※DLCストーリーに関わる可能性もあるので、注意!(あくまで投下主はPC版を知らない自己設定物)  
 
天に光る月は清く白銀に輝く。地に光る月は、暗く不気味に淀んだ。  
天を見上げ、その清楚な光に己を浄化させようと、その光を浴びる。  
何度とその白き光に己をあてようとしても、天に光る白銀には染まらぬ、己の体。  
不気味に、黒く。不気味に、青い。  
手を伸ばし天に輝く月を掴もうとするも、ただ、その光を遮るのみ。  
光を失い、あわてて手を引く。再び己の体を照らすも、輝くは淀んだ青。  
アウトリウスは、月夜を見上げる。ただ、時を忘れ、眠ることすら忘れ。ただ、眠りにつくことを恐れるがごとく。  
目を閉じれば、悲鳴が聞こえる。目を閉じれば、見えなくなったものが浮かぶ。  
目を閉じれば、目をそらし続けたものが、その拒絶を許さぬ。  
ただ救われるは、己が赤く光らぬだけ。今しがた血に染まった己の体のように。  
 
気配がした。アルトリウスは、すぐさまその気配に目線をやる。  
不機嫌をあらわにした彼は、無言で相手を威圧していた。その威圧を察したか、気配は行動を失っていた。  
「キアランか、何のようだ」  
気配の主を見つけたアルトリウスは、声を出した。  
不機嫌であった自身の声色が、多少浮つく。否、安堵に近いか。  
声色の変化に気づいたキアランは、ようやく行動を続けた。会釈をし、顔を上げずにそのまま口を開く。  
「アウトリウス様、ゴーからの伝言です」  
彼女の何気ない言葉に、アルトリウスは不機嫌をあらわにした。無性に腹が立つ。  
「ゴーからだと?何も人に頼まずとも、自分で言いに来ればいいものを!」  
その不機嫌を隠しもせず、アルトリウスは大声を上げて立ち上がった。  
圧倒されるほどの長身を目の前にしたキアランは、思わず一歩下がった。  
目を見開き、驚愕にも似た表情で彼を見上げるキアランは、思わず息を呑む。  
分かり切っていることだが、ここまで大きいのかと、改めてため息すらつくのだ。  
でかいだけではない。彼のその美しさに。  
いつも傍に仕える身として、彼らの長身は知っている。  
戦場では、己の刃は赤子の爪に等しいのだ。自然に自身は常に最前線にて、彼らの前を行かねばならない。  
故、こんな間近で彼を見上げることなど、無いに等しい。  
だから、見上げてしまった。見とれてしまった。  
だが傍に仕えど、決して触れることはできない。彼らと自分は違うのだ。そう、種すら違う。  
神に近し者と、名の知れぬただの小人。  
たとえ自身の腕のみが、王に認められたモノであったとしても、彼らの傍に居てよい存在かどうかは分からない。  
 
彼女はすぐに目線を下げ、頭を下げる。見とれていた時間は、数秒であっただろうか。  
彼に対し、なんて失礼をと詫びる声を発しようとしたが、風に遮られた。  
見晴らし塔の頂上であったからか。だが、今日は満月。強風が吹くとはとも思うが、おそらくは。  
「女を顎で使うとは、ふてぶてしい」  
アルトリウスは階段を駆け下りた。降りながら何やらぶつぶつと言っているが、言葉になっていない。  
不機嫌な彼がキアランの鼻先を素通りする。ただそれだけで、彼女は強風に煽られたように声を詰まらせるのだ。  
彼の不機嫌に不安を感じたキアランは、すぐに彼を追ったが、彼に追いつく頃にはゴーと合流してしまっていた。  
 
