朝倉音夢事件・白
「あれ? 水越さんだ」
その日、ことりが廊下を歩いていると、純一を遠くから見つめる水越眞子に遭遇した。
(どうしたんだろう、何かを見ているような・・・・・・・朝倉くん!?)
眞子の視線のその先に、杉並と悪巧みに興じる純一を見つける。
(顔が赤い、それになんだか嬉しそう)
ことりアイが分析を開始する。
胸に当てられた両の手。
切ない吐息が漏れる艶やかな唇。
熱っぽく、揺れる瞳。
(これは・・・・・・・・・・間違いない、『恋する乙女』の視線!!)
廊下の真ん中に立ち、新たなライバルの出現に炎を燃やす風見学園のプリンセス。
心の中にふつふつと沸き起こる、どす黒い何か。
震える肩。
握りしめられた拳。
「・・・・・・おい、白河さんが誰かに眼(ガン)飛ばしてるぞ」
「怖ぇ〜っ!」
「あの白河ことりでもあんな顔するんだ、俺ちょっとショック」
無論、廊下を行く生徒達の声なんか聞こえてない。
メラメラと燃えさかるジェラシーが、頭の中から全ての音を遮断する。
全ての感覚を遮断する。
(・・・・・・・確かめなければ)
額に怒り漫符を張り付け、頭に意識を集中する。
数メートル先で純一を見つめる水越眞子。
移動速度ゼロ。
目標は立ち止まっている。
射程距離内に補足。
眞子の心に手を伸ばし、胸ぐら掴んでギュウゥ〜〜〜ッと締め上げる場面を想像する。
ドギュ〜〜ン!
またもスタンドの発動音が聞こえたような気がしたが、無視することにした。
徐々に心の中が聞こえてくる。
・・・
・・・・
・・・・・
『んっんっんっんっ、んぁうっ!! あ、朝・・倉っ、はあぁっっ!
こんな・・・こんなっ、こと、はんっ!・・・・ハァハァ・・・くぅ、んんっ
恋人の、フリだけでっあうっ! ひゃあ!? お尻、ゃあ・・・・っ!』
雷が落ちた。
それぐらいのショックが、ことりを直撃したのだ。
近親相姦。
しかも二股。
わずかばかりの放心。
沸き上がるグチャグチャな気持ち。
ワナワナと震えが来た。
「!! 白河さんが、白河さんがっ!」
「うわぁっ!」
周りから悲鳴が上がった。
群衆が一歩、二歩引いた。
ことりは怒りと悲しみのあまり一歩、二歩よろめいた。
信じられない物を見た。
もう何も見たくないし何も聞きたくない。
きびすを返し、駆けだした。
人垣がモーゼの海開きのように割れる。
顔を手で覆い、ひたすら走った。
何人かにぶつかったが、謝りもせずにそのまま走った。
どこをどう走っているのかわからない。
前なんか見ていない。
そんなことりの前方に、書類の束を抱えた音夢が現れた。
うず高く積み上げられた紙束は、彼女の視界を著しく制限している。
ほとんど前が見えない。
当然、ことりも見てない。
加速を続ける目標Aが、対向してくる目標Bに接触する。
ドンッ!
「きゃっ!?」
同じぐらいの重量ではあったのだが、いかんせん目標Aには重力加速度というものが付加されている。
目標Bは、たまらず吹っ飛ばされた。
人身事故だ。
舞い散る白い紙吹雪。
放課後4日分の成果が宙を舞う。
そのまま走り去る目標A。
目標B本体はそのままよろけ、廊下の柱の所に掛けてある赤い円筒形の重い筒にブチ当たる。
学校に置いてあるそれはよく、イタズラでピンが抜いていたりする。
これもそのご多分に漏れず、安全ピンは2年ほど前に窓からグラウンドに放り投げられ
行方しれずになったままだった。
音夢のぶつかった消化器は重力に惹かれて落下を始める。
一瞬の後。
バオゥッッッ!!!
廊下に白煙と炸裂音が広がった。
白く染まる世界。
口の中に広がる、歯が黄色くなるような味。
のたうつホース。
自分と、他の誰かがむせる声。
目が開けられない。
呼吸が苦しい。
爆心地付近にいた人間は、睫毛まで白かった。
「こらあっ! 何やってる!!」
生活指導の『マンボウ』だった。
横から見たらマンボウそっくりの教師は、白煙の収まった騒動の中心部を目指す。
そして犯人と思しき生徒の腕を、むんずと掴む。
掴んだ手が白く滑る。
その感触に顔をしかめたが「職員室に来い!!」と怒鳴り、有無を言わさずグイグイと引っ張っていった。
「ぁ・・・・・・あの、これはっ・・・・違うんですっ」
弁解しようとするが、聞く耳など持たない。
廊下に白い足跡を残し、音夢はズルズルと職員室に引っ立てられた。