その日も気まずい夕食をとる。  
調理したのは兄の純一だ。  
音夢と違って、食事というものを心得ている。  
 
「…ごちそうさま」  
 
小さくつぶやいて手を合わせた後、音夢は純一の視線を避けるようにして席を立った。  
そのまま自室に戻ろうとして、食器を置き晒しにしていることに気づく。  
どうしようか、と音夢の中で逡巡が生まれた。  
目の前の純一は無表情にサラダを口に運んでいた。  
彼のほうでも、音夢には関心を持ちたくないのかもしれなかった。  
であるならば…心配する必要はないかもしれない。  
今の気まずさを生んでいる原因をお互い意識して、腫れ物に触らぬよう振る舞おうという  
合意が成り立っているということなのだから。  
音夢はゆっくりとテーブルに戻り、音を立てないよう丁寧に、油ものとそうでないものの皿を  
分けて食器を積み重ねる。  
先に油ものの方を台所に持って行き、洗剤を溶かした洗い桶にそれを入れた。  
ちらっと今の方に視線を投げると、相変わらずもそもそと兄の箸が動いているのが見えた。  
音夢は内心安堵のため息をつく。無用の心配だった。まだテーブルの上に残っている皿を  
取りに戻り、そちらの方はさっと水で流して、洗い桶の隣に積み重ねた。  
 
あとは自室に戻るだけだ。息を潜めるようにして夜を過ごし、朝が来るのを待つだけなのだ。  
 
そんなことを考えて早足気味にドアに向かった音夢は、自分が抱き留められたことに一瞬気づかなかった。  
純一だった。純一の太い両の腕が音夢の身体に回されていた。  
小さくあらがう音夢。  
まだ食べていたのではなかったのか。兄の身体越しにテーブルの方を振り返る。  
兄のサラダはテーブルの上に散らばり、箸の片方は見あたらなかった。  
血の気が引きそうになったが、音夢はこらえる。  
気の迷いなら離してほしい。声を上げて刺激したくない。  
 
しばらく音夢はもがいていたが、純一は腕の力を込めるだけだった。  
 
「兄さん、やめて」  
 
どうしても声がかすれてしまう。  
 
「兄さん、約束したでしょ。……"あれ"は土曜日の夜だけだって。まだ水曜でしょ。明日が  
 あるんだから、やめて。ね?」  
「音夢……音夢…」  
 
兄の唇が音夢の首筋を伝っていく。それがうごめくたび、自分の名が紡ぎ出されるのだ。  
血の繋がりはないとはいえ、兄から愛撫を受けることに、音夢は目がくらみそうだった。  
足ががくがく震えた。  
純一はなおも口づけ、耳元で音夢の名をささやき続ける。  
純一の頭を押し返そうとしたはずの音夢の指は、前髪にしっかりからみついていた。  
手のひらに兄の額を感じる。ひどく、熱い。  
居間の雨戸を降ろしておいたのは幸いだった。  
レースのカーテン越しに、むつみ合う二人の姿がぼんやり映っている。  
こんなところを他人に見られたら。  
目を伏せる音夢。  
この恥ずかしさを兄は、純一は果たして感じているのだろうか。  
 
「……いいよ、兄さん。でもお風呂を先に済ませてきて」  
 
そう言う間も兄の手が忙しく動いていた。衣服の前は胸の谷間近くまではだけられ、  
肩はあらわになり、なで肩の稜線を兄の舌がねぶり回していた。その舌が時折  
ざりざりと音を立てるのはブラジャーの肩ひものせいだ。  
 
「兄さん、お願い。私、逃げないよ。だから……ね?」  
 
何度も強くキスを浴びせかけられた後、ようやく音夢は解放された。  
いや、身体の向きを変えられただけだ。すぐ前に純一の顔があった。  
愁いに満ちた瞳が音夢をまっすぐ見つめ…そらされた。  
かわりに唇が押しつけられる。長い、長いキス。  
音夢は目を閉じていた。こんなとき音夢の両手はいつも兄のほおを挟むようにしている。  
ひっかいてやればいいのにと思うときはあるが、それは何もかも済んだ後のことだ。  
すぼめた口先を純一の舌がノックし、応える間もなくねじ込まれてきた。。  
ねっとりと熱のこもった狭い空間の中で、二人の舌先がちろちろと触れ合い、絡まり合っていく。  
 
はぁっ、はぁっ。  
やっと、終わった。  
純一も、音夢も、息を荒げながら、潤んだ瞳で互いを見つめ合い…何かを避けるように視線をそらした。  
 
「お風呂……兄さん」  
「……ん」  
 
それが、今夜二人の間で交わされた、最初の会話らしい会話だった。  
 
 
音夢は困惑していた。  
すぐ後ろに兄が居るからだ。  
純一には先に風呂に入ってくれと頼んだのだが、何を思ったのか、純一は音夢の手を取り、浴室の前まで連れて行った。  
音夢に先に入れと言うのかと思ったらそうでもないようだ。  
戸口のところで突っ立ち、音夢の方をじっと観察している。  
 