「ゴー!何の用だ!」  
一触即発の緊迫した状況に、キアランは慌てふためく。  
が、怒鳴るように言うアルトリウスとは正反対に、ゴーは自身の弓の手入れの手を休める事無く、さらりと言った。  
「飯だ」  
その、たった一言。アルトリウスは、さらに苛立ちを増す。  
「はぁ?!たったそれだけかっ!それだけのために人を使わなくても、いいだろうがっ」  
声を荒げるアルトリウスだが、ゴーは全く気に留めずに声色もそのままだ。  
「俺が言った所で、食いに下りては来んだろう?」  
ゴーの言い草に、アルトリウスはさらに不機嫌だ。何をそう、苛立つのか。自身でも分からないが。  
その苛立ちを隠すことなど、今の彼にはできないようだ。  
「だからと言って、キアランを使うのかっ。小間使いじゃねぇんだぞ!!」  
彼の苛立ちは、キアランにとっては不安と同時に、その一言は救いにもなる。  
小間使いではないと、言われた。そして、自身が伝言役になったことそのものに、腹を立てている。  
同等に扱われている、そう思われている、それに偽りが無い事。  
アルトリウスは間違いなく、ただの小人としての自身を、認めてくれているのだと。  
まぁそれは、アルトリウスに限った事ではないのだが。  
 
声を荒げるアルトリウスに、というよりは、彼の不機嫌に不安を感じているキアランを見て、ゴーはようやく手を止め言った。  
「俺が言うよりも、キアランに言ってもらったほうが、効果的だろ?」  
だが、彼の声色が茶化したように聞こえたのか、アルトリウスはさらに大声だ。  
「どういう意味だっ!!」  
その声に、キアランが顔を青ざめて、二人の間に入る。  
「あ、アルトリウス様、どうか落ち着いて…」  
その声は蚊が鳴くほどにしか聞こえなかったか、巨漢二人の間に入った所で、止めることなどできるはずもなく。  
「ふざけんなっ!!」  
アルトリウスはゴーの襟首を掴みあげた。  
 
「落ち着けアルトリウス!キアランを潰す気かっ」  
騒ぎを駆けつけたか、イヤでも聞こえる声にオーンスタインが制する声をあげた。  
この部屋で落ち着いているのは、人ではない二匹だけ。二匹は小さく鼻をならすと、各々大人しく気ままにくつろいでいた。  
オーンスタインの声にハッとしたアルトリウスは、目線を下に向ける。  
自身とゴーの間に、キアランの金の三つ編みが見え隠れしていた。それ以外は、己の体が大きすぎて見えない。  
キアランは二人を制するために間に割って入ったのだが、相手が大きすぎ、二人の股の間に入ってしまっていた。  
場所が場所だけに、キアランは顔を真っ赤にした。だが、潰されることは免れた。意外と柔らかいからだろう。  
アルトリウスはゴーから離れ、キアランを見下ろす。  
「大丈夫か?」  
声を掛けるが、キアランはどうにも何かの感触が頭から離れないようで、赤らめた頬を元に戻せない。  
そのため、顔を上げれないでいた。  
ゴーは小さく笑っている。どうやら、彼女の赤面の理由に気付いているようだ。  
「貴様っ!何がおかしい!!」  
「いい加減にしろ!」  
再び掴みかかろうとしたアルトリウスに、オーンスタインがさらに声を上げた。  
「アルトリウス、貴様が暴れたら大地が割れる。弁えろ!」  
その声の大きさに、アルトリウスはしぶしぶ従った。だが、ゴーはその名にふさわしいほどに、豪快に笑った。  
 
