「全く、ついてないわね・・・・・・」
もう大分日も傾いた放課後。
人気のない道を歩きながらそう呟いたのは、一見すると小学生にも見えるような身長と幼い顔立ちをした少女
だった。
人形のような・・・とは彼女のことを指すのだろう。
白く、肌理細かい肌。軽くウェーブがかって流れる髪。細い手足にゴスロリ調の服装。
まるで見る者にフランス人形を髣髴させるかのように可憐な少女だ。
が、その表情は人形のような外見には不釣合いなほどに険しく、不快気なものだった。
その少女は顔中に苛立ちを滲ませ、つまらなそうに足元の小石を蹴り飛ばすと、一度大きな溜息を吐いた。
彼女の名は雪村杏、初音島にある風見学園に通う学生だった。
杏は今日、同級生である桜内義之とデートの約束をしていた筈だった。
・・・もっとも、デートとはいっても杏が一方的にそう思っているだけである。
当の義之は単に二人で遊びにいく、としか考えてはいない。
要するに、義之は杏の気も狂わんばかりに溢れかえった好意に、全く気が付いていなかったのである。
杏も常々自分の想いは伝えようとはするものの、本人を目の前にするとどうしても勇気が出てこなかった。
周囲には小悪魔的などと言われ、随分と大人びた印象を持たれている彼女ではあるが、本当は人一倍臆病な性
格を持った少女である。
それ故、彼女はできれば義之のほうから告白、あるいは押し倒してくれることを期待していた。
その為にわざと妖艶な少女を演じ、精一杯言動や行動で様々なアプローチをかけていたのだ。
だが実際にはその臆病な性格が災いし、今まで何度か義之といい雰囲気になることはあっても、その度に、「な
んてね、ふふ・・・ちょっと本気にした・・・?」などと冗談に紛らわして逃げてしまっていた。
その結果、義之自身も杏には少なくない好意を抱いてはいるのだが、積極的なアプローチに誘惑されることは
あれ、「これはこいつなりの冗談で言ってるだけで、俺のことは友達としか見ていないだろう・・・」と思ってしま
うわけである。
それでも、杏は焦ることはなかった。彼女は臆病ではあるが、同時に優れた策士でもあったからである。
義之を狙っている少女は多い。
だからこそ、焦って失敗してしまえば元も子もない。
そのため、これまで杏は義之の天秤をこちら側に傾けるために策を張り巡らせていた。
自分の気持ちを伝え、そして100%受け入れてもらえる、決定的な機会を虎視眈々と伺っていたのだった。
「学校での反応も少しずつ変わってきたし、わざと太股を見せたときもちらちら視線を送っていたし・・・・・・そろ
そろ頃合かしら?」
義之が顔をあらぬ方向に向け、必死で目を逸らそうとしていた光景を思い出し、思わず含み笑いする。
義之のことを考えると先程までの不愉快な気持ちが吹き飛び、意図せずとも杏の胸の中が温かい感情で満たさ
れていった。
が、同時にその義之に会えなかったことを思い出し、再びその表情を曇らせる。
「絶対に・・・またあの二人が邪魔したわね・・・・・・」
舌打ちとともに、忌々しげに呟く。
義之とは対照的に、あの姉妹のことを考えると、義之には決して見せられない暗い感情が這い出てくる。
杏の脳裏に浮かぶのはある日の朝の光景。
二人で彼を両側から挟み込み、自分の体を発情期の猫の如くべたべた押し付け、それぞれ抱きつくようにして
登校する姉妹の姿だった。
その時、彼女は義之を見つけ、朝から出会えた幸運に感謝しつつ、何気ない風を装って挨拶を交わした。
そして、その際の姉妹の反応は、今も記憶に焼き付いていた。
一人は、不機嫌さを隠そうともせず彼女を睨みつけると、兄に向って早く校内に行くように急かした。
もう一人は、一瞬虫けらでも見るような冷たい眼をした後、直ぐに全校生徒に見せる人懐こい笑みを貼り付け
