騒がしい夜行バスの停留場に、音夢と頼子、そして純一がいる。  
音夢と頼子は、急遽両親の赴任先に行くこととなった純一を、見送りに来たのだった。  
「あーあ、かったりいなあ」  
「そんなこと言わないで下さいよ、兄さん。せっかくの再会だというのに」  
「そんなこと言うんなら、お前も来ればいいのに……頼子さんもそう思うだろ?」  
そう言って純一は、頼子の方に振り返る。頼子はいつものメイド服ではなく、ハイネックのセーターに水色のカーディガンを羽織った、所謂"普通"の格好であった。  
「ええ。どうしてですか、音夢さん?」  
「え……まあ、あの……夜行バスって、何か苦手だし……」  
「お前が来るってんなら、父さん達も新幹線とかのチケット代を出してくれたろうになあ……あーあ、息子には冷てえでやんの」  
「あとあの準備もあるし、それに……頼子さんと一度、じっくりお話がしたかったから」  
「え、私?」  
「ふーん……まあいいや」  
純一がそう漏らしたのも束の間、遠くでエンジン音が響くと、  
『初音島発、○○行き夜行バス、ただいま到着です。お乗りの際は、チケットを……』  
くぐもったアナウンスが耳を劈き、周りがいっそう、騒がしくなる。バスが到着したようであった。  
「来ましたよ、兄さん」  
「あ、やべ……んじゃ頼子さん、音夢のことよろしくな」  
「はい」  
「あと……今日の服、結構似合ってんじゃん」  
「え、そうですか……?ありがとうございます!」  
思いもかけない純一のひとことに、頼子は純一の視線の行き先にも、傍らの音夢の眼にも気づかずに、その頬を赤らめる。  
「特にその、あの…そのラインが……」  
「……?」  
「兄さん、何処見てるんですかあ?いい加減バスに乗り遅れますよ?」  
「わ、わかってるよ。じゃあな」  
 
そして純一を乗せたバスは、あっという間に見えなくなる。音夢と頼子はその様子を、最後まで見送っていた。  
「行っちゃいましたね……」  
「ええ……あの音夢さん、話したいことって、何ですか?」  
頼子は、躊躇いがちに問う。音夢の『お話がしたい』という言葉が、どうも気にかかっていた。しかし、  
「……早く帰りましょう、頼子さん。今日は冷えますから」  
音夢はそう言って頼子に背を向けると、足早に帰路を往きはじめた。  
 
家に着いた頼子は、音夢に自室へと促されていた。  
「何でしょうか……?」  
自室へ促す音夢の、いつになく張りつめたような様子を察してか、頼子の表情は少し焦りを覚えたものに見える。  
「ふふ、まあそんな強ばった表情をしないで下さいよ、頼子さん」  
「す、すみません」  
「ちょっと頼子さんに、いろいろ頼み事がありまして……聞いてくれますか?」  
「頼み?……ええ。私にできることなら何でも仰って下さい」  
「その前に……少し、私が『いい』と言うまで、目を瞑っていて下さいね」  
「あ、はい……」  
言われた通りに、頼子は目を瞑った。  
そうすると、なにやら首のあたりに、くすぐったい感触を覚える。  
『何だろう……?』  
と、頼子が思った刹那、  
「きゃっ!?」  
その首を強く引っ張られるような感覚が、頼子を襲った。突然のことに頼子は咄嗟の判断を誤り、床に顔から倒れ込んでしまう。  
「いたたた……」  
「大丈夫ですか、頼子さん?もういいですよ」  
音夢が心配する声が、頼子の耳に届く。そういわれて、ようやく頼子は目を見開いた。  
「はぁ、はい。……っ!?」  
 
頼子は、己の姿に驚愕した。  
四つん這いの体勢になっていた頼子のその首には、ペットの犬か何かがするような首輪が掛かってあり、  
「そんな顔してどうしたんですか、頼子さん?何かおかしいところでも?」  
目の前で屈んで頼子の顔を覗き込んでいる音夢が、その首輪に繋がる鎖を握っているのであった。  
 
