年中散らない桜が咲き誇る初音島。
ここの住人の子供たちが通う『風見学園』の掲示板に、こんな旨の張り紙がされた。
━━初音島観光PRキャッチフレーズ募集━━
この度我が初音島観光局では、日本全国の皆さんにここ『初音島』の良さを理解してもらい、
足を運んで頂くためにこの島の良さを一行に濃縮したキャッチフレーズを募集します・・・
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賞品:図書券○千円分
○月○日迄に担当、白河先生へ提出
「はあ・・・何故私がこんな面倒なことを・・・」
先日の職員会議で半ば押しつけられる形で担当に任じられた白河暦は、溜息を漏らした。
「賞品も図書券だろう?今日日の子供がそれしきに釣られるのかね・・・」
愚痴る暦に、
「せぇ━━━━んせぇ━━━━ぇっ!!」
と黄色い声を発しながら、一人の女生徒が駆け足で近づいてきた。
「出来ましたっ、出来ましたっ!!」
「おお、美春」
美春と呼ばれたこの生徒━━天枷美春は、その無邪気とも、天然ともとれる普段の言動から、
校内では結構名の知れた存在であり、暦ともよく知る仲であった。
「珍しいな。お前がこんなのに応募するなんて」
「もう超自信作ッ!!シンプルでストレート、かつインパクトがある一品です!!
もう賞品は美春がいただいたも同然!!」
「ほー、えらく気合いが入ってるじゃないか。そんなに賞品が欲しいのか?」
「はい!」
「何だ、読みたい本でもあるのか?」
「いえ、金券ショップで交換して、そのお金で買えるだけバナナを買います!!」
「あ、そうなのか、大好物だものな。はは、はは・・・」
案外夢の欠片もないところもあるんだな、と、暦は苦笑した。
「あ、せっかくだから先生、聞いてもらえませんか?」
「いや、いいよ。そこの箱に書いたやつを入れておいてくれればいい」
「そんなあー、聞いてくださいよぉ。絶対、イイ!!って思いますから!」
こうなると、美春は聞かないところがあった。
「あーわかったわかった。好きなだけ発表してくれ。・・・ハァ」
「それじゃあ、リクエストにお応えして・・・
えー、ワタクシ天枷美春が今回考えましたキャッチフレーズは、
・余計なディテールを省き、至ってシンプルに、
・見る者に余計な思考をさせることなくストレートに響き、
・それでいて一度見たら忘れられない、インパクトあるもの
この3点を見事満たしたものにすることに成功いたしまして・・・」
「余計なプレゼンはいらん!さっさと言え!!」
「えー、コホン。それでは発表いたします!」
美春は息を整え、大きな声で自分の作品を諳んじた。
「『みんな、Hが大好き』!!」
「ぶゴッ!!!!!!」
暦は、口にしていたコーヒーを噴いた。
「どうです?グッ、と来たでしょう?あ、美春はそろそろ行かないと・・・」
「ちょっ、ちょっと待て、美春!それはまずい、まずい!!」
いつになく取り乱す暦に、美春はあっけらかんと答える。
「何故ですか?Hは『Hatsunejima』のHですよ?
こうして初音島を一文字に表現することで、フレーズを簡潔なものにしたんです!
島のみんなは島が大好き、きっと他のみんなも大好きになる、ってことです」
「いや、あの、しかし、あの・・・・・・」
「直しは出来ませんよ。もうこれは美春の中で完璧作品ですから!たとえイトイ何たらが
何と言おうと、直す気には毛頭なれません!」
「そ、そうか・・・・・・」
「あ、美春、先輩と約束があるんで、失礼しまーす・・・」
そういって、美春はぱたぱたと外に出て行った。
噴いてしまったコーヒーを布巾で拭きながら、暦は呟いた。
「もしあんなのが採用されたら、家族で島を出よう・・・・・・」