馬鹿丁寧に挨拶をしてきた。
杏も自身の不快感を押し殺し、目の前の生徒会長ほどではないが、先輩後輩に浮かべるべき笑顔とともに挨拶
を返す。
そうして作られた朝の穏やかな空気の中で、杏はその時はっきりと理解したのだ。
―――そっか、こいつらは敵なんだ、と。
そして、その日以降起きる様々な出来事・・・・・・
例えば義之とバス停まで一緒に帰る途中にほぼ毎日『偶然』二人と出会うこと。
例えば昼食時には食堂、教室を問わず二人の内どちらかが一緒になること。
例えば義之にかけた筈の電話が何故か留守電にもならず切れてしまうこと。
そんな出来事が続いたことで、その考えは確信へと変わった。
今日の出来事もおそらく彼女らの仕業なのだろう、と杏は推測する。
放課後義之との約束を取り付けた杏だったが、姉妹の妨害を恐れた彼女は待ち合わせの場所と時間を決め、直
接会うことにした。
・・・・・・が、それが裏目に出たようだった。
待ち合わせの時刻を過ぎても義之は現れず、どうしたのかと連絡を入れようとした時だった。
突然電話が入り、受話器から「今日は行けなくなったんだ」と困ったような声が聞こえた。
その声を聞いた瞬間は呆気に取られたが、直ぐに猛烈な怒りが襲ってきた。
ただしいきなりキャンセルをした義之にではなく、そう仕向けた人物に対してだが。
杏は一瞬本気で問い詰めてやろうかとも思ったが、あの優しい義之のことだから断れなかったのだろう、と即
座に思いなおす。
また明日があるのだから・・・と自分に言い聞かすとともに、怒りを抑えつけ快く了承してやる。
「別にいいけどね・・・でも次も浮気をしてすっぽかしたら怒るわよ?」
などと冗談っぽく、けれども本人にとっては至って本気の抗議はしておいたが。
「はぁ・・・・・・義之のバカ・・・」
何度目かの溜息とともに辺りを見渡すと、暫く考え込んでいた為か本格的に暗くなりだしていた。
それを見て、杏が少し急ぎ足で再び歩き出した時だった。
不意に後ろから猛スピードで走ってきた車が彼女の横で急停車したかと思うと、勢いよくドアが開き二人の男
達が飛び出してきた。
薄闇に紛れるような黒尽くめの服装をし、帽子を深く被り顔を目撃されないようにした男たちは、大急ぎで杏
に駆け寄る。
「ちょっ!! 何っ!? 止め、だれ・・・ま・・・むも、ぐ、んん・・・んんんんん!!!!」
「口だ、口塞げ!!」
「おいっ、てめぇ暴れてんじゃねぇよ!!」
「いいから早く車の中に乗せちまえ! 誰かに見られる前にずらかるぞ!!!」
まさに一瞬の出来事だった。
不意打ちに驚いた杏が行動できないうちに、男達は手馴れた様子で杏を捕獲にかかる。
まず飛び出してきた男の一人がその手で杏の口を塞ぎ、残る一人が体を押さえてくる。
子供ほどの体格しかない杏の力では頑強な男の拘束を解くことは出来ず、身動きを封じられる。
と次の瞬間、男が杏の体を物でも扱うかのごとく車内へと投げ入れた。
その後、直ぐに二人が車内に乗り込み、逃げようとする杏を再び押さえつけると、運転席の男に向い合図を送
る。
そして男達が乗り込んだ車は急速度で発進し、猛スピードで夕暮れの町を走り抜けていった。
僅か三十秒ほどの出来事・・・その光景を見ていたものは、誰一人としていなかった。
「やっ、なにっ・・・何するの・・・!!」
埃っぽい、何年も人が立ち入った様子のない古い廃工場の床に杏は蹲るようにして震えている。
いつものように冷静で人を食ったような態度を取る余裕も無く、恐怖に凍りついた表情で男たちを見つめる。
そんな杏の表情や、抵抗する際に押さえつけられたせいでかなり乱れた衣服。そしてそこから覗く、月明かり