「ゴーもゴーだ。茶化すな」  
オーンスタインは小さく息を吐く。ゴーは肩を震わせながら声を抑えた。  
「こうでもしないと、こいつは言う事を聞かない」  
その言い草に、アルトリウスはムッとしたようだが、顔を上げない彼女が気になり、大人しくした。  
「アルトリウス。でかい面して飯を食わないとは、ガキではあるまいに」  
部屋中央にある座布団(キアランから見れば、布団だが)を引き寄せ、オーンスタインは壁を背にして座る。  
グウィン王の四騎士に与えられた部屋と言っても、石造りの個室に座布団だけの簡素なものである。  
それでも敵襲に備えての見晴らし塔がある分、その他の部屋とは違うようだ。  
だが、何も知らぬ素人が見れば、それは格子の無い牢屋に見えるだろう。  
古い竜たちはすでに地に落ち、彼らに立ちはだかる敵は、吹けば飛ぶ小人ばかり。  
仕えた王は隠れ、守るべき主を失った彼らは、行き場を無くしていた。  
それゆえ今此処にいること事態、彼ら三人にとって、違和感そのものであった。  
唯一彼らと小人たちを繋げるは、同じ騎士の一人、彼女の存在である。  
 
「で、食わないのか?」  
オーンスタインが指差す部屋の端に置かれたテーブルとは言い難い台の上に、パンと肉のみが大量に置かれていた。  
大量に見えるが、彼らには一食分にも満たない。  
アルトリウスは、口を尖らせている。何が気に食わないのか、何が苛立たせるのか、それが何故なのか。  
分かるが、知りたくは無い。改めて考えたくもなかった。  
「ふん。そんなに食べさせたければ、持って来ればいいだろうっ」  
まるで子供の反抗期のように、言い捨てるアルトリウス。  
その言葉には、さすがにゴーがため息交じりに応えた。  
「俺がか?何が悲しくてあんな狭い場所で、むさい野郎にあーんっ、おいしい?ってしなくちゃならんのだ」  
ゴーの言葉に再びアルトリウスが声を荒げた。  
「はぁっ?!ふざけんな!何があーんだっ。お前、言ってて恥ずかしくねぇのかよっ!!」  
荒ぶるアルトリウスに、ゴーはさらっといいのけた。  
「今、食べさせて、と言っただろうに」  
その二人のやり取りに、今度はオーンスタインが大爆笑。  
「何がおかしいっ!」  
アルトリウスの矛先はオーンスタインに向けられるが、彼の彼らしくない仕草に意表を衝かれた。  
「あはははは、想像した!は、腹が割れるっ…」  
そう言いながら腹を抱えて笑う彼を見て、アルトリウスの苛立ちは次第に落ち着いた。  
オーンスタインが笑ったのを見たのは、どれくらいぶりだろうか。否、初めてではなかろうか。  
「もういい。勝手に食べる」  
アルトリウスは座りかけた腰を上げ、オーンスタインが指差した台に寄る。  
そして、台の上にあったものを全て手にすると、先ほど居た見晴らし塔に向かった。  
先ほどのやりとりはウソのように、オーンスタインもゴーも、無言で彼を見送った。  
 
一瞬にして静寂に包まれた部屋で、ようやく落ち着きを取り戻したキアランは、遅れて自身も食事を取ろうと、  
自分の分を取りに台に寄った。  
三人と自身の食事の支度や、此処の小人たち(四騎士へ自国の防衛を依頼した人々)との会話など雑務を務める  
彼女は、自然と他の三人よりも忙しく、自身に割く時間も少なくなるのだ。  
それに、三人よりも圧倒的に食事量が少ない彼女は、食事時間も少なくてよい。故、最後に食事を取るのだが、  
先ほど三人の食事と一緒に自身の分も用意していたはずが、綺麗になくなっている。  
おかしいと思うよりも先に、犯人が想像つく。  
「どうした?」  
彼女の様子にゴーが声をかけたが、その答えがすぐに分かった。  
「アルトリウスめ。どれが自分の分か、見たら分かるだろうに」  
ゴーのため息まじりの言葉に、キアランは困ったように小さく笑うと、笑顔で言った。  
「別に、そんなに腹が減っているわけじゃない。一食くらい、抜いた方が体が軽くていい」  
彼女は特にやせ我慢でもなく普通に言ったのだが、ゴーは彼女の眼を見逃さない。  
「食事はちゃんと取れ。俺たち以上に動いているんだ。それに今お前に倒れられたら、俺たちは路頭に迷う。  
自身の立場をもう少し、重く見てくれないか」  
ゴーの目を見て、彼女はハッとする。確かにそうだ。此処は小人たちの国。  
未だはっきりとしない、闇のソウルに侵された者たちから逃げ惑う者たちの国なのだ。  
彼ら三人以外に、神に近し種は此処には居ないのだ。  
「すまない、気をつける」  
彼女は小さく答え、頭を下げた。そして、自身の食事を用意すべく部屋と出ようとした。  
「何処へ行く?」  
ゴーが再び声をかけたが、彼女は振り返り、当たり前のようにゴーに答えた。  
「食事を取ってくる」  
彼女を呼び止めたゴーは、小さくため息をつくと、困ったように言った。  
「何も改めて用意しなくとも、アルトリウスから貰え。元々あいつが勝手に取ったのだからな。遠慮するな」  
彼女が自分たちに気を遣っていることは、今に始まったことではない。種族の違いだけではなく、小人という  
身分の違いから、そうなってしまうのは仕方の無いことなのだ。  
「ありがとう…。でも…」  
ゴーの気遣いが分かる彼女だが、今まで当たり前のように小人が下であったのだ。その性はすぐには直せない。  
 
