茂みからタオルで包んだ包丁を取り出しながら、  
そしてここに来る間も、彼女はずっと考え込んでいた。  
鬼塚を殺すべきなのか、愛するべきなのか。  
その葛藤があまりにも深く、おかげでこの部屋に来た頃には、すっかり  
あたりが暗くなってしまった。  
もういないかもしれない、と思っていた彼女がドアを開けると、鬼塚は  
泣きながら自分にすがりついてきた。  
あいかわらず予測のつかない行動をする男だった。  
(先生って、バカなのかな・・・)  
でも悪い気はしない。  
子供のように泣きじゃくる鬼塚の頭を撫でる、自分の胸が温かかった。  
少女は迷い続ける。  
自分で決めることができない、冷たい機械のようだった。  
ずっと父親に逆らうことなく、彼を世界の中心として位置づけてきた  
弊害なのかもしれない。  
なにかのきっかけが、欲しかった。  
 
鬼塚は迷っていた。  
この少女と駆け落ちして、すべてから逃げ出すべきなのか。  
それとも愛すべきオンナに、すべてを打ち明けるべきなのか。  
「・・・・・・」  
なにか言いたそうに口を開いては、すぐに閉じる。  
(なにをやっているんだ、オレは!まるでガキじゃないか!?  
・・・ビビるな!・・・言え!とっとと言っちまえ!!)  
一緒に駆け落ちする。  
たとえ断られても、強引に連れて行く覚悟もある。  
だが一方で、山口の笑顔が頭から離れられない。  
口を開いては、閉じる。  
鬼塚は迷っていた。  
「・・・?」  
それを不思議そうに見ながら、少女も迷い続ける。  
胸元のリボンを何度も結び直しながら、答えが出ない数式を  
弄繰り回す、思考の堂々巡りをしていた。  
そのときである。  
ぴんと張り詰める均衡を打ち破るかのように、誰かが廊下を  
歩いてくる足音が聞こえた。  
ギッ・・・ギッ・・・ギッ・・・ギッ・・・  
静寂をかき消す、迷いのないリズムで、それは近づいてきた。  
「・・・・・・」  
互いに顔を見合わせ、ドアに視線を送るふたり。  
ギッ・・・ギギギッ・・・  
ドアの開く音が、静まり返った部屋に響き渡った。  
 
「・・・くっ・・・久美子・・・」  
鬼塚が震える声を出した。  
ドアを開いた人間は、冷め切った表情の山口久美子だった。  
彼女は、南空ナオミを睨みつける。  
「・・・ここには来るなと・・・言ったはずよ・・・」  
「・・・くっ・・・久美子・・・」  
同じ言葉を繰り返すが、鬼塚にはなにもできなかった。  
「・・・この部屋は、アタシと英吉さんだけの世界。  
なのになんで、あんたがそこへ割り込んでくるの?」  
鬼塚を無視して、なんの感情を込めず、抑揚のない声で話し続ける。  
「・・・アタシの前から・・・消えろ・・・」  
ためらいもなく、スッと腰からトカレフを出す。  
PAM!と乾いた音が鳴り、ナオミの頬をかすめて、ガラス細工の小物が  
はじけ飛んだ。  
「・・・バッ!?・・・バカ!!なにやってんだ、久美子!?」  
鬼塚は山口に飛びつき、銃を奪い取ろうとする。  
「・・・は、離して!あなたを盗られるぐらいなら、こいつを殺して  
アタシも死んでやる!!」  
「おっ、落ち着け!誤解だ!!」  
誤解でもなんでもないのだが、鬼塚は必死だった。  
 