が艶かしく照らしあげる杏の白い素肌。
それらが杏の幼い容姿とも相俟って、背徳的な美を醸し出していた。
現に杏を車で連れ去った男たちは、皆一様に舐め回す様な視線で獲物を見つめていた。
「・・・写真で見たときも可愛いと思ったけど、実際に見てみた方がずっといいな」
「だな。ガキすぎるのが玉に傷だけど・・・まぁ挿れりゃ全部同じだな」
「俺は別にロリでも何でも大丈夫だからいいけどな。つるつるの胸でもおいしく味わってやるよ」
口々に好き勝手なことを呟きながら、じりじりと杏を取り囲む包囲網を狭めていく。
「やだ・・・・・・よ、義之、義之・・・・・・たす・・・助けて!! 義之!! 義之ぃぃぃ!!!」
外見は幼くとも、彼女とて歳相応の少女である。
男たちの言葉の意味、そしてこれから自分が何をされるのかがわからないほど子供ではない。
自らに襲い掛かろうとする非情な現実に恐慌状態に陥りながらも、杏は必死でこの場にいない義之に助けを求
める。
そんな杏の様子を愉しむかの如く、男たちはにやにやした笑みを浮かべながらゆっくりと近づいていく。
そして遂に一人が杏の服に手をかけ、力任せに引き裂くと、それを合図にして三人が一斉に襲い掛かった。
「や・・・・・・!! いやああああああああああああ!!!!!」
下着も全て剥ぎ取られ、身に付けているものは上着の切れ端だけという杏。
仰向けに寝かされて、大きく開かされた両足の中心に男が割って入った。
「それじゃ、俺が一番乗りな! って、おら、暴れんなよ!!」
「ひっ!! いや、それは、それだけは・・・・・・!!」
今まさに処女を奪われようとしていた杏は、最後の一線だけは守ろうと必死で抵抗する。
大きく膨張し、屹立したグロテスクな肉棒を突きつけられながらも、懸命に腰を動かし逃げようと試みる。
が、自由のきかない中、その動きは本人の意思とは裏腹に腰を振って誘っているように見えてしまう。
「はははっ・・・・・・そんなに欲しいにならよく味わえよ、ほら!!」
「やっ、わ、私まだ初めてだか―――い、いぎっ、いた、いああああああああああっっ!!!」
哀願する杏の言葉を遮るように、男が無慈悲に自分のモノを突き入れた。
ぶつんっ、という感触とともに、引き千切られるような痛みと、そして大切なものを失ってしまったという喪
失感に襲われる。
「あ・・・よ・・・しゆ、ひぐっ、き・・・・・・義・・・・・・」
「くっ、す、げぇ・・・この締め付け・・・・・・やっぱり処女だったな、こいつ」
「あ〜あ、俺も処女喰いたかったな・・・・・・ったく、さっさと出して終れよな・・・」
「まぁ、そういうなよ。そうそう、ほら、杏ちゃん。処女喪失の瞬間、しっかりと録ってあげてるよ?」
「義ゆ・・・あ、っつう・・・・・い、た・・・・・・」
濡れてもいない秘所に強引に押し入られ、杏は工場内に響き渡るほどの絶叫を上げた。
だが、それ以降はまるで考えることを放棄したかのように、微弱な反応を繰り返すのみだった。
そんな彼女のことを気遣う様子もなく、杏の小さなワレメに無理矢理こじ入れた男は、与えられる予想以上の
快楽に我を忘れて突きまくる。
男が限界までペニスを抜き、次の瞬間には猛烈な勢いで突き入れ、再び抜き、突く。
その度に杏の体がずりずりと上へ押し上げられ、義之の名前を呆然と呟く声が一瞬くぐもった悲鳴に変わる。
一方杏の膣は本人の意思を裏切るかのように、ぎちぎちと男のモノを締め上げ、肉襞を蠕動させ、汚液の放出
を促していく。
そんな光景を目に、他の男たちも我慢できないといった様子で、杏の口でまたは手で先走り液を垂れ流しいき
り立ったペニスを強制的に奉仕させていく。
「っぐ・・・ん・・・・・・むぅ・・・・・・」
