――2月14日、バレンタインデー。  
 例年、男子学生達がそわそわと落ち着きのなさを露呈させる日。  
 その理由は様々で、"好きなあの子のチョコの行先"とか"自分がチョコを貰えるか否か"だとかが気になって仕方がなかったり、  
バレンタインデーを意識していると思われたくないが故に、平静を装おうとした結果、却って意識している風になってしまったり。  
 それは良くも悪くも、毎年変わらぬバレンタインデーの風景であった。  
 ただ今年に限っては、例年とは違うことが一つだけあった。  
 それが『逆チョコ』なるブームの到来である。  
 義理チョコ、友チョコに続くこの逆チョコは、男性から女性にチョコレートを贈るという、それまでの常識を打ち破る画期的なブームである。  
 真新しさや珍しさ、そして何より度重なるテレビでの喧伝によって今年は逆チョコが大流行するかに思われた。  
 …………が。結果から言えば、逆チョコはまるで定着せず、盛り上がることもなかった。  
 それもその筈で、逆チョコは製菓業界の商業主義によるチョコレート販促の一貫として、  
テレビや雑誌をフル活用して普及させようとした偽りのブームに過ぎなかったからだ。  
 メディアの低俗な嘘報道に踊らされる馬鹿な男性は全くと言っていい程に居なかったし、  
昨今の不景気さも手伝って、逆チョコに貴重な身銭を切る男性はほとんど居なかったのだ。  
 
 ――ところが変わり者というのは、どこにでも居る物で。  
 その変わり者の一人が初音島の風見学園付属校に在籍している、とある男子学生だった。  
 彼女居ない歴=年齢であるこの少年は、目下クラスメイトの女の子に熱烈な片思い中であった。  
 少年が恋焦がれるお相手は『白河ななか』。風見学園のアイドルと言ってもいい少女である。  
 彼は今年のバレンタインデーに賭けていた。  
 とは言っても、別にななかからの本命チョコを期待している訳では無い。  
 むしろ少年は貰う側ではなく、上げる側なのだ。  
 詰まるところ、彼は今年ブームと噂の逆チョコに賭けていたのである。  
 悲しいかな、少年は救いようがないくらいの情報弱者だった。  
 しかし、少年は逆チョコを用いた告白によって、ななかと付き合って貰えることを期待している訳でも無かった。  
 何故なら、少年は自分という雄の価値を痛いほどに自覚していたからである。  
 即ち、勉強も運動も駄目駄目でルックスも微妙。男として全然イケてないということを。  
 逆チョコを渡すのと同時に、一応告白はするつもりでいた。しかしながら、その告白が成功する可能性など微塵も期待してはいなかった。  
 
 ならば何故、告白をするのか。  
 ――振られてもいいから、相手に自分の気持ちを知って欲しい。  
 当然ながら、そんな乙女チックな想いなどではなく、少年にとっての最重要事項はあくまでも手作りのチョコを渡すことにあったのだ。  
 彼は少ないお小遣いで板チョコ十数枚とトッピング用の細々とした色取り取りのミニチョコや、生クリーム、  
そして各種調理器具を数日前に購入して、バレンタインデーに備えていた。  
 
 そしてバレンタインデー前日。  
 両親も寝静まった自宅のキッチンにて、少年はいそいそとバレンタインチョコ作りに勤しんでいた。  
 湯煎で板チョコを溶かし、生クリームを加えて掻き混ぜる。溶けた濃茶色の板チョコに白色の生クリームが混ざりあって、薄茶色になる。  
 ここまでなら良くある手作りチョコだろう。  
 あとは形を付ける金属の型に流し込み、冷やせばいいだけだ。  
 しかし、少年の次の行為は、そんな手順を踏むことではなく、眠っている筈の両親の部屋の前へと足音を立てずに辿り着くことだった。  
 改めて両親が寝ているのを確認した少年は一度自室へと帰ると、押入れに隠してあったガラスの小瓶を取り出し、それを持ってキッチンへと戻る。  
 少年の手の内にあるガラス瓶の中には、粘り気のある白く濁った液体が半分くらいの高さまで満たされていた。  
 言うまでも無く、牛乳だとか豆乳なんかではない。  
 両者と同じくタンパク質は豊富かも知れないし、両者と同じくミルク等と呼ばれる場合もあるにはあるが、これは一般的には飲む物ではない。  
 まあ、早い話が彼の出した精液である。  
 少年は何日も前から自慰によって射精をしては、その度に精液をビン詰めにして保存していたのだ。  
 
