「はぁ・・・今日はまゆきと二人かぁ・・・・・・」
昼休み、いつものようにお弁当を食べる為、私とまゆきは生徒会室にいた。
本当はもう一人いて欲しい人がいるけど・・・残念ながら弟くんが私の横でご飯を食べるのは明日になる。
学校が終るまでたった数時間の我慢とはいえ、隣にいない弟くんを想うと思わず溜息が出てしまう。
別にまゆきのことは嫌いじゃないし、むしろ好きなんだけど・・・それでもLoveとLikeの違いは大きいと思う。
昨日は自分が弟くんと一緒にお昼を食べていたというのに、今頃弟くんと一緒にいるであろう由夢ちゃんに私は少し嫉妬していた。
そんなことを考えていると、ふいに横から視線を感じて顔を上げてみると、
「アンタね・・・残念なのはわかるけど、そこまで露骨に表情に出されると流石に腹が立つんですけど? ごめんね、弟くんじゃなくて?」
いつもの快活な笑顔を保ちつつ、血管をさり気なくヒクヒクさせているまゆきの姿があった。
「えっ、あ、あの、そういう意味じゃなくて、ただ、何となく出ちゃっただけで・・・って、あ、別にまゆきと一緒が嫌なんじゃなくて」
(って、私そんなに顔に出てたかな?)
慌てて訂正しながら、そんなことを考えてしまう。
・・・・・・改めて言われてみれば、確かにそうだったかもしれない。
もともとの性格からか、私は比較的表情を簡単に隠したりできるし、怒っても笑っても心の奥では割と冷静だったりするんだけど・・・
それでも弟くんのことになると、つい我を忘れてしまうことも多々あったから。
しどろもどろになりながらも弁解を試みる私の姿に呆れたのか・・・というより呆れたんだろうけど、まゆきは何も言わずにお弁当の包みを広げ始めた。
「さっきのこと、ごめんね」
「はぁ、もういいよ。いい加減慣れちゃったしね、音姫のブラコンぶりには。そこまでいくと弟狂いって言った方がいいかもしれないけど」
随分失礼なことを言われてる気がしないでもないけど、敢えて何も言わず、その代わりにおかずを口の中に多めに放り込む。
「でもよく音姫もそれだけ弟くんにべったりできるね・・・・・・小さい子供ならともかく、普通姉弟って大きくなるにつれて離れてくもんじゃないの?」
もぐもぐと咀嚼する私に向って、まゆきから呆れ半分感心半分といった調子で声がかけられる。
「んぐ、んぐ・・・そんなことないって。仲の良い姉弟はずっと仲が良いよ」
「本当に?」
「うん。だって意識しなくても暮らしてたら自然とそうなるもの。
普通は同じ家とかに住んでるんだから、学校とかが同じだったら登下校とかも一緒にするでしょ?
後、大体同じ物を食べてるから味の好みとか行き付けの店も似てくるの。だから一緒にご飯を食べるのにはお互い一番良い相手なんだよ。
他にはお風呂とかにも一緒に入るよね、普通は。小さい頃にお互いの裸なんて見てるんだから恥ずかしがることはないし、姉弟なら問題なしだよ。
そうそう、普通のお姉ちゃんは弟と一緒に眠るものなんだよ? ほら、夜更かしとか夜遊びとか心配じゃない。だけどそれなら朝も起こしてあげられて一石三鳥だし。
後は―――――」
「ちょ、ちょっと待った・・・!!」
まゆきが叫ぶようにして言葉を遮る。
「百歩譲って前二つまではまぁあることだとしても、後の二つは絶対に嘘でしょうが!」
「え〜、そんなことないって。全然普通だよ」
・・・・・・まぁ、私の中ではね。
「音姫はさ、弟くん以外の男には興味とかないの?」
「ないよ」
考えるまでもなく、条件反射で答える。
まゆきは呆気に取られた表情を暫く浮かべていたかと思うと、微妙な半笑いで、校内の男子連中が聞いたら卒倒しそうな台詞だね・・・とだけ呟いた。
別に私も別に自分のことを好きでいてくれる人間を嫌ったりはしない。
ただ、嫌ったりはしないけど好きでもないというだけのことだ。
はっきり言って、弟くん以外の男の子にいくら好きだと言われてもしょうがなかった。
私が、好きだよと囁いて欲しい人は、今も昔も弟くんただ一人なんだから。
「何というか・・・・・・音姫から弟くん離れすることは当分なさそうだね」
私は曖昧に笑って誤魔化しておく。当分、というかそんな気は一生ないけど。
「じゃあさ、逆に弟くんが音姫から離れていったらどうする?」
まゆきは諦めず、更に食い下がってそう質問してくる。
今度はそんな『有り得ない』仮定をして。
