それは誰も見るはずのない夢、でも見果てぬ夢。
ずっとずっと想い焦がれていた人との甘い甘い蜜月、そんな夢みたいな日のできごとを夢見ていた。
出会ってから、呼び捨ててもらってからずっと、気になっていた人を思わずにいられなかった。
話、するのが楽しかった。なんの偏見ももたずに素直な心で接してくれるから、大好きだった。
だから最初は、付き合っているあの人のことも好きになれるかなと思って、ずっと見守ってた。見守って、倒れそうになったら支えてあげて、だめになりそうなときにはげましたりして、できるだけ応援してあげようと思った。
でも、そう穏やかにことが進むわけがなくて、心の中を、次第に何かどす黒い感情が埋め尽くしていった。
大好きだから、愛してるから、思うままに、振り向かせたくて、離したくなくて、奪い去りたくて、唇を重ねたくて、体を交わらせたくて……もう、どうすることもできないくらい強く、黒い思いが巻き起こっていた。
本当はしてはいけないことなのに、でも自分だけでは抑えこめなくなっていて、抗って抑えこまないと二人ともだめになってしまうのは、目に見えていた。
でも自分の中だけで、もう処理するなんて限界に等しい。
ごめん、ごめんね。
許して、っていっても、許してくれないことだと思うけど。でも、ごめんね。
私、止められないんだ。
「というふうに俺の心の中を妙な感情が埋めたんだ」
「そうなんですか? だからですね……純一くん、最近眠そうです」
桜公園、と名前のついたそののどかな並木の公園で、芝生に覆われた丘の上に、俺と萌はハイキング気分で夏に近づく梅雨のほんのひと時の晴れ間を楽しんでいた。部活も落ち着いて、夕暮れの時間も6月の今日は遥かに遠い。
「ああ、ここのところ、変な夢ばっかでさ。萌が出るならいいけど、別の女の子が出てくるからもう……萌の啓一くんはいいとしても、俺のはちょっと萌に申し訳ない。萌が夢に出てくるならまだしも」
「気にしないでください、でも……誰なのかわからないんですよね」
「そうだな……」
最近は萌の眠る頻度も減ってきた。でも眠らないでいる時間がなくなったわけではなく、やっぱり朝は苦手みたいでよく通学途中に眠りながら木琴を叩いてる姿を見かける。
午後は午後で、なんか無理に眠気を押さえ込んでいた反動で眠りながら木琴叩いて下校していたり。
でも、いつぞやのときのように、眠りでデートの時間を8時間も遅れるようなことはなくなった。ある意味萌のデート時間の遅刻は当たり前と思ってはいるが、むしろ最近は俺のほうが遅れ気味だ。
今日は遅れたほうが膝枕をさせてもらう、みたいな話をしたので、実際してもらいたい俺はわざと遅れる時間に行ったので、ひどく萌に怒られた。
実際、萌は俺がちゃんと来て膝枕をしてくれると信じてたらしく、やっぱり萌って天然だなと実感する。それが可愛くて、ますます惚れていた。
「あの桜が枯れてから、見なくなったはずの他人の夢、だったんだけどな……」
つぶやきながら、萌の膝の上でうつらうつらする意識に身を任せていく。
「はい……」
何をいいかけれてもらうでもなく、でも何をいわずとも自然と消えるもの。
俺は、ずっと抱えていた寝不足な自分を、萌の膝の上でまぎらわすことにした。
穏やかな風がずっと吹いてる。晴れ渡った日差しの、やや暑い6月の午後は、ゆっくりと過ぎていた。
萌と、方向の違う道のある分かれ道で、唇を重ねて、明日学校で会おうと約束する。
天気が雨っぽくなってきていたから、早めに切り上げようということになった。萌も俺も煮え切らない何かがあったけれど、それはまた明日解消することにする。
萌とトイレでしたのがおとといくらいだったから、まる2日……本当に自慰を忘れてる俺がいる。
ベッドの下に置いてあるあれやこれより、萌のぬくもりや肌の質感のほうがいい。それを考えると、どうもそういうネタを使って紛らわすことができなかった。
でも、カキフライなんかで4日溜めたのに比べれば半分以下くらいしかたっていない時間なのだが、確実に俺自身は黙ってなどいてくれないでいた。
萌は俺に傘を貸してくれた。萌は迎えを出してもらえれば雨が降ってもどうにかなるからと。ぽけぽけなわりに、準備が良すぎるのが萌らしい。ありがたく借りることにした。
ピンク色の、ちょっと男が差すには恥ずかしい柄だが、背に腹は変えれない。すぐに、一滴一滴、地面を雨粒が染めていく。
それがだんだんと勢いと数を増して、雨音を立てるほどの降りになる。
やや急ぎ気味に俺は歩みを進めて、家路についた。
雨の降り始めがちょっと遠い場所だったから、ズボンの裾とかが水しぶきで濡れたくらいで、それ以外に目立った雨の影響はない。
玄関に入って、傘を入り口に立てかけると。
雫の垂れる音、そこにたたずむ影みたいなもの。
いや、影というにはあまりにもはっきりしすぎてる、その人物は。
俺の、最近の夢の住人になっている少女だった。
鍵を開けてその少女を招き入れる。別に知らない仲ではない、むしろ非常に近い仲の間柄だった。
だいぶ前に家に着いていたのか、ほとんど濡れた様子もなかったが、この雨の中、来てもらったのをつき返すのもかわいそうだったから、俺は少しの間だけ彼女を家で世話してやろうと思った。
長く整った赤い髪が、白い帽子に、夏服の白い上着と青いスカートという組み合わせは美しく感じる。
「いきなりごめんね」
そう、家に入れたときに小さくつぶやくように言った、ことり。
もう和菓子を出せなかったから、ことりにはやや申し訳なかったが、遠慮することりの好意に俺が甘える形をとった。
ことりと向き合うように椅子に座る。
ことりはあまり俺の方を見ようとせず、ちらちらとうつむいて視線を泳がせている。
うわさだけなら、ことりは今でもアイドルだった。いや、うわさだけじゃなくてもことりは学園のアイドルらしいカリスマと容姿を持ってる。スタイルも、萌のレベルに比べたら控えめだが、その分ファンが寄り付くんだろうな。
「多くは聞かないけど、一つ聞いていいか?」
「え……なに、かな?」
問い掛けられて、ことりは視線を俺に向け直す。
「最近、よくでくわすよな」
指折り数えるのはかったるいから回数は省略する。
「え? で、出くわすって?」
「別に怒ってるわけじゃないって。偶然にしては妙なくらい確率高いからさ」
「あ、あぁ、うん、そうだよね。……ごめんね、いつも」
俺の冷静さが、その場に似つかわしくないような雰囲気だ。
