――おかしい。
放課後、音楽室で月島と軽く合わせながら、俺は月島の様子が気になっていた。
最近、ふと見ると溜め息をついていることが多い。
桜公園の枯れない桜が枯れてしまってから、月島の様子がおかしくなっていた。
例えば授業中、頻繁に後ろ側の席を見ては、悲しげな表情をする。
雪村や花咲も心配して事情を尋ねていたが、月島もどうして自分が悲しんでいるのか判らないようだった。
「――くん。板橋くん!」
声をかけられて我にかえった。
視線をあげると、月島が少し怒ったような顔をしている。
月島の眉が少し上がって…、やばい。すげぇ可愛い。
「悪い!どこまでやったっけ?」
視線を楽譜へと移す。
すると月島は困ったような顔をした。
「それはいいんだけど…、板橋くん何か悩み事あるの?
真剣な顔をしてたから…」
まさか月島が心配だ!などと月島に言うわけにはいかない。
「――なんでもない。それよりもう一回合わせようぜ」
努めて明るい声でいう。
月島も追及することはなく、その日の部活を終えた。
帰り道、俺は月島のことを考えていた。
最近の月島は正直みてられない。
その姿を見て、俺は一つの考えにたどり着いた。
俺はそれを振り払おうとした。
しかしその考えは俺の中で日に日に大きくなっている。
――月島には誰か好きな人がいるのではないか?
俺にとって最も好ましくない答え。
しかしそれは、月島の姿を見る度に確信へと変わっていった。
そして、月島を見ているうちに俺の中にもう一つの実感が育っていった。
――月島は、自分が誰が好きなのか、分かっていないのではないか。
そして俺にも、月島の想い人に心あたりがある。
桜が枯れてしばらくして感じた違和感。
いるはずの誰かがいない喪失感。
そして、月島は俺以上に強く違和感を感じている。
だから、月島の想い人は、そのいない誰かなのかもしれないと思った。
「くっ…!」
夜、自室で月島の事を考えて、自慰に耽っている。
「月島っ……、月島!!」
自己嫌悪に陥る。だが指は止まらない。月島を汚すのを止められない!!
「――最低だな、俺」
涙が溢れてくる。
わからなくなっていた。
――俺は月島を好きでいていいのか?
今日はもう、眠ることが出来そうになかった。
――翌日、登校し、席に着くと花咲が驚いた顔をして寄ってきた。
「どうしたの?その顔…」
花咲の言わんとしていることは分かる。
今朝鏡を見たら、目元には隈が出来、目は酷く充血していた。
「なんでもねえよ…」
言葉を濁す。
「そんな顔してると小恋ちゃんに――」
「!!」
月島の名前を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がった。
思わず立ち上がってしまう。
「きゃっ!」
花咲が驚いている。
「わりぃ、今日俺サボるわ」
呆気に取られている花咲を残し、俺は今日を後にした。
それからしばらく、俺と月島の関係はギクシャクし、軽音部に顔を出すこともなかった。