「はぁぁ・・・じゅ・・・純一・・・・・・」  
 放課後の誰もいない学校に喘ぎ声が響く。  
 喘ぎ声の主は男子更衣室でズボンを膝までずらし、右手でパンツの  
上から股間をまさぐり、もう一方の手で"朝倉純一"の体操服のズボンを  
持ちその匂いを嗅いでいた。  
「あうっ!くはぁ!!」  
 彼女にとっては体操服に残る汗臭ささえ、愛しい香りであった。  
「ああああああっ!ふぁあああ!!」  
 自らの指で達した彼女は、しかし同時に虚しさと罪悪感に襲われた。  
 彼女が想いを寄せる朝倉純一には既に恋人がいた。一つ屋根の下に  
住むその恋人は首に鈴のアクセサリーをつけた学内屈指の美少女で  
あった。  
 彼女はその恋人に朝倉純一を巡って負けたわけではない。なぜならば  
彼女は朝倉純一に告白していなかったからである。  
 彼女は朝倉純一に告白することができなかった、いや告白することは  
許される行為ではなかったからである。彼女には朝倉純一に対する想いを  
口にすることも表に出すことも許されなかった。  
 彼女は秘めた想いを出すこともできないまま、愛する男への未練を  
断ち切ることができなかった。むしろ白河ことりのように告白してフラれた  
方がすっぱりと想いを断ち切れたことであろう。  
 彼女の名前は工藤叶、朝倉純一の親友である。  
「また・・・しちゃった・・・・・・」  
 だが彼の前では男装に身を包み、家では厳格な監視がされる彼女に  
とって、想いを形にできるのはこの時間と空間しかなかった。  
 
 誰もいない放課後の学校の、男子更衣室で好きな男の服の匂いを  
嗅ぎながら自慰行為に耽る虚しい行為、工藤叶がこのような変質者的  
行為に走ったきっかけは些細なことであった。  
 それはとある朝のこと、グランドに水を撒いていた用務員が手を  
滑らしてホースを離してしまい、工藤叶はそのホースの先端の方向に  
いたのである。咄嗟のことであったので完全によけることができずに  
ズボンに水がかかってしまった。生徒に水をかけてしまった用務員は  
謝り、タオルで濡れたズボンを拭こうとしたが女であることがバレるのを  
怖れた叶は「大したことない」と言ってその場を立ち去った。  
 幸いにもパンツまでは濡れなかったが、じっとり濡れたズボンは不快で  
あるばかりか、このままではパンツまで濡らしてしまうかもしれなかった。  
しかし、まさかズボンが濡れただけで早退するわけにもいかなかった。  
間の悪いことに前日に体育の授業があったために着替えとなるものは  
全て家に持って帰って洗濯に出していたのである。  
 今日一日、濡れたズボンをはき続けなければならない、そう叶が  
諦めかけたときに救いの手を出したのが純一であった。純一は体育で  
使ったズボンを持って帰っていなかったのである。叶の濡れたズボンを  
見て、着替えがないことを聞いた純一がそのズボンを貸してくれたので  
ある。  
「昨日穿いて洗ってないけど、そんなに汚くないから」  
 男同士だ、気にするな、そのようなことを言っていた気もした。叶は  
純一のズボンをあり難く借りた。  
 だが純一のズボンは彼女、工藤叶に予期せぬ変化を齎した。  
 