ことりはたぶん、俺たちの情事のことを頭にめぐらせて照れているんじゃないか、と思うんだが、そういった部分において初々しさが残ってることりは、どこか懐かしかった。
「別に、偶然なら仕方のないことだろ」
「うん……」
「ただ、なんかいつもことりに見られると思うんだけど……やけに気まずいんだ」
「え?」
「ああ、場所がどうこうっていうなら……バカップルだよな、俺たち」
屋上でいたす、トイレでいたす、もし雨に祟られなければ……たぶん公園でいたしていた気がする。
「えっと、うん、でも、仲がいいんだから悪いことじゃないよ」
「それはそうだけど、なんていうか、なんでなんだろう」
ああっ、言葉が見つからないのがめちゃくちゃかったるい。
今のことりを見ているとどうも、調子が狂う。言葉を選んでいる、という感じで、違和感ありまくり。
いつもはもっとずばずば突っ込んでくるような感じで、まるでこちらが意図することがわかるようなくらいよく気がつくのだが。
そんないつも、を考えてたって仕方ないとは思うんだが。
「見せちゃいけない人に見せてしまった、みたいな、そういう罪悪感みたいなのに襲われるんだ」
「そう、なんだ……」
「はっきりいって、音夢に見せたら最悪だな。裏モードがひきつって闇モードがでかねない」
「やみもーど?」
「ああ、俺に甘えたがりの表、表面上いい子ぶりの裏、そして……嫉妬全開で本性そのままの闇」
「うわ……やっぱりそういうのあるんだ」
「やっぱりって?」
「ああ、ううん、なんでもないの、なんでも」
別にそういうつもりでもないんだが、かまをかけたような状態になっていた。
はっきり口に出していないし、音夢が表側をことりに見せたことは記憶としてなかったはずだから、まるで”心を読めている”と仮定しないとつじつまの合わないことばかりだ。
そんなことを突っ込むのは野暮ったいからやめておく。
それに……俺も何か核心に迫ることを聞きそびれている気がする。
「ここ、今ひとりで住んでるんですよね」
ことりが視線を泳がせながらなんとなく話題をそらした。
「まあな、音夢は本土、両親も長いこと出張中だ。いつ戻ってくるやら」
「そうなんですか」
「でも今は、萌が時間あいたら料理作ったり家事したりしてくれるから、いろいろ助かってるんだけどな」
「そっか……恋人同士、本当にうらやましいなぁ」
「ことりだっていい人のひとりやふたりすぐ見つかるよ。ことりくらいかわいいならさ」
「そんなことないよ、私みんなが思うような女の子じゃない……」
ことりが泳がせている視線は、もっぱら床になっていた。
「でも、可能性ではやっぱり、普通よりは高いんじゃないか? ことりに告白されて、OK出さないやつなんかいないよ」
そんなことりを、俺なりに励まそうとつい出た言葉。
「それは……絶対に違うな」
ことりは、真っ向から否定した。自分を卑下したり、謙遜したりするわけじゃない、迷いのない確信に満ちていた。
「そうか?」
でも、素直にことりに好感を持てる男は多いはずと、ことりの確信を、無意識に俺は叩き落していた。
その、俺の一言にことりが、何か溜めていたものを吹き上げさせるかのように、テーブルの下にもぐりこみ、向かい合う俺のすぐ至近距離に体を割り込ませた。
思わず後ろにのめって転びそうになったが、がたんと椅子が後ろにずれて、俺はことりの体を椅子の上から支える格好で、ことりは視線を至近距離に近づけ、手を俺の膝の上につき、体を支えた。
「ちょ……ことり?」
「じゃあ今から私が”朝倉君が好き”っていって、朝倉君はOKしてくれるの?」
いつもの穏やかなことりには考えられないような、怒気を孕んだ真剣な口調で、ことりは俺に問い掛けてきた。
口調は怒っている。でも、今のことりの目は、どこか潤みを帯びていた。
「それは……」
「朝倉君はOKしてくれるよね……今の朝倉君のいうとおりだたら、私朝倉君にOKもらえるから」
「っ、ことり……?」
ことりの視線の距離がさらに近づいてきた。何がどうなったのかを整理するだけの時間は俺にはなく、視線から冷たく湿った感触が唇を覆うのに、そんなに時間はかからなかった。
呼吸を一瞬止めてしまう。
重ねた唇が、小刻みにずれながら、ゆっくりと唇の距離が離される。
そのとき、ことりの目の潤みが、頬にあふれだしてた。
「嘘ついちゃだめだよ、朝倉君。今のキスのときの朝倉君、全然嬉しそうじゃなかった気がする」
「嘘とかって……ことり今のおまえの」
「いいの! 初めてまでって思ったけど、そんなの朝倉君みたいな優しい人に頼むのは酷だもの。だからせめて、ファーストキスの相手くらいは、朝倉君にしたかった」
「それって……」
ことりが、俺の膝につく手を支えに、体をよじって俺の右隣に立ち上がる。
「ううんいいの。朝倉君は萌先輩と一緒が一番お似合いなんですから♪」
止まらない涙が、どれくらいその一言に無理をいってるか、わかる。
あんなにアプローチされたら、いくら鈍感な俺だってわかる。
まさか、ことりみたいなこにまで、好かれていたなんて。
「あー、もう、朝倉君素敵すぎなんです。そんな顔で見られたら諦めつかなくなるじゃないですか」
「そんな顔って、俺、そんな顔してるか?」
「ええ、そんな顔、してますっ」
思わず自分の頬を手で覆った。
その俺の見る先で、ことりはぐるっとテーブルを回り込んで、自分のカバンを手に握った。
まるで足早に、その場所を逃げ出したいようなふうに。
「いいですか、朝倉君、萌先輩泣かせたら、私もそうだけど、朝倉君に萌先輩をゆずったこみんなが許しませんからね」
カバンを持ち上げるなり、びっ、と俺に指をつきつけて、ことりは涙声で俺に……ゆずったこ、という単語を含んだ意味深な発言を残した。
「ゆずったこ、ってなんだよそれ」
「朝倉君……、鈍感すぎ」
「鈍感って、おい」
「もういいです。でも、これから朝倉君はそんな女の子みんなの想いをぶつけられると思います、それだけは確かじゃないでしょうか?」
ことりはあいまいなまま答えなかった。
なんのことなのかさっぱり分からない。分からないことだらけだが、それが今の俺に言い知れぬ不安を思わせているのは、なぜだろう。
「とにかくそういうこと。あ、雨上がったかな。また降る前に帰るよ」
窓から外をうかがうことりにあわせて俺も見てみる。まだ薄暗く雲が晴れる様子はないけれど、傘無しでも問題ないくらい、雨は弱くなっていた。
