「おはようっす、朝倉くん!」
朝。あの日からというもの、ことりは毎日、純一を登校に誘うようになった。
「あ、ことり、おはよう」
「音夢は?前まで朝倉くんと登校してたのに、ここんとこいつもいませんけど」
「いやさ、最近、さっさと一人で行っちまうようになったんだよな」
「…ふーん。さ、朝倉くんも早く行かないと遅刻しますよ」
「いやホント、毎日悪いな…」
「いえいえ。…二人の関係なら、当然でしょ?」
そうして二人腕を組んで、和気藹々とした雰囲気で桜並木を行く。
学園生徒には、最早おなじみの光景であった。
「…はぁあ。あいつらホント毎日、仲良さそうだよなあ」
「何であの掛け合わせなんだろう。想像出来んかったぜ」
「あーあ、私も彼氏欲しーなー」
「もう、やることやってたりして」
「くう…!白河嬢、何故あんなふざけて生きてるような奴と……」
口々に周りが噂する。それは二人の仲が純粋な男と女の惹かれあいによるものであることを認めたものであろう。
しかし、
「朝倉くん……」
その中で、工藤叶だけは、そう認めることが出来ずにいた。
ここのところ、純一は自分を避けている気がする。
話しかけても何かにつけやり過ごそうとするし、会話するにしても目を合わせて話そうとしてくれない。…かまってくれない。
それもこれも、全てはあの「噂」が流れ出してからだ。
「……」
叶は無力感に駆られる。その噂は真実なのだ。
自分がことりに嫉妬しているから、二人の関係を認められない。全くもってその通り。
…そもそも、今抱えるこの気持ちは、今の「男の」自分にはどうにも出来ないことだ。
せめてこの想いを正直に伝えられたら、少しはすっきりするのだろうが、そうしたところで
健全な純一には「げ、俺にそんな趣味はねーよ!」と気持ち悪がられるのだろう。
「そんなの、嫌……」
それならこの身の秘密を、こっそり純一にだけ教えてしまえばいいかもしれないが、そうしたら
あの勘の鋭いことりに「変なことして私の朝倉くんを誑かさないで!」と邪険にされるのだろう。
「それにそんなこと、許してもらえないよ……」
叶は、どうしようも出来ないこの想いと、中途半端な己が身を呪う。
「……」
…認められないのは、それだけが理由ではなかった。
そうして放課後。叶は、ことりを屋上に呼び出した。
「来てくれたんだね、ことり」
「なあに、話って?」
「ね……朝倉くんと、付き合ってるって、ホント?」
「な、何を今更。そうですよ。おかげさまで、楽しくやってます」
「うん……」
叶は口ごもる。何を言わんとしたいのか、奥の方に篭もり過ぎてて、ことりは察することが出来ない。
「なんなんですか?あ、あの、これから朝倉くんと約束が……」
「その、朝倉くんのことなんだ」
ことりは、来たか と思う。相変わらず叶の本心は察することが出来ないが、こういう状況になることは、多かれ少なかれ危惧はしていた。
「……?」
「朝倉くん、その、ことりと付き合い……出してから、なんか、僕のこと……避けてるような気が、してて、さ」
「え、あ、ま、全く、しょうがないですね〜朝倉くんは。ちゃんと男同士の友情も大事にしなきゃ、って、いつも私、言ってるのに……」
「っ、いや、それは、別にいいんだ。ことりとデートするのは楽しいだろうし」
「…じゃあ、何?」
何かを言おうとして、逡巡している。ひたすらに渦を巻く叶の精神を目の当たりにして、ことりは混乱する。
…暫しの沈黙。
と、ふっ と、ことりに、刹那の稲光のような感覚が走ると同時に、叶の口が開いた。
「朝倉くんは…本当に、ことりのことが好きなの?」
「……!!」
その言葉に、ことりは唖然とする。何故か口が開かない。
「なんか…朝倉くんのことりを見る目って…愛している人を見てるっていうより…縋ってる…って目に見えるから……」
「……」
「…ごめんね。変なこと言っちゃったね。でも、どうしても気になるんだよ、ことり。ホント、朝倉くん、何か悩みでも……」
「……ない…」
「ことり?」
叶は、ことりの肩が、小刻みに震えているのに気づいた。
そのまま、ことりは叶をキッと見つめる。
「そんなことっ、ない!!」
「!?」
「べっ、別に、朝倉くんが悩んでたって、そんなこと、工藤くんには関係ないでしょう!それは、私たち二人の問題です!それに……」
その悩みはあんたの所為よ、と言いそうになるのをくっと堪えて、ことりは続ける。
「それに、朝倉くんは私のこと、ちゃんと、ちゃんと、好きだって、愛してるって、言ってくれてますっ!!」
そのままことりは叶を押しのけるように、校内へ駆け込んでいった。
「ま、待って、ことり!」
叶は、今の自分の発言を後悔する。何故、あんなことを言ってしまったんだろう。
別に、その関係が依存であろうがあるまいが、そんなこと、いわば蚊帳の外の人間である自分があれこれ口出しできることじゃないだろうに。
謝らなきゃ。そうして叶も、ことりを追って校内へと駆け出す。
…しかし、もう目の届くところにはことりの姿を確認できない。ひたすら、叶は校内をかけずり回る。
その所為で、角で誰かとぶつかるのを、叶は避けられなかった。
「きゃっ!」
「おわっ!」
そのまま、叶が相手を押し倒す形で、双方廊下に倒れ込む。
「ご、ごめんなさ、……!!」
慌てて相手の方を見た叶の視界には、
「く、工藤……」
純一の顔があった。
そして、仰向けに倒された純一の腹には、その上に倒れ込んだ叶の胸の、明らかに「女」を感じさせる感触があった。
そう、あの放課後、ことりが教えてくれた感触。
強ばり等という言葉とは無縁の、優しい感触。
ことりに「工藤くんにはない」と言われた、この感触。
それが何故、今この場にあるのだろう。
「工藤、お前……」
その戸惑いは叶にも伝わり、慌ててその身を起こす。
「あ、あの、僕、ことりを追ってて、それで……」
「お、俺は、そのことりがなかなか来ないから、それで……」
両者は沈黙する。様々な思いが、二人の中で渦巻く。
「ご……ごめんっ!!」
今度は叶が、その場から逃げ出す番だった。
第二部完