「………ふぅ」
ペンを置き、杏は小さく息を吐いた。
「ん?疲れたか?」
「ごめんね、少し」
「悪い。ちょっと飛ばしすぎたな。
区切りがいいからここで休憩にしようか」
「うん。ありがと」
隣に座っている杏は、仔猫のように身体をすり寄せてきた。
ここは雪村家の杏の自室なので、音姉たちの目を気にする必要はなかった。
本校に上がってからの俺達は、よくこんな風に勉強会を開いていた。
あの枯れない桜が枯れたことにより、杏はあの驚異的な記憶力を失ってしまった。
本人が言ってたように日常生活には問題がなかったが、こと勉強になると話は別だった。
前期の中間試験では赤点を3つほど取ってしまい、補講補講の連続で二人でいられる時間が大幅に減ってしまったのである。
俺も一緒に赤点を取っていればよかったのだが、こういう時に限ってぎりぎりで通ってしまうのだからついてない。
その時ばかりは渉を少しうらやましく感じたものである(ちなみに渉本人にそう言ったらもの凄く拗ねてた)。
そんな事情でちょっぴり凹んでいた俺を見かねて、音姉がアドバイスをしてくれたのである。
「弟君が雪村さんの勉強を見てあげればいいんじゃない?」
まず授業をしっかりと聞いて、分からないところは音姉や小恋に頼み込んでみっちりと教えてもらう。
そうして覚えたことを杏に教えるわけである。
二人きりになれるし、二人とも成績が上がる。赤点がなくなれば二人で過ごせる時間が増える。一石三鳥という奴だ。
ちなみに、今まで中の下程度だった俺の成績が、現在では上の下程だったりする。
愛の力って素晴らしいな、うん。
「ねえ、義之」
「うん?」
「だっこして欲しいな」
「ああ、おいで」
「うん………」
膝の上に収まる杏の身体。
「重くない?」
「全然、むしろ軽すぎるくらいだよ」
「そう?
………ふふっ、やっぱりたまりませんな、これは」
「杏だけの特等席だよ」
頬を俺の胸に擦りつけながら、杏は嬉しそうに瞳を閉じた。
彼女の前髪をそっとかき上げて、額に軽く口づける。
「秘密の個人授業、っていうのは萌える?」
「生徒が杏だったらな」
額の次は頬に、そして唇に。
「っ………。
勉強以外のことも、たくさん教えてくれそうね………」
「奥が深いからな、これも。
覚えきれるかな?」
「義之のためなら、どんなに時間がかかっても覚えてみせるわ」
俺はそのまま唇を離さずに、首筋をなぞるような形で滑らせる。
「ふ、んっ……。
エッチしながら勉強したら、覚えやすくなるかな?」
「それはどうかな………?」
それだけに気を取られて勉強になりそうにないと思うぞ、きっと。
「身体のつながりも大切よ?」
「いや、俺個人としては嬉しいんだが、さすがにな」
苦笑する俺の頬に、杏がそっとキスをする。
「だめ?」
上目遣いで甘えた声を出すのは反則だと思う。
「………エッチは深夜学習の時に、ってことでいいだろ?」
「あら、焦らしプレイ?
義之もなかなかやるわね……」
「嫌か?」
「ううん。言ったでしょ?
私はもう、全部義之のものなんだから。
だから、義之の好きにして………」
互いの唇が触れ合い、杏の舌が入り込んでくる。
それに応えるように舌を絡め、唇を吸い、混ざり合った唾液を飲み下す。
自制出来なくなる寸前に唇を離し、唾液で出来た橋を親指で拭いさる。
名残惜しげな視線を向ける杏の頭を撫でて、彼女を抱く腕に少しだけ力を込めた。
「エッチしながらってのは無理だけど、このまま膝に乗せたまま、ってのはどうだ?」
「うん、そうして。
その方がたくさん覚えられそう」
「了解。
それじゃ始めようか」
「うん。次の試験、絶対頑張るからね」
「ああ」
「そうしたら、冬休みは温泉に行きましょう」
「スキーみたいに皆でか?」
「ううん、私と義之、二人きりで。
頑張った自分にご褒美、ってことで」
「協力した俺へのご褒美は?」
「もちろんあるわよ。
旅行の間、ずっと私を好きにしていい権利、っていうのはどう?」
「この上なく素晴らしいご褒美だな」
「でしょ?」
「今から楽しみだな」
「ふふっ、一緒に行けるように、しっかり勉強教えてね、義之」