送ろうかとことりに持ちかけたが、あっさりことりはその誘いを撥ねつけた。惨めな自分を引きずるようで嫌だ、と言って。あっけにとられたまま、ことりの一連の行動を呆然と見送るしかなかった。
唇にことりのキスの感触が残ってる。渇きのない滑らかに湿った感触と、うっすらと残る何かの香水の香り、それが味として残ってる。
あっという間に、何かが駆け抜けていった気がする。それが淡く切ないもので、俺がそのことに対してどこまでも無力であることを思い知らされるかのようで。
改めて俺はソファにもたれ、うなだれるしかなかった。
ことりは改めて思うけれど、学園のアイドルと称されるだけの容姿を持ってる。
俺が、そんなことりに惚れられていた、なんて。しかもあの様子だと相当思いつめていた気がする。それに、ことあるごとに俺たちの濡れ場に出くわす。
つけていた、とも考えられたが、そういう野暮いことをするのかと思えば、どちらとも言えなかった。
ことりの人柄を思えばそんなことするはずない、と否定していいんだろうが。
いい、匂いだった。
まだ頬を撫でるような感覚が残ってる。
さらさらな髪にいつも帯びている香りと感触は、あのキスのときからずっと残っていた。
それにずっと至近距離に詰めてきていたことりの胸元や、スカートから覗かれた太ももや、あの手の感触。
俺は男であることからの不謹慎を呪った。
勢いづいたそれが暴れだそうと悶えている。
鎮めるにも、変な遠慮はまだ続いていて、萌以外の感触で精液を放つのはためらわれた。
さらに今は、ことりのことを考えてのことだから余計に萌を呼んで鎮めてもらうわけにはいかない。それでは萌がことりの当て馬になってしまう。
でも、このままだと俺がどうにかなってしまいそう。
音夢がいないことは幸いだった。義理の妹であるという他人の認識があいつを台無しにしないとも限らない。
気を抜けばまじでレイプしてしまいかねなかった。
気持ちを、抑えろ、俺。
そんなことを気にせず、気楽に、なにか気をまぎらわさないと。
一風呂浴びることにした。
せめてこれを鎮めて、もう一度萌で高めてやれば、いい。
抑えろ。抑えろ。
そう言い聞かせる自分のそれは勢い自体は失っていたが、気持ちだけがいつまでも消化されず残っていて、きっかけさえあれば吹き上げそうになってた。
全身を洗い身を清めて湯船につかる。
適温の心地に身をゆだねて、ぼうっと体を温める。
テスト前のとき、萌と風呂入ったよな。あのあと夕飯の材料買いに行って、そのとき萌が肌にエプロンだけ……つまり裸エプロンとか披露してたな。
あの日俺何回出したんだっけ?
確かあの肌エプで1回、風呂で1回だったか。結局あの日萌はうちに泊まってった。で、寝床で2回だったか。
っ、なんか今日、一回するだけでそれくらいの回数できるんじゃないか?
やばい、俺最近えっちすることしか考えてない気がする。いや、えっちするというよりは、いついつするかとか、どんなシチュがいいかとか、あんま早くイキすぎないようにするには、とか……
ってこれがえっちすることを考えるってことじゃないか。
だめだ、萌に頭下げよう。俺だけじゃどうすることもできなさそう。
風呂上りの格好のまま、結局俺は恥を偲んで萌の家に電話をした。
萌って携帯持っていたんだろうか。あれば番号聞いておいて、なければ今度買いにいくようにするか。
萌に家までこさせるのも気が引けたので、俺は「あの場所」というキーワードで彼女を呼んだ。
彼女は二つ返事で「はい、伺います」と即答した。時間も結構たって7時くらい、暗くてなんとなく雨っぽいから、ちょっとためらうのかと思ったんだが。
あの場所というのは、音夢にもさくらにも知るはずのない、俺と萌の秘密の待ち合わせ場所。
足に踏みしめる砂地は、いつもなら小さな子どもが母親に連れられて遊びにきているであろう遊び場。
「こんばんはぁ」
萌はあまり待ち時間を取ることなく来てくれた。
そう、ここは俺と萌が、啓一の思い出との向き合い方を一緒に考え、心を通じ合わせた場所だ。
どっちかといえば萌の家に近いところだったが、そこまで無茶な広さのない初音島の中、うちから歩いて30分とかからないところにある。
夜に、白いリボンの映える萌先輩がいた。
桜公園のベンチに二人座って、夜の月を眺める。
湿った空気はひんやりとあたりを覆っていたが、着込むほど冷え込んでいるわけでもなくて、こうして体を寄せ合っていればお互いの体温でまったく気にならない。
「あったかいです」
「ああ」
「純一くんから呼んでくれてうれしいです」
「別にたいしたことじゃないよ。それに萌って、家的にこんな時間じゃ……」
「眞子ちゃんが後はやってくれるといってくれました」
夜の7時じゃ食事とかいろいろあったんじゃないか。
あとで眞子になにかお礼をしないとな……いや、もっと前にちゃんとしたお礼しないといけなかったか。
「そうか、じゃあ」
「はい、今日は明日の朝まで大丈夫です」
「……萌、いくらなんでもそれは無理だろ」
「だめですか?」
「いや、だめとかそういう問題じゃなくてだな、家の人とか」
「大丈夫です」
「だからなんで大丈夫なんだよ」
「はて、でも、今日はお泊りするかもしれないと言ってきました」
「……」
水越総合病院の院長の考えがわからない。
娘2人息子1人だから、無茶苦茶しばるってこともないんだろうが、こう何度も男の家に外泊させていいのか? 第一俺、萌のご両親にちゃんとした挨拶してない。
もし俺の推測がそれなら、この親にしてこの娘ありなんだが。
俺は不意打ちに萌にキスしてやった。
「……じゅんいちくん?」
びっくりする様子は見せないけれど、かといって無反応というほどでもない。なんとなく赤らんだ頬がそれを表してる。
「この困ったちゃんが。狼さんはそんな羊をもしゃもしゃ食べちゃうんだぞ」
「もしゃもしゃ……じゃあ今日は純一くんに食べられちゃうんですね」
「ふっ、あんなことやこんなことで萌の腰が立たなくなるまで食べてやるからな」
「はい、よくわかりませんけど、わかりました」
冗談めいたやりとりをしないと、公園で萌を食べてしまいそうだった。
いくら夜だからってまだ人の眠りには遠い時間だった。ここでまたことりに見られたりしたらしゃれに……
「じゃあ、最初のひとくちはここで食べませんか?」
「……」
わかりすぎていた。何もかも萌はわかりすぎていた。
ぽけぽけなのに、こういうことに関してだけ萌はよく俺の1枚上をいく発想をして、俺を手玉にとってくれる。その代わり、行為に至るとあくまで俺の思うままにさせてくれる。
