外に出ると、雨が降っていた。そんなに激しくは降り注いではいない。
静かだった。ただ、さぁーっと何かが引いていく様な、そんな感じの音がするだけ。
音夢は雨が降っていることが分かると、あーあ、とため息をついた。
雨が降ることは知っていた。午後まで持つかなと思っていたけど、この通り駄目だった。
委員会で帰るのが遅れてしまったのだ。でなければ、たぶん雨に見舞われずに帰れただろう。
このまま昇降口にいてもしょうがなかったので、校舎の中に戻った。誰もいない校舎。雨が降っている
ので、野外の陸上部も活動をしていない。遠くから吹奏楽部の演奏の音がするだけで、だけど
それも本当に遠くからの小さな音にすぎない。閑静な校舎。いつもは人で賑わっている廊下も、
何だか雰囲気が違って感じられた。廊下を歩きながら、窓の外の風景を眺めていた。
灰色の空。透明な一本の線の如く降り注ぐ雨。地面に落ちて、流れ、流れていく。
嫌な感じだった。雨は、あまり好きじゃない。何だか憂鬱な感じになってしまう。
静か過ぎて、まるで世界にたった一人ぼっちなのではないだろうかという気分に陥ってしまって。
虚無感。声を掛けても、誰も返事をしてくれない。さぁーっと、雨の降る音だけが耳に鳴り響いてくる。
耳を塞いでも鳴り響く、しとしと、しとしと、と。
「雨、雨ーふれふれランランラン♪」
歌が聞こえてきた。すぐ近くから。部活かと思ったら、そうでもないらしい。音夢は呆然としながら、
声がする方に自然と足をのばしていた。
階段。ことりが座って、窓の外の風景を眺めながら歌っていた。
何でこんな時間、こんな場所にいるんだろうと一瞬思ったが、その考えはすぐに頭から
煙のように消えてしまった。
「雨、雨ーざーざールンルンルン♪」
音夢の今の心境には到底合いそうにない、明るい声。明るい歌。ただ、嫌な感じはなかった。
音夢が後ろから近づくと、ことりは歌うのを止めた。
「・・・・・雨って、好きですか?」
ふと、ことりが尋ねてきて、音夢は僅かながら驚いた。
それが自分に対する問いで。音夢が後ろにいる事に気付いたのだろうか。
「雨は、暗い感じがするから好きじゃない、って言う人もいるみたいですけど。私は、結構嫌いじゃ
ないんですよねー」
「・・・・・私は・・・・・あまり好きじゃないかな・・・・」
音夢がぽつりと呟くと、ことりが後ろを振り返った。
「なんだ、音夢だったんですかぁ」
「・・・・・誰かも分からずに話しかけてたの、ことり」
「だって、頭の後ろに眼があるわけじゃないもん。心が読めない限り、そんなの分かんないよ」
「そう・・・・・」
そうだよ、とことりが笑顔で頷いた。そう言ってから、再び前を向いた。
しばらく、沈黙が続いた。お互い何も喋らない、ただ静かな時だけが流れていた。
どうしてこんな場所にいるのか、音夢は聞こうかどうか悩んだが、結局聞かなかった。
立ち尽くしたまま、窓の外を眺めていた。相変わらず止みそうにない雨。
「で、何で?」
「何で・・・・・って?
