チラつくそれを、僕はどうしても真実とは思えないでいた。
『まさか……黒?』
信じられない。
「……♪抱きしめて〜今〜だけ、好きぃだって振ゥりして〜……」
今こうして、鼻歌まじりに台所に向かう姿がよく似合う、どちらかといえば清純なイメージがあることりからは、彼女がそんな扇情的な色の下着を好むとは、どうしても思えない。
それにどう考えても、今日のことりのスカートの丈はいつもより幾分か、短いように──普段から短い方だとは思うが、今日はそれが顕著に──感じられる。
「あれ、どうしたんすか?」
「えっ!?」
そんな感じで悶々としていた僕に、いつの間にか台所からこの居間にやってきていたことりが急に声をかけてきた。それがあまりにも突然であったために、思わず僕はのけぞってしまう。
「お茶になんか、変なものでも入ってた?」
「え、いや違うよ。……いや俺最近頭が変みたいでさ。ほら俺期末でも赤点ぎりぎりだったろ……?」
「……?」
「あ、頭が悪いのとは関係ないかハハハ……と、とにかく大したことじゃないんだ。気にしないでくれ」
「……そんなこと無いと思うんだけどなぁ……」
そう呟くとことりは、正面から僕の目を真っ直ぐに見つめてくる。動悸が僕の内を駆けめぐる所為で、僕はその瞳を正視できない。
「……ことり?」
「何か、思い詰めた顔してるよ。何か悩み事?」
「いや、そんなワケじゃあ」
「そう。……私は悩んでるんすけどね」
ことりは少し、拗ねるような表情で言った。だがその大きな眼で、僕を射すくめるのは止めない。
「マジで?……そ、そんなら相談に乗るよ」
「本当? 何とかしてくれちゃったりします? けど……多分二人、同じことを悩んでいると思うなあ………」
「えっ…ど、どういう意味……」
「確かめてみたいな……」
そう言ってことりは身を乗り出して、僕との距離を縮める。
僕が狼狽えているうちに二人の顔と顔との距離は、掌ほどの長さもなくなっている。
その様子は特に普段の彼女のイメージからかけ離れていて、僕は堪えきれない激しい動悸に困惑した。
「ねえ、悩み事を教えて下さいよ……」
改めてことりが問う。しかし僕は答えられない。
そうして二人間近で見つめ合ったまま、数秒とも数十分とも思える無言の時が過ぎた。
そうしていると、火にかけっぱなしの鍋から汁がグラグラ……と勢いよく吹きこぼれ、その勢いにおされた鍋の蓋がカタカタと大声を上げ始める。しかしことりはその様子に気づいても、僕を捕まえる視線を外さなかった。
「ことり、な、鍋が、やっべ……」
「うん」
鍋からはますます勢いよく汁が吹きこぼれ、静かに蒼く燃えていたコンロの火を激しく滾る橙色の炎に変える。しかしことりは、僕をその目で掴んで離さない。
「う、うんじゃねえよ、止めないと」
「悩みが気になってそれどころじゃないっす。早く教えてくれないと止めに行けないよ」
鍋の蓋はカタカタカタカタ……と、鍋から今にも飛び上がりそうな勢いでその身を揺らす。しかしことりは、僕をその目で掴んで離さない。
「だ、だから悩みなんかないってば……」
「ああどうしよう。このまま火事になって二人焼け死んじゃうのかな」
「ああ、もう!!」
いつになく不可解なことりの、その目の束縛から逃れコンロの火を止めるべく、僕は勢いよく立ち上がった。
「待って」
と、ことりは今度は僕の腕を掴んで僕を引き留める。そして自らも立ち上がると、僕の肩にその両手を伸ばした。
「じゃあ、教えてあげましょうか」
「え……え?」
「何で私が、私のイメージに合わない色の下着をしてるか」
その科白に驚き脂汗をかかせる暇すら僕に与えず、そう言うことりの妖しい瞳に、僕は瞬く間に呑み込まれていった────────