突然、音夢が壊れた。  
水越眞子は電話のこちら側でうろたえた。  
 
医療系専門学校に通うため、音夢が初音島から本土へと渡ってから数日。  
眞子の元に一本に電話が掛かってきた。  
電話の相手は親友の朝倉音夢。  
はじめから、いつもとは少しばかり様子がおかしいことには気づいていたのだが  
話している途中でいきなりえづきはじめたのだ。  
何事かと訪ねるとしばしの沈黙の後、電話の向こうでボソリと呟いた。  
『わたし・・・・・・犯されちゃった・・・・』  
何かの冗談だと思った。  
「・・・・・・あ、あはははははっ音夢が冗談言うなんて、めずらしいじゃない」  
笑い飛ばした。  
しかし、この時点で気づくべきだったのかもしれない。  
音夢は救いを求めて、自分の所に電話をしてきたのだということに。  
『・・・・・・・・・・わたし・・・・・・っ・・・・・・グズ・・・ヒック』  
電話の向こうで漏れる嗚咽。  
背筋に冷たい物が流れた。  
本当・・・・なのだろうか・・・?  
本当に、音夢は・・・  
音夢は・・・されてしまったというのだろうか。  
電話の向こう側でなおも漏れ続ける呻きが、その答えであるような気がした。  
・・・・・・・  
・・・・・・・  
・・・・・・・  
沈黙が支配する。  
泣き続ける音夢。  
掛ける言葉が見つからなかった。  
 
――――な~んていうのは冗談、ごめんね眞子―――  
そんな言葉を期待した。  
だが嗚咽は止まらない。  
「・・・あ、あの・・・音夢・・・・・・・・それ、本当・・・?」  
もっと気の利いた言葉はなかったのか。  
言ってから後悔した。  
『・・・・・っ・・・・・』  
声が泣きやみ、電話の向こうでうなづくのがわかった。  
「・・・・・・そう、なんだ・・・」  
マヌケにもこんな言葉しか出てこなかった。  
だが、耳を傾ける受話器の向こうで変化があった。  
音夢がポツリ、ポツリと話し始めたのだ。  
『・・・・卒業っ・・・・卒業式の、少し前に・・・・・委員会の引継で、遅くなって  
 ・・・・・・・・桜並木を歩いてたら・・・・・後ろから、いきなり・・・・』  
その時のことを思い出したのだろうか、震えていた。  
『走ったの・・・・・・いっぱい、走ったのにぃ・・・・えぐっ・・・』  
それ以上言わなくてもわかった。  
音夢は通学路の桜並木で・・・  
 
怒りが込み上げてきた。  
襲った相手と、そのことに今まで気づかなかった自分自身に。  
憤りが爆発する寸前、受話器の向こうからまた声がした。  
『・・・・・病院、行ったの』  
激昴はとりあえず横に置いて、受話器に耳を傾ける。  
『・・・・・・・・・・・妊娠、したんだって』  
どこか他人事のような口調だった。  
『・・・・「おめでとうございます」だって、笑っちゃうよね~』  
泣いていた。  
声はあっけらかんとしていたが、泣いているのがわかった、  
 
『堕すのに、ちょっとお金掛かっちゃった。 まったく、とんだ出費よね』  
音夢は笑ったつもりだったが、泣いているようにしか聞こえなかった。  
「・・・・・堕ろしちゃった、の・・・?」  
唇が乾く。  
声もかすれていた。  
『ううん、まだ。 ・・・・・・・・・・・明日、なの』  
ようやく理解できた。  
だから今日、電話を掛けてきたのだ。  
怖くて、不安で、心細くて、他の誰にも話せなくて、だけど誰かに相談したくて。  
そして眞子の所に電話を掛けてきたのだ。  
誰でもない、他ならぬ自分の所に。  
こう言っては不謹慎なのだが、親友が自分の事を頼ってくれて正直嬉しかった。  
そして自分の事を頼ってくれた親友は、こんなにも傷ついてボロボロで。  
あらためて、フツフツと怒りが込み上げてきた。  
音夢がこんな目に遭うなんて・・・・・・許せない。  
こんな目に遭わせたヤツを、許してなんかおけない。  
絶対に、絶対に・・・・・・・・・・許さない!!  
はらわたが煮えくり返るのを、身体全体で感じた。  
その間も音夢は二言三言話していた。  
『―――――お腹がね、なんか重いの。 ・・・・・・早く、堕さないとね』  
・・・ごめんね、私の赤ちゃん・・・  
最後の言葉は、電話の向こうの眞子には届かなかった。  
 
「・・・・・・・・・許さない」  
低い声が口から漏れた。  
「絶対に許さないっ、ふん捕まえてブン殴って警察に突きだしてやる!!」  
眞子の今の心境そのままが、口をついて出た。  
「絶対にっ、絶対にっっ!! ・・・・・・・・くぅっ・・・っ!!」  
受話器をギリギリと握りしめる。  
声が震えてるのが自分でもわかった。  
悔しい、そして悲しい。  
熱いものが頬を伝い、受話器を握りしめる手を濡らした。  
『・・・・?  ちょっと眞子、どうしたの・・?』  
しかし音夢の声は耳に入らない。  
受話器を力の限り握りしめ、眞子はこの日、親友のために泣いた。  
 
音夢強姦エピローグ 完  
 

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