「だから、何で雨が嫌いなんですか?」
「何で、って言われても・・・・」
理由は特に思いつかなかった。そういえば、どうして雨が嫌いだと思ったんだろうか。
考えようとしても、何かが頭の中を遮り、考えを受け付けようとしない。
「暗いとか、ジメジメしてるとか」
ことりが適当に理由を並べてみる。音夢は頷いた。
「うん・・・・それもあるね」
だけど、何か本質的に抜け落ちているものがある様に思えた。
「ジメジメしているのとか、嫌い?」
「じゃあ、ことりは好きなの?」
「んー・・・・・」
考え込むように黙りこくってしまうことり。
再び静寂が空間に訪れる。やっぱり、雨だけがしとしとと音を打つ。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・むむむ」
「何がむむむよ!」
よく分からないやり取りをする二人。
やはり、雨は降り続けて、何処か空しかった。だけど、先ほどまで感じていた憂鬱な気持ちはなかった。
何故なんだろうと考えるけど、やっぱり答えは出てこない。
「でも、一人で考え事する時とかいいよね」
ことりが思い出したように言った。
「考え事?」
「雨を見ていると、何処か虚ろになってきて、色々と考え事が浮かんできて」
そういえば、一人で雨を眺めていると、確かにぼんやりと何か考え事が思い浮かんでくる。
考える内容は様々だけど、音夢にもその気持ちが分かった。
じゃあどうして何か考え事が浮かんできてしまうのだろうか。
雨を見ていると、たった一人ぼっちなんだという間隔に陥ってしまうから。世界でたった一人な存在
という疎外感。音夢が雨が嫌いな理由だった。寂しいから、思索を巡らせてないと寂しさに
押し潰されてしまいそうになるから、雨は嫌いだった。
ならば、ことりは寂しくないのだろうか。ふと、音夢は思った。寂しくないはずがない。
音夢の隣には大好きな人がいた。だから雨が嫌いだった。一人ぼっちになってしまう雨が
嫌いだった。大好きな人が傍にいない雨が嫌いだったから。
ことりは一人だった。ことりが大好きだった人が隣にはいなくて、想いが伝わらなくて、
一人ぼっちだから。雨が好きだというのをただ演じているだけ。本当は寂しいから思索に耽って気を
紛らわせようとしているだけ。本当は、一人が嫌なはずなのに。寂しいはずなのに。
そんな寂しげなことりの背中を見ていたら、音夢まで寂しくなってきてしまう。
再び、黙りあってしまう二人。沈黙が制する世界。
重い。とても重くて、長い雨だと、音夢は思えた。
「・・・・やっぱり、ちょっと寒いかな・・・・」
そう呟いて、体を縮めて肩から震えることり。寒いのは当たり前だった。隣に誰もいなんだから。
震えることりを、音夢は見つめていた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・えいっ♪」
「えっ・・・・わぁ!?」
いきなり、ことりの背中にのしかかってくる音夢。ことりは突然の事に困惑した表情を浮かべていた。
「ね、音夢・・・・?」
「こうしてひっついてれば、寒くないでしょ♪」
しばらく呆然としてしまうことり。やがて、笑い出した。音夢も釣られて笑った。
何でもないやり取りなのに、妙におかしくて笑った。
久々に笑顔になれたような気がする。ずっと雨ばかりで、ずっと暗い気持ちになってたから。
「確かに、こうして一緒にいたら暖かいですよね」
「でしょ」
「ふふ・・・なーんだ・・・・随分、答えなんて簡単に出るもんだったんすね」
答え。ああ、そうだった。そんなに難しく考えることはなかった。
だって、望んでいたものはすぐ傍にあったから。気が許しあえる存在。大好きな人は、ここにいたから。
「・・・・・でも、結構恥ずかしいですよね・・・・こうしてるのって」
ことりが顔を赤らめて呟いた。音夢はそんな可愛らしいことりにイタズラをしてみたくなってきた。
音夢は服の上からことりの胸を触り始める。
「ひゃ・・・・・ね、音夢・・・・んっ・・・・」
「何かな」
音夢がにこりと笑う。
「・・・そ、その・・・・あ・・・・」
ことりが小さく声を出すと、音夢を拒むかの様に体を縮めた。音夢は逃がさなかった。
ことりの体に段々と手を絡めていって、自分の方に寄せた。ことりは嫌がる、というより
恥ずかしがっている感じがする。
「ね・・・・・音夢・・・・・ヤダ、恥ずかしいよ」
顔を紅潮させることり。何だか可愛らしくて、つい笑顔が綻んでしまう。
「そうなの?でもさ」
「ひゃっ!?」
スカートの中に手を入れると同時にことりが声をあげる。ショーツごしから濡れている、
それが分かった。
「ふふ・・・・ここは、随分正直みたいだけど」
「あ・・・・う・・・・・」
さらに顔を赤らめて俯いてしまうことり。その仕草の一つ一つがとても可愛らしく見えた。
