<序章>  
 
「う〜ん、ギリギリってところかな・・・・・・」  
 陽が落ちて薄暗くなった学園長室でさくらは一人つぶやく。彼女の机の上には古の文字で  
書かれた書物と最新型のパソコンが鎮座している。ディスプレイに表示されたグラフには  
一本の折れ線が右肩上がりにもう一本の横這いの折れ線に近接していく様が映し出されて  
いた。そのグラフは初音島の魔力状況であり、横這いになっているのは魔力のストック状況、  
右肩上がりの成長曲線は桜内義之の成長に伴い必要とされる魔力量を示していた。グラフ  
から読み取れるのは思春期まっさかりの義之に必要な魔力量は年々増大していることで  
あった。  
「成長曲線はおそらく近いうちに横這いになって安定するだろうけど・・・・・・」  
 成長期とはいえ身体が永遠に発育していくわけはない。義之が必要とする魔力の量は  
近い将来に安定した線に落ち着くと予想できたが、かと言って予想通りになるとの確証は  
ない。また横這いのもう一本の折れ線がそのまま推移しない可能性もある。さくらは考えられる  
限りの可能性をシミュレートし、計算上はなんとかなると結論づけたもののやはり不安を隠す  
ことはできなかった。  
「保険として、もうちょっと欲しいところかな・・・」  
 さくらは思いつく限りの行事のデータを入力、シミュレートの結果、やがて彼女の希望を  
満足させるものを見つける。そしてそれを風見学園の様々なデータと照合する。  
 風見学園の生徒の成績−良し、特に問題はない。  
 風見学園の年間予算−良し、黒字を計上している。  
 風見学園の現状が彼女の目論む行事が遂行可能であることをあらゆる側面から検証し、  
確証を得る。  
「できそうだね・・・半世紀ぶりに・・・・・・」  
 
 
「というわけで、義之くん協力お願いね」  
「全然わかりません!!!」  
 さくらの言葉に義之は反発する。  
「どうして、分からないかな〜」  
「いや、分からないかな〜と言われても困るんですが・・・」  
「ならば、説明しようではないか」  
「杉並・・・・・・」  
 さくらの横にいる杉並が口を挟む。  
「花見とは花を愛でるだけでなく、花を見て喜ぶ人々のエネルギーを  
 桜が取り込む効果があると言われている」  
「ほう、それそれは・・・」  
「その説について更に詳しく説明すると!」  
「いや、それはいい・・・俺が聞きたいのはなぜ、俺が学園長室の地下に拉致監禁されて  
 いるのかということだ・・・・・・」  
「杉並くんが言ったこと、この初音島の枯れない桜についてはそのとおり」  
「・・・・・・よく分からないのですが」  
「まぁ、そういうことにしておいて。  
 この枯れない桜は毎年、花見の季節にエネルギーを補充している。  
 だけど、そのエネルギーの備蓄がここ数年ほど減少している」  
「なにがなにやら・・・でも、それとここに拉致監禁されることに何の関係が・・・・・・」  
「桜が枯れるということはこの初音島の観光にも悪い影響が出る。  
 だから、そのために更なるエネルギーの補充が必要となる」  
「・・・だから、そのことと俺の拉致監禁と何の因果があるというてる!」  
「今の桜の木に必要なのは人々のエネルギー、すなわち"MATSURI"・・・・・・」  
「だが、我が学園には学園祭に体育祭と様々な行事も目白押し!  
 差し当たり空いている時期はこの期間しかないと学園長はお考えなのだ!!」  
「エネルギーうんぬんは分かりましたが、それをなんでうちの学校がするんですか?」  
 義之の当たり前といえば当たり前すぎる質問にさくらは返答に窮する。とはいえ、本当の  
ことを言っても信じないだろうし、仮に信じたとしたらそれはそれで厄介である。  
「それは・・・」  
「それは?」  
「禁則事項です」  
「さくらさん・・・」  
 返答に困りがちなさくらと義之の会話に杉並が割って入る。  
 