「ね、音夢さん、これ、これは……?」  
戸惑うあまり体勢を立て直すこともままならない頼子に、音夢はいつにない冷徹な瞳を見せた。  
「頼み事をする前に、私達の身分の格差をはっきりさせておこうと思いましてね」  
「身分……?と、とにかく、外して下さい。く、苦しいです」  
「ごちゃごちゃと五月蠅いですね。それでも飼い猫ですか?あ、それとも、本来のご主人様である兄さん以外の言うことなんか、聞く耳も持たないと?」  
そう言って音夢は、頼子の猫のような耳を千切り取るかのようにつねり上げた。  
「ぎにゃあっ!! い、痛いっ、痛いです!!」  
「兄さんは、本当に甘いんだから……」  
「や、止めて下さい、許して下さい……私、何も悪いことなんて……」  
「悪いこと……?頼子さん、勘違いしてませんか。これはお仕置きじゃありません。躾の一環ですよ」  
ようやくつねるのを止めてもらった頼子は、その『躾』という言葉の意味を理解できないでいた。ただ、未だとどまりを見せない音夢の気迫に怯えるばかりである。  
「さっきは物覚えの悪いあなたでもわかるように『頼み事』なんて言葉を使いましたけど、今から頼子さんには『命令』を伝えますからね。……この意味、わかりますか?」  
「……?」  
「わかりたくないんですか?でしたら、このまま鎖を外さずに、物置にでも放り込みましょうか」  
「そ、それだけは許して下さい!!……教えて下さい、お願いします……」  
頼子は音夢に哀願した。もし純一がいれば助けてくれたかもしれなかったが、今はバスの中である。無論音夢もそのことを知っているからこそ、このようなことに及ぶのであろう。  
今の頼子に、抗う術はなかった。  
「じゃ、教えてあげます。一度しか言いませんよ」  
「はい……」  
「もし、今から言う『頼み事』を失敗でもしようものなら、今よりもっと非道い目にあってもらわなくてはいけない、ってことですよ」  
「……ひ、ひいいぃっ!!」  
 
「じゃ、早速『命令』……の前に、頼子さん、兄さんのことが好きでしょう?」  
「……え?」  
突然の話の展開に、頼子は更に戸惑った。  
「どうなんですか?」  
「え……え……えと……」  
確かに音夢の言う通り、頼子は純一を一人の男性として慕っていた。  
しかし頼子は、音夢も純一のことを"義兄"ではなく"男"として、並々ならぬ愛を抱いていることを知っている以上、このことを表に出すのは躊躇われていたのである。  
「正直にどうぞ」  
「あ……あの、その」  
「正直に言わないと、段ボール箱に詰めて土に埋めますよ」  
「は、はい!好きです!」  
「どれくらい?」  
「どれくらい……?」  
「キスしたいくらい?セックスしたいくらい?結婚したいくらい?子供を産みたいくらい?」  
「え゛……」  
「正直に……」  
「よ、よくわかりませんが、ぜ、全部あわせたくらいです!」  
「よくできました」  
音夢は手を叩いて、頼子を褒めるような素振りを見せた。頼子は相変わらず、音夢の真意を解せないでいる。  
「そ、それが、何か……?」  
「ああ、そうでしたね」  
そう言って音夢は、頼子に問いかけるようにして話し始めた。  
 
「私が近々、この島を離れなきゃいけないのは、知ってるでしょう?」  
「はい。進学するん……ですよね」  
「そうなる以上、兄さんとは少なくとも数ヶ月は、逢えなくなるんですよ……」  
そう言って顔を伏せる音夢の表情には翳りがさし、声は幾分かうわずっているように思える。  
「はい……」  
その音夢の様子に頼子は今の自分の立場も忘れ、その胸中を哀れんだ。これまでいつも一緒だった想い人と離ればなれになることは、いずれ頼子にもあり得る話であるだけに、音夢の気持ちには同情せざるを得ない。  
「……で、頼子さんは、兄さんのことが好きだって言いましたよね」  
「あ……はい……」  
「結婚したいくらい、子供を産みたいくらい……」  
「あ、あ゛……」  
頼子が先程の展開と、今の自分の立場を思い出し、これからの話のなりゆきを読めずにどぎまぎしていると、  
「そう思っている女が、他にもいるみたいなんですよ」  
音夢が、吐き捨てるように言った。  
 
