微かにある記憶は朧気なぶん幻想的だった。手を繋いで「俺」の…当時は「僕」の手を引いてくれたのは、惜しみなく愛を捧げてくれた人。  
今なら柔らかいあの手はドキドキするだろうが、あの時、小さかった俺にとっては大きくて、温かい手だった。  
 
結構色んな所に連れ回して、沢山の思い出を作ってくれた。全てを知った今なら解る。あれは、母性の愛だったと。  
 
「義之くん?」  
 
のぞき込んで来たあの目に、不思議な感情を抱いたのはいつからだろう?昔はただ安心する顔が見えた。それだけだった。  
俺が成長しても、あの人は変わらなかった事。  
俺の気持ちさえも成長を始めたのに、あの人は変わらなかった。  
いつからだ?あの流れる金髪から目が離せなくなったのは。太ももが見えるとドキッとしたし、風呂上がりに遭遇した後、部屋で妄想してしまった事もある。  
その内可愛い人だな。って思い始めて、守りたい人だ。って思い始めて…どうしようも無い気持ちになって。  
 
全てを知って後悔した事もある。あの人が紛れもないお母さんだったのを、知ってしまった事だ。  
幾ら血が繋がっていなくても、あの人は俺を産み出している。  
それだけで親子の契りは交わされていると言っても良い。  
禁断の恋と自覚してしまったのは、これ以上ない苦しみになって俺の告白を思いとどまらせた。  
 
だからって耐えろと言うのも無理だ。あの人はいつも俺と同じ屋根の下で暮らしている。  
どうすれば良いのか。  
 
時間は12時を回った頃。俺は、あの人の部屋の前に来ていた。  
 
「さくらさん、入りますよ」  
声を掛けて、ゆっくり扉を開ける。  
部屋の中にいたさくらさんは、窓の外を見ていた。  
俺の声が聞こえただろうし部屋へと入ってきた事にも気づいている筈なのに、  
さくらさんはただずっと窓の外を見続けていた。  
その横顔はどこか儚げで、少し、胸が痛んだ。  
 
――誰の事を考えているのだろう?  
 
不意にそんな事を考えてしまう。  
さくらさんの普段の元気な姿はそこには無くて、今にも消えてしまいそうな程に弱弱しくて。  
そんな表情、雰囲気をさせている男が、憎くて、羨ましかった。  
どこか幻想的なその姿に見惚れていると、不意にさくらさんはこちらへと振り向いた。  
さくらさんは俺の顔を見て、小さく笑みを浮かべる。  
その笑顔に、ドキリとしてしまう。  
目が離せない。離したくない。  
 
「……ねえ、義之くん」  
 
さくらさんは言葉を紡ぐ。  
その声は闇夜の静寂に消えてなくなりそうな程に小さかったけれど、俺の耳にははっきりと届いた。  
 
「――セックスしよっか?」  
「勿論です、さくらさん」  
 
ギシギシアンアン  
 
そして俺達は結婚した。  
 
               終  
 

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