「そのエネルギーの補充には桜内の協力が必要なのだ!」  
「協力って、何で俺の力が必要なんだ?」  
「"MATSURI"の景品、すなわち"桜内義之と夏休みを過ごす権利"!  
 これを武闘大会の景品にする。協力してくれるな、わが友よ!」  
「断る!!」  
「なお、断った場合には桜内くんには期末テストの補習として  
 夏休み中、学校に出てきてもらうことになるけど、いいかな?」  
「・・・・・・喜んで協力させていただきます」  
 さくらと杉並の策謀に屈した形の義之だが、ここで当然持ちえる疑問について二人に  
質問する。  
「ところでだ・・・・・・なんで俺の夏休みの争奪が"MATSURI"になるんだ?」  
 その問いかけに杉並は自信満々に答える。  
「それはだ、その争奪戦にはかなりの女子生徒の参加が予想されるからだ」  
「義之くん、何気に下級生に人気あるからね」  
「しかし!期待できるのは数だけではない!  
 参加メンバーが豪華になることも期待できるのだ!  
 生徒会長朝倉音姫を始めとして、妹の朝倉由夢!学園のアイドル白河ななか!  
 更に"エロい三連星"雪月花、謎の東欧人エリカ・ムラサキなどなど。  
 これだけ華のあるメンバーが戦う姿はまさに美の極致!  
 桜内"ラブルジョワ野郎"義之の異名は伊達じゃない!!」  
「何気に失礼な気がするが・・・  
 俺だけじゃなくて、女子たちにもだが・・・・・・」  
「でも、これだけモテる子はそんなにいないよ」  
「この杉並が知ってる範囲では、12人の妹持ちの兄と某華激団の隊長、そして・・・」  
「前回の景品、朝倉純一・・・・・・」  
「ラブルジョワ四天王の一人として、景品の価値は鯉の滝登り状態!!」  
「そんなに訳の分からない単語並べられても嬉しくはないが・・・・・・」  
「義之くんには夏休みの予定を立てれないように取り合えず隔離しておこうと」  
「なんか・・・酷くないですか、それ・・・・・・」  
「だが学園屈指の美少女たちがお前のために戦うんだ、嬉しくはないか」  
「まぁ、それは・・・・・・というよりその手の行事、生徒会が賛成するとは思えないが」  
「生徒会は全面的にバックアップしてくれる。生徒会長は二つ返事で了承したぞ」  
「お・・・音姉・・・・・・」  
「学校公認でカップリングだからね。義之くんを狙う女の子は断らないよ」  
「というわけだ、桜内。おとなしく景品になるがいい!!」  
「・・・俺に拒否権は」  
「そんなのないよ」  
「この非公式新聞部と風見学園生徒会の最強タッグを組んだこの行事!  
 失敗することは万に一つもありえない!!  
 風見学園史上最大のイベントが半世紀の時を越えて甦る!!」  
「そうだよ〜」  
「・・・・・・勝手にしてください」  
「桜内義之争奪武闘大会、"MATSURI"の始まりだよ」  
 
 
 義之の了承を強引に取り付けたさくらと杉並の二人が監禁場所から学園長室に戻る。  
「で、音姫ちゃんと由夢ちゃんの参加は確定しているけど他の子たちはどうかな?」  
「白河ななかも参戦を表明、学園のアイドルの双璧はこれで揃いました。  
 生徒会からは高坂まゆき、エリカ・ムラサキが参加を表明しています。  
 他のめぼしいものたちはことごとく参加を希望しています」  
「誰か行事に反対している子はいる?」  
「いいえ。一番反対しそうな委員・・・もとい沢井麻耶も参加を表明しています」  
「じゃあ、反対は誰もいないということだね」  
「仰せのとおり」  
「でも、それじゃ運営は大変じゃないかな。  
 生徒会から主力が抜けるばかりか、麻耶ちゃんや杏ちゃんのような能力のある子達も  
 参加に回るから手が足りなくなってるんじゃないのかな」  
「ご心配なく・・・と言いたいところですが、学園長の仰られるとおりです。  
 わが非公式新聞部は一騎当千の強者揃いですが、イベントの規模は壮大なもの。  
 実際に手が回っていないところも少なくないです」  
「痛し痒しって、とこかな」  
「そこで、非公式新聞部としても何人か助力を得るようにいたしました」  
 
「ちわ〜っす」  
 学園長室に戻ってきた二人を渉が迎え、他に非公式新聞部のメンバーが屯していた。  
「板橋くんが?」  
「ええ、非公式新聞部が選び抜いたものたちをピックアップいたしております。  
 その力はこの武闘大会の役立つことでしょう!  
 今日はまず参加を快諾して板橋渉を連れてまいりました!」  
 杉並の言葉を聞きながら、さくらは集まった面々の顔を見る。  
「杉並くんが話しているとは思うけど、この行事は半世紀ぶりに開かれる大イベント。  
 みんなの力を貸して欲しい。  
 成功の暁には・・・所定のアルバイト代と、夏休みの宿題の免除!  
 この二つを改めて約束するよ」  
 学園長であるさくらの言葉に一同は歓声を上げて応える。  
「夏休み〜月島とデート♪」  
 既に遊ぶ予定が満載という風情で渉が大喜びの状態。  
「(小恋ちゃんが優勝したら元の木阿弥って言ってあげた方がいいかな、杉並くん)」  
「(いえ、できる限り躍らせておいた方がいいと思います。学園長)」  
「何、話してるんですか?」  
「いや、なんでも・・・」  
 