「え……?」  
「兄さんって、結構もてるみたいなんですよね」  
「え、え?」  
「兄さん、優しいから……」  
そう言って、音夢は目を伏せた。  
「……」  
頼子はその想いを察し、いたたまれない気持ちになる。思えば今頼子が朝倉の家にいられるのも、純一の"優しさ"があってのことであった。恐らく音夢にしてみれば、その純一の"優しさ"こそ、誰にも渡したくない、独占してしまいたい感情なのかもしれない。  
 
「でね、頼子さん」  
「……っは、はい」  
「頼子さんには、私がいない間、兄さんの見張りを……兄さんに他の女がくっつかないようにしてもらいたいんです」  
音夢の言葉に、頼子は愕然とした。音夢の気持ちは頼子にも理解できるが、かといって純一の行動を逐一確認したり、果ては制限するなんて大それたことは、今の頼子にはできそうにない。  
しかしこれは『命令』である。断ることは、今のこの頼子の状況からして、不可能であろう。  
ではいったい、どうすればいいのか。  
「そんなの無理、って顔ですね?」  
「ひっ……!!」  
突如鎖を引っ張られ、思わず頼子は前につんのめった。今の音夢は、頼子に思案する暇さえ与えないつもりらしい。  
「この際、特に手段は問いませんよ。何なら頼子さんには、簡単な方法を教えましょう」  
「へ、へ?」  
「頼子さんは兄さんのこと、キスしたいくらい、セックスしたいくらい好きなんでしょう?」  
「……?」  
「そうすればいい。躰で、繋ぎ止めておけばいいんです」  
 
頼子は呆気にとられる。音夢の真意が、ますます解せない。愛する人が、自分と違う人と床を共にするなんてことは、もし頼子が音夢の立場であるならば、耐えられそうにないものであった。  
「……可笑しいですか?」  
頼子の困惑を察したか、音夢が頼子の顔を覗き込んでくる。その瞳は、幾分か潤んでいた。  
「い、いえ、そういうわけじゃあ……というか、あの、意味がわかりません……」  
「兄さんも男ですもの。その手の欲求には貪欲なはずです」  
「はぁ」  
「そして、さっきも言ったように、兄さんはもてる。引く手数多ってワケです……もしその女の一人が兄さんを躰で誑かしたりしたら、……わかりますよね?」  
「……誘いにのる……?」  
「ええ。そしてなし崩しに、その女と兄さんはお付き合いする、という構図に持って行かれるでしょうね。女は狡猾な生き物ですから。兄さんも、優しいから……」  
そう言い捨てながら音夢は、苦虫を噛み潰すような顔をする。  
「そ、それと、あの、その……」  
「ん?」  
「それと……私が純一さんと、あの……アレすることと……どう関係するんですか……?」  
頼子には、どうしても解せないでいた。  
 
