穏やかな学園の、人気のない校庭の一角。
「ごめんなさい……」もう何度となく繰り返した言葉。彼女自身が最も嫌っ
ている拒絶の単語を、今日も彼女は口にする「……私、個人的に付き合うとか
っていうの苦手だし、出来れば良いお友達で居て欲しいなって……」
深々と頭を下げられてしまっては、もうそれしつこく以上食い下がることも
出来ない。消沈と、悔恨と、行き場のない苛立ちを持て余すかのように足下の
小石に当たり散らし、見せつけるかのような大股で去ってゆく学ランの背中を
悲しそうに見送る学園のアイドル。
「って落ち込んでても仕方ないよね。ファイトファイトっ!」
そう自分に言い聞かせ小さなガッツポーズで気合いを入れ直し、ななかは校
舎の中に足早に戻ってゆく。
『ねぇ聞いた? B組の中西君、振られたんだって。』
『えーっ! うそっ! 誰に? 何時っ!?』
『それはちょっと………ねぇ?』
『あ……あー! 『また』なんだ。』
『そうそう。『また』だよ。』
『良いよねー。人気者は余裕があってさー。』
『だよねぇ? 私にも教えてくれないかなぁ。男子の次々誘惑して骨抜きに
しちゃう秘訣。』
『私はいらないかなぁ。それって、なーんかお尻が軽いって言うか相手を馬
鹿にしてるみたいじゃない? そんな女だけには、なりたくないかなー?』
『それもそうだね、うふふっ。』
『でしょー? ふふふふっ。』
階段ですれ違いざまに聞こえてくる会話。
『やっぱり女は顔なのかしらね。だって何もしなくたって男の子の方から寄
ってきてくれるし。』
『そんでさ、ちょぉっとベタベタする触らせてあげるだけで喜んで、なんで
もしてくれるんだもんね。』
『やだぁ。それってアイドルっていうよりも……女王様? やっぱ貢がせた
りしてるのかな?』
『そりゃそうなんじゃない? だって、他に理由なんてないでしょ。』
『その上、搾り取るだけ搾り取ったらポイッ、ってしても恨まれたりはしな
んだよね。ほんと、羨ましいなぁ?』
教室の中でのヒソヒソ話。
「あ……」そして、自分の席に辿り着いた彼女は愕然とする「……あれ?」
「どうしたの? し・ら・か・わ・さん?」
「何か困ったことでもあったのぉ?」
だが今は、グッと唇を噛んで耐えるしかない。ただただ堪えて、周囲の感
情を真摯に受け止めなければならないからだ。
「う……ううん。なんでもないよ。なんでも……」
「そう? そう言えば、随分と慌てて何処に行ってたのかな?」
「え? えっと、あの……ちょっと……」
「ふぅん?」
「まぁ、何処でも良いんじゃない? 同じクラスのお友達よりも大切な用事
が沢山あるんでしょうしね。人気者は大変よねぇ?」
「そ、そんなんじゃないけど……」
「じゃあ、もうちょっと落ち着いた方が良いとは思わない? でないと忘れ
物とか、大事な物が無くなったりしちゃうかも知れないでしょ?」
「うん、そう……だよね……」
「もっとも、白河さんみたいにお利口な人なら勉強が出来なくても他の方法
で何でも解決しちゃうし、学校が楽しくてしょうがないよね?」
「そうだよねぇ? 例え何があっても、助けてくれる人がいっぱいいるから
私達なんて必要ないのかもねぇ?」
「え? そ、そんなこと……」
「むしろ、私達ってお邪魔虫? この前も桜……」
「ななかぁ〜〜っ!」
「あ……」
「っ!」
「……小恋……?」
「あーいたいた、ねぇ、ななか?」
まるで湖面を滑る小船の様。穏やかな笑みをたたえた小恋が近づくと、なな
かの周囲を固めて遮っていた女生徒達が細波のように引いてゆく。思わず熱く
なってしまった目頭を拭う、ななか。
「え〜っと、お寝坊な月島はお財布を持ってくるのを忘れちゃって。」周囲
の意味ありげな視線を物ともせず、照れ臭そうな笑顔を絶やさない小恋「突然
で悪いけど、ちょっとだけ貸してくれないかな?」
「あ、えっと………うんっ!」
「じゃあさ、折角だし購買まで一緒に行かない? ジュース代くらいなら持
ってるし、ななかと相談したいことがあるんだよ。」
「そ、それくらいなら私がご馳走してあげるって。実は、私も小恋に頼みた
いことがあるし。」
「え? 良いの?」
そっと手を取ると、そこから小恋の意識が流れ込んでくる。確かに小恋は不
器用なタイプだが、それ以上に慎重な人間である。だから……
「……だから良いんだってば。さ、行こ行こっ!」
「わわっ! ひ、ひっぱらないでよ〜!」
「ほらほら、早く早くぅ〜!!」