私とお姉ちゃんは二人行きつけの喫茶店で、向かい合って座っている。音夢にも教えていない、二人だけが知る店だ。  
「眞子ちゃんとこうしてお茶するのって、久しぶりですね〜」  
今自分がどんな顔をしているか自分でも解るほど気が沈んでいる私を余所に、お姉ちゃんはいつもの脳天気な振る舞いを見せた。  
「ご注文は……」  
「あ、私は……このホットファッジサンデーとアップルティーを……眞子ちゃんは?」  
「コーヒーでいい」  
「あれ、眞子ちゃん……?」  
注文を取ってカウンターに戻っていくウエイトレスと私を交互に覗き込みながら、お姉ちゃんが首を傾げる。それもその筈だ。ここのチーズケーキを気に入っていて、ここに来るたびにそれを頼んでいた私が、今日それを頼まなかったのが、意外だったのだろう。  
「それよりさお姉ちゃん、朝倉とはどうなの?」  
私は、本題を切り出した。もう後戻りは出来ないと悟る。  
「え〜、いやあの、そりゃあもう……」  
お姉ちゃんははにかんで、いつも通りの朝倉の話題を振られたときの身振りで、朝倉との最近の出来事を、いつも通り臆面もなく話した。  
内容も、新しく買った服を褒められた とか、一緒に電車に乗ったときに一つだけ空いていた席を譲ってくれた とかという、いつも通りのどうでもいいものであった。  
「それでですね……」  
前なら、ハイハイ勝手にのろけてろ…とかと聞き流せるのだが、今日の私はそんなことは出来なかった。  
どうしても気になることがある。それを思わせる一言を聞き出さない限りは、気が抜けない。  
「それで、朝倉くんったら……」  
しかしお姉ちゃんの口から流れてくるのは、ただただ、お姉ちゃんと朝倉に都合のいい話ばかりである。私は辛抱の限界を感じ、思わず、手にしていたコップの底を、勢いよくテーブルに叩きつけていた。  
「……眞子ちゃん?」  
怪訝そうな顔をして、お姉ちゃんが私の顔を覗き込む。  
「ごめん。けどお姉ちゃん、朝倉とはホントにそういう、楽しいことばかりなの?」  
「ばかりじゃないですけど……でも今まで話してたことは全部ホントですよ〜」  
「……知らないんだ」  
「え?」  
知らないなら知らないままでもいいかとも思ったが、どうしても思い知らせておかねば気が済まない。たとえ他人に私を悪魔と罵られても、構うものか。  
「私、朝倉と寝たよ」  
 
先日、久々に、朝倉と顔を合わせる機会があった。  
朝倉は前と相変わらず、面倒臭がりで、口が悪くて、そのくせ妙に惹かれるところがあった。  
『お姉ちゃんとはどうなの?』  
『どうなの、って……ま、楽しくやってるよ』  
気づけば朝倉は、お姉ちゃんと付き合っていた。そして私は、二人が腕を組んで道を往くところや、二人しか知り得ぬ間柄での話題に盛り上がるところを、胸の奥の感情を抱えたまま、見守る役となった。  
『ま、姉君のことは心配すんなよ。お前も早く彼氏作れって』  
お姉ちゃんが幸せならそれでいい。お姉ちゃんが幸せならそれでいい……とずっと私は私に言い聞かせてきた。  
『余計なお世話だよ』  
『あ、そうか、悪い。でも未来の兄貴として、少し心配だったから……』  
しかしどうしても、納得できない。納得したくない。  
『やだよ。あんたを兄貴なんて呼びたくない』  
『え〜、困ったな。そんなに俺は兄貴っつう柄じゃないんですか。それともあれかな、今の俺じゃ姉君の婿には相応しくないっすか〜……』  
相変わらず、朝倉は鈍かった。  
お姉ちゃんと朝倉。  
鈍い同士なのに、何がどうして結ばれあうことになったのだろう……絶対、納得できない。  
『私は音夢とは違うんだよ』  
『えっ?』  
『好きな人を、兄貴とは呼べない』  
『え……?』  
こうしてはっきり言ってやらねば解さない朝倉に苛立ちながら、私は堰を自ら破った。  
『お願い……抱いて。付き合ってくれとか、そんなことは言わないから……』  
 