 そう、彼は――――性に対して多感になる中学生時代に男子諸君が一度はネタとして話題にする  
通称『白ジャム』を本気で実行しようとする、頭の可哀相な少年だった。  
 
 少年のチョコレート作りの次段階。  
 それは板チョコと生クリームの混ざっている中に、さらに彼特製の白ジャムを入れて混ぜるというものだ。  
 チョコと白ジャムが完全に混ざり合うまで掻き混ぜ終えると、金属の型に流し込み、上からトッピングチョコ等でデコレーションしていく。  
 最後に冷凍庫へと入れた少年は、一仕事終えたとばかりに満足げに息を吐いて、物思いに耽る。  
 
 ――完成したチョコを白河ななかに食べさせる。  
 ななかのあの可憐な唇に、自らの精液が触れる。  
 そして舌で溶け、歯に絡み、口腔の粘膜に触れ、食道を通り、胃へと入る。  
 まさに間接キスならぬ、間接フェラだ。  
 その状況を考えただけで、少年の股間は興奮でカチカチだった。  
 彼の股間は自室のベッドに入ってからも変わらず、悶々とした気持ちから中々眠りに就くことが出来なかった。  
 その為、何度も自家発電をしたいという欲求に襲われたが、  
明日見ることが出来るだろう光景をオナネタにすることによって得られる最高の快楽の為に、禁欲を貫いた。  
 
 明けて翌日のバレンタインデー当日。  
 放課後の人気の無い屋上に、少年はななかを呼び出していた。  
「よ、呼び出したりしてごめんね」  
 緊張によって少年の声は少し震え、手のひらは汗に濡れていた。  
 とは言え、別に告白に対する緊張ではない。これから見られるだろう光景に対してだ。  
「それで、話って何かな?」  
 ななかは笑顔で訊ねてくる。  
 そんなななかに対して、少年は数回深呼吸をした後、一気に言い放った。  
「好きです、付き合って下さい!」  
 言い切ると共に、頭を下げる。  
 ややあって恐る恐る顔を上げると、ななかは困ったような笑みを浮かべていた。  
「その……ごめんなさい」  
 案の定、あっさりと振られる。  
 その刹那、少年は悲壮感に溢れる表情を作った。それこそ今にも屋上から飛び降りてしまいそうなくらいの表情を。  
「そうですか……」  
 この世の終わりのような絶望的な声で呟いた少年ではあったが、内心はそれほど落ち込んでいる訳では無かった。  
 寧ろここからが、少年にとってのバレンタインデー本番なのだから。  
 