「ところで運営とルールについてですが、前回とほぼ同じ内容でいいでしょうか」  
 メンバーと顔合わせを済ませたさくらはそのまま打ち合わせに入る。杉並は前回の大会  
ルールとその改定案のレポートをさくらに渡し、さくらはそのレポートに目を通しながら、  
時折考え込む。  
「そうだね、使えるところはそのままでもいいと思うよ。  
 初日に一次予選と二次予選、翌日にトーナメント方式の本戦、  
 それを勝ち抜いた優勝者には・・・・・・」  
「桜内義之を賭けて学園長と戦う権利が与えられる〜だったりして」  
「まさかぁ〜ははははは」  
「そうですよね〜はははは」  
「あははははははははははは」  
「はははははははははははは」  
「・・・・・・残念」  
「やる気だったんですか、あんたは!?」  
 叫ぶ渉を無視して、杉並と非公式新聞部のメンバー、生徒会役員たちの打ち合わせは続く。  
「とりあえず、変更すべき点についてもピックアップできているし。  
 でも、前回の大会から見ると生徒に審判をやらせるのはちょっと危険かな。  
 あと医療体制は万全を期したいところだね。  
 この二部門に関しては外部の専門家に任せる方がいいね」  
「専門家・・・ですか?」  
「そうそう。あっ、そっちについてはツテがあるからボクに任せて。  
 その二部門については連絡窓口くらいで十分かな。  
 運営に関してはそれぐらいかな。  
 あとルールに関しては概ねはこれでいいかな・・・・・・  
 あっ、そうだ! 一次予選だけど、前回と同じというのは芸がないかもね。  
 それに前回、校舎に少なくない損害が出ちゃったし」  
「では、どのような方法にしましょうか」  
「そうだね・・・・・・」  
 
「というわけで、ルールは前田光世方式を採用します」  
「「全然わかんねぇぇぇぇぇ!!!」」  
 講堂に集まった生徒は一斉にざわつき始める。  
「おい、なんで桜内の夏休みの争奪が行事になるんだ?」  
「聞いたことがあるぞ。確か50年位前にそんな行事があったって」  
「あっ、そういやそんな名前の映像があったな」  
「確か"朝倉なんとか争奪大会"とか言うやつで。18禁で」  
「桜内くんと夏休みを過ごせるのはいいかも!」  
「それに宿題も免除でしょ!」  
「勝ったら夏休み遊んで暮らせるね〜」  
「静粛に!」  
 教師たちはざわめく生徒たちを大声で静かにさせる。  
「すいません・・・前田光世方式って何ですか?」  
 一人の生徒が挙手をして、さくらに尋ねる。質問は後で、と言おうとした教師を制して、  
さくらはルールを語り始める。  
「風見学園を舞台として・・・参加者たちは同時刻に学校に集まる。  
 服装は普段の制服を着用・・・ブルマやスク水とかも許可します、  
 ごくふつうに学校内を歩き回る、  
 途中でお弁当を食べるも良し、  
 勉強するのも良し、  
 やがてごく自然に出逢う対戦者たち、  
 ごく自然に決着・・・・・・」  
「「自然じゃねぇ!!!」」  
 再び生徒たちはざわめきを始め、教師たちもまた同じようにざわめく生徒たちに静かに  
するよう注意して回る。そのざわめきがある程度おさまったところでさくらは話を続ける。  
「ようするに"喧嘩"だよ。  
 参加者は全員3枚ずつ札を持ってもらう。  
 みんなは戦ってこの札を奪い合う。  
 そして終了時にこの札を多く持っている者が次に進めるということ」  
「一次予選は午前9時から11時まで。  
 この時間を戦い抜いて、多くの札を持っている参加者上位12名を一次予選突破とする。  
 12名のうち上位4名がシードとして本選に、残る8名は当日午後から行われる  
 二次予選で勝負をし、勝った4名が本選に進出する。  
 本選は翌日、8名のトーナメント方式で行われる。  
 学園長がおっしゃられたように優勝者には桜内義之と夏休みを過ごせる権利と  
 宿題の免除、そして旅行代金の一部負担が与えられる。  
 詳細なルールは学内掲示板に掲示および各教室に冊子を配布する。  
 これは各自の携帯からもダウンロードが可能だ。なおパケット代は自己負担である。  
 申し込み受付は明日開門時より今週金曜日午後5時まで生徒会室にて行う」  
「本校の生徒だけでなく、学外からの参加も受け付けているからね〜」  
 本校・附属会わせた臨時朝礼は終了した。その帰路では参加を決意した少女たちの  
秘めたる闘志、伝説のイベントの挙行に期待するイベント好きの生徒たちの声がさざめいて  
いた。一方、やっかみと冷やかしが綯い交ぜになった一部の生徒たちは景品である義之の  
尊顔でも見てやろうと3組の教室に足を運んだが、そこで彼らが見たのは"SOUND ONLY"と  
銘打たれ、机の上に鎮座しているモノリスであった。桜内義之は試合当日までモノリスを  
介して授業を受ける手筈となっており、結局大会当日まで姿を現すことはなかった。  
「さっ、さくらさ〜ん・・・・・・」  
「ごめんねぇ〜優勝が決まるまでの辛抱だよ〜」  
 
<続く>  
 

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