「離せぇぇぇ・・・!!・・・離せよぉ、この野郎ぉ!!」  
狂気に満ちた眼が大きく開かれる。  
家に届いた小包。  
血に染まりながら倒れる義兄弟。  
差し出された小指。  
絶望が、オンナのココロを狂わせていく。  
「うわああぁぁっ!!おまえをっ!おまえを見ていると、アタシが  
どれだけミジメで無力で薄汚いか、思い知らされるんだよぉ!!  
消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろおおお!!!」  
「・・・くっ・・・くみ・・・」  
揉み合う恋人同士。  
PAM!と暴発した銃が、鬼塚の腹部に当たった。  
「・・・いっ、痛てぇ!?」  
「・・・英吉さん!?」  
はっと正気に戻った山口の背後から、鋭い痛みが刺し貫く。  
腰に少女のカラダがぶつかった。  
ズブブッ・・・  
ナオミは包丁を無機質に回転させる。  
「・・・・・・うっ・・・・・・」  
闇に包まれそうになる意識を、再び燃え上がらせる山口。  
「・・・ててえええぇぇぇめめめえええぇぇぇ・・・!!」  
絶叫しながら、だが振り返ると、そこには誰もいない。  
視界の隅から、青白く光る包丁が見えた。  
 
スパッと柔らかい喉もとを斬られる。  
口の中に広がる、鉄の味。  
ギュルルッ・・・という、泡交じりの空気とともに、紅い鮮血が迸り、  
山口が丹念に作り上げてきた世界を血に染めていく。  
(・・・アタシは・・・どこで、まちがえたのかな・・・)  
『ヤンクミ!』  
生徒たちの愛らしい笑顔。  
『お嬢!』  
組員たちの頼もしい笑顔。  
『久美子・・・』  
愛するオトコが照れくさそうに笑う。  
(・・・英吉さん・・・愛し・・・て・・・)  
山口の首が、グイッと引っ張られた。  
もっと血を出せ、とでも言うかのように。  
ブシュウウゥゥ・・・  
愛するオンナが作り出す、血の虹を唖然と見ている鬼塚。  
「・・・くっ・・・久美子・・・」  
山口の首を掴み、狂気のオブジェを生み出している少女。  
ナオミは笑いながら、血で遊んでいた。  
 
血が出なくなった山口の死体を放置し、紅く濡らつく柳刃包丁を  
月明かりに晒し、恍惚の表情で眺めているナオミ。  
ウットリと、そして悩ましげな視線で、じっと見つめている。  
ふいに、床にへたり込んでいる鬼塚に顔を向けた。  
凶悪な笑顔を浮かべ、眼が紅く輝く。  
(・・・オレは・・・ここで死ぬ・・・)  
脳内に異常があろうと、銃で腹を撃たれようと、どこかで  
不死身の肉体に頼る自分がいた。  
だが鬼塚は、生まれて初めて、絶対的な死を意識したのだ。  
血に飢えたナオミは、次の獲物へと足を進める。  
鬼塚はポケットから愛用のタバコを取り出した。  
ラッキーストライクを一本咥え、火をつける。  
煙を弱々しく吐き出しながら思う。  
(・・・すまねぇ、龍二・・・鬼爆は、マジでおしまいだ・・・  
・・・てめぇとはもう一度・・・走りたかった・・・)  
渚薫の生意気そうな笑顔が懐かしい。  
(・・・卒業前に・・・決着をつけるとか、言ってたけど・・・  
・・・もう、無理だな・・・おまえは・・・少しでも長く・・・生き続けろ・・・  
・・・運命に・・・負けるんじゃ・・・ねぇ・・・ぞ・・・)  
焦点の合わない視線を、床に倒れこんでいる山口に送る。  
「・・・くっ・・・久美子・・・!!」  
 
なぜ最初から彼女のことを信じてやれなかったのか。  
たとえ自分が半身不随になろうが、きっと山口なら変わらぬ愛を  
貫き通したはずである。  
たとえ自分が死に逝く運命であろうが、きっと山口の愛は不変  
だったはずである。  
選ぶべきは、最初から山口の方だった。  
なにを迷うことがあったのだろうか。  
(・・・なにもかも・・・うまく・・・いかねぇや・・・ヘヘヘ・・・)  
自分が信じられない人間は、他人を信じることができない。  
それがなによりも悲しい。  
「・・・はっ・・・春になったら・・・」  
花香る風を身に受けて、傍らの愛しいオンナとともに、新しい  
世界へと歩んでいくふたり。  
社会からはみ出された者たちが、雄々しく集う華やかな場所で  
新しい人生を歩んでいく自分の姿が誇らしい。  
『4代目!』  
男惚れする笑顔の大島京太郎を先頭に、黒田組の子分たちが頭を  
垂れて、迎え入れてくれる。  
それは幻ではない。  
夢と希望に満ち溢れた、あるべき世界。  
無垢な微笑を浮かべる鬼塚の前に、血の匂いのする魔女が来る。  
血と肉のこびりついた包丁が、容赦なく振り下ろされた。  
 
