夜。  
結局、義之は杉並と行くことにした。  
向かう先は行きつけのゲーセンでもコンビニでもない。  
風見学園だ。  
とどのつまり義之は、好奇心と"えっちな話"に負けたのだ。  
スクープを納めるのだ、とデジタル一眼レフ片手に息巻く非公式新聞部の杉並。  
そんな彼の隣で、義之は溜息をつくのだった。  
 
 
校門は開いていた。  
閉っていることを想定して、フェンスの一部に穴を開けていたのだが無駄になってしまったと  
杉並は残念がったが気にしないことにする。  
夜の学園。  
しんと静まり返る闇の中、常夜灯がポツリ、ポツリ。  
つい最近もこんな光景を見たような気がする。  
デジャブというやつだろうか。  
二人は電灯の明かりに身を晒さないよう注意しながら、校庭をぐるりと迂回して  
下足室へと辿り着く。  
残念なことに、ここには鍵か掛かっていた。  
こんなこともあろうかと、本校舎一階北側の廊下の窓の鍵を壊してある。  
杉並は得意げに胸を反らすと、こっちだついてこい、と先を進んだ。  
 
 
―――ピタリ  
音が立たないように気を付けて窓を閉めた。  
ひょいひょいと、難なく窓枠を乗り越えて  
校舎内に潜入することには成功したものの、幼少部からの一貫教育マンモス校や大学ほどではないにしろ  
中・高両方ある、この風見学園。  
かなり広い敷地の中、さてどこを探そうかと考えあぐねていると  
隣を行く杉並が得意げな顔で、見つけることはさほど難しくないと言ってきた。  
 
噂話を思い出してみろ。  
そこそこの大人数の集会だ。  
肝試しではないのだから、電気が点いているところを探せばいい。  
入る前に、なぜ俺が学園の敷地を一週したと思う?  
外から明かりの点いているところがないか見ていたんだ。  
一般の教室は真っ暗だった。  
教室に吊されたカーテンでは、閉めきったとしても  
中の光を完全に遮ることはできないだろう。  
とすると、絞り込みも掛けられる。  
ようは明かりが点いている所か、ある程度の人数を収容できて  
なおかつ中の光を完全に遮ることにできる場所。  
俺は体育館と視聴覚教室が怪しいと睨んでいる。  
杉並はそう言った。  
 
さて、杉並の意見は名推理になるか迷推理になるか。  
とにかく行ってみよう。  
そういう話になり、二人はまず体育館へと向かった。  
 
結果から言うと、体育館は蛻(もぬけ)の殻だった。  
誰もいない。  
ふむ、どうやら当てが外れたらしいな。  
杉並はそう言うと、次は視聴覚教室へと向かった。  
あそこには、光をほぼ完全に遮断できる暗幕がある。  
一階の廊下はまずい。  
職員室があるからな。  
渡り廊下から回っていこう、と言った杉並。  
 
――――チリッ  
 
だがここで義之は、何か思い当たることがあったのか  
職員室を覗いてみようと言い出した。  
教職員に見つかる可能性が高いと杉並は渋ったが  
義之が先に歩き出すと、仕方なく後に付いてきた。  
 
 
 
―――チリ  チリ    
 
職員室を覗いた杉並は、思わず声を上げそうになった。  
「はあっ、ふああぁン!」  
「ぃひいぃっ!! ひん! はひぃんんっ!!」  
明かりの漏れる職員室。  
廊下側のドアの隙間から中を覗き込むと、現場は聞いていた噂以上だった。  
生徒どころか教師までもが参加しての乱交パーティー。  
これはスクープどころの話ではない。  
 
―――チリチリチリチリ  
 
えらいものを見てしまったと、さしもの杉並もどうすべきかと考えあぐねていると  
いきなり扉が開かれた。  
中から、ではなく外から。  
つまり職員室の引き戸を開け放ったのは、後ろにいた義之なのである。  
ギョッとした。  
それと同時に杉並は、見つかった、と思った。  
部屋の中を振り返る。  
しかし誰もこちらを見ていなかった。  
誰もがセックスに酔いしれた顔で、猫が盛って交尾するときのような甘い声を上げて。  
一人として、こちらを見ようとはしないのである。  
 
