雨が降っていた。  
 
ずっと以前に、どこかに移転してしまった病院跡。  
純一と音夢は今そこに身を寄せ合い、天から舞い落ちる滴を眺めていた。  
「しばらくの間、ここで雨宿りさせてもらいましょう」  
音夢がそう言った。  
猫の子一匹いない閑散としたロビーに、2人は腰を落ち着けた。  
窓の向こうに見える灰色の空。  
廊下の先は暗くて見えない。  
むせ返りそうな湿気のにおい。  
雨は一向に上がる気配を見せなかった。  
ここにじっとしていてもしょうがない。  
純一は病院の中を見て回ろうと持ちかけた。  
 
二人は連れ立って病棟の中を歩いていた。  
地面を打つ雨粒の音。  
薄暗い廊下を並んで歩く。  
妹は兄の腕に、自らの細い腕をそっと絡める。  
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ  
二人の靴音がやけに大きく響く。  
渡り廊下に差し掛かる頃、水煙の中に小さな建物が見えた。  
キリスト教系の病院だったらしく、敷地の端の方にその小さな礼拝堂は建っていた。  
屋根の続く連絡路から、二人はその中へと入って行く。  
 
今月に入って初のデート始めてから、まだ幾らも時間は経ってはいなかった。  
狭い島内ではあるが、いつもより少しばかり遠くに出かけた。  
なるべく知っている人のいない所へ。  
バスに乗り、今まであまり降りたことのない駅を選び、二人で街並みを見て歩く。  
デートというよりは散歩に近かった。  
今日の天気予報は晴れのち曇り。  
『えっち曜日』ではない。  
だが、予報のおじさんは嘘つきだった。  
お昼にもならないうちに空が曇りだし、最初はホツホツ、すぐにバケツをひっくり返したようなどしゃ降りになった。  
二人はたまらず、町外れにある病院後に駆け込んだ。  
 
兄と『電気アンマ』を始めてから、音夢はずっと考えていた。  
血は繋がっていないにしろ、兄妹として育ってきた二人。  
お互いの気持ちに素直になったものの、どうしても最後の一線を越えられずにいた。  
血のつながりが無いとはいえ、兄と妹。  
やはり最後の一線を越えてはならないものなのか。  
だが逆に言ってしまうと、一線さえ越えなければいつでも元通りの兄妹に戻ることもできる。  
そんな気持ちが愛し合う二人の心に歯止めを掛けていたのかもしれない。  
だけどお互いのことが何よりも大切で、相手のことを愛していて。  
なにより妹にとって兄という存在は、幼い頃から寝食を共にし互いの成長をずっと見守り続け  
そして、初恋の相手でもあった。  
ずっとずっと思い続けてきた愛しい男性。  
 
それがたとえ義兄だとしても、周囲の人にどう思われようとも、音夢は純一を愛していた。  
これからも側にいたい、側にいて欲しい。  
純一の方も自分のことを愛していてくれているのはわかる。  
楽しい時は共に笑い、辛い時は側で励まし、二人でいる時間も大切にしてくれている。  
だが、少し不安もあった。  
今までキスをしたり一緒に眠ったりもした。  
たくさん電気アンマもしてもらった。  
にもかかわらず、兄は妹にそれ以上のことをしようとはしないのだ。  
相手だって年頃の男の子。  
そういうことに興味が無いはずはない。  
単に奥手なだけなのか、それとも相手が妹だから我慢しているのか。  
どちらにしろ、音夢の方から進もうとしなければ、二人の仲はこれ以上進展しそうにないように思えた。  
妹から兄に迫るというのは『えっち曜日』のルールに反するかもしれない。  
だけどもう少し、もう少しだけ進んだ二人になりたかった。  
そして音夢は決意した。  
今日のデートで身も心も一つになろう、と。  
 
 
【ダ・カーポ >>462氏 電気アンマSS外伝  ――雨の中の義兄と義妹――】      
 
礼拝堂の中は湿っぽく、埃っぽかった。  
日の光が差し込んでいたならば、天窓に取りつけられたステンドグラスが美しく見えたかもしれないが、今はあいにくと雨だ。  
薄暗い部屋の奥、かつては救世主と呼ばれた人物の磔(はりつけ)をかたどった像が  
壁の中程からこちらを見下ろしていた。  
純一は思う。  
何ゆえこの馬小屋生まれの貧乏人は、死んでからもこの状態で皆の目に晒されているのだろうか。  
磔にされていない像があってもよさそうなものなのに・・・・  
 
そんな事を考えていると、不意に音夢に話し掛けられた。  
小さな声だったので聞き取れなかった。  
聞き返す。  
もう一度、先と同じぐらいの小さな声で、同じ言葉を言った。  
だが外の雨音も手伝って、どうしても聞き取れない。  
しばしの沈黙の後。  
「わたしのこと・・・・・・・わたしのこと、抱いてくれませんか・・・・・兄さん」  
かすかに聞き取れるかどうかというぐらいの声で、今日まで妹として育ってきた少女は言った。  
「せつないの。  もう電気アンマだけじゃ、物足りないの・・・・」  
 