「察しろ」  
二人のぎこちないやり取りに、オーンスタインが声を発する。その意味が何なのかは一言では分からないが、  
その声は小さくも、その声色は強い。その声色に二人は驚き、彼を見た。  
壁を背にして座るオーンスタインは、自身の持つ槍を一度見る。と、それを部屋中央に投げ捨てた。  
「おい!何てことをするんだ!王から頂いた武器を貴様!!」  
ゴーは彼の無礼な態度に、一瞬だが怒りすら覚えた。それくらい、彼らにとっての王は絶対だ。  
だが、オーンスタインの言葉に、それは一瞬に冷める。  
「五人、貫いた」  
彼の言葉は、重く響く。  
「三人はいけるだろうとは、思った。だが、五人だ。一度に、五人も貫いたのだ」  
投げ捨てた槍を睨みつけ、オーンスタインは声を抑えて言う。  
声を抑えなければ、喚くほどに声を荒げそうだからだ。  
「この槍の名は何だ?バーベキューの串か?焼き鳥の串か?」  
オーンスタインはさらに、続ける。というよりも、彼の言葉に、二人は何も言えない。  
「私は、虐殺を好んで騎士をしているわけじゃない。騎士とは何だ。守るべき王を、仕えるべき王を失って、  
何が騎士というのだ。こんなことをするくらいなら、地下墓地にでも行って、虫を潰していたほうがましだ」  
自身のこぶしを握り締め、それを見つめる。そして、オーンスタインは、鋭い目線をキアランに移した。  
「それとも貴様らは、虫か?」  
その言葉に、キアランは声が出ない。悔しいとも、悲しいとも、憤りにも似た感情が、瞬時に渦巻く。  
ゴーは、その言葉に憤りをあらわにした。  
「その言葉は撤回しろ、オーンスタイン。でなければ今、此処で俺と戦え」  
ゴーは腰を浮かして、自身の弓を掴んだ。矢をつがえてはいないが、手を伸ばせば届く所に矢はある。  
 