チリチリチリチリチリチリチリチリチリチリチリ  
 
逃げるぞ。  
誰もこちらを認識していないのは好機。  
杉並は戦略的撤退を促したが、しかし義之は動かなかった。  
それどころか、義之は杉並の首に、手を掛けて、締め上げてきたのだ。  
ギリッ、ギリギリギリギリッ  
「―――ッ!? っ! ――ぐ・・ぅ・・・っ!」  
悲鳴は上げられなかった。  
喉が完全に締まっていたから。  
 
チリチリチリチリチリチリチリチリチリチリチリチリ  
 
ゴトッ  
取り落とされるデジタルカメラ。  
何をするのだ、と。  
そう問いたかった。  
だが声が出せない。  
それどころか体が、足が床から離れてしまっていた。  
義之に持ち上げられているのだ。  
必然的に全体重が首へと掛かってくる。  
「ぁぐぅ・・・・っ!」  
義之の手を振りほどこうとする。  
だがビクともしない。  
それに人一人をこんな体勢で持ち上げられるだけの膂力。  
こいつは、こんな人間離れした力を出せる奴では―――  
肺に空気が取り込めない中、杉並は義之を見た。  
無表情だった。  
怒りも、悲しみも、悦楽も、狂気も。  
どんな表情さえも、カケラも浮かんではいない。  
――――誰かに、操られている―――?  
脳に酸素が満足に回らなくなった状態で、そんなことを考える。  
だとしたら、もしかしたら、後ろにいる連中も。  
肩越しに、視線だけを乱交パーティー会場と化した職員室に送る。  
 
段々と、手足が動かなくなってきた。  
それでもなんとかポケットへと右手を突っ込み、あるものを取り出すと  
義之の鼻面に突き付ける。  
それはお守りの束だった。  
どこかの高名な神社の厄よけや十字架。  
なんとか書の写本のそのまた写本を折り畳んだものや  
果ては宇宙から飛来した隕石の破片を包んだ小さな袋まで。  
あらゆる厄よけ守りがジャラジャラとぶら下がっていた。  
 
早く目を覚ませ。  
そう言ったつもりだった。  
けれども口は金魚のようにパクパクと開くだけで。  
声は出なくて。  
杉並はもう一つの可能性も考えた。  
それは、目の前の人間離れした力で首を締め上げる義之が始めから連中とグルで  
探りを入れる自分を疎ましく思い消そうとしているのだ、というもの。  
だけども杉並は、即座にその可能性を頭の中から追い出した。  
理由は簡単だった。  
それは、こいつが友達だからだ。  
義之と渉。  
一緒につるんでバカなことをしては生徒会に追い回されたり、教師に迷惑をかけたり。  
だけど普段の姿をよく知っているからこそ。  
杉並は義之を信じた。  
だから、これは、きっと。  
誰かが、義之を、操って――――  
杉並の意識は、そこで途切れた。  
手から力が失われる。  
お守りが落ちる。  
落ちた束は偶然にも、胸元から義之の服の内ポケットへと入り込んだ。  
それとほぼ同時。  
何か固いものが潰れる音がした。  
 
  首の骨が折れた音だった――――  
 
 
 
BADEND 1(杉並)  
 
 アイテム {杉並のお守り} を手に入れました(選択枝が追加されました)  
 
 
 インターミッション  
杉並「ふっ、どうやらバッドエンドに辿り着いてしまったようだな。  
   人生の分岐路というものは、以外な所にあるものだ。  
   それに一度経験したからこそ、思い返してようやくわかることもある。  
   次の頑張りに期待しているぞ、桜内」  
 
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しおり1  08/11/09 20:46  
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