「私から誘ったんだ……キスって、レモン味じゃないんだね」  
勢いに任せて真実をぶち撒きながら、私はお姉ちゃんの様子を伺った。お姉ちゃんは神妙な顔をして、私の顔を覗き込んでいる。  
「あれ、何かお姉ちゃんに朝倉が言ってるんじゃないのかって思ってたけど、なにも聞いてないんだね」  
敵は、どうくるのだろう。私に当たり散らすのか。それとも朝倉に急いで電話して、ことの真実を確かめるのか。  
「言っとくけど、今言ったことは全部本当だからね。それこそさっきのお姉ちゃんののろけ話と同じで」  
言い終わった頃に、やっとウエイトレスがお姉ちゃんのホッドファッジサンデーとアップルティー、そして私のコーヒーを持ってきた。  
「……それで、全部ですか?」  
運ばれてきたアップルティーのカップを包み込むように手にしながら、お姉ちゃんが私に問う。その目は、しっかと私の目を見据えてきた。  
「うん、そうだよ……怒った?」  
私はコーヒーにミルクを入れながら、負けじと、お姉ちゃんの目を見返す。本当は目を逸らしてしまいたいが、今ここで引き下がるわけにはいかなかった。  
 
すると、お姉ちゃんは手にしていたアップルティーを一口啜ると、それをテーブルに置いて、  
「フフフ……」  
突然、静かに笑い出す。  
その表情は、私や朝倉が言った冗談に笑ったときと、寸分違わぬものであった。  
 
「じょっ……冗談なんか言ってないからね、私……な、何が可笑しいの!?」  
「フフ、だって、突然眞子ちゃんが真剣な顔して『知らないんだ』……なんて言い出すものだから、何を言われるのかと思ったら……フフ、可笑しい」  
「だ、だから、何が可笑しいのさ……」  
「知ってますよ、そんなこと」  
 
「……!?」  
「それで、眞子ちゃんがずーっと朝倉くんのこと好きだったことも、知ってますよ……あれは朝倉くんに彼氏役を頼んでたときでしょうか……」  
「そ、そんなことどうでもいいよ! な、なに、『知ってる』って……!?」  
「ね、朝倉くんて、恰好いいでしょう?」  
「え!?……ま、まあ、醜男ではないけど」  
「でしょう?だから、朝倉くんて、結構女の子に人気があるでしょう?」  
それは私も知っていた。義妹の音夢も朝倉を義兄ではなく男と見ていた。あとよく芳乃さんが朝倉にじゃれついていたし、男子に一番人気があった白河さんが朝倉を見る目も、他の男子へのそれとは少し違う感じであったと思う。  
「……で?」  
「そんな朝倉くんを、私一人が早々と独占してしまうのは、悪いかなって思いまして。ほら、まだ結婚とかはしてないわけだし……ちょっと寝るくらいなら、構わないかなって思うんです」  
私は、お姉ちゃんが何を言ってるのか、解らなかった。  
「一応、誰と寝たかは教えてくれるようにお願いしてありますけどね。それにまあ、浮気は男の人の甲斐性だって話ですから……」  
「ちょ、ちょっと待ってそれ。おかしいよ。変すぎる……」  
「何がですか?」  
「お姉ちゃんがだよ!そんな、付き合ってる人が他の女と寝てくるのがへっちゃらなの!?」  
「確かに、赤ちゃんとか出来ちゃったらどうしようとは思いますけど……まあ朝倉くんには、避妊だけはして下さいねって言ってありますし」  
お姉ちゃんの科白は、常軌を逸していた。私には、どうしても解せない。  
「なにそれ。訳わかんない。それともなに?そうする代わりにお姉ちゃんも他の男といくらでも寝られるってやつ?」  
「私は朝倉くんしか見えませんよ」  
いつも一緒であったお姉ちゃんが、ここまで遠くの存在に見えたことはなかった。お姉ちゃんのことで解せない部分は今までいくつかあったが、こうも不可解な部分に遭遇したのは初めてである。  
 
「だから、今さっき眞子ちゃんが言ってたことも、ちゃんと私は知ってますよ。ちょっとビックリしちゃいましたけど、ま、前から眞子ちゃんが朝倉くんを好きなのは知ってたわけですしね」  
「……」  
「それにまあ、いつものことですから」  
 
私は、言葉を失った。  
 
私が意を決して、朝倉にぶつけた感情は、朝倉の正妻であるお姉ちゃんにとっては“いつものこと”としか映らないのか。そして、何事もなかったかのように忘れ去られていくのか。  
 
お姉ちゃんと朝倉にとって私は、“その他大勢”でしかないのか。  
 
今まで必死に抑えつけたあの気持ちは、先日ついに爆発したあの気持ちは、いったい何だったのだろう。  
無に帰さざるを得ないものであったならば、とうの昔に捨て去ってしまえたのに……!!  
 
