「がっ・・・はぁ・・」
痛い。
内臓が潰れるような錯覚に囚われる。
息が出来ない。
この世に生まれ出でて十数年、朝倉純一は始めて死の恐怖と対峙した。
「・・・っぐぅ」
「だ、大丈夫純一!?おかしいな・・ちゃんと加減はしたはずなのに・・・・」
一方悶絶する純一に気を使っているのは、純一と同い年の花嫁、水越眞子。
蒼髪に、バランスのとれた肢体。
少々ばかり勝ち気で男勝りなのも、愛嬌か。
今日は二人の結婚式だ。
「ぁー・・地獄を体感したぜぃ・・・・」
「ふ、結婚式当日に喧嘩別れかと思ったがな」
「おまえ、もう帰れよ」
ようやく復活したらしい純一と、彼の親友である杉並は相変わらずのスタンスで。
「眞子がお姉さんになっちゃいましたか・・・」「うにゃ、じゃあ眞子ちゃんをお姉ちゃんって呼ばなきゃダメかなー?」「気にすることないわ。前のままでいいんだから、ずっと眞子でいいよ」
音夢、さくらは眞子との確執があるかと思われたが、当人たちはさほども気にする様子はない。
「ん、もうそろそろ私達も行くね。・・・バカな義兄さんだけど、誰よりも優しくて眞子を想ってくれてるって、覚えててね?」
「分かってる。曲がりなりにも純一は私の旦那なんだから。・・・じゃ、また後でね?」
のろけられましたか、と音夢。
さくらを連れていく彼女も、立派に変わった。
さくらも純一を諦めこそしてないものの、二人を認めてはいる。
なのに、なのに。
「あれ・・私・・・」
眞子は、二人がいなくなった一人きりの部屋で、自分が震えている事に気付いた。
(一人きり・・・)
「んじゃちぃっと眞子のとこに行ってくるわ」
「ふん。結婚式当日に破廉恥なマネはするなよ」「お前じゃないしな」
また後でな、と手を振る親友を見やり、純一は眞子のいる控え室へと向かった。
胸騒ぎがした。
あの別れ際の一撃(眞子にとってはじゃれる程度のものだが)が、彼女の異変を物語っている。
「眞子!?」
「じゅ、純一!」
ほぅ、と眞子は思った。どうして来たのか?
何でここにいるのか?
純一がここに来た意味や、理由を聞こうとして・・・・耐えきれずに、純一に抱きついた。
「眞子?」
眞子がいきなり抱きついてくるなど、純一は今まで見たことがない。
否が応でも何かあったと思ってしまう。
「私・・私。暴力的で意地悪で可愛くなくて我を張ってばっかで、ずーっと純一を困らせてたよね?」
「・・・眞子」
「なのに音夢やさくらちゃんとか、お姉ちゃんまで出し抜いて純一と結婚なんてするんだからね」
眞子は泣いているらしい。
純一の胸に埋めた顔から、じわりじわりと熱い涙がこぼれている。
「私、嫌な女だよ」
「・・・バカかお前?」
耐えきれずに、純一は呆れた声を出した。
「手が早くて意地っ張りで素直じゃなくてでも可愛い。そんなお前を俺が愛してる。それで十分なんだよバカ。他人に気ぃ使ってんじゃねーよ」
呆れた声。
抱きしめる腕に力が入る。
「世界中が敵になっても、俺はお前に『恋』してるから。だから、笑え」「ん、そだね。私ったら何不安がってたんだろ・・・純一はこんなに優しいのにね」
へへ、と眞子は微笑む。抱きしめあう二人。
温もりだけが、二人を包み込み。
わいわいと騒ぐ客達。
見知った顔から、よく知らないお偉いさん達まで、これでもかと言わんばかりの客の中を、新郎新婦がヴァージンロードを歩いてくる。
季節は、夏。
二人を見下ろす空は、限りない蒼白に染まっていた・・・・。