オーンスタインは、視線を天井に変えた。そして、つぶやく。  
「忘れてくれ」  
そして瞳を閉じると、オーンスタインは小さく息を吐いて言った。  
「この件が終わったら、私はアノールロンドへ戻る。後は、三人で何とかしろ」  
オーンスタインは座布団に座りなおし、壁に寄りかかった。  
ゴーは持っていた弓を置いた。そして、今は名が廃れているが、竜狩りの槍を持つ。  
オーンスタインの言葉は、ゴーに重くのしかかった。それは、キアランも同じだろう。  
彼の槍持ち、改めてその重さを知るゴー。  
自身が武器の手入れに使う布で一度、その槍を丁寧に拭くと、オーンスタインに渡した。  
オーンスタインは、自身の武器をもう一度見つめて言った。  
「もし闇のソウルなる物が、真に王の敵であるならば、アノールロンドに必ず来るだろう。私はソレを討つ」  
そして、視線をキアランに向けた。  
「私の敵は、王の敵だけだ。小人ではない」  
その視線は、真っ直ぐ彼女を射抜いた。彼女はその言葉に返すことができない。  
自身も真っ直ぐに、王の敵のみと、答えたいのだが、越えることのできぬ壁が立ちはだかる。  
「それは、我々も同じことだ。オーンスタイン。だからこそ、此処に来たのだろう?お前も、俺も」  
キアランに代わるように、ゴーは応えた。だが彼女は、その言葉に賛同の意を示せない。  
「ああ、そうだ。だからこそ、王より賜わし武器を辱めてまでも、王の敵を討つ」  
オーンスタインの声色は、次第に落ち着いた。だが、落ち着くというよりは、弱弱しく感じる。  
 
「キアラン、お前には小人も王の敵に見えるのだろうな」  
ふとした言葉かもしれない。何気ない一言であろう、オーンスタインの言葉に、キアランは動揺した。  
だが、瞬時に答えは出る。  
「もちろんです」  
彼女の敵も、王の敵のみなのだ。  
だが、オーンスタインは、大きく息を吐いた。呆れているのではない。  
その言葉は、重すぎた。  
「お前にとっては、敵か。だがその敵が赤子であったら、お前は遠慮なく斬りすてるか?」  
キアランだけではない。彼も、オーンスタインもまた、こぶしを震わす。  
「お前は、敵である。ただそれだけで、赤子を斬れるか?しかも、大量に。大量にだ…」  
「やめろ!オーンスタイン!」  
彼の言葉を、ゴーが遮った。  
「分かっている。だから、自分の目で本当に敵かどうかを確かめに来たんだ。そうだろう?だから、もう。  
これ以上、分かりきった事を言うな」  
そして、ゴーはキアランを自身に引き寄せた。  
「お前は気にするな。お前の目に映る敵は、王の敵だ。俺たちはそれを知っている」  
彼女の隣に居たのだ。彼女がオーンスタインの言葉の重さに、耐えられないのが、よく分かったからだ。  
ゴーは震える彼女の肩を、手のひらで包むように抱き、言葉を続ける。  
「王は何故、キアランを我らと同じ騎士の座につけたのだ?小人もまた、我らと同じ存在であることを、また、  
そうなることをご存知であったからではないのか?」  
オーンスタインは、ゴーの言葉に反応するように、視線だけ移した。それだけで、彼女を視界に入れる。  
「お前の言葉は、王の意思を愚弄するに同じだ。俺は此処に来た事は、正しい判断だったと思っている」  
オーンスタインは、ゴーの言葉を聞き入れる。一句とて、聞き逃さぬよう慎重に。  
ゴーの言い分は分かる。今、自身が言った事がゴーの言った事に通じるであろうことも、分かる。  
彼女とゴーとの大きさの違いを、オーンスタインは視界の中で判断する。だから、どうしても。  
ゴーの手のひらで震える彼女を見て、自身と同じと位置づけるに、抵抗を隠せないのだ。  
それでも、王の敵を討つ。それが、今四騎士に残された唯一の道なのだ。  
 