「おい、いくら人が少ないからって、な」
まだ人の気配はある。こんなとこでしていたら、バカップルどころかただの変態だろ。
「せめて俺の家でだ。公園からなら15分くらいでつくんだからな」
と、俺が萌を自分のほうに改めて引っ張り込もうとしたとき、萌が俺の目の前に回りこむと、俺の頭に胸を押し付けるように抱きついてきた。
完全に不意をつかれて、ベンチの上でよろけてしまう。重みで後ろに倒れてしまいそうだった。
萌はその状態でしばらく俺の頭を暖めつづけた。
「純一くん、えっちしたいのに我慢したばつです。最初は公園でしてください」
「別に、そんなつもりじゃ……それにしたいのは萌じゃないのか?」
「いじわるです、私もしたいですけど、純一くんがしたくないときはしたくありません」
「なんだよそれ……」
でも、俺と萌の気持ちとか、体のリズムとかが、まるでフィーリングしてしまっているかのようなときが、時々ある。
たぶん、俺と萌がしたいタイミングって、いつも一緒で、萌は俺よりこらえが効かなくなっている、だけとか。
「ぁ……っ」
萌の尻を撫でてやった。
「そんないじわるな萌だけが恥ずかしいことをしてやる」
「そんな、こと……あ……」
ボリュームのある乳房の間に押し込められていた頭を脱出させて、萌の体を片腕で引き付け、抱き留めた。
急な手に驚きがちの萌をよそに、頬に息を吹きかけ、尻に当てた手を間に滑り込ませるか否かくらいのところで柔らかに撫でさする。
「純一く、ん……はぁぁ……っ」
やさしい刺激に萌の顔が恍惚に染まった。
愛しさばかりが萌を見るたびに心に押し寄せてくる。
あんなに恥ずかしいばかりだった自分の気持ちが、萌を求めて止まらない。
尻に手を当て、乳房をもみくちゃにしてやりながら、萌の唇を吸う。
みるみる俺自身が力を戻して、抱き留める萌の下腹部をつついた。熱っぽいそれへのリアクションより、今の萌は唾液を交わすやり取りに夢中になっていた。
お互いの、口の中をやりとりする唾液は、甘い媚薬のよう。
舌先同士がつつきあい、じゃれあい、絡めあうだけで、効き目が3倍にも5倍にもなる感じだった。
頭の中がぼうっとしてくる。
萌とのキスは熱くて、甘い。
その甘味に、レモンの清々しい酸味が解かされ……酸味?
萌は、またレモンの飴を舐めてきたな。
それが、俺を心から求めているときの萌のシグナルだというのはいつからの決まりになったんだろう。今の萌は、体の情欲以上に心の情愛を求めているんだ。
「萌……んっ、はぁっ、俺、毎日したい、な」
「はぁ……はい、私も、純一君と、毎日したいです」
「えっちだな……お互い」
「純一くんがえっちなんですよ」
「そういうか? 萌がそうしたくせに」
「純一くんのえっちが、私のえっちなんです」
「はぁ」
よくわからないが分かった気がする。
でもそんな献身的な受け皿みたいな萌が、ますます恋しくなる。唇を吸うのが止まらない。舌を絡めあうのが止まらない。
胸のボリュームを味わいたくてたまらない。
萌の夏服のボタンを外した。後ろに数個ボタンのある、ワンピースタイプ。しかもストラップ系なのでずらせば簡単に胸を剥き出しにできる。
案の定、たやすく肩口のぶら下がりを失った服がずれて、豊かな乳房を包むブラが現れる。
肩懸けのないタイプのそれが、うまく萌の乳房を支えているのが不思議に思えるほど、不安定に見えた。
「萌……カップ、いくつだ?」
意地悪だとわかって、聞いた。
「……」
萌の顔の紅潮がためらう彼女の理由をすべて示していた。
でも、その時間はさほどとらなくて。
「Eか、Fです」
と小さく答えた。
無駄な脂肪も、鍛えた筋肉もない彼女は驚くほどほっそりしている分、胸が余計に大きく見えた。
いや、そう簡単に言えたレベルのものじゃないかもしれないが。
「どっちかじゃないの?」
一般論を聞く。
「すこし前まで、はぁ、Eですっぽり、だったんです。でも……」
「でも?」
言葉を止める萌に、次を促すように、ブラを下にずり下ろす。布地にはじかれるように、大きさも形も申し分ない美しい乳房がはだけ、ブラは本来の位置からだいぶずれた腹部で安定した。
「ふぁぁ……今日、F、つけてきました……」
「そうなのか」
最初の頃と、見たところ全然変わらないような気がしていた。ブラがやや大きく見えたくらいしか、わからなかったけれど。
額を合わせながら、両手の指先をかぶせるように乳房をなぞった。五本の指が白くなめらかな肌にどこか摩擦するよう。
「それ、くすぐったい、ですよぉ、ふぁ、はぁぁぁ」
「じゃあ……」
五本指をすぼめてその真ん中に、萌の生の乳首を捉えた。
「っあぁ! はぁ、いきなりは、びっくりしま……はぁぁぁん」
そのまま掌に萌の乳房を収めて、力をこめていく。
掌に余る感触、指の沈み具合、それから、自然と固さを増す掌の中にうずまった萌の乳首。
造形美のように、やや控えめな乳輪とちゃんと自己主張した突起に、そんな萌の乳房にいつもいつも溺れてた。そう、今日も。
「萌って胸弱いんだよな」
「そんな、ふうに……そんなふうに、いつも、おっぱい揉むからですよぉ」
「ん〜?」
萌が、俺が掌にこめる力のままに、言葉を紡ぎだしていた。
「いつも、揉むから、何?」
「ふぁ、ひぁぁ……お、おおきく、なって、るんですっ……」
その一言が、なんだかいたずら心を誘ってくれる。
「萌の胸、揉み心地最高だからさ、いつでも揉みたくなるんだ。こうして結ばれるとき以外でも、つい目がいくし。
その、こうしてえっちするきっかけの半分くらいは、萌の胸に興奮させられたからかもな」
音夢は控えめだし、さくらはそもそも無い。
なんだかんだでどっちかに気があったのかもしれないが、俺は結局、胸のあるほうがいいってことなのか。
胸に当てたままの手を、ぐりぐりと回してみる。
手に感じる柔らかさに軸が出来て、その周りをぐるぐると乳の肉が周回する。
それを、真ん中にまとめて、間にすり合わせてみる。
やや無理にひしゃげさせたせいか、ちょっと萌の表情が歪んだ。
「っあ……い、たいです、そんなにぐりぐりしては、だめですぅっ」
「ごめん」
そんなに強くやったつもりはないんだが、思う以上にデリケートなんだろう。
一言、謝って、手にこめる力を緩めて、無理にひきつらないよう気をつけながら、掌を動かし、力をこめる。