「見たところ頼子さん、少なくとも兄さんに色目を使う人たちよりも、ずっといいプロポーションをしてますよ。ホント、羨ましいくらい」  
「いえ、そんな……で?」  
「家に頼子さんみたいに魅力的な人が、自分の帰りを待っているとなれば、兄さんも易々と誑かされることもないでしょうから……何より、兄さんの"支え"として、頼子さんには役不足な程かも」  
「支え?」  
「もし……私と頼子さんが逆の立場だったら、私には無理そう。だからこそ、頼子さんにお願いしたいんです」  
音夢は小さく深呼吸すると、その目にじっと頼子を見据えた。その眼に頼子も、思わず息を飲む。  
「見張りついでに、代わりをしてあげるんですよ、頼子さん。"兄さんの恋人"の代わりを、ね」  
「こ、恋、人……?」  
「ええ。頼子さん、これは兄さんのためでもあるんですよ。私は兄さんの支えになってあげられるのは、私の他には頼子さんだけだと、常々思ってますから」  
その言葉に、頼子ははっとする。確かにこれまでずっとひとつ屋根の下で暮らしてきた音夢が島を離れることで、純一は寂しい思いをするであろうことは、同じ朝倉の家で暮らす頼子にも予見できた。  
「……つまり、音夢さんが島外に出たことで純一さんが寂しさにくれないように、私が"音夢さんという恋人の代わり"として、お側にいればいいんですね」  
「ふふ、そうですね……言っときますけど、ガードが甘くなった兄さんを狙って他の女か躰を使って誘惑してくることは十分考えられますからね。早い目に手を打っておくこと……それこそ、躰で繋ぎ止めてしまっても……」  
頼子は、真摯に頷いた。これは音夢さんのため、そして純一さんのため……と思うと、寧ろこの仕事は自分が為すべくして課されたもの、と思えた。  
純一と床を共にする、という部分に関しては正直逡巡してしまうが、別に知らぬ人と寝ろと言われているわけではない。寧ろ相手が純一であることは、処女を捧げる相手として本望である──  
私ったらはしたない……頼子は自省する。しかし何より、純一の支えになれる というところが、今の頼子に高揚感をもたらしていた。  
『何をしよう。もっと料理の勉強をしようか。それとももっと庭の花壇を綺麗なものにしようか……』  
頼子は、様々な思案に耽る。好きな人の幸せに奉仕することは、頼子のもっとも好むところであった。  
 
「ぎにゃっ!?」  
突如、頼子の首が引っ張られた。思案に夢中で、その首に首輪がかかっていたことをすっかり忘れていた頼子は、体勢を崩してしまう。  
「何をぼうっとしているんですか、頼子さん?まだ話は済んでいませんよ?」  
「え……?」  
「わかってますか?あなたは"恋人の代わり"ですよ?つまりは"恋人"ではないってことですよ?わかってますか?」  
「……え、ええ。わ、わかってます。じゅ、純一さんの恋人は、音夢さんです」  
正直なところ、自分を純一の恋人と仮定して考えていた感を否めない頼子は、慌てて取り繕った。しかし音夢の目は、未だ冷たい。  
「……口では何とも言えますよね」  
そう言い放つ音夢の表情は、まるで氷原の吹雪のように頼子を刺し貫く。先程まではまだ穏やかなところもあった表情が変貌して、全ての女を敵と思うかのような形相で睨む音夢に、頼子は恐怖を覚えた。  
「頼子さんだって女ですもの。兄さんを誑かすこともあり得るわけですよね」  
「し、しません。絶対しません。私は音夢さんの代わりです」  
「どうだか。兄さんとエッチを重ねるたびに兄さんに媚を売って取り入って、兄さんを頼子さんの味方に引き込むこともあり得るわけですし」  
「本当、しません。信じて下さい、お願いします……」  
「『純一さん、音夢さんがいじめるんです』『何だと。おい音夢、頼子さんをいじめたらただじゃおかねえぞ』  
 『純一さん、私やっぱり音夢さんが怖い』『おい音夢てめえ、もうお前を義妹とは思わん』『やったー、これで純一さんは頼子のもの』とか何とかなっちゃったりして……」  
「そんな……絶対、そんなことありませんっ、ありませんよう、信じて、信じて下さい……!!」  
音夢の言いがかりに、頼子はべそをかきながら、ただただ首を横に振ることしかできなかった。自分は命令を守ろうとしているのに、何故にこうも言われるのか。音夢の真意が、ますますわからない。  
 