オーンスタインは、座ったままだが姿勢を正した。そして、頭を下げる。  
「無礼を詫びる。だが、許してくれ。私はどうしても、小人を敵とは思えぬ」  
頭を上げ、視界に彼女を入れる。彼女の瞳は、驚愕に見開いていた。驚き、そして信じられない。そんな感じだ。  
「だからこそ、この件が終わったら、アノールロンドに戻る。だが、逃げはしない。アノールまで来る小人なら  
真に王の敵。真に強き者であろう。その時は、全力で迎え撃つ。この槍の名に掛けて、誓う」  
オーンスタインは、立て掛けた槍を手にした。それを一度、大きく振る。  
それだけで、部屋は大きな渦を一度起こした。  
彼女の震えは、すでに止まっていた。  
「ありがとうございます。オーンスタイン様」  
彼女はその渦の中、頭を下げる。声も明るく。  
だが、オーンスタインは、彼女に槍を向けた。  
「おい!な、何を…」  
心配したゴーが間に入ろうとしたが、それは無駄に終わった。  
「今、ゴーが言ったばかりだろう、キアラン。聞いていなかったのか?」  
オーンスタインの言う事が一瞬分からない二人だったが、続けた彼の言葉には、大きくうなずいた。  
「お前も私と同じように、王の意思を愚弄するのか?私とお前は同じ存在なのだろう?」  
オーンスタインは槍を元に戻しながら、言い捨てた。  
その声色は、明るい。  
「様をつけるなど、今更だ」  
オーンスタインはそう言うと、何故か恥ずかしそうに咳払いをした。  
 
「ふぅ…。王は我々を、どこまでも試される方だ」  
ゴーは冷や汗を拭きながら、つぶやいた。そのつぶやきは思わず大きかったようで、聞こえた二人は苦笑いだ。  
ゴーは置いた弓を手に取り、座布団に座る。そして、半ばくせにもなっている弓の手入れを始めた。  
それは、ゴーの心中が穏やかな証拠でもある。  
ようやく室内は、元の穏やかな雰囲気に戻った。  
これらのやり取りの中でも、冷静でいたシフとアルヴィナは、結果こうなることを事前に知っているようである。  
どんなにケンカをしたところで、決して争うことのない四人であることを、熟知しているのだろう。  
それは、本人達以上だろう。  
「では、食事を取ってくる」  
そう言う彼女の声は明るい。もちろん、向かう足は出入り口のドアではなく、室内にある見晴らし塔に続く階段だ。  
 
この部屋は特殊だ。おそらくは、兵舎であろう。  
駄々広い部屋にいくつかベッドを並べ、何人かの兵士が寝泊りしながら、交代で見晴らし塔で監視を行う。  
今はこうして四騎士のためにベッドなどを取り払われているが、身分の低い者は立ち入ることすらできない所だ。  
見晴らし塔と言っても、監視用なので、頂上は狭い。小人でも五人並べば狭く感じるくらいだ。  
その頂上で、アルトリウスは座って食事を取っていた。というよりは、無理矢理飲み込んでいた。  
その様子が、階段を上りきらないキアランにも分かるくらいだった。  
咳き込んではむせ、嗚咽を繰り返す。そして、水で流し込む。  
到底、食事をしているとは思えない。何かの罰ゲームのようだ。  
キアランは、オーンスタインの言葉を思い出す。今しがたの事だが、忘れる事などできない。  
察すること。彼の心中はおそらく、オーンスタインを越えているだろう。  
何故ならそれは、彼女が一番知っている。  
戦場では、自身の後ろには死体の山が出来上がる。だが、アルトリウスの後ろに続く山は、死体ではなかった。  
何かの肉片。もはや、人の形すらしていないものだ。そして、全身を赤く染める彼。  
キアランは、頭を左右に激しく振った。思い出したくない。その、光景を振り払う。  
そして、あえて足音がするように、階段を駆け上った。  
 