「弟くんが・・・? あははっ、そんなの絶対にないよ」
「何でよ。ほら、例えば彼女とかができたら考えられるでしょ」
まゆきが何気なく発した言葉で、私の胸にどす黒い感情が一気に溢れかえる。
私はそれがまた表に出てこないよう、苦労して押し殺した。
私と由夢ちゃんは、常日頃から何とか弟くんに近づこうとする泥棒猫を間接的に、あるいは直接的に妨害し、弟くんを守っていた。
学校でも弟くんは一人にしないようにお互い気を配っているし、交友関係も熟知してる。
他にも下駄箱に入っていた紙切れは即座に焼却炉に突っ込んでおいたり、女の子からの電話は拒否したり、生徒会の権限なんかも最大限に利用して情報を入手した。
弟くんの異常なほどの鈍感さを考えればそれほど心配は要らないかもしれないけど・・・それでも寝首をかかれるなんて冗談じゃない。
その甲斐があってかどうかはわからないけど、今のところは弟くんにそういう人がいるという話は聞かない。
ただし・・・・・・・・・あの白河ななかだけは別だった。
初めて彼女を見たときは、同性なのにその美しさに思わず目を奪われたほどだった。
顔の造形が良いというのは勿論だけど、何よりもその生き生きとした活力溢れる表情は、彼女の優れた容姿を更に魅力的に見せていた。
噂通り、確かに付属だけでなく本校の男子生徒まで夢中になっていてもおかしくない女の子だった。
だけど、同時にある意味では安心もしていた。
弟くんの性格を考えれば自分から彼女に接触することもないだろう。
それに、あの女も多くの自分のファンがいるのに、わざわざ一見平凡に見える弟くんにちょっかいを出すことはないだろうと。
そんな自分の考えを改めるきっかけになったのは、ついこの間のことだった。
放課後、私が中庭を通ったとき、偶然そこで会話をしている二人の姿を見つけたときだった。
別に抱き合っていたとかキスをしていたとか、そんなことじゃない(実際にそんな光景を見ていたら自分がどうしていたかはわからないけど)。
ただ単にベンチに座って話をしていただけ。
時々弟くんの手をぎゅっと握るのが腹立たしかったけど、それよりももっと私が気になったのはあの女の目だった。
弟くんの目を厭らしく濡れた瞳で嘗め回すようにして見つめる・・・その目はまるで恋人を見ているかのような瞳で・・・・・・
もう少しだけ言うなら、その目は由夢ちゃんのそれと、そしておそらく私が弟くんを見るときの目とそっくりだったのだ。
(ダメだよ・・・私が弟くんの隣にいてもいいって思える女の子は由夢ちゃんだけなんだから。
それにね、ずっと昔から弟くんの片腕は私が、もう一本の腕は由夢ちゃんが抱きしめてるの。腕だけじゃなくて、髪も、爪も、唾液も・・・・・・全部二人だけのものなんだから。
弟くんの体であなたが触れていい箇所なんてないんだから。
だから・・・・・・
―――――だから、その、薄汚い手を、早く、どけて、くれない、かな?)
そして夕日の射す中庭。私はその女を、はっきり敵として認識した。
「うん、もし弟くんに彼女さんができたら・・・・・・私や由夢ちゃんからも離れたがるかもね」
弟くんがあの女と親しげに手を繋ぐ姿、キスをしている姿、本でしか見たことのないHなことをしてる姿が脳裏をよぎる。
そうして、もしも、弟くんが私たちから離れることを望んだら?
「でしょ? そしたら音姫だっていい加減弟離れしなきゃいけなくなるでしょうが」
「あは、あはは、あは、あはははははははは・・・・・・あははははははははははは
ははは、は、あはっ、あははははははははははははははははははは・・・・・・
あはははははははははははははははははは、あははははははは、あははははははははははははははははは・・・・・・!!!!!」
「・・・お、音姫?」
話の途中だったけど、堪え切れずつい笑ってしまった。
突然狂ったように笑い出した私にまゆきが怪訝な表情を向ける。
「はぁ、あ、は・・・・・・ごめんね、でもまゆきがあんまり面白いこと言うから、つい我慢できなくって」
暫く笑い続け、ようやく笑いが収まった後、呼吸を整えると涙を拭い、軽く謝った。
「面白い、こと?」
「うん。本当に面白かったよ」
だってね、仮に弟くんが離れようとしても・・・・・・・・・
―――――私が、私達が、弟くんを逃がしてあげるわけないでしょう?