 少年の働かせた打算はこうだった。  
 まずは告白をし、そして振られる。そのことに自殺しそうなくらいのショックを演出し、僅かにでも罪悪感を誘う。  
 そして――――。  
「あの、これ……チョコレートです。その、逆チョコって今年流行らしいから……」  
 せめて、とばかりにチョコレートを渡す。  
 振られて大ショックを受けている相手からの頼みだ。最初は渋るかも知れないが、最終的には断らないだろう。  
「チョコ? え、ええっと……」  
 それは少年の希望的観測に過ぎなかったが、即答で断れずにいるななかの様子を見る限り、あながち的外れでも無かったと言えた。  
 ここで重要なのは、ななかに目の前でチョコを食べて貰うことだ。  
 受け取って貰えたからと安心してしまっては、見てないところで捨てられるかも知れないし、仮に食べて貰えたとしても、  
その姿を自分が見れなかったのでは何の意味も為さないのだから。  
「チョコだけでも貰ってくれませんか。その、女々しいとは分かってるんですけど……」  
 これ以上無いくらいの悲痛な表情を浮かべて、尚も言い募る。  
 ――このお願いさえも断られたら、ショックの余り死んでしまうかもしれない。  
 そんな想像を相手にさせてしまうくらいに、少年の演技は真に迫っていた。  
 だが、演技とは言っても少年の浮かべる悲痛さは、何も全て演技という訳でも無かった。  
 あらかじめ予想していたとは言え、実際にななかに振られてしまったことに本当にショックを受けていたのも紛れもない事実だ。  
 しかしながら、これから見ることの出来る光景に対する期待感からすれば、そのショックも些細なものに過ぎなかったのだが。  
「じゃあ……せっかくだから貰うね」  
 ななかは暫くの間躊躇したものの、そう返事をした。  
「あ、ありがとう」  
 少年は弱々しく笑みを浮かべてお礼の言葉を口にする。  
 待ち望んだ光景がすぐそこまでやってきていることに対する興奮から、少年は高揚感に包まれていた。  
「ど、どうぞ」  
 少年がおずおずとチョコの入った袋を差し出す。  
 それを受け取る為に、ななかの手が少年の手へと伸び、やがて触れる。  
 その瞬間――――。  
 
「……ひっ!?」  
 ななかは思わず手を放すと、小さく悲鳴を上げ、一歩後退した。  
 そしてななかは、まるで汚物でも見るような顔で少年を見た。  
 先程までの好感触な様子から一転して、嫌悪感を隠そうともしない表情のななかに、少年は困惑する。  
「ど、どうしたの? ほら、食べないの?」  
「い、要らない」  
 少年にはななかの態度が豹変した理由が分からなかった。  
 チョコの中の白ジャムの存在がバレているはずはない。少年はそう信じて疑わなかったからだ。  
 しかし、ななかはチョコに含まれている異物の存在も、少年の下卑た企みも完全に知っていた。いや、知ってしまっていた。  
 けれども少年に、そのことに気付けというのは酷な話だろう。  
 目の前の女の子に“触れた相手の心が読める能力がある”などと、そんな一般的に荒唐無稽な想像が出来るはずもないのだから。  
「そ、そんなこと言わずにさ? せ、せっかく作ったんだからさ、勿体無いよ」  
 言いながら少年がチョコの入った袋をななかへと差し出すが、再びななかが受け取ろうとすることは無かった。  
「一口でいいんだ、食べてよ」  
 少年は必死だった。  
 それもその筈、ななかが目の前で食べてさえくれれば、これから一ヵ月は自家発電のネタには困らないのだ。  
 逆チョコをテレビで知って以来、この瞬間だけを楽しみに過ごしてきた。  
 ここで必死にならずして、いつ必死になるというのか。  
「ね、食べてよ? ね?」  
 自ら袋の口を開けて、ななかへと渡そうとする。しかし、やはりななかは受け取ろうとはしない。  
 段々とじれったく感じてきた少年がななかへと一歩近づき、ななかの眼前へとチョコの袋を差し出そうとした時だった。  
「いやっ!」  
 振り払うように動かされたななかの手の甲が少年の持つ袋に直撃する。  
 その衝撃で袋が地面に叩きつけられ、開いたままの袋の口から無残にも割れてしまったチョコが飛び出した。  
「あ、ああ………………な、な、なにするんだよ!?」  
 ななかの凶行――少年にはそう映った――にまず唖然とした少年は、暫くしてから頭に血が上って声を荒げた。  
 地面に哀れな姿で転がっている割れたチョコの中には、ななかの口の中へと侵入を果たす為、  
暗い押入れに置かれた瓶の中で長い間待ち続けていた自分の可愛い子供達が居るのだ。  
 ティッシュに放たれて生涯を終えるばかりだった仲間達の分まで、存在意義を果たそうとしていた精子達が居たのだ。  
 勿論、口から子宮にはどうしたって辿り着けないのだから、本当の意味では働いたことにはならないのだが。  
 
