抱きかかえたその身体は、ついさっきまでの力強さを失っていた。  
「……蒼司くんが」  
「センパイ……っ!」  
 
 
赤く染まった月から目を離し、私はみっちゃんに言う。  
「みっちゃん、あの男の子の件を頼めるかな……」  
こんな状況にも関わらず、私の頭の中は急速ににクリアーになっていく。  
もう時間は無かった。  
「さやか……?」  
「私は蒼司くんを……」  
私は助ける、とも病院に連れて行く、とも言わなかった。  
これだけのもう手遅れなのは目に見えている。こんな辺鄙(へんぴ)な村では近くの病院―どうせ常盤総合病院だろうけど―に運び込まれるまでには保たないだろう。  
あの冷静な蒼司くんの「目」がそれを自覚しているのを読み取ってしまったし、私自身楽観的な期待は捨て去っていた。  
『上代蒼司はまもなく死ぬ』という事実だけが私を突き動かしていた。  
「だから、頼めるかな……?」  
二度言って、私は私の中の魔女をはっきりと自覚した。私はずるい。みっちゃんから、上代蒼司を看取る機会を奪おうとしているのだ。  
蒼司くんの息が、2回か細い風のような音を立てて、みっちゃんが立ち上がった。  
「……うん。  
じゃあ、センパイを任せるね、さやか」  
私の台詞を願ったとおりに解釈してくれたみっちゃんは、明かりの無い村の夜道を走っていった。  
 
私は抱きかかえた蒼司くんに向き直った。誰も入ってこないであろう、二人だけの路地。まもなく私は独りぼっちになる。  
刺されていない左手で彼の青白いほほを撫ぜると、蒼司くんはこっちを見つめ返す。人形のように頼りなく、冷たい。  
「せん……ぱい……」  
蒼司くんが口を動かすたびに、頬を伝った血が私の手を染める。  
「ひどいよ蒼司くん」  
「……?」  
こんな状況でも律儀に怪訝そうな視線で返してくる蒼司くん。  
「あんなに死なない、って約束したのに。私に何も残さないで死んじゃうなんて」  
言って、手についた血をついばむ。  
「言った、でしょう……僕は、死なないって」  
「嘘」  
睨み返して彼の額にキスをする。  
明るいところで見たら綺麗な口紅の痕に見えるかもしれない。  
「はは……参り、ましたよ……。  
どうしたら、許して、もらえますか……」  
「許さない」  
悲しみ以上に、最早私の頭には一つのことしか無かった。  
血でしとどに濡れた彼のズボンを開き、これまた真っ赤に染まっているであろう彼のボクサーパンツから肉棒を引きずり出す。  
「な、何をするんですかせんぱ」  
「……」  
彼の唇は塩味と苦さをないまぜにした味がした。  
口で黙らせながら、左手で彼のペニスをしごく。  
「……っ!」  
蒼司くんがうめき、出血が心なしか激しくなったように見える。  
私は彼の股間に顔をうずめ、軽くキスをした。  
「蒼司くんが何もくれないのなら、奪ってやるの」  
彼のペニスを余すところ無く舐める。そのグロテスクな物体の全てが愛おしい。  
「せん、ぱ……ごめ、んなさ……ぐっ」  
ただでさえ血が流れてるのに、さらに血が頭から移動したことで意識が飛びかけているのかもしれない。  
 
「私、赤ちゃんが欲しい。  
一緒に遠くに遊びに行って、一緒に寝て、一緒に生きるの。  
蒼司くんと出来なかったことを、その子と一緒にするの」  
これ以上無く本心だった。  
私だって、これくらいの幸せ―愛する人との思い出や、その子供との大逆転ハッピーエンドくらい―は望んでもいいと思う。  
 
彼の肉棒が苦しそうに張り詰める。本人が死にかけていても、身体は正直だった。その光景は死体を苗床にしたひまわりを思い起こさせる。  
「……ぁ……っ……!」  
気がつくと蒼司くんが涙をこぼして泣いていた。傷の痛みだけのせいかどうかは分からなかったし、興味が無かった。  
そして、私自身はこの状況にかつて無い興奮を感じていた。このままを絵にしたいとすら思う。血は争えないのかもしれない。  
「ふふ……。蒼司くんも泣くんだ。  
よかった。見れずに終わっちゃったらどうしようと思ってたよ」  
下着をずらし、彼をまたぐ。いつもとは立場が逆転しているけれど、それがかえって新鮮な感じだ。  
とうに濡れたぎっていた私のあそこに彼を導き、腰をおろす。  
膝に小石が食い込んだのを感じた。  
「〜〜っ!」  
「あぁんっ!!」  
苦悶と恍惚。  
蒼司くんの口からどろりと血の塊がこぼれ出る。  
私は快楽を求めて暴れる腰を抑えるのに必死になっていた。  
「いいっ、今までのよりずっといいよ、蒼司くん……」  
つい忘れかけていたが、一応屋外なので声を抑えなきゃならないのがじれったい。  
けれど、死の間際にあってなお、彼のペニスは私の中を縦横にかきまわしていた。  
 
「蒼司くん、舐めて……」  
「……!」  
肩口からはだけさせた胸を強制的に咥えさせる。  
彼が何かを抗議しようとしているが、それが逆に刺激になって心地よかった。  
「はぁ、んっ、あぅっ……」  
「……。……」  
やがて、蒼司くんの首が糸を切ったかのように横を向き、彼の意識が消滅したのを示す。  
彼が、私を殺して絵にする、と言ったのが何ヶ月も前のことに思える。  
今は立場が完全に入れ替わっていた。  
しかし、感慨にふける時間は無かった。  
「そ、そうじくんっ、私、もういくよっ」  
少々無理矢理自身を追い上げる。彼の胸に倒れこむと、小魚が跳ねるような微かな脈が聞こえてくる。  
「い、んっ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」  
私の性器が収縮し、彼の精液が流れ込む。  
やがて彼の肉棒は自然と萎え、私から離れてゆく。  
 
絶頂の余韻に浸る私の頭上を、ふと軽やかな鈴の音が過ぎていったような気がした。  
そして同時に、私の耳にかすかに聞こえていた心音が静かに消えていった……。  
 
『リリン……』  
 
………………  
…………  
……  
 
「美絵も悲しんでいるが、肉親を亡くした彼の妹や、父親も亡くした君はそれ以上だと思う」  
「はい……」  
「まあ、何かあったらまた来なさい。いつでも話は聞こう」  
後日。若林先生とのカウンセリングを終えた私は、席を立って診療室の出口に向かった。  
みんな、父を亡くし恋人を殺『された』私にはよくしてくれる。萌ちゃんも『同じ境遇の』私に心を開いてくれるようになった。  
 
部屋を出る前に、肩越しに話し掛ける。  
「私、妊娠しているんです」  
「まさ、か……」  
先生の驚愕をよそに、お腹の子供に語りかけるように私は言った。  
「そうだったらいいなぁ……って」  
包帯を巻いた右手は、さすがにまだ変化の無いお腹を優しく撫ぜていた。  
 
秋が近づき、涼しくなる季節の変わり目。  
再びめぐり来る夏を、再び二人で向かえる日を願いながら。  
 

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