7時。もう、放課後と言うには日が沈みすぎた頃。  
当然の如く、校舎の中に人の気配は感じられない。  
…教室の中の純一とことり、二人を除いては。  
「ごめんね、朝倉くん。呼び出したりしちゃったりして」  
「俺は別にいいけど…こんな遅くにどうしたんだ?」  
それはまだ日が昇っていた頃。ことりは人目を盗んで純一に、『7時頃教室に来て』と頼んでいた。  
「いや、別に私のコトじゃなくて…朝倉くんのことで」  
「俺?」  
「何か、朝倉くん…最近、沈みがちだから…そのわけを聞きたくて」  
「……」  
純一は沈黙する。  
確かに最近、人の目には純一はどことなく元気がないように思われた。  
口癖である「かったるい」という言葉さえ、溜息に換えているように見える。  
心配する音夢や眞子には、何も語ろうともしないし、杉並のからかいにも言葉を返さない。  
「何か、心配事があるんじゃないんですか?」  
「いや、はは…音夢や眞子にも言ったけど、別に何でもないんだよ。こんな夜遅くに、わざわざことりに心配してもらうコトじゃあないんだ」  
「私じゃ…どうにも出来ない?」  
「いや、そういうワケじゃ…とにかくもう今日は遅いよ。帰ろう。送っていくから」  
そういって、純一は出口へ促そうとするが、ことりは拒絶した。  
再び、両者は沈黙する。  
幾分か経った頃に、ことりは意を決したかのように沈黙を破った。  
「悩んでること…当ててみせましょうか」  
「えっ」  
「工藤くんのことですね」  
 
図星だった。  
とあるいきさつで仲良くなった工藤叶とは、ただ単に友情を感じる存在、のはずだった。  
だが、お互いにうち解けていく間に、純一は叶のその何気ない仕草や表情に、激しい感情を抱くようになっていったのである。  
そのことが、純一の精神を激しく掻き乱していくようになった。  
叶は男である、それは承知しているはずなのに。何故。  
別に同性愛の蔑視や否定をするつもりはない。だが、自分は異性愛者のはずなのだ。  
その証拠に、いつも愛読している助平な雑誌を見て普通に興奮したし、道行く美人に気をとられることはあっても、道行くいい男に目がいくことはない。  
ただ叶にだけ、心の臓がはち切れそうな思いを抱くのである。  
昨日などは、叶と自分によく似た男が唇を重ね合うのを見る夢を見て、激しくその男に嫉妬した。  
こうである以上、自分は叶のことを愛しているのだろうか。  
叶は男だ。彼自身、女が好きに違いない。このことを知れば、叶は自分を軽蔑するのではないだろうか。  
それに第一、自分は男を、男の躰を愛せる男ではない。でも、この想いは止まらない。  
沸き上がる苦悩が、如何とも中途半端なこの自分が、純一を激しく苛んでいた。  
 
「はは…やっぱりことりには、隠し事は出来ないみたいだな…」  
「……好きなの?」  
「わからねえ、けど、何か落ち着かないんだ。おかしいよな、俺。いったい、どうすれば……」  
「……」  
「な、ことりに話すことじゃないだろ?はは…」  
純一は、譫言のようにその戸惑いを漏らす。  
ことりはただ沈黙して、目を閉じ、純一の口と魂から漏れ出す苦悩を感じていた。  
 
ことりは全てを知っていた。  
純一の叶に対する想いを。そして、事を全て解決する術を。  
いっそそれを言ってあげようか、それとも黙っていようか。ことりはここまで来て悩んだ。  
解決策。それは純一に、叶の秘密を━━叶は家庭の都合で男装を課されているだけで、身も心も想うことも女のものと変わりないことを━━教えてあげればいい。  
そうすれば、純一の苦悩は全て晴れる。そして純一は想いを遂げられるだろう━━叶自身も、純一のことを想っているのだから。  
しかし、もしそうなれば、自分はどうすればいいのだろう と、ことりは苦悩した。  
ことりもまた、純一のことを想っているからだ。  
もし自分がドラマや恋愛小説の類に出てくるヒロインならば、あえて自分の想いを隠し全てを教え、二人の幸せを応援してやるのだろう。  
だが現実の、今ここにいる自分は、とてもそんな大それた、生き仏のようなことをしてあげる気にはなれない。  
二人の幸せを、自分の想い人が他の女と喜びを分かち合う様を、優しく笑って見守ることなど出来そうにない。いや、したくない。  
ことりは、己の中の『女』の醜さを憎んだ。  
そして、叶を憎んだ。  
 