 工藤叶の出で立ちはちぐはぐなものとなっていた。  
 上半身は学ランで下半身は体操服の半ズボンというチグハグな服装の  
せいもあったが、それよりも工藤叶のスタイルが取り分け問題であった。  
一番目立つ点は半ズボンから延びる美脚である。すね毛がなく、スラリと  
したその足は女生徒の垂涎の的になるに十分なものであった。  
 工藤家の複雑な事情により男装を強いられている叶は、その事実を  
知らない生徒たちにとって女顔の美少年として扱われていた。顔と足の  
部分だけを写した写真を見せて性別を問えば、おそらく十人中十人が  
"女"と答えるだろう。だが叶の全体の姿はその答えを出させないような  
ものにしていた。それは厚い胸板と股間の膨らみのせいであった。  
 厚い胸板は胸にまいたサラシによるものである。男装ができるという  
ことはさほど大きな胸ではないが、それでも叶のバストは10センチ  
近い身長の差があるとはいえ音夢のそれと同じ大きさである。それだけの  
サイズのものを隠すにはそれなりの細工が必要であり、その結果が  
厚い胸板である。  
 股間の膨らみはいわずと知れた男性自身であるが、女性である叶には  
そんなものは当然存在しない。そのためファウルカップを股間に装着して  
バレないように工夫をしていた。  
 だが、そのような工夫も全体を通してみればかなりチグハグなものとなる。  
上から見ていくと、女顔、女性によくある撫肩、男性のような厚い胸板、  
股間の膨らみ、スラリとした毛のない美脚と幾分変わったスタイルとなっていた。  
 そのような姿で朝の教室に現れた工藤叶はクラス中の注目を集めた。  
特にその美脚は血気盛んな男子生徒の目を集め、幾人の生徒に自分が  
特殊な趣味の持ち主なのではないかと悩ませた。  
 しかし純一の半ズボンは工藤叶自身にも大きな変化を与えていた。それは  
自分の愛する男のモノが触れた部分に布一枚隔てて自分の大事な部分が  
接しているという事実によるものであった。  
 
 朝倉純一のモノが触れた箇所に自分の大事な部分が触れている、それは  
工藤叶をして、あたかも純一のモノが触れているという錯覚を起こさせた。  
男子として隠蔽するために付けたファールカップが臨場感を更に高めていた。  
純一の肌と接したズボン、純一の汗が染み込んだズボン、そして秘所に  
感じる微妙な臨場感、工藤叶は心臓が早鐘のように打つことを抑えることが  
できなかった。  
「(私って・・・こんな、いやらしかったの?)」  
 叶は頬を染め、上気し、意識がボゥッとなっていき、いつしか純一が自分の  
モノを押し付けてくる白昼夢に囚われていった。  
「・・・どう」  
「・・・工藤」  
「工藤!おいっ、工藤!!」  
「はっ、はいっ!!」  
 叶は突然、意識を引き戻された。そこで教師が目の前におり、周りの  
徒たちが自分に視線を注いでいることに気付いた。  
「どうした、工藤?具合でも悪いのか?」  
「い、いえっ。大丈夫です」  
 慌てた叶は急ぎ、立ち上がろうとした。彼女はその時、自分の股間に何か  
ヌルヌルとしたものを感じた。  
「!!!」  
 彼女はそのヌルヌルしたものの正体を悟った、そしてこのまま立つと純一の  
ズボンを汚してしまう。そう判断したが、咄嗟のことゆえに反応できずに彼女は  
自分の椅子に尻餅をついた。  
「おい、大丈夫か?」  
 教師は叶のおでこに手を当てようとした。  
「だっ、大丈夫です!」  
 叶は周りに対して強がってはみたものの言われてもないのに立ち上がろうと  
したことや3時限目なのに机の上の教材が1時限目のものであったことから  
平常ではないと見られた。確かに叶は平常ではなかったが、周りの考えている  
性質のものではなかった。  
 
「おい!誰か工藤を保健室に連れて行ってくれ!!」  
「はい」  
 この日、たまたま保健体育委員が休みであったために代わりに音夢が  
名乗りを上げた。  
「朝倉か・・・う〜ん、もう一人ついていってくれないかな」  
 音夢が叶を保健室に連れて行った後にエスケープするような生徒では  
ないことは教師も分かってはいたが途中で何かあった時に華奢ではあるが  
上背のある叶をどちらかといえば小柄な音夢が支えきれるとも考えにくかった。  
ガタッ  
 立ち上がったのは純一であった。  
「行くぞ、工藤」  
「行くって、どこに?」  
「保健室に決まってんだろ!」  
 純一は叶の手を引いて立たせようとした。だが、この時の叶の状態は  
尋常ではなかった。純一に触れられた叶は口から心臓が飛び出しそうな  
までに衝撃を受け、咄嗟に彼の手を振り切ろうとした。しかし中途半端に  
立ち上がっていたために支えを失った叶の身体はバランスを崩してまた  
椅子に尻餅をついた。  
 