「可愛いよね・・・・・ことりって」
言葉に出してみると、随分恥ずかしいものだと、音夢は言った後にそう思えた。
「そ、そうっすかねぇ・・・・・自分の事って、あんまし分かんないもので」
「でも、案外分かったりするものだよ」
自分の感情なんて、自分自身にしか分からないものだし。それがまるで体の外に抜け出しそうに
なってしまって、嫌でも分かる。
「そ、そうかな・・・・・じゃあ、音夢だってとっても可愛いよ・・・・うん」
音夢は苦笑する。何だか、こんな何でもない普通のやり取りが堪らなく好きだった。
本音と本音のぶつかりあい。裏の自分じゃなくて、素直な自分でいられるのが好きだった。
例えば、眞子だったり、美春だったりしたら、こんな風には話さないだろう。
「こっちの方はどうかしら♪」
「はぅ・・・・ん・・・・」
音夢は容赦なくことりの胸を後ろから揉み始める。ことりももう嫌がりはしなかった。
ただ、やはり恥ずかしがっている感じはする。だけれど、羞恥心も段々と薄れていき、
代わって快楽が支配を及ぼしてきているのか、徐々に顔が和らいでいった。
緊張して堅苦しそうにしていた肩も楽にして、音夢に身を預ける格好になっていた。
音夢はぎゅっとことりの体を抱きしめた。ことりの髪。ことりのしなやかな肢体。いい匂いがする。
ことりのいい匂い。酔いつぶれてしまいそうになって、それでもいいと思えてくる。
「音夢・・・・もう・・・・ん・・・・私、我慢できないよぉ・・・・」
股をもじもじさせて、ことりが懇願の眼差しで音夢を見つめてくる。
「ことりちゃんってば、イヤラシイなぁー・・・♪ここ、廊下なんだよ」
「うぅ・・・・そ、そんな事言われても・・・・ダメなの・・・・一度溢れ出したら・・・・・止められないの・・・」
ことりは自分の体をぎゅっと抱きしめる。何だかとてもエロい。
音夢は再びことりのスカートの下に手を差し伸べる。今度は、拒まれずにすんなりといく。
ショーツの中に指を入れて、ことりのあそこの中へと入れる。入れた瞬間に、小さな喘ぎ声と
ともにことりの体がびくりと跳ね上がる。音夢は体を抱きしめて、彼女の震えを受け止めてあげる。
「んああ・・・・やぁ・・・・・・感じるよ・・・・・音夢を感じる・・・・私の中に・・・・」
まるで幻想の世界に、精神が何処か別の場所にいってしまったかのように、ことりは我を忘れて
自ら夢中で腰を振って快楽を貪り始める。
音夢もそんなことりのイヤラシい姿に興奮していた。ただ、ことりのイってしまう姿を
見てみたい。それだけを思って、ことりに愛撫を繰り返した。
「んあああ!!あぁ・・・・だ、だめ音夢・・・・イっちゃう・・・・イっちゃうよぉ・・・・」
「いいよ・・・・このままイっちゃって・・・・私は、ずっと傍にいるからさ」
「音夢!!!音夢!!!あ、あ、ふぁああああ!!!!」
ことりの体が弓の様に曲がりくねる。音夢はことりを抱きしめて、傍に、ずっと傍にいた。
ことりも抱き返してきて、しばらく一緒にそうしていた。
「・・・・・あぅ・・・・・まだ熱い・・・・・」
火照った体を冷やす為、二人して階段に並んで座っていた。音夢は真っ赤に染まった顔に
手を押さえて唸っていた。
「・・・・・激しすぎ」
ことりがぼそっとそう呟くと、音夢はバツが悪そうに苦笑した。
「ま、まぁ・・・・・これで寒くはなくなったでしょ」
楽観的で、前向きな思考の音夢に、ことりはため息をついている。
二人で、しばらく窓の外をぼんやりと眺めた。今だ止まない雨。
「止まないねー」
「そうだね・・・・」
足をのばして、体を伸ばす音夢。段々眠くなってもきて、あくびをしてしまう。
いつになったら止むんだろう。音夢は、そんな風に思ってしまう。
「もしかしたら、このままずっと降り続けるのかも・・・」
また変な事を呟くことりに、音夢は呆れた表情をする。
「・・・・まさかぁー」
だけれど、そんな気さえ起きてしまうぐらいの、長い雨。退屈そうに二人で雨の風景を眺めていた。
ふと、隣からリズムの良いハミングが聴こえてくる。ことりが歌っていた。音夢はしばし呆然と
してしまうけど、やがて眼を閉じて静かにそのリズムを聴いていた。
「音夢」
「え!?う、うん、何?」
「一緒に歌いましょ♪」
「う、歌うって・・・・・そんな、私歌下手だし・・・・」
「大丈夫っすよ、私に合わせてくれれば、ほら」
笑顔で歌うことり。
テンポの良いリズムに、戸惑っていた音夢も何だか歌いだしたくなってくる。
気が付いたら、二人で歌っていた。それが楽しくて、どきどきして仕方ない位に。
何だか、ことりに言ってやりたくなった。
──ねぇ、分かってるの
あなたは一人じゃない
寂しくなったら、私も、兄さんもちゃんと傍にいるから
だから、そんな寂しそうな顔をしないで──
梅雨のハミング。
雨の中にメロディーが流れていく。
雨は、まだまだ止みそうになかった。