「あ、これから朝倉くんと約束があるんでした。私はこれで失礼しますね、眞子ちゃん」  
腕時計を見ながら、お姉ちゃんはいそいそと立ち上がった。見ればアップルティーもホットファッジサンデーも、綺麗に片づけられていた。私のコーヒーは一口も付かぬまま、もうぬるい。  
「これで足りますよね……」  
お姉ちゃんは鞄から財布を取り出して、二千円を抜き取ると、テーブルの上に置く。  
そうして立ち去ろうとするお姉ちゃんの顔を、未だ口が開かない私が振り返ると、お姉ちゃんは笑って、  
「私は、朝倉くんの最後の女になれれば、それでいいんですよ」  
と言って、足早に喫茶店を出て行った。  
 
 
数日後。  
 
「なんだよ、話って」  
同じ店に、私は朝倉を呼び出していた。  
「はじめにこれ」  
私は朝倉に、数日前お姉ちゃんから渡された二千円を渡した。  
私はそれを支払いに使わず、そのまま手元に残していた。馬鹿馬鹿しい話だが、あの時はその二千円が朝倉との手切れ金かなんかに見えて、どうしても腹立たしかったのだ。  
「なんだこれ?」  
「お姉ちゃんに返しといて」  
「何だよ、同じ家に住んでんだから、直接返せよ。それに二千円くらいなら萌のことだから、それこそ眞子にくれてやったようなもんじゃないのか?」  
「そうかもしんないけど、とにかく返しといて」  
「萌も愚痴ってたぞ。『最近眞子ちゃんが冷たい』って」  
あの日から、私はお姉ちゃんを避けていた。お姉ちゃんはあれこれ話しかけてくるが、それもやり過ごすようにしていた。  
「いいから!」  
「あいよ。で、話って何だ?このことで呼んだのか?」  
「違うよ。……お姉ちゃんから聞いたよ、あのこと」  
「あのこと?」  
「浮気し放題って話」  
そう言い放って睨みつける私に朝倉は何を思うのか、ただ黙りこくって、コーヒーを啜る。  
「最低だね、あんた。今までまあかったりいかったりい言う割りに良いとこもあるとは思っていたけど、あの話を聞いちゃあ、もうあんたのことは最低としか思えない」  
「……」  
「変な意味じゃ無しに、あんたのことを兄貴とは思いたくないわ、私」  
「で、なんだ」  
黙って私が毒づくのを眺めていた朝倉が突如、口を挟んだ。苛立ち気味に、テーブルを指でこつく。  
「そのことで萌がお前に泣きついてきたのか?もう耐えられない、助けて眞子ちゃん、って」  
「い、いや……」  
そうではなかった。お姉ちゃんは臆面もなく、私に笑って見せていたのだから。  
「それとも何か、お前の父さんや母さんにこのことをばらしますよ、ってか?」  
「な、そんなこと、言いたくもない……」  
それは少し考えたが、もしそれを言って父さんが朝倉を出入り禁止にしてやったところで、お姉ちゃんは朝倉を選んで家出でもしてしまうに決まっている。  
 
「じゃあなんで、いちいち噛みついてくるんだよ?あん時お前俺に言ったよな?『付き合ってくれとはいわない』って……つまりあれは、あの日限りのことだろ?」  
「それはそうだよ、でもあの、その……」  
「だからこれに問題があったとしても、それは俺と、付き合ってる萌との話だろ?眞子には関係ねえ」  
「だ、だって、お姉ちゃんは……」  
狼狽する私に、朝倉は畳みかけてきた。  
「へっ。お前、結局気に入らないんだろ?俺が未だ萌と付き合ってんのが」  
「な、な、なな……」  
「眞子はガキなんだよ。ガキが背伸びして『一夜限りの関係』なんて似合わねえこと、言い出すなよな」  
「な……」  
私は反論しようとして、ふと、言葉に詰まった。  
そもそもなぜ、こうも朝倉に苛立たねばならないのであろう。それこそ二人ともいい大人なのであるから、お姉ちゃんの男付き合いのことを私が気に病む必要などないはずなのである。  
「萌も笑ってたぜ。『眞子ちゃんは子供なんですから〜』ってな……ま、だからお前もさ、ちゃんとした彼氏の一人や二人作ってみろって。一皮二皮とむけてくるから、な!」  
 