「あの、兄さん?」  
 
音夢の声は、しかし、相手の無反応に先細りになる。  
 
「これから…その、脱ぐ…んだけど」  
 
全部言い終えても兄のいぶかしげな表情は変わらなかった。  
どうやら音夢が脱ぐのを見ているつもりらしい。  
音夢は小さくため息をついた。  
自分が何を言っても兄は変わるまい。仕方がない、で済む話ではないのだが。  
品定めするように腕組みする兄の前で、くるりと背を向けた。  
スカートのホックをゆるめ、ためらった後、するりと降ろした。  
腰をかがめ、右足、次に左足と、ストッキングを抜き取る。  
次はブラウスのボタンに取りかかろうとしたそのとき、音夢の顔の横で、何かが動いた。  
純一がリボンをはずしているのだ。  
それも、音夢が痛がらぬよう、慎重に結び目をほどいてくれている。  
ちょっとだけ嬉しくなった。  
髪がばらりとほどけて肩に掛かったとき、音夢は振り返って兄を見つめ、小さく、有り難うと言った。  
純一の仏頂面がほんの少し緩む。  
 
「…かったるかったけどな」  
「兄さんのかったるいって、久しぶりに聞いた気がする」  
「そうか?」  
「うん」  
 
何で自分はこんなに楽しそうに声を弾ませているのだろう。別の存在に気持ちが乗っ取られたみたいだ。  
…などと思っていると、目の前で兄も服を脱ぎ始めていて、音夢は驚いた。  
 
「え、兄さんも入るの?」  
「まぁ、な。……いやか?」  
「どうせ、何言ったって一緒に入るつもりなんでしょ」  
 
むくれる音夢。ふと、さっきのお返しをしようと思い立つ。  
兄のところに行き、シャツのボタンを外すのを手伝ってやる。  
兄もまた音夢のボタンを外し始めた。  
手が行き交う。  
触れあったりぶつかったりするたびに二人は軽く言い合いをした。  
程なくして二人とも相手のボタンを外し終えた。さすがに下着は自分たちで脱ぐ。  
 
 
 
浴室にはいると湯気で視界が曇る。  
ボディソープをつけたスポンジで念入りに身体をこすっている音夢の後ろで、早々と純一は身体を洗い終え、湯船に向かった。  
湯のあふれ出る水音とともに、調子っぱずれの鼻歌が流れ出した。  
それを背中で聞いていた音夢は、懐かしいと思った。  
小さい頃、兄と一緒に風呂に入っていた頃は、兄はよくテレビの主題歌を歌っていたものだから。  
 
お湯で泡を流し終えて、音夢も湯船に向かう。  
向かい合うようにして浴槽に浸かろうとするが、兄が邪魔をした。  
音夢が座ろうとするところまで足を伸ばしているのだ。  
 
「にいぃさん?」  
 
脳天気に鼻歌を歌う兄を軽くにらんでみせるが、相手は肩をすくめるだけ。  
これにはカチンときた。  
 
「いいもん。そのまま座っちゃうから」  
「どうぞ。水の中だからあんまり重くないしな」  
「ふだんは重いって言いたいの?」  
「……和菓子食うか」  
「買収されません」  
 
純一の答えを待たず、湯船の中に腰を降ろした。足の上にまたがって座る形となる。  
が、お尻に純一の足の甲が当たっていて、ひどく居心地が悪い。  
 
「兄さん、邪魔なんだから足どけてよ」  
「かったるい」  
「なによそれ。これじゃ落ち着けないよ」  
「じゃ、こっちに来いよ」  
「え……」  
 
ほら、と純一の手が差し招く。差し招くだけでなく、音夢の手を引っ張った。  
 
「音夢、膝の上においで」  
「……うん」  
 
言葉に従い、またがったまま、もそもそと純一の方に移動を開始する音夢。  
が、膝頭を過ぎたあたりでぴたと止まる。  
 
「もっとこっちにおいで」  
「……兄さん」  
「?」  
「入っちゃうよ……」  
「なにが?」  
 
音夢は口をとがらせ、小さく、兄さんの、と答える。  
湯の下でゆらめく純一のものを見て、もじもじしている。  
 
「どこに?」  
「……。……あそこ」  
 
そこまで言って音夢は真っ赤になり、うつむいた。  
 
「バカ、何言わせるの……」  
 
突然強く抱き寄せられた。  
急だったので、湯にさざ波が立ち、ばしゃっとしぶきが上がった。  
音夢は兄の若い胸板を頬に感じていた。ぱちくりしていた瞳がゆっくりと閉じられていく。  
心臓の音が、聞こえる。とても速い。  
我を忘れてそれに聞き入る音夢。  
指が音夢のあごに触れ、上を向くよう促してくる。  
兄の視線を感じた。  
そんな風に見つめられると、どうしても気持ちがこみ上げてきてしまう。  
ちょんちょんと様子見に唇を触れあわせたあと、二人は強く唇を貪り合った。  
 
