極鯨刑務所。  
 深刻化する刑務所不足に対応するため政府の打ち出した人工島刑務所計画の一環で建設された海に浮かぶこの刑務所。  
 その名は日本の領海ぎりぎりに存在し、鯨が獲れる海域であることに由来する。  
 立地上、拘置所としての使用はできず、主に殺人などの重犯罪を犯した者を中心に収容している。  
 
◆  
 
 囚人番号942番。月島小恋。  
 罪状、殺人。並びに死体遺棄。  
 
 月島は痴情のもつれにより、友人の少女をナイフで殺害。その後、被害者の遺体を森の中へと埋めて、犯行の隠蔽を謀るも、腐臭がするという近隣住民の通報により遺体が発見され発覚。  
 初音島警察署では目撃証言などから当初より月島を容疑者として捜査を進め、遺体発見から一週間後、任意同行を求める。その際の取調べで月島が犯行を自白。即日、逮捕した。  
 裁判において二審まで争うも、精神鑑定の結果も正常で、勝手な思い込みから殺害に至ったことは身勝手極まりなく、情状酌量の余地はない。と一審、二審とも有罪判決を受ける。  
 弁護側がそれ以上控訴しなかったことで刑が確定。初音島刑務所の収容人数が120%を越えていたため、本刑務所に収監された。  
 
◆  
 
AM6:10  
 
 独房の朝は早い。  
 この極鯨刑務所では起床時間は午前6時と規定されており、この起床時間とは看守が囚人を確認に来る時間をさす。  
 つまり、この時間には目を覚まし、朝の準備を全て整えておく必要があるということだ。  
 仮に看守の確認時に高いびきをたてているような囚人は、看守にたたき起こされることになるが、そんなことは滅多にない。  
 公共の施設だけあり、起床時間も早いが、終身時間も早い。健康的な生活リズムに加えて、冷暖房も整っていない粗末な独房。夏は朝の暑さが、冬は寒さが天然の目覚ましとなる。  
 しかし、珍しく、起床時間を過ぎたというのに夢心地の囚人がいた。  
 942番と書かれたネームプレートの刺さった一室。  
 鉄格子に区切られた小さな部屋。粗末な木製の椅子兼ベッドが壁から吊られ、すぐ隣に洗面場を兼ねたむき出しのトイレが置かれている。  
 それだけでスペースを全て使い切ってしまう小さな個室。  
 いびきをたてて眠る房の主の姿を見て、看守は忌々しげに舌打ちした。  
 
「起きろ942番」  
 
 カン、と。警棒で鉄格子を叩く。  
 囚人番号942番、月島小恋は壁と一体化したベッドの上で、安らかないびきをたてていた。  
 看守が何度か鉄格子を叩くも、まるで反応がない。  
 
「……全く仕方がない奴だ」  
 
 看守は言葉の割りに嬉しそうな顔をして鉄格子を開く。  
 そして、ベッドの傍まで寄り、小恋を眺める。  
 シャツとスカートが一体になった粗末な服一枚に包まれた、その体。  
 長い虜囚生活生活のせいか、目元にはくまができ、頬もやつれていた。髪の毛もロクに手入れがされておらず、酷いもので枝毛がそこら中にでき、纏めることすらできずに放置されている。全身も薄汚れた感じが漂い、見るからに不健康的。  
 しかし、そんな中でも、以前とまるで変わりなく、健在な箇所もあった。  
 小恋が寝息をたてる度に大きな胸が軽く上下する。ふくよかに肉付いたその双丘は、過酷な独房暮らしでも衰えることはなく、それどころか、むしろ大きくなっていっているくらいだった。  
 
「起きろ、942番、さもないと……」  
 
 看守の手が動き、小恋の胸に添えられる。ブラジャーすらつけられておらず、その箇所を守っているのは薄い布切れ一枚。  
 布越しに、ゆっくりと力を込める。  
 
「んっ……んん……」  
 
 敏感な箇所への触感に反応し、小恋が吐息を漏らす。しかし、その意識は未だに深い夢の中。  
 胸の果実を握るたびに豊かな弾力が返って来る。布切れ一枚だけではこの触感は殺しきれない。たわわに育ったそれは、指の間に溢れ、甘美な感触を看守に与える。  
 