「……あんたの所為よ」  
「?」  
突如吐き捨てるように漏らした私の一言に、朝倉は首を傾げた。私も、なぜ今自分がこんなことを言っているのか、いまいち頭では理解できない。  
「私がガキなのは……あんたがいるからよ……」  
「……待てよ、眞子」  
「いつまでも……私の中にあんたがいるから、彼氏の一人も作れない……」  
「眞子、おい」  
「どんなに最低だって思っても……だって、それでもずっと、あんたのことが……んもうっ!!」  
私は俯いて、自分でも思いもしなかった気持ちを、嗚咽と共に吐き出した。そして、今の言葉が、私の正直な気持ちであったと悟る。  
 
どうしても、私は朝倉が好きなのだ。  
 
そしてそのまま、私は最後の想いをぶち撒けた。  
「朝倉……お願いがあるの」  
「ん?」  
「もう一度抱いてよ……あの時のように」  
「……」  
「今度は……いや、今度こそ、吹っ切りたい、から……」  
 
「眞子……あのさ」  
私達にむけて周囲から発せられるであろう視線に戸惑っているのか、朝倉がなだめるような口調で、未だ俯く私に声をかけた。  
「その、俺が好きだって気持ちは嬉しいし、俺も無責任にあん時お前と寝ちまったから今お前が苦しいんだと思うとすげえ申し訳ないけどさ、でも、あの」  
「わかってるなら、抱いてよ……!」  
「そ、それにさ、もう萌に、眞子とは寝ちゃ駄目って言われてるんだ」  
「え……!」  
「俺も、よくわかんねえけど……とにかく俺の無茶も、萌の寛大さあってのことだし……ああ、もう控えよう。面倒臭え、かったりい。やっぱろくな目にあわねえ」  
私は、お姉ちゃんへの見解を改めた。鈍いのは、朝倉だけだ。  
「構わないよ、どうでもいいよ、そんなの。別に朝倉に、お姉ちゃんと別れてくれって言ってる訳じゃないんだよ。私をガキなんて罵るくらいなんだから、朝倉もそれくらいわかるでしょう?」  
「で、でも」  
「妹の男付き合いをあれこれ気に病むのは、ガキのすることだよ」  
「……」  
 
「じゃあさ、こうしよう。その二千円、やっぱりお姉ちゃんに返さなくていいよ、私に頂戴」  
「は?……ああ、ほれ」  
朝倉は、さっぱり訳がわからない といった様子で、テーブルに置きっぱなしにしていた二千円を私に渡した。  
私はその二千円を受け取ると、  
「はい、あげる」  
また、朝倉の目の前に差し出した。  
「……え?どういうこった、そりゃ?」  
「二千円払うよ、って言うか二千円であんたを買うよ。軽いあんたなら、これぐらいあれば十分でしょ」  
朝倉は眉間に皺寄せて、私の顔を覗き込んできた。私も負けじと朝倉の目を真正面に見据え、この言葉に冗談は何一つないことを、朝倉に教える。  
「これで、私と寝て」  
「……眞子……?」  
「いいでしょ、別に情云々じゃなくて、お金繋がりで私達は寝た。これなら、お姉ちゃんも納得するよ」  
「……いや、ていうか」  
「朝倉はその二千円で、お姉ちゃんにどら焼きでも買ってあげて」  
いかな反論も聞く耳を持たない私に、朝倉もついに観念したか、ずっと私が目の前に差し出していた二千円を受け取ると、  
「……わかったよ」  
と言った。  
 
