「ごめんなさ・・っ、ごめんなさいっ、兄さ・・・ック、ヒック、ぐずっ、ぅああ、ああああっっっ!!!」  
 
どうして、こんな事になってしまったのだろうか。  
腕の中で幼子のように泣きじゃくる由夢。  
桜内義之はどうして良いかわからなくなり、頭上を仰いだ。  
 
空は一面の曇り顔だった。  
青空など、かけらも見えなくて。  
太陽は分厚い灰色のカーテンの向こう側にいて、こちらの様子を伺おうともしない。  
しばらくすると、やがて白いものが雲の合間から降り始める。  
チラチラと舞い落ちる、小さな冷たい結晶。  
雪だった。  
 
「えぐ・・・っ、ぅぅっ、ぅぁぁぁっ」  
由夢はまだ、泣きやまない。  
細い肩に手を置くと、抱きしめる力をより一層強めてきた。  
降り続ける雪。  
寒くても、頭に雪が積もっても、由夢は義之の胸に顔を埋めたままで。  
ただ、泣いていた。  
 
サク、サク、サク――――  
後ろで、雪を踏みしめる足音がした。  
「・・・・・・弟くん、由夢ちゃん」  
足音の主は彼らの姉・朝倉音姫だった。  
音姫は近づき、義之を背中から。  
由夢まで腕を伸ばし、二人を抱きしめる。  
「・・・っ・・・・ぐす・・・っ・・っっ・・・・」  
音姫もまた、泣いているようだった。  
義之からは彼女の表情を知ることはできなかったが、なぜだかそれがわかった。  
 
舞い落ちる天使の羽根は、今もなお勢いを増していた。  
空は重く曇ったままで。  
空気は冷たくて。  
視界は真っ白で。  
何も見えなくて、何も聞こえなくて。  
どちらを向いていいのか、どこへ進めばいいのかわからない。  
まるで世界が、自分たちの心の内を代弁してくれているかのようだった。  
 
 
義之がそのことを知ったのは、秋も深まり  
はや冬の足音が聞こえ始める頃合いのことだった。  
最近、姉の様子にどことなく違和感を覚えていた。  
暗い顔でぼんやりと考え込んだり、何かをしていても上の空だったり。  
以前の姉からは考えられないぐらいにおかしかった。  
鈍感な義之ではあるが、今まで家族同然に過ごしてきた彼女のことともなると  
漠然とではあるものの、さすがに気付いたのだ。  
 
「―――――うぷっ、ぅぅ・・・・・ぅええぇぇぇぇっっ!!」  
現在義之がお世話になっている、芳乃家の台所。  
その日は、夕飯を作ってくれるとのことだった。  
勝手知ったるなんとやら。  
調味料の種類も食器の位置も全て知り尽くした隣の家の台所で  
エプロンしながら調理をしていた音姫が、いきなりえづき始めたのだ。  
居間から駆けつけると、勢い良く出された流し台の水を止めているところだった。  
尋ねると、やや苦しそうな、でもいつもの笑顔を浮かべ  
心配ないと音姫は言った。  
 
数日の後。  
義之が隣の朝倉家に行ったときのことだった。  
珍しく勉強を見てもらおうと、二階に上がり  
音姫の部屋をノックしようとすると、中から嗚咽が聞こえてきた。  
最初、ハリマオあたりが中で鳴いているのかと思ったが  
よくよく聞き耳を立ててみると、それは音姫の声だった。  
ドア越しでくぐもってはいたが、声はたしかに良く知る姉のもので  
義之はどうして良いのか解らずに、しばらくの間立ちつくしたあと  
足音を立てないように板張りの階段を下りたのだった。  
 
一階まで降りてきた義之。  
そのまま朝倉家を後にしていればよかったのだが、催してきたのか  
用を足すことにした。  
これまた勝手しったるなんとやら。  
トイレに入り鍵を閉め、社会の窓を全開に。  
縮んだままのアレを取り出す。  
ターゲットは便器の中の水たまり。  
渦の中心核を目がけて黄色いレーザーを発射。  
 
残った水気をよく切り、ジッパーを上げる。  
紐を引っ張り、水が流れたことを確認すると  
トイレを出――ようとしたとき、義之は落ちてるそれに気が付いた。  
拾い上げると、それは折り皺のある何かの説明書。  
汚物入れに捨て損なったか、それとも誰かが落としたのか。  
まあこの家の住人たちの目に触れる場所にでも置いておけばいいかと思い  
何気なく読んだその紙片に義之はかなり驚かされた。  
白黒一色刷りの八折り紙の注意書き。  
そこには『妊娠検査薬について』と書かれていた。  
 
なんでこんなものが・・・?  
義之はそう思った。  
なおも義之は思う。  
これはいったい、誰が落としたものなのだろうか。  
現在この家には、三人の人間が暮らしている。  
朝倉純一、朝倉音姫、朝倉由夢。  
自分を除き、朝倉家に客人は滅多に来ない。  
妊娠検査薬というものはよくは知らないが、おそらく男性には無用の長物。  
したがって、今年70歳を迎える純一は容疑者枠から除外しても良いだろう。  
すると残るは二人、音姫と由夢だ。  
だが彼女たちにはこんなもの、どちらにも相応しくないように思える。  
由夢はまだまだ子供だし、音姫はエッチなことが嫌いなのだ。  
だから二人の内、どちらにとっても無縁のような気がする。  
そうだ、これはきっと何かの冗談か悪戯か偶然なのだ。  
そうに違いない。  
義之はそのように決め込み、紙をポケットにしまい込むと朝倉家を後にしたのだった。  
 

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