「ひひ、困った娘だ」  
 
 看守の指が胸の上を走り、その中央部へと到達する。中央部に鎮座しているのは胸自体の大きさと比例するように大きな半径を誇る突起物。  
 
「ひゃぅっ……ううぅん」  
「ふん、まだ起きないか。こいつめ!」  
「ひゃっ……あぁぁん」  
 
 胸への刺激を受ける度に頬が朱色に染まり、吐く息も熱を帯びていく。  
 
「仕方がないな、じゃあ、下の方を……」  
「あっ……あっ……?!」  
 
 服の裾をめくり上げようとした時だった。熱っぽい息使いと共に小恋の瞳がひらく。  
 最初のうちは何が起こっているのか理解できていないようだったが、状況を把握すると、声を上げた。  
 
「きゃあっ!! な、何を!」  
 
 ベッドから跳ね起き、看守から離れる。もっとも狭い独房内では離れたといってもたかが知れた距離でしかない。  
 看守は何事もなかったかのような態度で鼻をならす、と冷たく小恋を睨んだ。  
 
「ふん。やっと起きたな942番。起床時間はとっくに過ぎてるんだよ、さっさと顔を洗って朝飯を食って来い」  
 
 それだけを言い残し、独房から外に出た。  
 部屋の窓や隙間から差し込む風が薄布一枚の小恋の体を襲う。幸か不幸か、ショックで呆然としている小恋は寒さなんて気にならなかった。  
 
「………………」  
 
 極鯨刑務所での一日が、今日も始まった。  
 
 
AM10:00  
 
 極鯨刑務所の囚人の労働時間は一日8時間。  
 朝食と朝のランニングが終了次第取り掛からなければならない。原則として、昼食時間と運動時間を兼ねた昼休みを始めとした、数回の休憩時間が設けられており、また、安いながらも一応、賃金は支払われる。  
 さらに、土日の休日は別に、囚人ごとに二週間に一度、非番の日を設けており、その日は図書室で本を読むなり、グランドで運動するなり、それなりに自由に過ごすことができる。  
 囚人は例外なく労働の義務を背負っており、それは月島小恋も例外ではない。  
 畳三畳半ほどの小さな部屋。そこが小恋の仕事場だった。  
 
「んぐっ……んっ、んっ」  
 
 舌をペニスに這わせ、万遍なく舐めつける。  
 唾液を擦り付けるように、丁寧で、執拗な舌使いだった。  
 己の下半身を差し出している刑務官が快楽の波に打ち震え、体を揺らす。あらわになっている箇所が震え、肉棒が上下に揺れた。  
 
「そうだ、その調子だ……ああっ、最高っ……!」  
 
 ロクな娯楽もなく、常に拘束された刑務所生活は非常にストレスの溜まるものだ。  
 特にこの刑務所は囚人たちだけではなく、孤島という立地上、住み込みの勤務を余儀なくされる刑務官たちも多くのストレスを抱え込むことになる。  
 そんな男性たちのアロマテラピーとしての性欲処理。それが小恋に与えられた職務だった。  
 
「じゅる……んんっ」  
 
 主に処理室を利用するのは非番の囚人や刑務官。ほとんどが男性だが、ごく稀に、特殊な趣向を持った女性が訪れることもあった。  
 
「もっと、もっとだ……もっとち○こ全体を刺激しろ。舐めるだけじゃだめだ。咥えこめ」  
「は、はい……」  
 
 大きく肥大化したペニスを両手で掴み、自らの口内へと導く。口全体を使ってしごくと、内部でそれが震えた。小恋の口使いに反応し、さらに大きくなっていく。  
 
「どうだ、美味いか? 俺のち○こは!」  
 
 美味いはずがない。口の中が圧迫され、息がつまり、舌は苦味だけを脳へと伝える。  
 いや、その表現も的確ではない。小恋にとって、この作業はただの仕事。もう慣れてしまった。今更、何も感じない。  
 
「は、はい……お○んちん、美味しいです……!」  
 
 だけど、こういうのも仕事の内だ。客商売はお客に満足してもらわないと始まらないのだから。まさに文字通り、二重の意味でのリップサービス。  
 一旦、肉棒から口を離し、唾液の糸を垂らしながら淫声を上げた。  
 