雨音だけが支配する薄暗い礼拝堂の中で、衣擦れの音がやけに大きく聞こえた。  
いきなり脱ぎ始めた目の前の少女に兄は焦った。  
止めるいとまもあらばこそ、上着とスカートが板張りの床の上に落ちた。  
残っているのは、白いブラと同色の小さなショーツ、それにニーソックスだけだった。  
今までの彼女を考えると、こうした行動に出てもおかしくはないように思えた。  
思う。  
やはり自分は、知らず知らずの打ちに妹を追いつめたりしていたのではないのか。  
血の繋がりはなくとも、大切な妹。  
そうした彼女の位置付けが、純一にこれ以上の関係を踏みとどまらせていた。  
それゆえに、音夢と電気アンマを始めてはや数ヶ月、それ以上の事をしたことがなかったのだ。  
純一とて健全なる青少年、そういうことに興味がないはずはなかった。  
むしろ電気アンマや二人での入浴、それに同じベッドで眠る日も多くなり、己の理性を保つのにもそろそろ限界が来ていた。  
 
下着姿になった妹は、両手で自分の身体を抱きしめながら近づいた。  
少しばかり背の低い音夢。  
上目遣いで兄を見上げた。  
その瞳は、いつになく真剣身を帯びていた。  
理性と欲望が鬩ぎ合う。  
どうして良いかわからなくて突っ立っているだけの純一へと、その細い両の手が伸ばされ  
そのままそっと兄を抱きしめた。  
小さくて柔らかな感触が、純一の中に収まった。  
「・・・・私を愛して・・・・・・・兄さん・・・・」  
兄の胸の中で力一杯抱きついた。  
一瞬ためらったが、純一はそれに応えるように抱きしめ返した。  
上着に、暖かな涙が染み込んだ。  
しばしの包容、そして沈黙。  
妹は胸から顔を上げ、真っ直ぐに兄を見つめる。  
「・・・私を、兄さんのモノにして下さい・・・・」  
小さな唇から紡ぎ出された言葉。  
音夢は静かに目を閉じる。  
 
「ん・・・・」  
触れ合う唇。  
少し鼻がぶつかった。  
性交を前提とした極度の興奮。  
脈打つ鼓動に、味なんてわからなかった。  
二人の唇が離れ、吐息が漏れる。  
見つめ合う高校生になりたての少年と少女。  
雨は降り続いていたが、屋根や地面を叩く水音は二人の耳には入らない。  
 
どちらからともなしに、再び唇が重なり合う。  
今度は長く、そして強く・・・  
息苦しくなり、鼻で呼吸をすれば良いことを思い出す。  
鼻にかかった声がすぐ側で聞こえる。  
その息づかいだけでも、自分と相手が興奮していることがわかった。  
少し唇を放し、すぐにまた重ねる。  
今までの触れ合うだけのキスではなく、合わさった唇を軽く吸ってみる。  
相手の唇を、自分ので味わうように。  
妹もそれに応えて、兄のものを吸い始めた。  
そして純一は、口内に舌を滑り込ませる。  
 
「・・・んふぅ!?」  
少し驚きはしたものの、音夢は舌の侵入を受け入れた。  
口内で舌に触れると、身体ごと敏感に反応した。  
ヌメヌメと舌で舌を撫で上げる。  
しばしの戸惑いの後、音夢も自分の舌を純一のものに絡め始めた。  
たがいの舌を、優しく撫でるように。  
唾液が奏でる粘質の水音が耳に付く。  
段々と舌を絡める行為に熱中し始めた。  
二人のキスは次第に大胆なものへとなり始める。  
口内を舐め合い、溜まった唾液を交換する。  
喉が鳴り、嚥下する音。  
貪るように舌を絡め、唇を吸った。  
まるで口で性交をしているかのように。  
 
ひとしきり求め合った後、熱い吐息と共に口を離す。  
二人の間には名残惜しげに透明な糸が引き、次第に細くなって途切れた。  
口の周りはベタベタだった。  
息を整える。  
妹の潤んだ瞳は、兄を求めていた。  
 
「ぁ・・・・・」  
不安げな声。  
音夢をそっと床に寝かせると、もう一度軽くキスをした。  
そして・・・・  
降りしきる雨。  
薄暗い礼拝堂。  
イエスの像が見下ろす中で、服を脱いだ純一は横たわる音夢の上にその身を重ねた。  
荒い息遣いと漏れる嬌声。  
二人で味わう初めての快楽。  
身体の奥から溢れる想いが、二人の営みを手助けする。  
板の軋む音と衣擦れの音だけが、礼拝堂の中に聞こえていた。  
 
二人が礼拝堂から出る頃には、いつの間にか雨は上がっていた。  
並んで扉をくぐる。  
灰色の雲が、かなりの早さで流されていた。  
空の上の風は物凄く強いのだろう。  
所々にできた水溜りに、木の枝から落ちた雫が波紋を広げる。  
元来た廊下へと歩き出す。  
繋いだ小さな手のぬくもり。  
なんとはなしに隣りを見た。  
音夢もこちらを見ていた。  
目が合った瞬間、二人とも恥ずかしくなって逸らしてしまう。  
始めて肌を重ねた後というものは、なんとなく照れくさいものなのだ。  
もう一度チラリと横目で見る。  
向こうも純一を見ていた。  
再び目が合った瞬間、音夢は照れた笑みを浮かべた。  
おそらく、自分も同じような顔をしているのだろう。  
気恥ずかしい、けれども心の距離は近くて、なんだか温かかった。  
 
END  
 

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