音夢としてはずっとそうしていたい気もしたのだけれど……。  
 
音夢は顔を離した。居心地悪そうな表情をする。  
太く固いものがへその下あたりを突いているせいだった。  
理由に気づいた純一は笑った。  
 
「早くおまえの中に入りたいってさ」  
「…エッチな兄さん」  
 
音夢もくすくす笑いで応じた。  
 
「お湯の中で大丈夫かな」  
「大丈夫だろ」  
「本当?」  
 
音夢は純一の顔を値踏みするようにのぞき込んだあと、ぷぅとふくれた。  
 
「兄さん、あんまり何も考えてないでしょ」  
「実はそうなんだ」  
「……もぅ!」  
 
そう言いながらも音夢はねらいを定め、腰を沈めていく。肉の切っ先が割れ目にぴたりとあたり、ぐぐっと押し広げられていった。  
音夢はふぅ、と吐息を漏らした。  
 
「熱いよ兄さん」  
 
目の前の兄も気持ちよさそうに呻いている。  
音夢はさらに押し進めていき、やがて根本まで呑み込んだ。  
湯の中で指を絡め合わせ、見つめ合う。  
 
「こんなことしてるの、クラスでたぶん私たちだけだよ」  
「裏じゃみんなしてるさ」  
「そう……かな」  
 
音夢の視線は自信なげに揺れる。以前ならあり得ないことだった。  
男の人と一つ屋根の下に暮らして、まるで同棲生活のように身体を重ねている。  
それも、兄妹で。  
 
ね、兄さん、もうこんなこと、やめようよ。  
 
そう続けるつもりが言えなかった。  
いや、それどころか。  
 
「動くね」  
 
音夢のささやきに、純一はかすかにうなずき応える。  
 
ゆさゆさと音夢は身体を揺らし始めた。  
身体の芯に食い込んだ純一のものから、小刻みに動くたびしびれるような波が広がってくる。  
もっと感じたい、もっと感じたい。  
音夢の動きは次第次第に大きくなり、ぱしゃぱしゃと水音を立て始めた。  
 
「ん……ん……んん…っ…」  
 
純一はそんな音夢の胸に吸い付き、下乳を拾い上げるようにしてもみ回す。  
純一に胸をいじられるたび、音夢の動きは鈍る。  
どうしても愛撫の方に気が回ってしまうのだ。  
ペースが速まっては鈍り、鈍っては速まりとまるでじらしのようなことをされて、純一は業を煮やしたようだ。  
音夢の腰に純一の手があてがわれた。  
がっしりつかまれたかと思うと、激しい突き上げが始まる。  
自分のペースとは異なる抽送に戸惑う間もない。  
音夢を快感の荒波が襲った。  
 
「あっ、速いよ兄さん、もっと……いや、兄さん、兄さん……っ!」  
 
音夢はあられもない声を上げ始めた。  
純一は相変わらず無言だが、どうやら余裕は無いらしい。  
音夢に汗を振りかけながら、おおざっぱな激しい動きから、細かな突き戻しへと水面下の動きを変えていく。  
そして……  
 
「…あ、んんんっ……!」  
 
押し殺した悲鳴を上げた後、くたっと音夢の身体が純一に寄りかかった。  
純一もまた、荒く息をしながら音夢を抱きしめる。  
音夢の中から、ぬるりと純一のものが抜け落ち、ややして、湯の表面に白い固まりが浮かび上がってきた。  
二人は放心したようにそれを見つめていたが、純一の方が卵の白身のようなそれを手ですくい、排水溝へと捨てた。  
 
 
 
湯船に二人浸かって、なにするでもなく天井を眺める。  
兄の肩に頭をもたせかけ、うっすらと目を閉じる。  
 
ざざざざざ。  
 
桜並木が風に枝を鳴らしている。  
 
ざざざざざ。  
 
遠い葉擦れの音を聞きながら、湯の中で二人微睡む。  
何度交わされたかわからないキス。まるでそれは相手が其処にいることを確かめ合うかのような。  
唇を重ねるたびに音夢は思う。  
兄妹でこんなことしちゃいけないのに。いけないのに……と。  
ふと、何気なく兄の顔を見た音夢は、兄の唇に花びらが貼り付いていることに気づいた。  
桜だ。それも、血のように赤い色をしている。  
珍しい。いったいどこから紛れ込んだのだろう、と辺りを見回すが、手がかりになりそうなものはなかった。  
きっと窓か換気扇の隙間から入り込んだに違いない。  
こんなものが、何もない場所に湧いて生まれる訳がないんだから。  
その花びらを口づけで優しく拭い取ると、音夢はまた、兄に寄り添うようにして湯船に身を沈めた。  
幸せな気分だった。 (おわり)  

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