思いのままに突き上げられ、膨らみなど殆どない胸を乱暴に捏ねられ、体を無理矢理動かされ刺激させられる。
まるで嵐に翻弄される小船のように三人の中で揉みくちゃにされる杏。
それでも杏は時折漏れる苦悶の声以外は何も発することもなかった。
カメラの無機質な電子音と男たちの荒い呼吸、そして時折聞こえてくる彼らの満足げな笑い声の中で、彼女は
ただ呆然と虚空を見つめていた。
そうしてどれ程陵辱されたのか、杏にとっては既に時間の感覚など無いに等しかったが、終わりは唐突にやっ
てきた。
口の中に咥えさせられたものが一際大きく膨らんだかと思うと、次の瞬間杏の喉奥にドクドクと生暖かい液体
が放出される。
口を男のモノによって塞がれている為に吐き出すこともできず、杏は口の中で粘つくそれを飲み干すほかなか
った。
また、杏の口内を自慰道具にしていた男が射精した丁度その時、杏の手を使い自らのモノを扱きあげていた男
も絶頂に達したらしく、くぅっと声を上げる。
同時に腹の上に温かい感触が広がるとともに、喉の奥で感じた精臭が漂ってきた。
「はぁ・・・っく・・・あ、杏・・・じゃあもうイクからな・・・・・・お前の膣で、出すぞ・・・・・・出すぞぉ!!」
「ぅ・・・・・・ぁ、あぁ・・・あ―――」
これまで以上に乱暴に、そして勢いよくピストン運動を繰り返す男。
そして杏の一番奥まで突き入れ、逃がさないようにぎゅっと杏の体が抱きしめられると、そのまま膣内におぞ
ましい感触が広がっていく。
(ぁ・・・何・・・・・・あ・・・ああ、何だ、そっか・・・・・・精液、出されたんだ)
膣内射精の瞬間、一度だけびくりと体を震わせた杏は、霞がかった思考でうっすらとそんなことを考える。
男は最後の一滴まで杏の膣に注ぎ込むと、ごぼりと音を立てて自らのモノを杏の膣内から引き抜いた。
「ふぅ・・・やばいぐらいに気持ちよかった・・・・・・おい、次の奴犯らないなら俺がもう一回犯るぞ?」
「バカ!! 誰が譲るかよ! 次は俺だ・・・なぁ、杏ちゃん?」
杏はぐったりと床に倒れたまま微動だにしない。
精液を口から涎のようにトロトロ溢し、手や腹に飛び散らせ、男の形にくっきりと穴を開けたワレメから垂れ
流す。
思わず目を背けたくなる、そんな無残としか言いようのない姿で横たわり、抵抗することもなく次なる陵辱を
待つのみだった。
嬉々として次の男が圧し掛かったとき、すっかり輝きを失った瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。
「しかし一体何なんだろうな、あの女は? この女にそんなに恨みでもあったのかよ」
これで何度目になるのだろうか。
既に大量の精液を注がれた杏の膣を突き上げながら、男の一人が思い出したように言った。
同時にそれまで一切反応を見せなかった杏の体がぴくりと震え、何も映していなかった杏の眼に微かにだが意
志の光が戻る。
本能、といってもいいかもしれない。
彼女は反射的に、その言葉だけは聞き逃してはいけないと感じたのだ。
「さぁな。でもま、別になんだっていいんじゃね? 俺らはこんな気持ちの良い穴使えて、それで金までもらえ
るんだから」
「確かにな・・・でもよ、この女のキツキツのマ○コもいいけど、あの女もかなり良い女だと思わねえか?」
「ああ・・・まだ二十歳までいってなさそうなくせに堪んねぇ色気だったな・・・・・・あのガキくさいリボン外しゃも
っといいのに」
「そういや犯した証拠を持ってきたら金を払うっていってたな・・・なぁ、そんときにあいつ喰っちまおうぜ?」
その依頼主を思い出したのか、先程よりも興奮した様子で激しく杏を責め立てる二人。
次々と彼らが挙げていくその人物の特徴は、杏にある一人の人物を連想させていく。