二人は、あの時と同じホテルに向かう。あの時と同じように、お互い別々にシャワーを済ませ、ベッドでお互い裸で、向かい合わせになる。  
「眞子……」  
「待って。何も言わないで。吹っ切るために、今ここにいるんだから」  
「……ああ」  
そうすると朝倉は突如、私の唇を奪った。  
「ん、ん……う」  
私は抵抗せず、為すがまま、流れ込んでくる朝倉の舌に舌で応えていた。  
そしてそのまま朝倉は私の後ろに回り、私が体に巻いていたバスタオルを剥ぎ取ると、おもむろに私の両の胸に手を伸ばし、いたずらに弄り始める。  
「ぅん……あ、あぅん……」  
つい先日、同じ行為に耽ったばかりなのに、私の躰はまるで処女の如く朝倉の愛撫に悶え、震えあがった。何年もお姉ちゃんと、女と付き合っている朝倉は、女の躰のことはあらかた承知してあるのだろうか。  
朝倉は何も言わず、私の女の部分に手を伸ばした。肉芽をまさぐり、溝の奥へ指を差し入れ、その中で蠢かせる。  
「ぁ、ぁああぁ……あ、朝倉ぁ……」  
私は声を漏らしながら、埋めることのまかりならない朝倉との隙間を感じた。確かに何も言うなと朝倉に言ったのは私だが、いざ実行に移されると、どうしようもなく切ない。  
ふと、朝倉の愛撫が止まる。  
「……」  
朝倉は後ろから、私の顔を覗き込んできた。思わず目を合わせてしまった朝倉の目は、私のこの気持ちを察したか、まるで私を哀れんでいるかのようであった。  
「や……やめてっ」  
いたたまれなくなった私は、手で朝倉の目を塞ぐ。  
「……?」  
「そんな目で、見ないで……!!」  
朝倉は暫し、戸惑った表情を見せたが、  
「……すまん」  
すぐにそう言うと、暗い目をして俯き、また、私を苛み始めた。  
 
朝倉は私を仰向けにベッドに押し倒すと、先程まで手で弄っていたところを、今度は口と舌で啄み始めた。  
「っぅふぁ、んぁぁ、っや、いや、ぃいやぁ……」  
啼き声を臆面もなく発する私に構わず、朝倉は私が漏らしているであろう恥ずかしい涎を啜る。その音は私の耳にも届き、私を、言いようのない恥辱の底に叩き堕とす。  
「あぁあっ、ぅはあっぁ……はぁ、あさ、朝倉、朝倉ぁ、っうあ、んぁうあ……」  
身を捩り、背を反らせ、足指を締め、上も下も涎まみれになり、必死にシーツにしがみつきながら、私は啼き声と共に、朝倉の名を呼び続けた。  
 
お姉ちゃんは、朝倉くんはいろんな女と寝ている と言った。  
今この身に容赦なく降り注ぐ悦びは、そうした経験によってもたらされたものであろうか。  
そうであるならば、もしかしたら、お姉ちゃんは回を重ねる毎に、前よりも更に震え上がるような快楽をその身に欲して、あんな真似を朝倉に許しているのだろうか などと、思わず勘繰ってしまう。  
 
頃合いを見計らったか、朝倉は口を止めた。私はこれからのことに備え、動悸を抑えようとする。  
「……ね、朝倉……?」  
「ん、ん……?」  
そして、突然話しかけた私に、朝倉は戸惑う素振りを見せた。  
「ねえ、教えて。あの時のあと、お姉ちゃんと、した?」  
「あ、ああ……会った日は、必ずしてるよ。その時に、お前と寝たことも言った」  
「お姉ちゃんとしてるときは、どんな感じ、なの? 今みたいな感じ?」  
「え……?ああ。でも、萌の乱れ方は、もっと凄いな。正直、普段とのギャップに戸惑うときもある」  
「はは……そうなんだ」  
私はその様子を思い浮かべて、少し可笑しかった。澄ました顔をして、やっぱりお姉ちゃんも女なんじゃないかと思うと、吹き出しそうになる。先の勘繰りも、あながち邪推でもないかもしれない。  
 
「そういう眞子は、俺のサービスはどうかな?二千円のモトは取れそうでしょうか」  
「サービス……」  
「じょ、冗談だよ」  
「まだ、どうとも言えないな……最後まで、してくれないと……」  
「ああ……ちょっと待ってくれ」  
「え……?」  
「取ってくる」  
 
「待って……!」  
朝倉が何を“取ってくる”のかを察した私は、身を起こして朝倉の肩を掴んで、朝倉を止めた。  
「お、おい、眞子……」  
「いいから……早くしてよ。大丈夫だよ。危険な日じゃないから」  
「まあ、そうだろうけど、でも」  
「これで最後なんだから、最後はしないでしようよ」  
あの時も、朝倉は“つけて”私の処女を奪った。だからつけないときとつけたときの差というものは知らないが、知りたいとは思う。  
「でも眞子、お前は……」  
「吹っ切りたいから、ね」  
「……」  
朝倉は、押しに弱いようであった。こんな感じで、お姉ちゃんにもいろいろ要求されているのだろうか。  
 