「……でもまあ頼子さんには、先の『命令』をこなしてもらわなくちゃいけませんからね。頼子さんのことは、極力信用したいです」  
「お願いします、信用して下さい。命令もこなします……」  
「信用したいから……」  
そう言って音夢は自分の机の方に向かうと、何かを探し始めた。暫く頼子が当惑していると、音夢は  
「もし私を裏切ることになったらどういう思いをすることになるか、頼子さんに教えておきましょうか」  
と机の中から、小学生の頃縄跳びに使った物であろう、ビニール製の跳び縄を取り出してきた。  
 
呆気にとられた頼子の一瞬の隙をついた音夢が頼子の後ろに回ると、四つん這いの頼子のスカートをまくり上げた。頼子の純白のショーツが、外気に晒される。  
「きゃっ!?」  
頼子が喫驚したのも束の間、音夢は素早くそのショーツもおろした。否応もなく、頼子の肉感的な尻が露わになる。  
「な、何するんですか……っぐ!?」  
その身を起こそうとした頼子の顔を、音夢は容赦なく足で踏みつけ、そのまま押さえ込んだ。  
「動かないで。動くとその恰好のままで、あの一番大きな桜の樹に吊し上げますよ」  
「ぃ、ひぃ……」  
暫く踏み躙られて、ようやく抵抗しなくなった頼子を確認すると、音夢はようやくその足を離した。  
「ね……音夢さん……?」  
恐る恐る、頼子は音夢を伺う。しかし、また踏みつけられるのでは、と思うと、恐怖で音夢の顔を直視できなかった。  
「今から"躾"をしますよ」  
音夢はそう言って、小さく括ってあった跳び縄をほどくと、両端をまとめて、二つ折りにした。  
「ちょおっと、苦しいかもしれませんけど、これは"躾"ですからね。頑張って耐えて下さい……もし裏切ったりした場合の"お仕置き"は、こんなもんじゃ済ませませんから……ねっ!!」  
そして音夢はその手の跳び縄を、頼子の尻めがけて、目一杯叩きつけた。  
 
「ぎにゃあああああっ!!!!」  
その身を切り裂くような音夢の容赦ない攻撃に、頼子は絶叫をあげる。しかし音夢はそんな頼子に躊躇することなく、また跳び縄の鞭を、頼子に幾度も振り下ろした。  
「いやあああっ!!!やっ、ゃやああっ、止めて、止めてえ……んにゃああっっっっ!!!」  
鞭をうけるたびに、頼子は震えた哭声をあげ、苦痛に嗚咽する。  
「さあ、しっかりと、その身に刻むんですよっ、私を裏切ると、どういう思いをするか……!!」  
「んぎゃああっっ!!!や、止めて下さい……わかりました……絶対絶対裏切りません……だから、だから……んやああぁぁっ!!!」  
「それじゃあもっと、体で覚えるんですね……!!口先の言葉なんて信じられませんから……先も言いましたけど、裏切った場合は、この限りじゃありませんよ……!!」  
「ですから……もう、許して……きゃあああっ!!」  
「そんな、ちょっと痛めつけたくらいで許したら『ちょっと痛い思いをすれば裏切ってもいいのか』と思いかねませんしね……!!」  
「そ、そんなあっ、ぃやっ、んやああぁっ!!」  
如何に哀願しようとも聞かない音夢に、頼子は涙をこぼし、耐えるしかないのか と途方に暮れる。  
「いやああっ!! ひゃあっ!! ひ、ひぃぃ、ひぃぃ……っ、ああっ、ああっ!!」  
そうして音夢の調教を堪えているうち、頼子の脳裏は真っ白になっていく。その身からはうねるような震えが、鞭の衝撃によって躰の内側から跳ね返るような形で表面へと溢れ出し、頼子の体を蝕んだ。  
 