「はは、呆れただろ?今日のことは、忘れてくれよな・・・」  
壁にもたれかかって、ばつが悪そうに苦笑を浮かべた純一に、ことりはこう呟く。  
「……変」  
「ッ……」  
こう思われることは感づかれた時点で覚悟していた純一ではあったが、いざ言葉に出されると、激しく心が揺れる。  
その焦燥はことりにも伝わり、純一に申し訳ないと思う気持ちと己の醜さに対する嫌悪感で、胸が張り裂けそうになる。  
だが、ことりに後戻りは許されなかった。  
「おかしいよ、工藤くんは男の子なのに…男の子が男の子にいやらしい感情を覚えるだなんて…おかしいよ、絶対、どうかしてる」  
「分かってる、分かってるよ…」  
「今のままでいたら、みんなに嫌われるよ…音夢にも、眞子にも、杉並くんにも、工藤くんにも…」  
「ッッッ……!!」  
純一は、そのまま下にへたり込む。しかし、ことりは口を止めない。  
「ね、今ならまだ間に合うよ。頑張って吹っ切りましょう。このままじゃ、朝倉くんは幸せになれない」  
「……」  
「何なら」  
そういってことりは、純一に近寄ってその目の前に屈み、純一の手を取って、自分の胸に押し当てた。  
「ことり!?…な、何を!?」  
「私が吹っ切らせてあげます」  
 
まごつく純一に、ことりは空いている方の手で胸を掴んでいる純一の手の甲を押し掴み、純一にその感触を味あわせる。  
「くふゥ…どう?どんな感じ…?」  
「あ、そ、その…柔らかい……」  
「これが『女の躰』ですよ…?こんな事自分で言うのも何だけど…いい感触でしょう?工藤君には、これはないですよ……」  
そうしてことりは、純一の陽物へ手を伸ばした。純一はわずかに抵抗したが、ことりは構わず、ズボンの下のそれの、強固な高ぶりをその手に取る。  
「朝倉くん、興奮してくれてる…」  
「な、なあ、待ってくれよ、ことり」  
純一は何とかその身を自由なものにすると、ことりの肩を持って問うた。  
「な、何故、こうまでしてくれるんだ?普通こういうことって…今日日こんな考え方古くさいって笑われるかもしれないけど…恋人同士、とか、そういう関係でやることだろ…?  
 何故、俺なんかのために、ことりがわざわざ…ん?ん、んんぅっ」  
疑問を漏らす純一の唇を、ことりはその唇で塞いだ。  
「!?こ、ことり…」  
「その『恋人同士』とかって関係、私とじゃだめですか」  
「え」  
「好きです、朝倉くん」  
「……」  
この時のためとはいえ、今まで心にもない罵声を純一に浴びせ続けざるを得なかったことりにとって“好き”という言葉は、やっと言うことの出来た、正直な想いだった。  
「好きだから・・・苦しむ朝倉くんのことが見ていられなかったの・・・」  
しかしまた、ことりは醜い自分に己を任せる。  
「朝倉くんの苦しみを、私にも分けてくれていいよ…ううん、分けて欲しい」  
もう相手が叶であろうと音夢であろうと誰であろうと、この人をこの腕から離したくない。  
「だから、もう一人で苦しまないで。これからは、私がついていてあげるから…」  
「ことり……」  
そのためなら、ことりはどこまでも堕ちるつもりだった。  
 
そのままことりは、純一に覆い被さる形で純一の唇を奪い、制服の釦を脱がしにかかった。  
純一は狼狽する。  
「ちょっ、ちょっと、待てよ、ここは」  
「誰か、来るかもしれない…と?」  
「そ、そうだよ。もし見られたりしたら、俺達…」  
「大丈夫だから…私、知ってるんですよ。今日の夜勤の先生って、いちいち校内を見て回ったりしないんですから」  
それは、口からの出任せだった。  
もしかしたら、純一が危惧するようなことが実際にあるかもしれない。  
だが、そのことがかえって今の興奮を爆発的に高めていることは、ことりも純一も同じだった。  
純一も吹っ切れたか、またことりの胸を掴みにかかる。  
「きゃっ…朝倉くん…ふぁ…そんなに…気に入った?」  
「あ、ああ…凄げえ、柔かい…」  
「ふふ…朝倉くんの、甘えん坊さん…」  
しかし、そんな甘い睦みでお互いを暖めあっているほど、二人は悠長には構えられなかった。  
体が熱い。思考は曖昧になり、動悸も激しくなる。  
何より、疼く。欲しい。目の前のあの人を、いっそその身ごと食べてしまいたいほどに。  
今にも崩れ落ちそうになるこの状況に耐えられるほど、二人は成熟してはいなかった。  
…だが。  
ここまで来て、今にも爆発しかねないその身を抑えながら、純一は未だ躊躇している。  
学園の中でこんなことしていいのか。  
あの白河ことりという、普通に考えて願ってもない相手とはいえ、今さっき告白された相手とこんなことになっていいのか。  
そして、こんな自分を叶が見たら、叶は何と言うだろうか。  
そんなことを考えている純一に、ことりは歯痒い思いをする。そして、意を決した。  
「朝倉くん…じっとしてて…」  
「…え?」  
そうして、ことりはその手で純一のズボンから反り返る一物を取り出すと、己もショーツを少し下にずらし、その奥で咲く婬溝の中へ、自ら動いてそれを、中へ導き入れた。  
 