掌に伝わる感覚が、指先を通して伝わる弾力が、いつまででもそうしていたくなるような気持ちのいい柔らかさだった。
「ふぁぁ……はぁ、ん……ぁぁ」
淡くもじわりじわりと高められている声に聞こえた。
指の中で形を変えつづける乳房を堪能する。
時折五本指で乳首をなぎ倒すと。
「ひっ、ぁ……っ、はぁあ、はぁ……っ」
体をしならせて反応する。
弄れば弄るほどに、萌の声が一段階ずつ上向きになっていく。
そうした、やりとりというやりとりにじれてきた萌の唇を吸う。
「んぁ、ん、ちゅ……ふぅぅ……ちゅっ」
唇の間に響く唾液の交わりの音に、交歓する淫らさへの返答の調べ。萌の息遣いを吸い込み、耳に感じ、舌で絡め取ってく。
指の質感をどれほど、自分の満足から更なる劣情にしていっただろうか。思わず、腰が持ち上がって萌先輩の臍の下をつついてしまった。
「はぁ、ぁ……。……純一くん、まだ、だめですよ」
萌が、唇に話し掛けるように、重ね合わせたキスに言葉を預けてくる。やや、ためらったような萌先輩が、俺とすぐ交わりたい気持ちを抑えたことを理解した。
……俺が今すぐに萌に入りたかったから、萌がそれを欲しくなったんだ。
”純一くんのえっちが、私のえっちなんです”、
そう、萌が言った言葉が本当なら。あせりすぎだ俺。まだ胸をちょっといじっただけだというのに。
でも俺のあれは言うことをきかなさそう。あれだけ萌ががんばって堪えたのに、俺のほうが折れてしまいそう。
「ごめん……めちゃくちゃ、入れたくなってた」
そんな自分を叩き潰す思いで、謝罪した。
「でも純一くん……せつないです」
「あのな」
だが。その申し訳なさを、萌はたった数秒でしらけさせてしまった。
ぎんっと、あれだけが萌に反論したように感じた。
どちらも、もっと高まりたいのに、もう終わらせたいという矛盾した感情に押しつぶされかけていた。
どうしたら、いいだろう……
すこしだけ冷静になって、俺は桜公園のどこかに茂みを見つけて、そこに二人でもぐりこむことにした。街灯らしい街灯も、桜を照らすものも公園を照らすものも一切届かない、かなり深い闇に包まれた一帯。そこを、俺たち二人が予約した。
はだけた胸を隠そうともせずに、俺についてこようとする萌先輩の底抜けなボケっぷりをほうっておけず、後ろから胸を隠すように掌を覆わせて、その状態で茂みの中へと踏み入ったのである。
戦々恐々ものだ。
まあ、らしいことすべて、萌への愛しさに変換されてしまうあたり、俺も相当惚けているよな。
その、公園にだけ作られた、愛を交歓するベッドルームで。
「これなら、入れられません」
と、萌がいう言葉は、そのままあてはまってる。今、叢に寝そべっている俺の視線には、萌の大事な部位を包む白い布地が一杯に広がっていたから。
湿り蒸す愛液の暖かみが伝わってきて、鼻を突く甘酸っぱい匂いに、ずっと脳を溶かされてる。意識ははっきりしないのと対照的に、熱をもった俺自身は萌の掌の中にあった。
萌が、俺のいきりたった部分を、俺が萌の濡れぼそった蜜をたたえているであろう部分を、それぞれ間近にしていた。
「それは、そうだよ、な」
でも、ほとんど、入れているのと変わらない。
萌の掌に包まれてる俺がいつ暴発してもおかしくない気がした。俺の頭の中では、すでにこの目の前の部位に、全てうずまってしまっている感じだ。
「ぁぁ……はぁ……」
萌の甘い声が俺の先に吐きかけられて、萌の指が俺の裏側を指でなぞって。
「……っ」
萌の掌の中で、びく、びくと跳ねてた。萌のたどられる指が、裏筋、カリ、鈴口と、つついたり、さすったりしながら。
これでもかというくらい、俺自身に固く血が流れ込んだ。
このまま、萌の指先が、俺をもっと気持ちよくしてくれるのを期待していたから。
「萌、すごくいいよ……もっと、よくしてくれないか?」
俺はそう頼み込んでいた。
「はい。あの……おっぱいでして、いいですか?」
むね、で、する。
萌は、俺の期待を大きく上回る答えを返した。
あのとてつもない質感の胸、掌に張り付いていた乳房の柔らかさの感覚、ずっと、その中にうずまりたい願望がぐるぐる頭の中に渦巻いていて。
「あ、ああ。萌の胸で、していい」
「はい。じゃあお言葉に甘えて」
そう、萌が言うが早いか。圧倒的な双丘の柔らかさの中に、俺自身があっさりと包み込まれてしまった。
熱感らしいものはない。むしろひんやりとしたような感覚。
ただ、俺自身を象るように、萌の乳房が張り付いてきて、えもいわれぬ不思議な心地に俺自身はゆだねられていた。
「うぁぁ……」
「純一君の、とっても熱いです。このまま、こうして……」
「っ、あっ!」
包み込んだ柔らかさが俺自身を軽く圧迫したように感じた。いや、軽くというのはあくまで、蜜内に比べればのことで……俺の敏感な部位をまるごとひきずられるような、痛みを覚えた。
デリケートな部位を傷つけてしまったのではと不安になったのか、萌はその1回だけで、手を止めた。
「あの……痛かったですか?」
「あぁ、ちょっと、な……唾液使えば、滑りよくできるんじゃないか」
「ごめんなさい、じゃあやってみます」
ずっと、白い布地、そこを真一文字に映し出される、萌の濡れた部位。
ぼうっと見つめているだけの俺の先に、何か粘り気のある液が垂らされた。萌が口に溜めた唾液をまぶしてくれているんだろう。
「なぁ、萌」
「はい……」
指で、その真一文字をたどった。
「ひぁあんっ!!」
面白いように、萌の口から嬉声が出る。俺だけ、よくなるなんて萌に申し訳ない気がしてきて、ふと自分の中である提案が浮かんできた。
「萌のここ、俺もいじったり舐めたりしていいよな」
「はぁ……は、はい」
むしろそれを望んでシックスナインの体勢になったはずなんだからな。
「じゃあさ……萌がイク前に俺がイカなかったら、この場所でここ、入れていいか?」
指で、いつもいつも満たしてやってる萌の膣口を突つきながら聞いた。
「ふぁぁ、はぁ、はぁぁ……あ、あ」
「萌……?」
指を、ぐいと萌の蜜内へ布地ごと押し込んでやる。
「っ、ぁ……はい、いい、ですよ。でも今日は、っぁ、おっぱいで、純一くんを、イカせてあげる日、なんです」
「それ聞いて安心だな……入れて欲しいだけじゃないのがわかって、俺も嬉しい」
正直、言いかけてちょっと後悔していた。萌が入れてもらいたくなって手を抜くんじゃないかと思ったから。実際……胸の中、夢心地なんていってられないほど、気持ちいい。