 
「はあ、はあ……」  
さすがに音夢も疲れたか、頼子を打つ手を休め、動悸を抑えていた。  
「はぁ、ふぅ……。はぁ、ふぅ……」  
犬のように伏せて、同じく激しい動悸を漏らす頼子の突きあげられた尻は、すっかり桃色に熟れている。  
「……」  
音夢は躾の途中頃から、頼子の様子がおかしいことに気づいていた。初めはあんなに甲高い声で啼いていた頼子だったが、鞭の回を増すごとに、その声が、小さく治まっていくのだ。  
音夢は、頼子の様子を窺う。そんな音夢と目があった頼子は一瞬目を伏せ、やがて怯えた表情で、音夢の顔を覗いた。  
「ね、音夢さん……もう、許して下さい…………ホント、私、もう……」  
頼子のその火照った表情に、音夢ははっとした。  
「っ、ふふ、はは、ははは……」  
思いもしない展開に、音夢は笑わずにはいられなかった。頼子は音夢が笑い始めた理由がわからずに、目を瞬かせる。  
「音夢さん……?」  
戸惑う頼子の顎を、音夢はしゃくり上げるようにつまむと、  
「頼子さん……さっきの躾で、『感じて』ましたね……?」  
そう言って、頼子に冷ややかな笑みを見せた。  
 
「そ、そんなこと、ありません……!!」  
潤んだ瞳で、頼子は必死に否定した。しかし音夢は、真面目にその言葉を聞いてはいない。  
「全く、さっきから頼子さんはウソばっかり……」  
そう窘めるように音夢は言って、晒されたままの頼子の恥部に、その手を突っ込んだ。  
「ひっ!?ひ、ひゃ……な、何を……?」  
「やっぱり……」  
そう笑って、音夢は暫く頼子の秘裂をまさぐっていた指を、頼子の目に晒す。  
「そ、そんな……!?」  
頼子は、目の前の真実が信じられず、目を歪ませた。  
音夢の指には、糸が引いている。ねっとりとした汁が指に絡みついて、部屋の明かりで光沢を放っているのが、はっきりと見てとれる。  
「これ、いつも頼子さんが兄さんを見て漏らしているやつですよね?」  
「そ、そんなことないです……そ、それに、これは、これは……、ち、違います!!」  
「恥ずかしがらなくてもいいんですよ……これは非常に好都合です」  
そう言って音夢は、手の跳び縄を放り捨てた。  
 
「好都合……って?」  
「その首輪、頼子さんにあげますよ」  
「え?」  
「兄さんを誘うときにそれをつけて、その鎖を差し出しながらこう言うんです。『私は苛められるのが好きな、痛いのが好きなマゾ猫なんです。純一さん、いやご主人様、私を調教して下さい』ってね」  
「そ、そんな!? そんなこと、できません……」  
「結構じゃないですか。実際頼子さん、あなたにとって兄さんはご主人様なワケでしょう?」  
「そうですが……それとこれとは……」  
「それに、この"躾"であなたが感じたのも事実……おかげで、"お仕置き"はもっと別の物を考えなけりゃいけなくなりましたね」  
「違います、違いますったら……第一、これがどうして好都合なんですか?」  
頼子は理解できなかった。別に、恋人の代わりとなることで、純一を留めることは十分ではないのか。  
 