「そうか、そうか……それじゃあ、そろそろ出すぞ! 俺のスペルマをたっぷりとプレゼントしてやる」  
「お、お願いしますっ。私の中に全部出しちゃってください!」  
 
 饒舌なのは全て演技。そのココロは黙々と作業をこなすことだけに専念する。  
 
「ううっ……、受け取れ942番……!」  
 
 刑務官の分身が最大限までに膨張し、そして、溜め込んでいたものを全て射出した。  
 不気味な発射音と共に放たれた白い濁り汁。一滴たりともこぼさないように、頭を傾け、受け取っていく。  
 
(この人はたいして量が多くない……結構、楽だな……)  
 
 恍惚の表情で、流し込まれたモノを飲み込んでいく小恋。  
 その最中、軽く、自己嫌悪に襲われる。自分は何を考えているのか。こんなおぞましい行為をさせられているのに。楽だなんて。  
 
(本当に……慣れちゃったのかな、私。もう、普通の女の子、なんて言えないね……)  
 
 苦しみも、悲しみも、何も感じないように。考えないようにしていた。けど、自分を誤魔化しきれるものではない。  
 悲哀の感情が目立たないのは、ココロの中がそれだけで埋まってしまっているから。  
 
「ふぅ〜、すっきりした。美味かったか?942番」  
「は、はいっ。とっても美味しかったです。また、来てくださいね」  
「わかってるさ。お前は本当にこういうのが大好きなんだな」  
「えへへ……私、エッチなこと大好き……です……」  
 
 何の感情も籠もっていない言葉。  
 刑務官はその上っ面だけの言葉に満足したようで、自らの身なりを整えると鼻歌を歌いながら部屋から出て行った。  
 と思いきや、直ぐに扉が開き別の男が入ってきた。  
 着ている服は粗末な囚人服。金を使って、部屋の権利を買った囚人のようだ。  
 
「ようやく順番が回ってきた。へへへ……たのむぜ小恋ちゃん」  
「いらっしゃいませ……。今日も、可愛がってくださいね……」  
 
 自己嫌悪に陥る暇もない。  
 小恋は営業スマイルを浮かべると、男を招きいれた。  
 
PM8:30  
 
 一日の仕事が終わり、就寝時間を前にして入浴時間がやってくる。  
 普通の銭湯や旅館と比べても見劣りしない立派な大浴場があるのが、ここ極鯨刑務所の特徴であった。  
 一般の囚人はこの時間は自由時間ということになるのだが、例外的にこの時間にも働いている囚人もいる。  
 多くの賃金を得るためや、刑務所内での模範的囚人という評価・立場を求めて、自主的に「志願」した者たちだ。  
 
 
 小恋はバスタオル一枚を体に巻きつけ、男性浴場の中を慌しく駆け巡っていた。  
 その官能的な肉体に多くの男性囚人の視線が集まる。しかし、小恋は何も気にしていないかのように己の職務を果たしていた。  
 
「それじゃあ、お背中流しますね〜」  
 
 笑顔で男性囚人に確認を取る。囚人が頷くや否や、小恋は石鹸とタオルを持ち、丁寧に背中の汚れを落とし始めた。  
 肩から腰まで、見落としなく、汚れと匂いを払い、最後に桶でお湯をかける。  
 
「次は頭を洗いますね。目をつぶって――――きゃっ!」  
 
 桶を傍らに置き、シャンプーに手をのばそうとした時だった。小恋の体に纏われている、たった一枚の布切れが浴場に舞った。  
 
「あっ……」  
 
 ぶるん、と双乳が揺れ、浴場内に大歓声が響き渡る。全方位から突き刺さる、舐めるような生ぬるい熱視線。  
 
「小恋ちゃ〜〜〜ん」  
 
 我慢ならなくなったのか囚人の何人かが立ち上がる。そして、獲物を囲い込むハゲワシごとく、小恋の周りに群がった。  
 慌てて胸を隠そうとした小恋を後ろから無理やり羽交い絞めにして、その特大果実をオープンさせる。  
 