できればこのまま何もせず萌にイカせてもらえたらどんなにいいだろうと思ったが、それではあまりにも、不公平ではないだろうか。
萌にも、たくさん感じて欲しかった。
押し付けがましいだろうか、とは考えなかった。さんざん応酬してきた押し付けがましさの加減で、大丈夫そうだと思えたから。
萌が胸の圧迫をつけて、ぬめりよくなった俺自身を完全に包んで、乳房に擦りつけてくる。
溜まりはじめる俺の快感の渦を感じながら、萌の白い布地をたぐりよせて、大事な部分をその目の前にあらわにした。
ぽた、ぽたと顔に萌の愛液が垂れてくる。
口元ばかりじゃなく、鼻面も、まぶたの上にも。なめとると、口の中をじわっと萌の味が広がってくる。
指を萌の陰唇になぞらせながら、舌を伸ばして萌のクリの根元に差し込んだ。
「ふぁぁ……はぁ、はぅ、はぁ、おっぱいの中、熱いです」
自分自身の先の敏感さが、萌のやわらかさをたくさん感じ取っていた。
胸の中に押し込まれて、びくびくと跳ねる俺自身が抑えこまれて、じわじわ、ぬめりと乳房の感覚に高められてる。
萌だから、萌と恋仲だから、萌の大きさを自分のためだけに使ってもらえてる。それだけで根元と先端が悦に突き通されてしまいそうなくらい感じてた。
舌で負けじと萌のクリの根元を舐めまわす。伝う愛液が時折舌に流れ込んでくる。二本指の腹で萌の陰唇を押さえ圧迫してやると、絞られるように愛液が口に伝ってくる。
舌に、萌の蜜液を何度も味わいながら、丹念に、けして急がずに、萌の秘核を舌でくすぐった。
「はぁぁ、っ、っあ、はぁ、ぁああん……」
口は甘さを吐き出すのに、まったく手を休めないまま、萌は俺自身を乳房の中に扱きあげてく。
それどころか……俺の刺激に堪えるように、逆に激しくなっているような。
ほとんどまだ萌を攻め切れてないのに、もう俺自身が堪えるのに悲鳴をあげているような感じ。気を抜いたら……あっというまに登りつめてしまいそう。
俺は、ちょっとクリの先端を舌ではじいてやった。
「んはぁぁぁっ!!」
萌の膝が落ち着かないようにゆらいだ。腕でがっちり萌の腰を捉えても、止められない。
振り落とされないように捕まって、俺は中指を萌の蜜口にすこしだけ埋めて、さらに舌先で幾度も萌のクリを往復した。
「はぁ、っああ、はぁあ……かんじ、すぎちゃいま、すっ」
「いいよ、いっぱい感じて。萌の、感じてるの、もっと……見たい」
静かに、でもけして穏やかでなく、俺は指を萌の膣内へ埋めていく。
いままで何度も、俺の太いそれを飲み込んでいるはずの部分は、指そのものはあっさりと受け入れてくれるのに。
入っていくにつれて指そのものに萌の中は張り付いて、搾り取るようなきつさで中指を包み込んだ。
指1つでも、全然ゆとりがないように思えた。
「ふぁぁぁ……ゆび、いれちゃ、だ、だめですぅ」
その、指を飲み込んだ萌の尻は、ゆっくりと揺らされていた。
指そのもの、でも、今は指じゃない。ちょっと思いついて、そう決めた。
「萌のなか……すごく気持ちいい。襞に、包み込まれて……はぁぁ」
「っぁあぁ、やぁぁ、これ、はぁ、ゆびですよぉ……はぁぁんっ」
入れたとき、俺はいつも萌の中の感想をいってた。
いつも、萌の中は最高の結びつきを俺たちの間に生み出してくれてて、この上ないくらい高ぶってる俺たちがそれを感じるのは、何にも変えがたい至福だった。
刷り込んだその一言に、まるで萌は俺の男根を入れられている錯覚に陥ったらしい。
「もっと感じたい……動かす、よ……」
萌の攻め手が静かになってきていて。
「やぁぁ、だめ、です、約束、ちがいますぅっ」
「萌、ちゃんと手を動かして……口でしていいからさ」
「ふぁぁ……?」
指摘してうながすと、俺は心もとない擬似の肉茎を、萌の膣に打ち込んだ。
「っあああんっ、はぁ、はぁあ、はむっ、はぁぁ、むはぁぁ」
あわてて口に俺自身を含む萌の口内。
乳房に包まれた先に、舌が這い、歯茎が当たった。
擬似の肉茎と思わせている指を、萌の奥へ、奥へ押し込む。でも、さすがに目の前にした俺自身に、萌にかけた幻の魔法はあっさりと解けてしまって、その分逆に。
「ちゅ、む……はぁぁ、はぁぅ、ちゅ、ちゅぱ……」
胸の間、萌の唇に先を何度も吸いだされてる。
あっというまに返された形成に、今度はこっちがどうにかなりそう。
萌の腰を片腕だけで抱きしめて、指を外さないまま頭を上げて、萌のクリを口一杯に含んだ。
萌の唇が吸う俺自身への刺激が、俺の唇から萌のクリへ流れ。
俺の唇の柔らかさが萌のクリから伝って、萌の唇から俺の先を吸う刺激に流れる。
えんえんと、気持ちよさが循環するうちに、熱っぽい何かが俺と萌の間に回り始める。
「はぁ、はぁ……んっ、れろ、もえ、すごい……」
「はぁぁん、れろ、ちゅ、はぅぅ、じゅんいち、くん、も」
なにもかもがずっとずっとそのままではなく。俺は信じられないほど熱くたぎってるそれに、溢れるほどの精を詰め込んでる。
萌が、舌をいったん離すと、不意に俺のカリのあたりに萌の乳房で唯一固くなった部位が押し当てられ、そのまま乳房の柔らかさに熱い俺自身がうずまった。
そのまま、萌の手が俺の裏筋をなで、さすって……
「はぁ……ぁぁ、あつくて、すごく気持ちいいです」
俺も、すごくいい……萌の、一番敏感な感覚が、まるで、俺の茎にスタンプされたみたいに、その部分がめちゃくちゃ敏感になったみたいで。
カリに、萌の乳首の固さがひっかかる。
「っぁあっ。はぁ、はぁぁん……っ」
萌の声がもっと聞きたくなる。敏感な部分でしてくれる健気さ、今俺たちがしてる勝負を省みないその姿勢がすごくうれしい。
応えてやるにはと、埋め込んでいる指で萌の中をかき回してやる。
「じゅん、じゅんいち、くん、はあぁ、っぁあ」
指にときおり、きゅ、きゅと萌の強い痙攣が伝わってる。どれくらい、高まってるかなんとなくわかる。
幾度も、幾度も寸前で萌もこらえていることを。
でも、それよりも前にもう……俺が限界に等しかった。
「っ、はぁ、もえ、俺……」
「ぁぁぁ、わたし、がまん、できません」
まだ、もうちょっと、そんなせめぎあい。萌はまた俺をその乳房の柔らかさの中に包み込んで、擦る中キスを繰り返してる。
「ぁあ、まだ、じゅんいち、くんが、イク、まで……がまん、しない、と」
「もえ、を、ちゃんと、まんぞくさせるまではぁ……っ、はぁぁ」
お互いの、劣情がずっと絶頂に踏み出すのをためらわせてる。
でも、もう、俺のいうことを聞くほどそこに積み重ねられた快感は甘くなかった。