「わかりませんか?」  
音夢は鼻で笑って、伏せっていた頼子の臀部に腰掛けて、今度は平の手で頼子の尻をはたいた。  
「ひゃうっ!!……ね、音夢さん、苦しい……」  
「優しい兄さんのことです。恐らく頼子さんがどうにかなっちゃったんだと思って、何とか治してやろうとあれこれ手を尽くすんでしょう……。ま、実際のところ、頼子さんのマゾヒズムは真性のものでしょうから、全て無駄に終わるわけですが」  
そう言って音夢は、また頼子の尻を、先程よりも強くはたく。  
「っいゃんっ!!……ひ、ひどい……」  
「ま、そうすることで、他の女にかかずらう暇はなくなるわけですよ、頼子さんっ」  
そう言って音夢は、今度は頼子の尻で一番腫れているところを指で探って、そこを抓る。  
「ぎにぃやぁっ!!い、いじめないで……」  
「純一さん以外はいや、ですか?……よく考えたら、こんないやらしい躰の頼子さんに苛めてくれなんて誘われたら、もしかしたら兄さん、誘いに乗っちゃうのかなあ?」  
鼻歌でも歌うような様子で、音夢は揚々と喋りながら、抓る力を更に強める。  
「い、痛い痛い、いたいぃ……」  
「兄さん、優しいもんなあ」  
「ああ、ああ……あ、あ、あああ……」  
「嵌ってくれればそれはそれで、家に恰好の性欲の捌け口ができるわけですから、いちいち他の女に気を遣ってまで活を求める必要がなくなって、これまた好都合……」  
そう言って音夢は抓っていた手を離すと、頼子の尻の、長時間抓られて痛々しい赤色に染まった部分を、これまでで一番強くはたいた。  
「い゛いあ゛ああぁぁ!!!!」  
困憊しきった頼子の、腑から絞り上げたような泣き声が、部屋中に響き渡る。目からは涙が止まらず、口許は涎まみれであった。  
「さあ頼子さん、正直に言いましょう。あなたのいやらしい癖を」  
様々なものから、自分は逃れられないことを、頼子は悟る。抗えない己が身を、頼子は呪った。  
「私は……ま、マゾ、猫……で、す……。う、ぅ……」  
 
そうしてようやく、音夢は頼子から腰を上げた。  
「ま、こういうことですよ……わかりました?」  
「う、うぅ、はい……わかりました……うっ、うぇっ…………」  
音夢の問いに、頼子は微弱な声で頷くと、あとはただ、むせび泣き続けるだけだった。  
「わからなければ、もうちょっと続けますけど」  
「ぐ……ぐすっ……う……」  
「ま、相手が私じゃあ頼子さんも不満でしょう。あとは兄さんに我が侭を言って下さいね」  
「…………はぃ……」  
 
「今日はちょっと疲れましたね。頼子さん、今日は早く寝ましょう。兄さんも今頃、車内で爆睡してるでしょうし……さ頼子さん、じっとしてて……」  
いつまで経ってもそのままの恰好で、ショーツを直すことすらせず泣き続ける頼子を見かねた音夢は、洗面所で濡れタオルを作ってくると、赤く腫れた頼子の下半身を拭いてやりはじめた。  
「いやっ!? や、やめてください……」  
突然の濡れタオルの感触に頼子は嗚咽を止め、驚きの声をあげた。  
「でもこのままほっといたら、頼子さんそのまま泣き疲れて眠っちゃいそうですよ。……そんな女臭い躰で寝られちゃあ、こっちはたまらない」  
「ぅ、は、はい、そうです、けど……ひゃ、ひゃあ」  
頼子は、赤ん坊にするような行為をされていることに対する羞恥と、赤く染まった肌に濡れタオルの冷気が快いと思う己のいやらしさに対する自覚に顔を上げられず、音夢の為すがままになっていた。  
「おや……気持ちいいですか?」  
「い、いや、そんな……」  
そんな音夢の、頼子の脳裏を見透かしたような言葉に、頼子はますます恥ずかしさを覚える。  
「いい加減ウソは止めて下さい。頼子さんがいやらしいのは十分知ってますから……きっと、兄さんもやってくれますよ」  
そう音夢は頼子に優しく囁いてやると、途端に頼子の顔が赤くなる。音夢はやはり、頼子の気持ちを見透かしていたようだった。  
「そ、そ、それは何故……優しいから……ですか?」  
「ええ……ま、これくらいでいいでしょう。もっと欲しければご自分でどうぞ」  
そう言って音夢は頼子に濡れタオルを渡した。正気に帰った頼子はそのタオルは傍らに置いて、いそいそとショーツを直し始める。  
 