「……ッ!?」  
「大丈夫…それに、誘ったのは私ですから…」  
そうしてことりは、自ら純一の腰の上でその身を動かしはじめる。その動きは純一の陽物とことりの花弁を絡みつかせ、両者に堪えきれない悦びをもたらしていく。  
「…はあっ、あ……!」  
「っあは…! …こ、ことり、きょ、今日のお前…な、何か、あの、その…」  
「変…?」  
「い、いや、そういうわけじゃ…っあっ」  
「ね、女の子とするって…は…今、どんな感じ…?」  
「……ッ!?…何て言うか、熱い、熱い…んだな、女の子の膣中って…!」」  
「あ、朝倉くんのも、っふあ、熱い、よ…?っあ!」  
純一はまた、ことりの胸の方へ手を伸ばす。ことりは驚きこそしたものの、特に抗することもなく、その手が蠢く感触を楽しむ。  
「ん、もう…そんなに気に入った…?」  
「ああ…この感触、と…揉まれてるときの、ことりの顔…凄げえ、いいし…」  
「ほんと…?」  
その言葉に、ことりの動きはますます、いやらしさと激しさを増す。  
「…で、こっちも、す、凄げえ、ぃ、いい……!」  
「っん、私も、いいよ…朝倉くん、凄くいい…ね、工藤くんのこと、忘れられそ…?」  
突然、ことりが問う。  
その言葉に純一は少し戸惑いを見せたが、またその身を快楽の潮流に引きずり込まれていくなかで、純一の中のその言葉の意味は掻き消え、意味をなさなくなる。  
今は、このうねりの中にいることの方が、重要であった。  
「ああ…やっぱり、女の子の方が、好き……っぁ…!」  
「よかった……!!」  
 
そしてしばらく、二人はただ貪ることのみに没頭した。  
二人は辺り構わず声を漏らし、むせかえる雄と雌の匂いをそこいら中にばらまいた。  
純一の男根は、ことりの子宮さえも突き破らんが程にその膣中を荒々しく動騒し、  
ことりの花弁は、暴謔の限りを尽くすそれを根本から食い破らんが如く、それに執拗にまとわりついた。  
やがて、互いに間際を迎え、  
「あ、朝倉くん、私、もう、ぁあ……!」  
ことりが純一にしがみつくと、  
「お、俺、俺もっ…っ!」  
純一もその背をしっかと抱きしめ、そして  
「っ、はっ、ふあぁっ……!!」  
「…っあ゛あっ!!」  
互いに、その身を天上に昇らせた。  
 
「…は、はぁ、はぁ……」  
果てたあと、二人はその反動に己が体を動かすことが出来ず、その身を繋げあったまま、止まらぬ動悸を抑えようとしていた。  
「…な、ことり……」  
「ん……?」  
「……ありがとう」  
「え?何で、私にお礼を?」  
「いや、普通、俺みたいに男にドキドキしてる男なんて、女の子は普通辟易するだろ?  
 …ことりは、見捨てないでくれたからさ…」  
「そんな。私はただ、好きな朝倉くんが苦悩するのを見ていられなかっただけです」  
「…なあ。その言葉、信じていいのか?」  
「好きでもない人に、あんなに乱れたりなんてしません…これだけは信じて、朝倉くん。だから…」  
「だから…?」  
そうしてことりは、純一をその胸に包み込む。  
「もう、本当に、一人で苦しむのはやめてね。もしまた、工藤くんに心が乱れることがあったら、また今みたいにしよう?ね?お願い…」  
「……ああ…頼むよ……」  
その胸に、純一がその身を任せる感触。  
ことりは、二人の行く末の多難を予感しながらも、その感触には素直に喜びを覚えずにはいられなかった。  
 
 
やがて幾日か経ち、学園内に朝倉純一と白河ことりの仲が噂され始め、肝心の本人たちがそれを肯定すると、そのことは学園中の生徒に知れわたることとなった。  
そのことは白河ことりファンを落胆させ、朝倉音夢を驚愕させたが、やがては全学園生周知の事実として認識され始める。  
…工藤叶を除いては。  
 
第一部完  
 

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