そして、彼らの言葉が重ねられるほどに杏の唇は歪に釣りあがっていった。
「バーカ、どっちも胸なんか殆ど無いただの貧乳だろうが」
「まぁ、それでも最初からあいつも犯るつもりだったんだろ?」
「当たり前じゃねーか!!」
ギャハハハハと一斉に下卑た笑い声を上げる男達。
だが・・・もしもその時に杏の顔を彼らが一目見ていれば、その笑い声は一瞬にして凍りつき、自身の肉棒を即座
を収縮させたに違いない。
会話と与えられる快楽に没頭していたため、その時の男達は気付くことはなかったが、杏の表情はもう先程の
能面のように無表情なものでも、純潔を散らされた女が浮かべる表情でもなかった。
「あぁ・・・う、の・・・んなが・・・・・・ったの」
ポツリと、蚊の泣くような呟きは、しかし男達の荒い呼吸と呻き声にかき消される。
そこにあったのは哀しみでも怒りでも、絶望でもなかった。
それからも延々と杏は犯され、無茶苦茶に突かれ、膣内に汚らわしい精液を再三注ぎ込まれ続けた。
そして―――――それでも尚、杏はただ狂おしげに嗤い続けていた。
「じゃあな。わかってると思うが、誰かに言ったりしたら写真やビデオ、ばら撒かせてもらうからな?」
「そうそう。んなことになったら、学校とかにも行けなくなっちゃうかもよ?」
「あ、それからまた俺達が呼び出すときもあるかもしれねぇから、そんときは宜しくな、杏ちゃん♪」
「今度会うときは依頼主にも会わせてやるよ! まぁ俺達がたっぷり『お仕置き』はしておいてやるよ!!」
行為後、不愉快な笑い声を響かせながら杏にお決まりの脅し文句を繰り返した後、男達は去って行った。
男達がいなくなると杏はゆっくり立ち上がり、顔中に付着していた精液を拭う。
彼女の衣服は引き裂かれ、綺麗だった髪も今では精液によってパリパリに乾いていた。
だが、杏はそれを気にするでもなく、ただ乱暴に打ち捨てられていた荷物を取りに向った。
荷物を取ろうと屈んだ瞬間、処女膜を無理矢理破られた膣から痛みが走り、思わず自分の秘所を両手で押さえ
る。
その途端、ぬるっとした感触とともに、生暖かいものが零れ落ちる。
掌を見れば、そこには体中についているものと同じ精液がたっぷりと付着している。
それを目にし、改めて自分が体の奥までその汚液で満たされてしまったことを実感する。
「義之・・・私、汚れちゃった・・・・・・義之が傍にいて守ってくれなかったから、だから汚れちゃったんだよ・・・・・・?」
言葉だけ聞けば、レイプされた少女が呟いた哀しみの声にも聞こえただろう。
だが、その少女が浮かべていた表情は、犯された女には不釣合いな・・・・・・紛れもない愉悦だった。
やがて杏は携帯電話を手に取ると、発信履歴を呼び出す。
履歴にはただひたすら同じ人物の、そして彼女がもっとも愛する男の名前が延々と連なっていた。
彼の姿を思い出すと、ほんの一瞬逡巡し・・・やがて彼女は決定ボタンを押した。
「だからね・・・義之、もう私の傍から離れたらダメだよ?」
危険な賭け・・・・・・・・・ではなかった。
何故なら、彼女は策士なのだから。
彼女が行動するとき・・・それは、必ず成功すると読みきったときである。
だからこれは、彼の性格、自分への感情、この状況・・・全てを計算してこその行動だった。
「もしもし、義之・・・・・・?」
そしてこの電話が切れる数分後、彼女は自分の読みが正しかったことを確信するのだった。
余談だが、数日後に初音島のとある廃屋にて三人の男たちが変死しているのが発見された。
男たちはその近辺を中心に犯罪を重ねていたグループと判明している。
当初は仲間内のトラブルや怨恨の線も疑われたが、その後直接的な死因は全員心臓麻痺であると断定された。