「オイオイ・・・工藤」  
「兄さん!乱暴!!」  
 看護婦志望だけあって音夢は丁寧に叶の身体に手を回して、すんなりと  
立たせた。この時、教師は内心で音夢一人でも大丈夫かなと思った。が、  
純一が上手くできなかった理由が工藤叶自身にあり、そのことを悟った  
ものは幸いにも誰もいなかった。  
「先生・・・大丈夫、本当に大丈夫ですから・・・」  
「大丈夫じゃねぇだろ!!」  
「行こ、工藤くん」  
「いや、大丈夫だから!」  
「工藤、保健室に行け!さもないと授業を受けさせん!!」  
「はい・・・」  
「じゃ、二人とも工藤を頼むぞ」  
「はい」  
「は〜い」  
 叶は二人に連れられ、保健室に向かった。  
 
「腰でも冷えたのか、工藤?」  
「あっ・・・えっ・・・と、よくわかんない」  
「兄さん、原因でも知ってるの?」  
 意味ありげな純一と叶の会話を音夢は理解できず、ために純一は  
かいつまんで事情を説明した。  
「え〜!じゃあ、工藤くんの穿いている体操服のズボンって兄さんのなの!?」  
「声がでかいぞ、音夢。授業中だぞ」  
 廊下に面した教室の中は授業中であり、そのことを注意された音夢は慌てて  
声のトーンを落とした。  
「でも、兄さん。昨日の体育の後で持って帰ってないでしょ!」  
「まぁ、そうなるな」  
「そんな汚れているのを、他人に貸すなんて!!」  
「明日も体育があるんだ、いちいち持って帰られるか!!」  
「あっ、朝倉には感謝してる。貸してくれなかったら今日一日濡れたズボンで  
 過ごさないといけなかったし」  
 叶は痴話げんかの発展しそうな純一と音夢の喧嘩に割って入った。  
「で、でも・・・」  
「工藤がいいって言ってるんだから、お前が気にしてどうする!」  
「んっ・・・」  
「男はこういうことは気にしないって!なっ、工藤!!」  
「あ・・・ああ」  
「OK!これはこれで解決!!」  
 そう言うと純一は叶の尻を大きく叩いた。叩かれた叶は女の子の声を  
出しそうになったが、何とか飲み込むことができた。しかし純一が尻を  
叩いたことで怒ったのは叩かれた叶本人ではなく、何となく言いくるめられ  
釈然としない音夢だった。  
 
「・・・兄さん、先に保健室に行っといて」  
「なんで?」  
「これから工藤くんが行くから・・・そのことを保健の先生に」  
「一緒に行けばいいだろうが」  
「いいから、行って!」  
 ここで音夢の虫の居所が悪いことに気付いた純一は一人、保健室に  
先行した。後に残った音夢は叶に対して話し掛けた。  
「ごめんね、工藤くん」  
「えっ・・・気にしないで。朝倉には本当に感謝してるから」  
「保健室についたら先生に言って、何とかするから」  
「いや、平気だよ。本当に気にしないで」  
「でも、汗とかついているだろうし・・・気持ち悪くない?」  
「大丈夫!朝倉さんだって朝倉のYシャツをパジャマにしてるだろ?」  
「あっ・・・えっ!?な、なんで!!」  
「この間話していたのを。聞くつもりはなかったんだけど」  
「あっ・・・え、え〜と・・・ほっ、ほら!家計の節約よ!!使えるものは  
 使っていかないと!!・・・というかセクハラよ、工藤くん!!」  
「あはは、ごめんごめん」  
 家計の節約なんて理由はウソであることを叶は理解していた。音夢が  
純一のお下がりのYシャツをパジャマにする理由は今の叶にとって十分  
理解できることであった。そして、叶は今しばらく、その感覚に浸って  
いたかったのである。  
 
