「「ごちそうさま〜〜」」  
 
純一さんと音夢さんの口から満足そうな声が聞こえ、私はホッと胸をなでおろしました。  
そのテーブルの上に並べられた料理は全て空になり、お二人は今夜の夕食も全て残さず食べてくださいました。  
「おそまつさまでした……」  
嬉しさでついつい笑顔になってしまうのを隠すように、私はお二人に深々とおじぎをしました。  
 
「今日のご飯もとってもおいしかったですよ、頼子さん♪」  
「いや〜ほんとほんと、頼子さんが来てくれてから、ウチの食卓もずいぶん豊かになったよなぁ……昔と違って」  
 
大きくなったお腹をスリスリとさすりながら、純一さんは満腹といった感じでイスにだらんとお座りになりました。  
最後に少し……余計な言葉を付け足しながら。  
 
「……兄さん?それは私に対して……何か嫌味を言ってるんですか?」  
 
笑顔をヒクヒクと引きつらせながら、音夢さんが怒っているような……いや、きっと怒っているのでしょう。  
私の前なので多少は抑えているようですが、純一さんに向かってとても怖い声で話しかけられました。  
この表情になった時の音夢さんには、妙に威圧感があります……とても怖いです、おそろしいです。  
おもわず恐怖で、私の頭の猫耳がピョコンっと立ち上がってしまいました。  
 
「いや…べ、別にそんなわけじゃあ……音夢のあれがまずいとは言ってない……よ?」  
 
ああ、純一さん……そんなことを言ってしまったら逆効果に……。  
 
「ええ、そうですね……どうせ私は!!核爆級の料理下手ですよ!!!………………痛っ……!」  
 
そのコブシが振り上げられた瞬間、音夢さんは小さく悲鳴をあげて、その手を自分の頭の方に向かわせてしまいました。  
急に大声をあげてめまいでも感じたのでしょうか……そのまま痛そうに額を押さえ始めます。  
 
「痛ったたた………ん、んんぅぅ………」  
「?……お、おい音夢?大丈夫か、おい!」  
 
突然の痛みに苦しむ音夢さんを見て、純一さんは急に心配そうな顔をなさいました。  
さっきのかったるそうな表情から一転して、大切な妹……恋人へ向ける表情に変わります。  
 
「ん……だ、だいじょうぶ……ちょっとズキッてしただけだから……心配しないで、兄さん……」  
 
見たかぎり、おそらくそんなに重い頭痛ではないのでしょう。  
優しい声をかけてくる純一さんに、音夢さんもまた心配をかけまいとなんでもないふうにお答えになりました。  
 
「まったく……急にバカみたいな大声出すからだぞ……ほんとおまえは……」  
「う、うん……ごめん……ごめんね」  
 
純一さんは手のひらを優しくその額に付け、彼女に熱がないか確認しながらおっしゃいました。  
さっきまでのケンカムードとはうって変わり、今度は急に甘い雰囲気が私の前で繰り広げられます。  
そう……普段はケンカばかりしているように見えるお二人も、その心の中では深い深い絆で結ばれているのです。  
一緒に暮らしている私には、特にそれが分かります…………おもに深夜に……。  
 
「あ、あの音夢さん……あまり気分がよくないのなら、早くお休みになった方が……後片付けは私がやりますから……」  
「……そうだな、今日はもう寝たほうがいいだろ?……あとは頼子さんに任せてさ」  
「う、うん……じゃあ悪いけど、先に休ませてもらおうかな……すみません、頼子さん……」  
 
少し顔色を悪くされてきた音夢さんは、申し訳なさそうに謝りながらリビングを出て行かれました。  
彼女がそのままトントンと階段を登る音を聞きながら、私はテーブルの上の食器を片付け始めます。  
 
「音夢さん、明日には良くなっているといいですね……?」  
「うん……そうだな……ほんとに」  
 
食器を片付けている最中、私はまだどこか心配そうにしている純一さんをチラチラと覗き見していました。  
愛する人へ向ける……その優しく……穏やかな表情。  
これがもし……もし私に向けられたものだっだら、どんなに幸せでしょう。  
 
しかし、その夢はけっして叶えられることはありません。  
なぜなら彼にはもう愛する女性がいるから。  
……その愛情の形は、決して私には向けられないのです。  
 
それなら……それならいっそのこと……私は彼に……。  
 
「ねぇ……頼子さん……」  
「はい?……なんでしょう、純一さ……」  
 
おもわず自虐的な想像をしてしまった次の瞬間、純一さんは急にその場を立ち上がり、私の両腕をガシっと掴んでこられました。  
 
「ハァハァ……よ、頼子さん……頼子さぁぁぁぁん!」  
「え……きゃ、きゃぁぁぁぁぁ!!!」  
 
ガラガラガラ!ガシャーーーーン!!!  
 
突然、彼は獣のような声をあげて、私の体をむりやりテーブルの上に押し倒してきたんです。  
乗っていた食器はその衝撃で次々と床に落ちていき、いくつものお皿が割れる音が耳に痛いほど入りこんできます。  
 
「い、いやあぁぁぁぁ!!!じゅ、純一さん!何を……!」  
 
悲鳴をあげながら必死に体を動かしますが、純一さんは私の両腕をガッシリと掴んでいるためそれも叶いません。  
上に覆いかぶさっている彼のギラギラと血走った目と、その変質者のような息の乱れが……私にただならぬ恐怖を感じさせます。  
「頼子さん……俺もうガマンできないよ……ヤらせて?ね?ね?」  
「!?……ヤ、ヤらせ……て…?」  
 

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