朝倉は再度私を押し倒すと、私の脚を開き、朝倉の指と舌、そして私の焦熱の露ですっかり穢れきった私の膣中に、朝倉の男を流れ込ませてきた。  
「……ぅあ゛……!!」  
そうしてまた朝倉は何も言わぬままに、それを私の内部で蠢かしはじめる。私の膣中は、そのものの熱に満たされ、私を狂わせようとした。  
「ぁああっ、あ、ぅああっ、ふわっぁあ……」  
私は眼前の朝倉の肩を強く抱きしめながら、奈落の崖下に今まさに堕とされんとする感覚に酔った。つけているか否かの違いは正直よくわからなかったが、もしかしたら と言う思いが自分の足場を更に狭め、ますます私を狂わせていることは確かだった。  
「あぁ、朝倉ぁぁ、朝倉ぁ……ぁ、ふぁたし、おかしくなるょぅ……」  
「ぅ、ぅぁ、……ぅ……」  
朝倉も、苦しそうな顔をする。しかし、そのことを気遣う余裕など私にはなく、寧ろ共に地獄に堕ちてはくれまいか とさえ思う。  
「朝倉あ、朝倉……ぁっ!!」  
そうしてまた何度も、私は朝倉の名を呼び続け、朝倉の躰を離すまじとして、力強く掴んだ。  
『吹っ切りたいから』  
よくもまあ、あんなおべんちゃらが言えたものだ。私は本当はこうして、朝倉と、お姉ちゃんが惚れ込む男と、ずっとずっと好きだった男と、ただ単に寝たかったのだ。  
「朝倉……好き、い、好きぃ……! ん、あ、ひやあっ……!!」  
構わない。お姉ちゃんに激しく憎まれても。朝倉に辟易されようとも。  
こうして、いやらしいほどに甘い刹那の時には、朝倉と一緒にいられる瞬間には、代え難かった。  
「ぁぁっ、ま、眞子、放せ。俺もう、やっ、やばいんだよ……」  
「……イヤぁっ!朝倉、離さないぃっ……!!」  
「……ぅあああっ!!」  
 
私は今までの恥辱にこれ以上耐えられなくなり、その身を彼方に飛ばした。  
背徳感が、私の躰を貫いていくのを感じながら。  
 
「……私のこと、嫌った?」  
事を終えた私達は二人、ベッドに並んで寝転がって、お互いの顔を覗き合っていた。  
「……いや。まあ、お前の意外な一面にはびっくりしたけど」  
「ははは……」  
「で、どうです、満足できましたか?」  
「……ま、まあまあ、かな」  
「はは、何だよそれ。俺に膣中出し強要したお人のセリフですか」  
「……やっぱり嫌ってるの?」  
「いや」  
そういう朝倉の表情は、何処と無しか暗かった。私と寝ることと、避妊すること。お姉ちゃんとの約束を二つとも破ったことに、罪悪感を感じているのであろう。  
私はどこか、孤独感を覚えた。最中はあれほど朝倉を間近に感じていられたのに、終わってしまえば、朝倉は遠く遙か彼方、まるで銀河の向こう側の存在に見え、切なくなる。  
そして、改めてこうも朝倉の心を捉えて離さないお姉ちゃんの存在に、私は憎しみさえ覚えた。だが朝倉がお姉ちゃんを一番に愛している以上、いくら憎んだところで、どうしようもない。  
そうしてお互い、静寂の時を紡ぐ。  
 
「朝倉」  
幾分かして、私は口を開いた。  
 
「……ん?」  
「私、帰るよ」  
「あ、……ああ」  
「……朝倉」  
「ん?」  
「ありがとね」  
「ああ、……吹っ切れそう、か?」  
「……うん。お姉ちゃんを、大事にしてね。幸せにしてね。……私がこんなこと言うのも何だけど」  
「ああ」  
「朝倉、さっき『もう止めよう』って言ってたけど、ホントにやめてあげなよ、こんなこと」  
「ああ」  
「お姉ちゃん言ってたよ、『私は朝倉くんの最後の女になる』って」  
「そうか」  
「ホント、これで最後だからね、こんな馬鹿な真似。約束だよ!」  
「ああ」  
「……じゃ、帰るね」  
「……ああ」  
 
 
夕暮れ間近の、灰色の冬空。  
かつて、この島に季節を問わず咲き誇っていた桜をも散らせた木枯らしが、その空には満ちている。  
そしてその空は、眺める者を無性に息苦しくさせる色をして、私を見下ろしてきた。  
 
「お姉ちゃんが幸せならそれでいい。お姉ちゃんが幸せならそれでいい」  
ずっと私は、私に言い聞かせていた。  
 
了  
 

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