 
「36.8℃、微熱ね」  
 保健室の先生は叶から体温計を受け取った。彼女は工藤叶の事情を知って  
おり、それが今の状態に少なくない影響を与えていることも理解していた。  
「そうね、身体を休めるのも大事なことだし・・・ちょっと休んでいきなさい」  
「はい」  
「先生には私から言っておくから。疲れが取れるまで、寝ていなさいね」  
 そういうと保健室の先生は部屋から出て行き、叶は一番奥にあるベッドに  
向かった。そして、学ランを脱いで胸のサラシを少し緩めた。  
「ふぅ〜」  
 叶のバストが圧迫から解放された。サラシによって押さえつけられている  
ためにいささか小ぶりではあるといえ、上背のある叶のバストは音夢と同じ  
79センチであった。  
「また大きくなってる・・・」  
 これ以上発育すれば男に変装することは困難になるだろう。今はまだ  
誤魔化せてはいるがバレるのは時間の問題と間違いはない。男装を続ける  
には根本的な変更を行わなければならないが、まずいことに夏休みはまだ  
先である。ある日突然に体形がガラッと変われば誰もがおかしいと思うだろう。  
成長期の少女にとって男装は過酷な試練であった。  
 男装が工藤叶の身体に大きな負担を与えているのと同じように彼女の心にも  
大きな負担を与えていた。叶が男装をする理由が恋をしないためであったが、  
年頃の少女にそんなことは無理な注文である。  
 
 叶に朝倉純一に対する想いは日々募っていった。しかし"男"という立場は  
純一に対して想いを告げることを不可能なことにしてしまっていた。叶に  
できることは朝倉純一の親友として傍にいることだけである。そんな叶の  
想いと裏腹に純一の周辺にいる少なからぬ美少女が彼に好意を抱いていた。  
白河ことり、水越眞子、そして朝倉音夢、数だけではなく、その質においても  
学園屈指の美少女たちであった。  
 もはや工藤叶が"男子"として振舞うには身体的にも精神的にも限界が  
きていたと言っても過言ではなかった。きっかけが、ささいなきっかけが  
バランスを崩しかねない状況にあった。  
 "男子"として振舞うことの限界、純一への想い、これらが入り混じり  
ながらも叶はいつしか眠りの世界に入っていった。  
 
 工藤叶は夢を見た。それは明らかに夢であることは自覚できる夢であった。  
 叶は初音島の名所である"枯れない桜"の木の前にいた。その木のそばには  
一人の少女が佇んでいた。小学生のように見える少女は叶にとって見覚えの  
ある存在であった、しかし叶はその少女が誰であるか思い出すことは  
できなかった。  
「お姉ちゃん・・・」  
 その少女は聞き覚えのある声で語りかけてきた、そしてその声もまた叶は  
誰なのかを思い出すことはできなかった。だが叶が驚いたのは学校中を  
欺いている工藤叶の男装姿を見てもその性別を的確に判別していたことで  
あった。  
「な、なぜ・・・いや、ボクは"男"だ」  
「お姉ちゃんの・・・気持ちを知りたいの」  
 その少女は叶の返答を気にすることなく、話を続けた。  
「だから・・・今から見るの」  
 叶の周りの風景がグニャリと歪み始める。一陣の風が吹き荒れ、叶は身を  
屈める。そして彼女が目を開けたとき、周りの様子は一変していた。  
「学校・・・?」  
 いつの間にか少女の姿はなかった。そして場所も夕闇迫る教室に変わって  
いた。叶はその中で一人、佇んでいた。  
「これから、起こることはお姉ちゃんが望むこと・・・  
それはどんなものであっても、お姉ちゃんが心の底で望んでいること・・・  
それを見せて・・・」  
 どこからか少女の声がした。戸惑う叶が何か聞こうとした時、おもむろに  
教室のドアが開いた。  
「朝倉・・・」  
 教室の中に入ってきたのは朝倉純一であった。彼は大またでゆっくりと  
叶の方に歩んできた。  
 

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