「ふぅ、やっと片付いたか……」  
   
深夜の職員室。恭子は座っていた椅子にぐったりと寄りかかった。  
机の上には英語のテストの答案が山のように重なっている。  
インハイを目指すバスケ部のコーチと、英語教師としての仕事を  
両立させるのはなかなかの重労働だった。  
弾けそうな量感を誇る肉体を引き立ててやまない  
ボディコンシャスなスーツも、今はずっしりと重い女の体を  
容赦なく締め上げるソフトな拘束具のように思える。  
 
早く家に帰って、一刻も早く全部脱いでしまおう。  
このいまいましいスーツも、厭なパンティストッキングも。  
   
恭子は、ガーターベルトでとめるストッキングが本当は好きだった。  
パンティストッキングでは粋とは言えないし……何より、蒸れる。  
しかしバスケ部における恭子の指導ぶりはオーバーアクションで  
激しく動くタイプだ。ガーターではいつ外れてしまうとも限らない。  
仕方なくパンティタイプを着用していたが、熱気のこもる体育館の中で  
ぴっちりと太股と尻をナイロンで(時にはシルクで)覆うその感覚が  
不快でたまらなくなることは多かった。  
現に今も、1日分の汗と疲れをジットリとふくんだ温気が  
通気性の悪いミニスカートの奥から立ちのぼってくるような気がしている。  
 
(あぁ。シャワーが浴びたい……今日は新しいロクシタンの石鹸を使おう……  
それともラッシュのバスボムでゆっくりお風呂に浸かろうかな)  
 
と、不意に声がかかった。  
「氷室先生、残業ですか。精が出ますナァ」  
教頭だ。職員室の入口から覗き込むようにこちらを見ている。  
(やだ、なんでこんな時間までこの人がいるのよ……  
 つかまっちゃうと長いのよね、早く逃げよう……)  
恭子は笑顔をつくって応対しながら、そそくさと片付けを始めた。  
「えぇ。試験の採点がありましたので……教頭こそ、遅くまで  
大変ですわね」  
「はっはっは、私の立場ともなると、いろいろ苦労が絶えんのですよ」  
「本当にお疲れ様です、うふふ……それじゃ私はお先に失礼します」  
カツンとヒールの音をたてて恭子が立ち去ろうとすると、  
いつのまにか近付いていた教頭が、やけに至近距離で立塞がった。  
「ふぅむ……溌剌とバスケットの指導をしているあなたも美しいが  
こうして疲れた様子を見せているところも、なかなか色っぽいですな」  
無遠慮に恭子を睨めまわしながら、彼が愛用の扇子を動かすと  
白檀のきつい香りとともに年齢特有の老人臭がむうっと匂った。  
脂ぎった肉がたくしこまれた顎、乾いた分厚いくちびる、  
白目の割合の多い小さな細い目からは、淫らな視線。  
「こうして近付くと、あなたから良い匂いがしますよ。  
 上等のシャンプーを使っているとみえる。  
 かぐわしい汗の匂い、それとあとは……」  
教頭は目を瞑ると、自分の顔をぎりぎりまで恭子の顔面に近づけ  
すぅぅーっと鼻息をたてて、においを、嗅いだ。  
嫌悪感のあまり弾かれたように後ろにとびすさる恭子を前に  
にやにやといやらしい笑いを浮かべながら、教頭は言った。  
「あとは、これはなんの匂いでしょうかな。しもの方からにおうようですな」  
「……!なんのつもりですかっ!!セクハラで訴えますよ!!」  
怒りと羞恥で真っ赤になった恭子は、手にもっていたハンドバッグを  
机に叩きつけて叫んだ。  
 

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