萌が、乳房をすりつぶすようにして俺をしごきあげる。ときどき、舌だけ俺の先をつつく。
その、最後に与えられる、萌の乳房の擦れる中に我慢できなくなって……
最後の悪あがきに、萌のクリを口で吸い上げたのが、まるで俺の精液を吸い上げられたかのように一気に。
どく、どくっ……びゅく、びゅっ……っ。
俺自身の先から熱い白濁が脈打ってほとばしる。
「はふっ、あ、っぁあああっ、はぁ、ふぁああああんっ」
精液を放つ俺に舌をたどらせる萌の吐息は、俺の精液の拍動にあわせるように、気をやる響きを含んでいた。
同時、だった。
いや、たぶん俺のほうがわずかにだけ、負けた。そんな気が、した。
思えば、ここは人様がいつ通るかもしれない公園。
そんなところで、俺も、萌も、なんの恥じらいもなくただ気持ちよさを求め合っていた。
冷静さが戻ってきた俺とは反対に、ずっと余韻に浸っている萌。指を締め付ける中の動きは、規則的な痙攣を繰り返していた。
指を、ゆっくりと抜いて萌を解放する。
「ん、……っ……」
萌は、その名残にゆるやかにだけ反応を示す。
指にはいっぱいに、さんざん感じた萌の愛液がまみれていた。
目が慣れたせいか、闇、というにはあまりにも明るすぎるように感じる。すね当たりに引っ掛けただけの萌のニーソックスに、俺の頭ははさみこまれていた。
スカートの内側は、萌の蜜がいっぱいに溢れ返っている。
「俺の、負けかな。微妙に、俺のほうが先にイッてた。続きは家まで、持越しでいいよ」
「……」
敗北宣言をした俺に、萌はまったく返事がない。
やたら涼しい空気の流れが、ややしおれた俺自身の裏側を通り抜けてる。
「萌?」
「すー……」
眠っていた。
それだけ、気持ちよかった、と片付けることにすればいいんだろうが、すべての後始末をつけるのが、めちゃくちゃかったるかった。
まだ、早い朝の陽射し。
そんなうっすらとした明かりの中にいる気がした。
どこにでも、ある、朝にだけあるその照り付け。
夏にだけある、日の暑さ。俺は、その暑さに熱さを感じていた。
腕や、足に力をこめようとしても、こめられない。頭を持ち上げるのも、無理かもしれない。でも、視力や聴力、嗅覚は生きていた。
目で見る姿は、色白の、でるところとしまるところをわきまえたこの上ないくらいの造形美。
耳に聞く声は、天使のように穏やかで優しそうな、それでいて無邪気で暖かい声。鼻にかぐわしき香りは、髪から流れ落ちるようなフローラル。
でもそれは、ずっとなじみの深い香り、じゃない。
「っ、あ、あぁ」
「……?」
ぬめるようなものに、なにか下半身を埋め尽くされているよう。俺自身が熱い、なんだか、そうしたくてたまらないことを満たされているように、固く腫れてる。
でもその腫れは、埋められたぬめりの中にきつく圧迫されて、蠢く襞と襞にねぶられてた。
「……っ!」
「じゅんいち、くん……おきたん、だ、っ、はぁ……っ」
「じゅんいちくん?」
でも、目の前にいる少女が、そう俺を呼ぶことはなかったはず。
その、長く伸ばされた赤い髪の少女の口は、けして俺を名前で呼んだりしない。
まだ、そこまで、いや、二度とそこまで深い関係にはならないはずの、人だったから。
「そうですよ、じゅんいちくん」
「……っぁ、ぁ? こと、りか?」
「だめです、他の女の人のこと、考えちゃ、っあ、……っぁぁ、いっ、あ」
そのやり取りに違和感を感じずにはいられないけれど、でも、今の俺はそれを冷静に考え直すゆとりはなかった。
繋がってる。俺の男根が。誰のとかはいうまでもない、騎乗位で、ことりの、蜜内に。
みて、回す。
見慣れた毛布、見慣れた壁、見慣れた天井、間違いなくここは俺の部屋。でも、俺の部屋だけれど、部屋という空間があまりにも、漠然としすぎてる。
多くのことに違和感を、感じずには、いられない。いられない、けれど。
ただ一点、その部分だけ。ことりと、繋がってる部分だけは、リアルで、本物、だった。
「こ、ことりっ!? おい、いくら、なんでも俺で、その……」
「いいん、です、じゅんいち、くんとしたかったんです」
そういって、腰を幾度となく揺さぶられると、否応無しに繋がっている部分が擦れてしまう。
その部分……かなり、長いこと繋がっていたのかもしれない……もう、限界に、ちかい。
ちょっと早めっぽいせいだろうし、いつもと違う、パートナーだからだろう。本当に登りつめそうだった。
「それに……じゅんいち、くんと、せんぱいの、はじめてのときと、同じ繋がり方です」
「っ……ぁ」
そのときの、萌との初めての光景に、ことりの姿が萌にダブる。
扇情的すぎる。ことりは初めての幸せにひたっているはずなのに、今のことりの声は信じられないくらい淫らに聞こえた。
二度、強くことりのなかで俺が跳ねる。
「ぁっ、っく、いきそう、ですか……?」
「ことり、ぬかないと、中に……」
「いいん、ですよ……いっぱい、いっぱいください……」
「っ、まずい、って、そんなこと、したら……っ、あ、ほんとに、イキそう……っ」
ことりの中はどこまでも深く俺を受け入れてくれていて、蜜内が震えるように、俺を、嬲りだした。
すべての我慢を、放棄させるような絶望的な快楽が俺の先を一気に埋め尽くして。
びゅ、く、びゅくっ……どくっ、どくっ。
熱く、ぬめったことりの秘内に、ためらいのない脈動を、その一番奥へ幾度も幾度も放っていた。
鳥のさえずりが聞こえる。
真夏を一歩手前にした、すがすがしい朝の訪れ。
というところなんだろうけれど……今の俺はそれをゆったりと味わっていられるような状況じゃない。
俺が誰と何をしていたのかを口に出すことはすべてためらわれた。間違いなく俺は寝込みをことりに這われて、猛る劣情を本能のままにたたきつけてしまった。
俺も、やはり男なわけで、確かにそういうことを、受け入れてしまえそうな自分が今ココにいることは否定できないのだけれど、かといって今の俺の恋人は萌なわけで、
いつもいつも萌と甘い蜜月を過ごしてきているわけで、ことりが入り込める隙間を作った覚えは、まあことりの気持ちは痛いほどわかっていたけれど、それをあえてふまえてそういうべきであって。
ああなにながんだかもう頭の中がぐしゃぐしゃでよくわからない。
簡単に言えば。
俺は浮気をした。ことりと寝た。繋がって結ばれた。
……俺は最低だ。萌にあわせる顔がない。
「あの……」
悪い、今は一人にしておいて欲しい、というか、ちょっと萌と会わないほうがいいかもしれな……え?