これにより警察はこれを単なる病死として処理し、しばらくして捜査を打ち切った。
ただし、警察、及び医療関係者の中では一つだけ腑に落ちない点があった。
それは、彼らの死亡推定時刻が寸分違わず同じ・・・つまり三人は同時に心臓に異常をきたしたという事実だった。
この事件に関して、この三人のカルテを書いた医師は後にこう語ったという。
「あれは奇跡か、それとも魔法でも持ち出さない限りは説明できない死に方だった」と。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「雪村さん・・・今日は呼び出したりしてごめんなさい。それと、わざわざありがとうございます」
「・・・・・・りがとうございます」
ある休日の午後、喫茶店の一角には片や穏やかで完璧な微笑みを、片や憮然とした表情を浮かべた二人の少女
が、その目に深い敵意の色を滲ませつつ並んで座っていた。
そんな二人の突き刺すような視線を正面から受けて、それでも雪村杏は怯んだ様子を微塵も見せず、二人と向
かい合う。
その態度にははっきりとした余裕が感じられ、微笑さえ浮かべていた。
「いえ、気にしないで下さい。音姫先輩、それに由夢さんも色々あるのでしょうし。ただ・・・・・・」
言葉とは裏腹に息が詰まるほどに重い重圧を発する二人・・・音姫と由夢を前に、落ち着いた様子で話していた杏。
そして彼女は一瞬口篭った後、
「あまり帰りが遅くなると義之が心配するので・・・・・・なるべく手短にお願しますね?」
さらっと、そんな爆弾を投下した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なっ・・・!!」
その瞬間、びきりと空気が音をたてて凍りついた。
それまで柔和な笑みを浮かべていた音姫の頬がびくっと引き攣り、口の端の震えを誤魔化すように歯を食いし
ばる。
由夢に至っては、最早怒りを隠そうともせず、目の前の杏を殺意さえ込めた眼で睨みつけていた。
それまで作られていた、女学生たちが喫茶店でお茶を楽しんでいる・・・といった雰囲気は完全に払拭されており、
その場が剣呑な空気で満たされていく。
「ええ、そのことなんだけどね・・・・・・やっぱり弟くんは一度帰ってくるべきだと思うの。二人ともまだ学生さん
だし、ずっと雪村さんのお家にお邪魔してるこの状況はよくないと思います。私も弟くんのことは信用してるけ
ど・・・それでも、万一のことがあってもいけないでしょう?」
そんな中あくまでも穏やかに、けれども反論を一切許さないようにきっぱりと音姫が言い放つ。
それは確かに正論だった。
弟の私生活を、そして生徒同士の外泊―――それも数日に渡る無断外泊を知って注意をする。
確かにそれは姉として、生徒会長として当然の行為とも思えた。
・・・・・・彼女の瞳に、由夢をも遥かに凌ぐほどの昏い昏い感情が微かに見え隠れしていなければ。
杏は沈黙したまま、黙って音姫の眼を見据えている。
杏の瞳では憎しみ、恨み、優越感、愉悦・・・・・・様々な感情が混ぜ合わさり、混沌とした色が形成されていた。
だが、そんな彼女に構うことなく、更に音姫は切りつけるように言葉を連ねていく。
「雪村さんのことは弟くんから聞きました。
そのことについては・・・・・・私が何を言っても慰めにしかならないし、そもそも部外者の私が軽々しく口にして
いいものでもないとは思います。
でも今の状況・・・今みたいに学校にも行かずに二人でずっと雪村さんの家にいるこの状況がいいことだとは私
には思えません。
厳しい言い方になるけど、弟くんには弟くんの生活があるの。いつまでも雪村さんの傍でこんな生活を続ける
わけにはいかないのよ?