「なんてことを…………なんてことをするんだ!」  
 少年は激昂したが、ななかにしてみれば、それは当然の行動だった。  
 女性なら誰だって、好きでも無い男の精液入りチョコを食べたいとは思わない。  
 そんな汚らわしいチョコを食べさせられそうになったのだ。ななかの対応は至極真っ当だったと言えた。  
 しかし、それはあくまでもななかの視点に立った場合だ。  
 白ジャムの存在がバレている筈が無いと信じて疑わない少年視点では、全く違った捉え方になる。  
 ――詰まるところ、自分が作った物を食べてくれないどころか、過剰に拒否反応を示し、挙句地面に叩きつけられた。  
 それは自分自身の存在さえも全否定されたような、残酷な行動に感じられた。  
 そしてそんな暗い感情は、次に続いたななかの一言で決定的なものとなる。地面に転がるチョコのように、少年の心を粉々にする一言。  
「…………気持ち悪い」  
 それだけ口にすると、ななかは少年へと背を向け、足早に屋上から校内へと戻ろうとした。  
 だが、逆上した少年に対して、その行動は余りに軽率だった。  
 少年はななかの無防備な背中へと素早く飛び掛かると、仰向けに地面へと押し倒す。  
 そのままななかのお腹に馬乗りになり、自らの両足でななかの両腕を押さえ付けた。  
「ちょっとモテるからって、ふざけやがって!」  
「きゃ――――んむっ!」  
 身の危険を感じる状況に咄嗟に悲鳴を上げようとしたななかの口を手で塞ぐと、少年は地面に落ちていた中でも比較的大きめなチョコの破片を拾い上げた。  
 少年の行動がどういった意図に因るものかを察して、ななかは手の下で悲鳴を上げようと開きかけた口を今度は強く閉じる。  
 そんなななかに対して、少年は何とかして閉じられたななかの口をこじ開けようと躍起になる。  
 その度に少年の指がななかの首筋を擦り、頬を撫で、唇に触れて、ななかの肌という肌に鳥肌を立たせた。  
「んんっっ! んぅぅっ!」  
 ななかはいやいやと首を左右に激しく振って、少年の手から逃れようとする。  
 唯一自由の利く両足を暴れさせて少年の背中に何度も膝蹴りを喰らわせて抵抗するが、  
ななかが元々小柄であることと力を込めづらい体勢の悪さから、状況を覆す程の威力にはならなかった。  
 余談であるが、ななかの口にチョコを入れようとするという少年の行動は、  
本人の意図したところでは無かったものの、結果としてななかから悲鳴を封じることに一役買っていた。  
 口を開けば最後、精液入りチョコが自分の口に“ちわっす♪”してしまうのだ。ななかに口を開ける筈も無かった。  
 しかし無常にも、ななかの口はゆっくりながらもこじ開けられていき、一瞬の隙を付いてチョコが口に押し込まれてしまう。  
「ぐむぅっ!?」  
 口の中に広がる僅かな土埃のざらざらとした感触と、舌で溶けていくチョコレートの食感。  
 舌触りだけは普通なのかも知れないが、中に何が入っているかを理解している以上、それは何よりもおぞましい感覚だった。  
「うえっ! うえぇっ!!」  
 チョコを口から吐く為に押し出そうとするななかの舌を、上から手のひらで強く押し付ける。その時に鼻を押さえることも忘れない。  
 暫くの間、ななかは必死に抵抗していたが、やがて息苦しくなったのか、ゴクッと嚥下する音と共に喉が動く。  
「う、うえぇぇっっ!!」  
 息苦しさと飲み込んでしまったという気持ち悪さからか、目にはうっすらと涙が浮かび、チョコを吐き出そうと暴れた為に、口からは涎が垂れている。  
 ずっと夢見てきた、チョコを介在した白河ななかの間接フェラ。  
 それが為されたことと、今のななかが視覚的にも本当にフェラをしたような状態であることに、少年の興奮は加速度的に高まっていく。  
 痛いくらいに勃起した少年の股間は、学生ズボンを内側から持ち上げ、ななかのお腹に押し付けられていた。  
 

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