ウウッーーー!ウウッーーー!  
狂ったようなサイレンを鳴らす消防車が、ナオミの横を次々と  
通り過ぎていく。  
旧校舎は炎に包まれていた。  
発動機のガソリンを抜き出し、鬼塚の使っていたライターで火を  
点けたのだ。  
想い出がたくさん詰まった小物や家具が燃え上がり、床に倒れた  
悲恋の恋人たちを包み込んでいく。  
彼らを情け容赦なく殺したナオミは、衣服に血が付かないように  
気をつけていたものの、わずかに血飛沫が付着してしまった。  
だから血の匂いのする制服は、さりげなくコートで隠されていた。  
血まみれの床に付いた足跡を用心深く消し、指紋を始めとする  
部屋に残されたナオミの痕跡も、すべて始末した。  
あとは血に濡れた上履きと凶器を捨てるだけだった。  
自分の身元がバレないように、うまく捨てる方法を考えながら、  
ナオミは呟く。  
「・・・思ったよりも簡単だった」  
 
人を殺した瞬間、いままで抑圧してきたモノが悶え悦んだ。  
暴力とセックス。  
あれらは、なんと素晴らしき開放感を自分に与えてくれるのか。  
ずっと我慢、いや気づかぬフリをして大人しく過ごしてきた自分が、  
馬鹿みたいだった。  
あらためて思い返してみると、封印してきた記憶が甦る。  
生まれ出たときに見た、看護婦の引きつった顔。  
窓辺から恨めしそうに覗き込む、かつて人間だったモノたち。  
バラバラにした虫の死骸や人形の腹から引きずり出した綿に、  
興奮していた自分の姿。  
『ナオミちゃんは怖い』  
怯える園児たちの言葉は、忌まわしい想い出などではなく、誇るべき  
勲章であったはずなのだ。  
温かい血の詰まった肉の袋こそ、自分以外の人間たちを表す記号。  
かつて世界は、自分を中心に回っていた。  
「・・・そう、それがわたしだった・・・」  
だが愛すべき父親から、それを禁じられ、想うあまりに彼の望む通りの、  
ちがう自分を演じてきた。  
それもまた、いいだろう。  
ナオミは父親を愛していたからだ。  
自分の本性を隠しながら、これからも父親を愛し、愛されたい。  
悶える肉の悦びを想像し、心が震えた。  
 
快楽殺人者。  
ヒトを殺すことに無上の喜びを持つ、異常な人間たち。  
そのようなものが、たまに社会に混じっている。  
なぜ殺すのか。  
理由などない。  
あえて言うならば、それが楽しいからだ。  
だが彼らは人間として、あまりにも歪んでいると言わざるを得ない。  
そもそも彼らは、本当に人間なのだろうか?  
こうした反社会的行動を研究する学者によると、どうやらそこには  
存在してはならないはずの遺伝子が、密接に関係しているという。  
その禁断の遺伝子の命じる本能が、モラルから逸脱した殺人衝動に、  
彼らを激しく駆り立てているのだ。  
ヒトを殺すことで、世界との絆を深めていく。  
南空ナオミもまた、そうした種類の怪物なのであろう。  
「・・・待っててね、お父様?   
もう誰にも、ジャマはさせませんから・・・♪」  
自分の正体に気がついた少女が、世界に解き放たれようとしていた。  
 
 
(3〜4日後に続く)  
 

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