「や、やめてください……っ」  
「前々から思っていたけど、いい体してるねぇ」  
「ほんっと、発育のいい娘だぜ」  
 
 小恋が首を振ると、連動して胸も震えた。その様子が、さらに男たちを愉しませる。  
 
「小恋ちゃん。俺、タオル忘れちゃってさ。代わりに洗ってくれないかな?」  
 
 男がわざとらしい口調で自らの体を示す。男の示した指の先には堂々と起立した肉の棒が控えていた。  
 恐怖に喉をならしつつも、小恋は気丈に頷き、タオルを取りに行く趣旨を伝える。しかし、男は首を横に振った。  
 
「取りに行く必要なんてないだろ。スポンジが二つもあるじゃないか」  
「え……スポンジ? そんなモノ、どこに……あっ」  
 
 その時、気が付く。男の視線が、そして、周りの視線が小恋の体のある部分に集束していることに。  
 
「そう、君の胸にでっかいスポンジが二つもついてるだろ?それ使ってふけばいんだよ」  
 
 再び周りから大歓声。  
 やれ!やれ!、待ってました!などと各々が声高に囃し立てる。  
 男の瞳が卑しく煌く小恋を見据えた。  
 
「さ、小恋ちゃん」  
 
 逃げ場なんて、どこにもない。  
 小恋は小さく頷くと、体を前のめりにし、胸に備え付けられたスポンジを前へと突き出した。  
 洗浄の対象である男の部分は玉、竿ともに小さなものだった。矮小な陰部と比較すると、さらにスポンジのサイズが際立つ。  
 押し潰すかのように、巨大スポンジが矮小な陰部を覆っていく。  
 
「こ、こんな感じですか……?」  
 
 そのまま男の下腹部から太股までを満遍なく洗う。  
 スポンジは一度、二度、とうごめくたびに、石鹸の泡を纏っていく。純天然の触感を男に与え、その意識を解きほぐす。  
 小恋の見事なスポンジ捌きに反応し、男の股間が膨らむ。しかし、いくら膨らんでもスポンジからこぼれることはない。それほどにスポンジの包容力は大きかった。  
 
「そ、それじゃあ……そろそろ流しますね……」  
 
 おっかなびっくりに声をかける。これで嫌だと言われたらどうしよう、そんな考えが小恋の頭の中を過ぎった。  
 
PM8:55  
 
 ――――どうして、私はこんな目にあっているんだろう。  
 何もすることがない時は、つい、そんなことを考えてしまう。  
 考えても無駄なことは知っている。何を思おうとも、この現実は変わらないし。今更、何を悔やんでも遅いってことは解っている。  
 けど、考えずにはいられない。  
 結局、あの後は、多くの男性囚人の体を胸のスポンジで洗って回る羽目になった。挙句、「小恋ちゃんの下半身にある、内蔵式洗浄器の中で洗って欲しい」なんて言って、いきり立った肉棒を差し出してくる輩まで相手にした。  
 そこに人としての尊厳なんて欠片もない。普通の女の子の姿はどこにもない。  
 
「…………なんで、こうなっちゃったんだろう。私、普通の日々を送っていただけなのに……」  
 
 小恋は、鉄格子に遮られた月夜を見上げながら、ため息をついた。  
 あの時の自分は、どうにかしていた。  
 何故か親友であるはずの彼女が、自分を陥れて彼を奪おうとしているなんて幻想に囚われていた。その幻想を振り払うことができずに。ついに。  
 思い出すのは初音島での日々。  
 あの頃は毎日が輝いていた。騒がしいけど愉快な友人たちといっしょに同じ学園に通って。同好の友人とバンドを組んで、毎日練習して。  
 行事の度にクラスで大騒ぎして、幼馴染で気になる男の子との仲を気にして、毎日の占いの結果に一喜一憂して……。  
 
(…………やめよう)  
 
 涙なんて、この刑務所に来た時に枯れるほど流した。過去を悔やむなんて、最初に彼女の死体を埋めた時に散々した。  
 過去をいつまでも引き摺っても仕方がない。  
 過去は過去。今は今。  
 現実を見つめなければ。  
 
(明日は定刻通りに起きたいなぁ。早く仕事が休みの日にならないかなぁ……)  
 
 PM9:00。就寝時間。  
 独房の全ての電気が落とされる。  
 狭い窓から差し込む月明かりだけが光源となった独房で、小恋は独り、目を閉じた。  
 
 

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