「さ、今日の復習をしましょうか。頼子さん、あなたの使命は?」  
突然、音夢が頼子に問うた。頼子は慌ててスカートを穿くと、慌てて音夢に向きかえる。  
「あ……まず純一さんに、他の女性が言い寄らないよう見張ることです……」  
「ええ」  
「そして、この身の操を捧げてでも、純一さんの支えとなります……」  
「肝心なことが抜けてますよ。頼子さんの大好きなことが」  
音夢は頼子に、冷たい視線を向ける。どうしても、あのことを言わなければならないらしい。  
「純一さんの気を引くためなら、私は、ま、ま、マゾ猫になって……」  
「違うでしょう、あなたがマゾなのは生まれつきでしょう。やり直し」  
「……わ、私は純一さんのペットの、ま、マゾ猫として、他の人に気がいかないように、純一さんに、い、苛めてもらったりしながら、この家にいてもらいます……っ!」  
必死の思いで言葉を紡いだ頼子に、音夢は拍手して見せた。  
「……そんなもんでしょうね。よくできました。流石頼子さん、私が特に手本を示したわけでもないのに、そんなセリフがすらすら出せるなんて、真性ですね」  
「……」  
頼子は反論せず、ただ顔を染める。最早あらゆる反論も、音夢には無為なものでしかないだろう。  
「あと、恐らくちょっと寝たくらいでは、兄さんを繋ぎ止められるとは思えません……それこそ兄さんと、その周りの行動には細心の注意を払うこと」  
「あ……そ、そのことで、音夢さん……」  
「なんです?」  
「音夢さんはさっき、純一さんが私を苛めるのに嵌ってくれれば好都合、って仰ってましたよね……」  
「ええ」  
「それで、純一さんが、女の人を苛めるのに嵌ったら……どうするんですか?」  
「その時はその時ですよ。私が兄さんの奴隷になればいいだけです」  
音夢のその言葉に、頼子は腰を抜かした。しかし音夢の目は、真剣である。この人は、愛する人のものならあらゆるものを受け止めるのか、それなら私が敵わなかったのも当然かもな と、頼子は思った。  
 
「はい……あと……」  
「なんです?聞いておきたいことは今のうちに、何でも聞いて下さい」  
「具体的にはどなたが、純一さんに好意を?」  
そう問う頼子に、音夢は厳しい視線を向けた。頼子はたじろぐが、音夢はすぐに視線を和らげ、「そうですね……」と、溜息混じりに指を折り始める。  
「先ずはさくらちゃん。あと……見た感じ眞子とそのお姉さんも怪しいですね。それと一応、美春と白河さんにも注意を払っておいて下さい。ん……あそうだ、胡ノ宮とか言う人が自分が兄さんの許嫁だなんて寝言を言ってたし、あと、男の子だけど工藤君も、何か怪しいなあ……」  
「……そんなに……」  
頼子は、前途の多難を感じ、目の前が遠くなりそうになる。  
「ええ……だからこそ、頼子さんの働きが重要なんですよ。わかるでしょう?」  
「は、はい。が、頑張ります……いえ、頑張らなければいけません……」  
「先も言いましたけど、手段は問いませんよ。何なら、兄さんの悪い噂を流してくれたって構わない」  
「え!? そ、そんなことしたら音夢さん、純一さんの恋人のあなただって……」  
「私は、最後に兄さんが私の傍にいてくれれば、それでいいんです」  
「……!!」  
「ね。きちんとそこら辺まで気を配れれば、頼子さんは兄さんと寝放題、苛めてもらい放題」  
「そんな、苛めてもらい放題なんて……」  
「とにかく、そういうわけです。よろしくね、兄さんのペットの頼子さんっ」  
 
悪戯っぽく言う音夢に頼子は困惑しながら、その音夢の、純一への不定形な愛に、頼子は言葉を詰まらせずにはいられなかった。自分はこのやりかたで純一さんを愛せるだろうか とさえ思う。  
それは音夢曰くところの"女の狡猾さ"故か。それとも言葉通りの、ひたむきな"愛"故か。  
頼子には、わからなかった。  
 
了  
 
 

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