だから雪村さんも辛いだろうし、犯人のことを思うと憎いでしょうけど、きちんと前を向い―――――」
「いいえ、音姫先輩。私は犯人たちを憎んでなんていませんよ?」
杏が何も言わないのをいいことに、次々と発せられていた言葉・・・それも杏の傷を的確に抉るようなそれが、唐
突に飛び出した杏の言葉に遮られる。
音姫は予想だにしなかった台詞に疑問の声をあげ、彼女らしくもないぽかんとした表情を浮かべる。
そして、訝しがる音姫に杏は僅かに口の端をあげて続ける。
「ええ、そうです。確かに犯人たち・・・そしてその計画を企てた人物は私の大事な物を無理矢理奪っていきました。
でも・・・・・・」
「・・・・・・その代わりに、私もその人たちの一番大切なモノを頂きましたから」
一呼吸おき、言葉の一つ一つを滲みこませるように、はっきりそう告げた。
杏が微笑み、嘲笑を含みながら言い放ったそれは、音姫がそれまで貼り付けていた笑みを完全に消し去る。
「―――貴女、まさか・・・・・・」
普段の彼女らしくもない、擦れた、金属の軋むような声色でそれだけを何とか口にする。
音姫の表情が先程のように再び取り繕われることはなく、睨み殺すかのように鋭い視線を向ける音姫の顔には、
由夢以外の誰も目にしたことのない、見る者に寒気を走らせるほどに空虚な素顔が覗いていた。
「そうそう、音姫先輩。義之はとても優しいですね。本当に・・・・・・私には勿体無いくらい優しい人だと思います。
ねぇ? 音姫先輩もそう思いませんか・・・?」
クスクスと初めて感情のこもった笑みを見せる杏。
まるで幼女のように無邪気なそれは、お前のその表情が見たかった、と音姫に語っているかのようであった。
二人の濃密な殺気の仲、それでも杏は素知らぬ顔で、義之の『優しさ』について言葉を重ねていく。
「男の人たちに犯されて、滅茶苦茶にされた私なのに義之は見捨てなかったんです。
私には両親がいない・・・面倒を見てくれた祖母もいない。それを知ったとき、直ぐに義之は私の所に駆けつけて
くれたんですよ?
義之との待ち合わせの帰りに襲われた、義之に助けて欲しかったって言ったときは、涙を溢してずっとごめん
な、ごめんなって抱きしめてくれました。
一人が怖いといえば一緒の布団でも寝てくれましたし、私が落ち着くまで一緒にいてくれるって約束もしてく
れました。
ふふ・・・ふふふふふ・・・・・・そうそう、お姉さんや妹さんはいいのかって聞いたら、それよりも私のほうが大切な
んですって。
ほら・・・とても、とても優しい男の子ですよね。
汚された私の心も、義之がすっかり綺麗にしてくれたんですよ・・・・・・・・・あぁ、勿論。体もね?」
「―――――――――――――っ!!!!」
それまで拳を振るわせ杏の話を聞いていた由夢だったが、最後の言葉を聞いた瞬間、声にならない叫びを上げ
ながら立ち上がった。
そして素早くテーブルの上のナイフを握り締めると、そのまま向かいの席に座る杏の首目掛けて躊躇うことな
く、全力で振り下ろした。
由夢が非力な少女であるとはいえ、頭上からの渾身の一撃は杏の折れそうなほど細い首筋に喰らいつくには十
分過ぎるほどの勢いを持っていた。
一瞬の後、ナイフは杏の首に深々と突き刺さると、周囲に勢いよく鮮血を撒き散らせた―――――筈だった。
「お、お姉ちゃん・・・!?」
現実にはその一歩手前、杏の首の皮一枚のところでナイフはその鋭利な切っ先を静止させていた。
そして、それを防いでみせたのは、隣で俯いたまま唇をきつく噛み締める彼女の姉だった。
「・・・・・・由夢ちゃん」
信じられないことに、音姫は腕一本で、由夢が全力で振り抜いた腕を掴み取り、そのまま止めてみせたのだ。
その腕には音姫の華奢な外見からは想像出来ないほどの力が込められており、由夢は凶器をそのまま振り下ろ
すことはおろか、掴まれた腕を動かすことさえ出来なかった。
「お姉ちゃん! どうして!? だって、だって兄さんが!! この女・・・この女に兄さんが―――――」
「・・・・・・今は・・・駄目なの」
激情に駆られ、錯乱したように声を荒げる由夢。
それに対して音姫は俯いたまま、氷より冷たく、地の底から響くように低く、擦れきった声でそう諭す。
「こんな場所でそんなことしたら、いくらなんでも庇ってあげられないよ? 由夢ちゃんは弟くんと離れ離れに
なっちゃってもいいの?
