ぼんやりとした意識はおぼろげな光景を映していた。  
 分かることといえば、見えているのが部屋であることと何かしらの物体が動いていること。  
 不思議なことに目で見ているという感覚ではなく、テレビドラマを視聴しているような第三者のような立場にいた。  
 また、しいて五感でいえば、働いているのが視覚だけなのか音は聞こえなく、呼吸すらもしていない。  
 僅かではあるが動いている物が分かる。モザイクのようではあるが二人の人間なのだと分かった。  
 ならその二人は、そこでいったい何をしているのだろうか。  
 また少しほど見えてくると、その二人は裸体の状態で抱き合っているように理解できた。  
 そこで唐突に分かってしまう。  
 自分と彼女がまぐわっている場面を眺めていることを。  
 
「…ありえないだろ」  
 目が覚めて一番に思ったことはその一言であった。  
 桜内義之は苦い表情で先ほどまでの夢を思い出す。  
 まさか同居している家の朝倉由夢と性交に及んでいる夢を見てしまうとは思ってもみなかった。  
 由夢に対しては確かに異性だとは思っているが、それ以上に家族としての意識が強かった。  
 相手の良い所、悪い所。外での姿と家での態度。  
 義之は、おおよそ家族でないと知りえないことを分かっていた。それは由夢もこちらのことを分かっていると思っている。  
 問題はまだあった。  
 彼としては女性の象徴である胸は大きいほうが好みである。なので、性対象が彼女であることも驚かずにいられなかった。  
 自身の溜まった性欲に気分が暗くなる。それは外に出ることを億劫にさせてしまった。  
 幸い休日の土曜日なのを思い出し、一日中、部屋にいることに決めた。  
 そこでドアが開く。  
「はぁ、まだ寝てる…兄さん、いいかげん起きてください」  
 由夢の声だった。  
 
 気が滅入っていた義之としては、彼女の姉である朝倉音姫が来てほしかった。  
 狸寝入りをするか、追い出すか。僅かばかり悩む。  
「…今日は寝る日なんだ。だから寝させてくれ」  
 気怠げな声で返したのは、ささやかではあるが部屋からの退出を伝えようとしていた。  
「あら、兄さんからデートに誘っておいてすっぽかすなんて、いい度胸していますね」  
 由夢の言葉に唖然とする。彼女の言ったことを頭の中で再生してみる。確かにデートと言っていた。  
 先ほどまで家族のような関係だと信じていたので、言っていることが理解できなかった。  
 だとしたら狂言なのか。そのぐらいしか思い浮かばない。  
 表情は見えないはずだが困惑している義之を察して由夢が近づく。目の前まで来て答えた。  
「や、恋人同士の私たちが当たり前でしょう」  
「…ありえないだろ」  
 全く身に覚えがないことを言われても信じられるはずがない。そう、記憶がないのだ。  
 どういった経緯でそうなったのか。どちらが告白したのか。周りの反応はどうだったのか。  
 全てが分からない。  
「はぁ、しょうがないですね」  
 呆れた表情の由夢が突然、人差し指を目と鼻の先に出す。いきなりのことだったので義之はその指先だけを見た。  
「よく思い出してくださいよ。兄さんから私に告白をしたのは覚えていますか」  
 思い出す。一転に集中した意識とそのキーワードが思考に引っかかりを起こす。  
 未だにその時の光景が想像できないのだが、なぜか由夢とは恋人という関係であることが本当であると判断していた。  
「もう大丈夫ですよね」  
「あ…ああ」  
 いつの間にか目の前にあった指はなくなり、呆然とした表情で声を出すしかなかった。  
「なら外で待っていますから準備してくださいね」  
 それを言い残すと部屋から退出した。  
 大いに疑問に思うことがあるのだが、とりあえず服を着替えようとする。  
「…そうか、俺って由夢と付き合ってたのか」  
 
 
「今日はノリが悪かったですね」  
 電灯が消えた部屋の中、同じ所で寝ている由夢が義之に言う。  
 仰向けの状態で首だけを動かすと、由夢がこちらを見ていた。  
「まあ、朝からそんな気分じゃなかったからな。今だって断りたいぐらいだ」  
「一回断られました。一緒に寝られるのに嬉しくはないのですか」  
 その問いに首を振る。  
 別に良いとも悪いとも思っていなかった。ただ、独りにはなりたいとは思っていたので悪いと思っているのだろう。  
 だから初めは断ったのだが、いかんせん恋人といわれると無下にもできず、不承不承で部屋に入れた。  
 そのように思考に耽っていると、いきなり股間の辺りを撫でられる。  
「な…なにやって」  
 驚く義之とは対照的に由夢は不機嫌そうにこちらを見ていた。  
「なんで私が誘っておいているのに、こっちが手を出さなきゃいけないのですか」  
「し、しらねーよ。いいから手をどかせろ」  
 言いながら強引に手を外す。  
「今言ったじゃないか。今日は気分が乗らないって。そもそもだな、俺はコンドーム持ってないぞ」  
「…驚きました。男の人ってゴムなしで中に出すのが好きじゃないのですか。今日は安全日ですよ」  
 思わず目を覆いたくなる。それだけ頭の痛くなるようなことであった。  
「まだ学生なのに子供ができたらどうするんだよ。それに安全日だからって万が一を起こしたくない」  
 今時の女子はセックスに対して緩いのだろうか。義之は日本に対して不安を大いに感じた。  
「そういえば、俺達ってもうやったのか」  
 そのような夢は見たのだが、実際にセックスをしたのか分からなかった。今朝と同様に全く記憶がない。  
 由夢は若干考えると、義之の両目を手で覆った。  
「お眠りになりたいそうですから、寝させてあげますね」  
「…おい、どっちだよ」  
 故意に無視しているのか一切答えずに、目を閉じるように言われる。  
「真っ暗で何も見えませせんよね。そのまま意識を落としてください。その時、ゆっくりと沈むような感じで、ご…よん…さん――」  
 数字が減るたびに闇が深くなり、まるで宇宙空間を漂っている状態になる。意識はそれに従って底無しの沼に沈むように落ちていった。  
 由夢は手を外し、義之が寝ているのか確認する。  
 完全に寝ていると判断すると、クスクスと今まで見せなかった表情を出す。  
「まだ理想には遠いですが順調に仕上がってますね。強度に洗脳をして単なる奴隷にしては困りますし。あくまでも、意思を持って私だけを愛している兄さんにしないといけませんからね」  
 妖しい瞳で義之を見る。視線は彼だけ注目していた。  
「大好きですよ、兄さん」  
 

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