なんだか、今の俺、腰のあたりが動かない。
手をひっかきまわしても、ベッドのマットに無駄に手をすべらせているだけ。足に力を入れても、その不自然な重さをあがいて持ち上げようとしないかぎり動く気配は無い。
それに……。
足に力を入れたとたん、なんだか俺の下半身を吹き抜ける風の流れの涼しさにあわせて、ぐいと何かを押し上げてしまうと同時に、いつも味わってるあの窮屈な柔らかさのある、熱い濡れぼそりを感じてしまった。
「ぁあんっ……そんなふうにつきあげたら、またしたくなっちゃう、じゃないですか」
萌、息が落ち着いている……って、よくよく周りを見回してみる。
ここは、俺の部屋。間違いない。
見慣れた毛布、見慣れた壁、見慣れた天井。しかも、はっきりとした意識でそれを実感として知ることが出来ている。
で、今悩ましい声をあげた人は、俺の愛しい人、だよな。
その完璧なまでにバランスの取れた造形と大きさの双丘、くびれたウエスト、でもその大人っぽいまでの扇情的な魅力とはうらはらの、くまさん柄のパジャマ。
そのボタンは完全にはだけてて、ノーブラの生の乳房がちらちらと乳首を覗かせていて。
それで……下には何もはいてない。
その、何も覆うものの無い大事な部分に。
俺の、力を戻しかけたような戻しかけないような男根がねじ込まれていた。
その結合部は、白く泡っぽいような交わった液が、彼女と俺の間を伝い落ちていた。
先はやけにすっきりとしたような感覚で、まるで今萌といたした直後のような感じ。
「萌……」
「はい」
「今、何してた?」
「えっちしてました」
さらっといってのけた萌の一言で、今俺が見ていた夢の半分くらいの理由は理解することが出来た。
寝言で俺が「ことり」といっていたことに、萌はだいぶ不機嫌になっていた。
夢の中でも萌のことを追っているわけじゃなかったことを、何をして償ってやろうかと考えたのだけれど、萌は「わたしも啓一君のことを許してもらってますから」と、次第に態度を融和していってくれた。
少し、安心したのだけれど、夢見でいつもいつもことりが出てきては体が持たない。萌にまた失礼なことをしかねない。
でも、なんで、夢の中に出てくるのが、萌じゃなかったんだろう。
まさかとかそういうことを考えたくは無いんだけれど。
昨日、家にことりがたずねてきて、それが非日常で、脳裏にこれでもかというくらい焼きついたものであるとするならば。
ほぼ8割は合点が行く話になった。
「純一くん……すー」
「萌、おい……」
「すー……じゅんいち、くん……」
考えをめぐらす俺をよそに。
しかも、なんとなく力を取り戻しかけている俺をまだ中に取り残したまま、萌は俺にしなだれて眠ってしまった。
萌の胸が俺の胸の上で押しつぶされてる。生に触れ合う感覚に、完全に中のそれが戻ってしまった。
まいったなと、時計に目を見やる。
短い針は4と5の間にあった。
無防備にするから、いけないんだからな……と、俺は赦された自慰の助けに、自らをゆだねた。
4、エピローグ
それは、夢。
人に書いて、儚いと読む。
もう終わってしまった楽しい時間。人と人を結びつける残り香は失われた。
後はだれびとも己の力のみですべてに挑まなければいけない。
でも、それでいい。いつまでも桜があってはいけない。
人の願いをかなえればいいわけじゃないのだ。
人が願いをかなえればいいのだ。
誰がそう考えたんだろう。
誰もそう考えなかった。
私も思い浮かばなかった。
彼に後始末を押し付けてしまったのは申し訳ないけれど、あの日、私が最後にお別れをしたとき、枯れた桜を見上げて立ち尽くしている彼女に話し掛けてよかった。
彼女はどこまでも一途で純粋だった。
人がもてはやすほどの高潔を持ち合わせていない、か弱い一人の少女に過ぎなかった。
誰もその本質に気づいてやれなかった。あの彼もその一人だった。
直後にきた彼女は、言葉を選びながら顔色をうかがいながら、私の質問に答えてくれた。
「あなたは、何をお願いにきたの?」って。
もう叶えられないはずの桜は、霧散すべき力を完全に失うことはできなかったから。
その少女が失ってしまったものの代わりに、すべてが完全に失われるほんのわずかな時に等しい真摯な願いを聞き入れた。
「彼の夢の中だけでも、たとえわずかな時間でも恋人として結ばれたい」と言ったから。
多少ねじまげられている願い事でも。
淫らな交わりをえんえんと続けることになっても、彼女はかまわないといった。
私は桜にそのたったひとつの悲しいくらい純粋なわがままを乗せてかなえてやった。
ほんのひとときだけ、半日もつかもたないかくらいの小さな願い事。
切り離して使うことはできるけれど、けして彼を辛い目にあわせてはいけないよと、野暮ったい忠告だけした。
でも彼女はうれしそうに微笑んで、ありがとう、ありがとうと何度もお礼をいってくれた。
私も彼女につられてうれしくなった。
もし幸せにするなら、こんなふうに願い事をかなえればいいのかもしれない。
でももう、時間切れだ。
桜は枯れてしまった。私のよりどころも失われかけている。
彼は、愛した人とうまくやっているだろうか。
彼女は、愛した人とうまくやっていけるだろうか。
あの少女は、悲しい現実を乗り越えていけるのだろうか。
永い眠りにつくいとま、私はそれだけを考えていた……