階段の音に気付いたアルトリウスが、彼女を視界に入れる。  
彼と目が合った時、彼女は声を掛けた。  
「パンがぱさぱさして、食べにくいのでしょう。水に浸して食べると、食べやすいですよ」  
彼女は、アルトリウスが嗚咽を繰り返していることに、気遣かった。  
どうかしたのかと、理由は聞かない。その理由を聞いたところで、答えられるものではない。  
だから単純に、パンの質を原因にした。  
「ただ、おいしさは無くなりますけど。でも、元々そんなにおいしいパンじゃないから」  
彼女はアルトリウスの隣に立つ。それだけで、見晴らし塔は満員だ。  
「スープを頂いてきたらよかったですが…。皆の食事分ほど確保するには、此処の者たちの負担になりますから」  
彼女は小さく笑って、その場に腰を掛けた。ちょうど階段があり、その段差が腰掛け代わりになってよい。  
アルトリウスは、何故彼女が此処にいるのだと思いながらも、彼女の仕草をただ、ぼーっと見た。  
本当なら何故此処に来たのかと、問うただろう。今すぐにでも彼女に、威嚇に似た感情をぶつけて追い払うだろう。  
邪魔されたくない、自身の時間に。決して踏み入ってほしくない、己の中に。  
だが、アルトリウスは許してしまった。  
本来なら、誰にも見られたくは無い、神聖なこの場での己の身を。  
だが、アルトリウスは入れてしまった。彼女を。  
何故なら、今。彼は地上の月を見下ろしているから。  
 
天に輝く月は、白銀に輝く。そして、今地上にある月は、金色に輝いた。  
そのどちらも、己とは正反対に。静粛に神聖に、清く輝く。金と銀の浄化の色に、己の目は奪われる。  
いつもは頭を下げ、彼女の髪色は目立たない。だが、今彼女はアルトリウスを見上げている。  
彼女の白い肌と金色の髪が、月の光に淡く照らされ、輝く。  
彼女の白い肌は白銀に輝き、彼女の金色の髪をさらに黄金に輝かせた。  
「アルトリウス様?どうかなされたのですか?」  
自身の目線に彼の目線があることに不慣れなキアランは、声を発した。  
不慣れな自分の照れ隠しでもあるが、こんなに真剣にアルトリウスより見つめられたこと事態、初めてだからだ。  
察しろと言ったオーンスタインの言葉も気になる。  
何かが変だ。それが、悪いものでなければいいのだが、不安が過ぎる。  
「あ?ああ。別に…。というか、何故お前がいる?」  
ただ、見惚れていただけのアルトリウスは、彼女の言葉に半ば反射的に応え、ようやく今の事態に疑問を持った。  
止まっていた時間が、ようやく動き出したように、アルトリウスは視線を天の月に移した。  
 
アルトリウスからの視線が外れた彼女は、そのいつも見る姿と同じ彼の姿に、安堵した。  
いつもこうして月を眺め、膝に乗るアルヴィナやシフを撫でる彼の姿は素朴で、およそ神に等しい者が取る行動とは  
思えないほど、親しみを感じた。  
彼の何気ない仕草はまるで、縁側でくつろぐ翁のようである。  
その姿は、彼女をこの上なく安堵させるのだ。  
「私の分の食事を取りに来ました」  
彼女の声色は明るい。この姿のアルトリウスには、何を言っても気さくに答えてくれることを知っているからだ。  
「ん?お前、飯まだだったのか?」  
とぼけてるのかと思うくらいのアルトリウスの言葉に、彼女は小さく笑ってハイと答えた。  
アルトリウスはそれでも。  
「じゃあ、食ってくればいいだろう」  
と、まだ分かっていないようだ。  
何もこんな所にわざわざ来なくてもと、小さくぶつぶつ言う彼に、キアランは空になっている小さな皿を指さした。  
「それが、私の分でしたが…」  
と言う彼女の指の先を見て、アルトリウスは思い出した。  
「台の上に置いてあったのは、全部俺のじゃなかったのか」  
確かに同じ物が二つあったなと言い、頭を掻いた。  
 