・・・お願いだから、もう少しだけ、もう少しだけ我慢してて・・・・・・・・・」
それでも納得できずに、由夢は再度抗議しようとして振り向いた。
そんな彼女の目に飛び込んだのは、表情自体は俯いている為わからないが、体全体から感じられる自分以上に
激しい感情を滲ませている音姫の姿だった。
・・・・・・そして、それでも尚、音姫は体を小刻みに震わせながら込み上げてくる感情を懸命に抑え、ただじっと
耐えていたのだ。
視線を下げれば、自由な方の腕には異常なほどの力が込められ、握り締められたその手からは、爪が突き破っ
た肉からだらだらと血が流れ出していた。
ソファーに血溜まりを作ろうとも一向に構わず、まるでその痛みで何とか理性を保っているかのように、更に
強く力を込める。
そんな姉の姿を目にして、それ以上由夢は何も言えなかった。
黙ってナイフをテーブルに落とし、崩れ落ちるように腰を下ろすと、ただただ杏を涙の浮かんだ瞳で睨み続け
ていた。
音姫の言った通り、ここは休日の喫茶店である。
加えて、先程勢いよく由夢が立ち上がったせいでテーブルから落ちて割れたグラス。由夢の怒鳴り声と発せら
れる剣呑な空気が、店内の客の視線を集め始めていた。
おそらくこの状況で手を出せば・・・ましてや万一のことがあれば、言い逃れはできまい。
杏もそれを理解していたのだろう、一連の騒ぎの中でも微動だにせず、相変わらずの無機質な微笑みを浮かべ
ていた。
「ありがとうございます、音姫先輩。助かりました。でも、由夢さんは今少し興奮してるようですね。どうでし
ょう、お話はまたの機会にしませんか?
あっ、そうそう忘れるところでしたね。義之のことですけど・・・・・・ええ、大丈夫です。私からお二人が帰って
くるように言っていたとちゃんと伝えておきますから」
そう丁寧に口上を述べるとそのまま席を立つ杏。
ギリ・・・・・・という歯軋りの音がどこからともなく聞こえた。
だが、それでも音姫も由夢も何も言おうとはせず、黙って見送る。
由夢は悔し涙で濡れた瞳で、そして音姫は逆に一切の余計な感情を見せず、殺意だけを濃縮させた瞳で、ただ
彼女の姿を目に焼き付けるかのごとくじっと凝視して。
そして杏は出口に向って一歩踏み出した・・・が、その瞬間、何かを思い出したかのように小さく声を上げると再
び振り向いた。
そして、彼女の最高の笑みとともに音姫に呟く。
「―――もっとも、今の私を置いて、義之がそちらに戻るかどうかまではわかりませんが・・・・・・ね?」
その言葉を最後に、杏は今度こそ出口に向って歩き出し、もう振り返ることは無かった。
杏が出て行った後も、音姫は長い間ぴくりともせず、ただじっと固まっていた。
まるで身を襲う激情に耐えるかのように、まるで外敵を確実に排除する為の策を練るかのように。
どれ程の時間が経過したのか、隣に座る由夢が困惑した様子で声を掛けようとしたときだった。
ふと鋭い痛みを掌に感じて、音姫はそれまで固く握り締めていた拳を開いた。
と同時に、どろりと掌から血が零れ落ちる。
それを見てまず思ったのは、この血が丸ごとあの雌狐のものならどれだけ愉快だろうか、ということだった。
薄く微笑みながら流れ落ちていく血液を眺める音姫。
可憐な少女が手を血まみれにしているその光景は、おぞましささえ感じさせるものだった。
・・・・・・けれど、もし誰かが彼女の白い肌を伝う紅を目にしたとすれば、同時に無条件でこう感じるだろう。
あぁ―――なんて美しい、と。