3月14日―――  
 
純一は目覚し時計の鳴る音と共に覚醒した。  
サッカーボール型の時計には AM 7:30 と表示されている。  
 
(朝飯食う時間を割けば、後15分はイケる…)  
 
わずかに機能する思考回路で、純一は堕落の道を選択した。  
ガムテープで固定されたサッカーボールにチョップをかまし、  
布団を耳の辺りまでかぶって、再び夢の世界へトリップしようとしていた。   
 
ガチャッ…  
 
しかし彼は知っている。  
自分が15分も惰眠をむさぼる事が不可能なことを。  
その理由となるものは、今まさに彼に向かって近づいてくる足音の主―――   そう…  
 
「緊急回避っ!!」  
 
 ドサッ!  
「あれ?起きてたんですか、兄さん?」  
 愛しのマイシスターだった。  
 
「・・・おかげ様で。」  
 ベッドの上に置かれた『広辞苑』という文字を見ながら頭を掻く。  
 たまに思うが、いつか俺は義妹に殺されるんじゃないだろうか?  
「音夢、今度その広辞苑でドメスティックバイオレンスという言葉を調べてみろ。」  
「え?何でですか?」  
「・・・・・・・」  
 俺の生命に関わるからだ。と言おうとしたが、  
 朝からかったるい事になりそうなのでやめておいた。  
 
「そ、それより兄さん?」  
「ん?」  
 なにやら音夢がもじもじと体をくねらせている。  
 微妙に上目遣いでこちらを見て、何かを言いたそうに口をモゴモゴしていた。  
「なんだ?何かやったのか?怒らないから言ってみろ。」  
「そ、そうじゃないんだけど〜・・・」  
「?」  
「あ・・・あのね・・・朝の日課・・・」  
「ああ、そんなことか。」  
 妙に言い辛そうにしてるから後ろめたい事があるのかと思ったが、別段大した事はない。  
 しかし、音夢が自分から朝の日課を口に出すなんて珍しいな?  
 普段は恥ずかしがって嫌々おでこを差し出すのに。  
「分かった、それじゃ顔出せよ。」  
「うん・・・」  
 いつものように音夢の後頭部に手をかける。  
 もう片方の手で前髪を掻き揚げてやると、音夢はジッと俺の顔を見つめだした。  
 な、なんだろう…?何か音夢さんの瞳から若干「期待」という文字が滲み出ているんだが…  
(気のせい…だよな?)  
 
ゴツンッ!  
 
「痛っ!」  
 そう思うことにした俺は、いつもの要領でおでこに頭突きをかましてやった。  
「うん、別に熱は無いみたいだな。」  
「・・・・・・」  
「ほい、そんじゃ俺は着替えるから、先に飯食べててくれ。」  
「むぅ・・・兄さんのバカ・・・」  
 音夢は小声で何かを呟いた後、しぶしぶといった感じで俺の部屋を出て行った。  
「なんだ?変な奴。」  
 
俺は手早く制服に着替えると、音夢の待っているリビングへ向かった。  
しかしそこで待っていたのは、テーブルの上にポツンと置かれた菓子パン2個とメモ用紙が1枚。  
 
――――――――――――――  
兄さんへ   
 
先に学園へ行って来ます。  
 
         音夢さんより  
 
――――――――――――――  
 
 一言だった。  
「Why?」  
 よく分からんが、どうやら音夢さんはご立腹のようだ。  
「女心は分からんとよく言うが、マジで分からん・・・」  
 
俺の朝はメロンパンをかじりつつ、女という生き物ついて考えながら過ぎていった。  
 
 桜の咲き誇る通学路をダラダラと歩く。  
 最近は少しずつ暖かくなってきたが、3月中旬で桜が満開に咲いてるのは初音島くらいなものだろう。  
 しばらく学生の群れに混じって歩を進めていると、前方に見知った顔がいるのを発見した。  
「よう、美春。」  
「あっ!朝倉先輩、おはようございます!」  
「うむ、相変わらず朝からうるさ・・・元気でよろしい。」  
「むふふふ〜、元気だけが美春の取り柄ですから〜。」  
 バナナを食べ歩きながら、元気だけが取り柄と平然と言う女の子。  
( 元気+バナナ=馬鹿 )   
 という謎の概念が頭に刻まれている純一にとって、やはり女という生き物は理解しがたい存在だった。  
「バナナ・・・美味しいか?」  
「それはもう〜!!これほど美味しい物はないですよ〜。あ、よかったら朝倉先輩も食べますか?」  
「いや、俺はいいや。」  
「そうですか〜?こんなに美味しいのに〜・・・・あっ!ところで朝倉先輩!!」  
 美春はバナナを見て、急に思い出したかのように手を叩いた。  
「なんだ?」  
「ふふふ〜、美春、期待してますからね〜♪」  
「は?」  
「ついにわんこにまで手を出したか、朝倉。」  
 何を?と聞こうとしたとき、突然奴が背後から声をかけてきた。  
「朝から何を訳の分からんこと言ってやがる。」  
「あ、杉並先輩〜、おはようございます〜。」  
「わんこ、お前も大変だな。」  
「大変?ですか?」  
 杉並は美春の頭に手をポンッと乗せると、犬を撫でるように手を動かした。  
「しかし、ああいう話はもっと声を下げてした方がいいと思うぞ。」  
「だから何の事だっつ−の。」  
「いや、さっき『朝倉先輩のバナナ美味しい』という声が聞こえ―――ぐふっ!!」  
 無言で鳩尾に1撃をいれた。  
 なんでそんな偏った聞き方してるんだコイツは…  
「行くぞ、美春。」  
「え?杉並先輩はこのままでいいんですか〜?」  
「大丈夫だ。杉並だからな。」  
「そっか。杉並先輩ですもんね〜。」  
 よく分からない理屈だが美春は納得した。  
 そのまま二人で校門をくぐり、昇降口の前で別れる事になった。  
 
「あの〜朝倉先輩。『朝倉先輩のバナナ』って何ですか?」  
「・・・・・・・」  
 
別れ際にこんな言葉を残して・・・。  
 

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