気絶している兄さんに手錠をかける。まさか杉並君捕獲用の手錠を、学外で兄さんに使うことになるとは思いもよらなかった。  
   
いつもと違うきちんと整えられた髪に整えられた服装。分かるよ、今日美春にバナナパフェを奢ってあげる約束をしていたもんね。分かるよ、兄さんのことなら何でも分かるよ。  
私は兄さんの考えていることが分かる。今何を考えているか、何を食べたいか、何の夢を見ているか、そして今誰を想っているのかも…  
兄さんが今もまだもういない『美春』のことを想い続けていることも、美春に『美春』の面影を重ねて惹かれ始めていることも…  
   
二度も“美春”に奪われたくない私は、完全に奪われる前に今朝兄さんに告白した。最初から受け入れて貰えると思っていなかったし、断られても何度でも告白するつもりだった。兄さんに私という存在を少しでも意識させるために…  
だけど人生で最初の告白に緊張し過ぎて当初の目的をすっかり忘れてしまい、次はないと思い込んでしまったのだ。本当は告白した後、能力を使って兄さんが私を意識してくれたか確認するだけだったはずなのに。  
 
その後、何故か気絶している兄さんの携帯の電話帳を見たとき、今更ながらに私は思い出したのだ。敵は美春だけではないことに。  
さくらは言うまでもなく、自称兄さんの婚約者の胡ノ宮さん、クマ騒動のときに兄さんが襲おうとした泉さん、時折熱に浮かされた瞳で兄さんを見つめる眞子とと彩珠さんと工藤君、鍋に怪しげな薬品を混ぜる萌先輩。  
そして枯れない桜が枯れて以来、依存症としか思えない行為を繰り返すことりと月城さん。  
10人を超える異性の友人に対して、電話帳に登録されている同性は杉並君と工藤君のわずか2人。しかもその内の一人に好意を寄せられているのだ。同性すら魅了する兄を持つ身からすると笑えば良いのか嘆けば良いのか判らない。  
   
意識の深層でさくらのおばあちゃんと談笑している兄さんを見て溜め息を吐く。兄さんは自覚していないのだ、自分がどれだけの女の子を狂わせたのか。  
   
   
   
ディスプレイに亀裂が入った兄さんの携帯電話。まだ使えるようだけどいつ壊れるか分からない。時計はもう十時前を指していた。  
私はバナナと聞いて三十分前から待ちくたびれているだろう後輩に電話をかけた。  
   
   
   
美春の明らかに落ち込んだ声に、今度グレートジャンボバナナパフェを奢ることを約束するとすぐに元気を取り戻してくれた。それが空元気だとすぐに分かったけれども。  
きっと美春は兄さんとのデートのつもりでおめかしして行ったのだろう。兄さんにはまだそんな意図はないのだけれど。  
美春は知らない、決定的な敗北感を。兄さんと『美春』の関係も、周りから今もその関係が続いていると思われていること、そして今どんなに自分が危ない立ち位置にいるのかさえ……  
   
   
   
   
もう後戻りは出来ないし、するつもりもない。兄さんとの蜜月に浸る為には用意しなければならないものが幾つかある。  
男性用のオムツに予備の手錠とその他の拘束具、避妊具に妊娠検査薬。私は避妊するつもりはないけど選択肢は多い方が良い。あっ、そうだ!2人の記念日として赤飯を炊くのも良いですね。そうと決まれば苺とトマト、トーバンジャンに枝豆追加ですね♪  
   
出掛ける前に兄さんの手錠を確認すると、さくらのおばあちゃんが鈍器とも言える巨大なハリセンを大きく振りかぶっているところだった。  
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「おはようございます、兄さん」  
 

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