いつものように、人知れず歌っていた帰りのことだった。
胸騒ぎを覚えたことりは、いつもは足を踏み入れない桜の杜の奥深くに足を伸ばしていた。
そこで、ことりは立ちすくんでしまった。
男たちが、大切な友人二人を取り押さえているところに出くわしたのだ。
「いやあっ、ことりぃぃっ、助けてぇぇっ」
「ホラッ! お前の友達が泣いてるぞ。助けてやらねぇのかよ」
逃げかけようとしていたことりの足が鈍った。
そのとき、男たちのどす黒い思考が突き刺さってきた。
輪姦してやる、という邪悪な思念が。
その思念の中に、地面に押し倒され、びりびりに服を破られる自分が居た。
赤黒い男の器官を自分の中に打ち込まれ、口にも無理矢理くわえさせられて、
泣き悶えている自分のビジョンが。
「いや…いやだぁ……」
あまりのおぞましさに何度も首を振り、後ずさる。
だが、男たちの思考を読み取れるのはことりだけ。あとのふたりは…
「ことり! たすけてぇ、たすけてぇぇっ!」
「いやああああ! いたいよぉ、ことりぃぃっ!」
身体の何処かをねじり上げられているのだ、二人の泣き声が高まった。
「おまえら! あいつもつかまえろっ!」
ことりは恐怖に負けた。
ドスの利いたその声を聞いた途端、銃声を耳にした鹿のように飛んで逃げる。
あとも振り返らず必死で走る、走る。
「オイ! 逃げたぞ!」
「やばいぞ、つかまえろっ!」
ことりを追って複数の足音が迫る。
だが逃げた。逃げた。
桜の木の間を、満開の花の重みに垂れ下がった枝をかいくぐり、逃げた。
ついに振り切った。
明るい街灯と人家の並ぶ通りに、ことりは荒々しい勢いで走り出た。
遠くでかすかに男たちのわめき声がした。
それから、車が急発進するのが聞こえ、あたりは静かになった。
「…くん?」
不安になって振り返る。
自分が逃げてきた方向は、洞穴のようにぽっかりと暗闇をのぞかせていた。
その中に自分は友達を置き去りにしてきたのだ。
急に足ががくがく震えだした。左右を見回す。公衆電話ボックスが見つかった。
もつれる足でそこに駆け込み、110番を回した。
警官に事の次第を説明するうち、受話器を取り落としそうになった。
ぼろぼろと涙が出てくる。もう立っていられなくなり、ことりは砂だらけのセメントの床に膝を付いた。
ぼやけた目で虫の死骸でシミの出来た蛍光灯を見上げ、低くしゃくりあげ続けた。