「では、私の分は改めてもらってきます。そうだ。もし足りなければ、もっと持って来ましょうか?」  
と、キアランはそう言うと、立ち上がる。自分の分が残っていたならば、頂くつもりでいたが、真っ先に食べられて  
しまっていては、戻せとは言い難い。  
視線と声をかけられ、アルトリウスは目線を再び地上の月に移した。  
一瞬その美しさに目を奪われるが、彼女の言葉に答える。  
「いや、コレでも十分だ。いや、あ、お前の分を返す。それくらいの方が、ちょうどいいくらいだ」  
目を奪われたのは一瞬だったが、心を奪われたのは一瞬ではなかったようだ。  
しどろもどろに、食べ散らかした自身の残りを片付けるように皿の上に並べ、転がした小皿の上に分け入れる。  
中には、食べかけのパンまで入っている始末だ。  
彼女の笑いは苦笑に変わるが、彼の仕草がかわいらしくも見え、アルトリウスの手のひらから、小皿を受取った。  
食べかけのパンを見ながらも、彼女はソレを口に運んだ。  
指摘してしまっては、かわいそうだと思うくらい、その巨漢に似合わない仕草であったからだ。  
「こ、此処で食べるのか?」  
階段に腰を下ろしながら、パンを口に運ぶ彼女を見て、アルトリウスはそう言った。  
彼女は口の中の物を飲み込むと、アルトリウスを見上げる。  
「いけませんか?」  
彼女に映る彼の姿は、縁側でくつろぐ翁だ。共に月見の食事を取るのも、風流ではないか。  
彼女はそう思い、悪気も無くそう言うのだ。  
アルトリウスは、数度首を振った。  
「いや、悪くない」  
そして、一度首を振る。  
「むしろ、良い。そうだな。うん。一緒に食うか」  
この、しどろもどろな仕草を、この巨漢は自覚しているのだろうか。  
彼女の苦笑は笑顔に変わる。  
「はい」  
彼女は返事を返し、階段を一番上まで上った。そして、アルトリウスの隣で座る。  
アルトリウスは一瞬驚いたが、自身の隣を許した。  
 
彼女にとって、彼の隣はこの上なく安心できる場所である。  
時折だが、シフやアルヴィナと戯れていると、アルトリウスの方が隣に座るのだ。  
だから、その延長という感じだろうか。  
だが、気付かねばならないだろう。今、二人の間には、シフもアルヴィナも居ないのだ。  
見晴らし塔は、敵襲に備えた監視用である。その上広い場所ではない。シフとアルトリウスが一緒であれば、  
窮屈この上ないからでもあるが、窮屈だからと二匹が居ないだけであろうか。  
窮屈な場所ほど、主人と戯れることができるはずである。好んで駆け上がるはずであろうなのに。  
ただ、二匹は知っているのだろうか。その野生の感がそう感じ取るのだろうか。  
アルトリウスの、この場の彼の、神聖なる事に。それは、誰もが立ち入ることが、できないことに。  
彼自身、気付かない事であったとしても、近づき難きものであることに。  
だからこそ、彼は許したのかもしれない。無意識であったかもしれない。  
この、黄金に輝く地上の月を、手に入れるがごとく。己の手中に。  
 
「遅いな」  
静寂の中、オーンスタインがそれに耐えかねたように、言った。  
それは誰に問われたものではなかったが、同じように思っていたゴーが答える。  
「一緒に食事を取っているのだろう」  
各々視線は合わせぬが、会話になった。  
「それにしても、遅い」  
オーンスタインは、苛立ったような口調だ。  
「月でも眺めているのだろう。此処から見える月は、綺麗だからな。それに、今日は満月だ」  
「そういう事を言っているのではない」  
穏やかな口調のゴーに、苛立ちをぶつけるオーンスタインだが、腰を上げることはしない。  
それは、二人をアルトリウスとキアランを、信じている証拠である。  
それを知るゴーは、なだめるように言った。  
「今、アルトリウスには、彼女が必要だろう」  
その言葉はより、オーンスタインを苛立たせたが、彼は息を大きく吐くだけで、それを飛ばした。  
その苛立ちは、ゴーにはよく分かった。二人とも、子供ではないのだ。だが、それでもゴーは言った。  
「察しろ、オーンスタイン。あいつは俺たちと違って、優しすぎるんだ」  
常に最後尾にて、三人の戦いを目にするゴーは、アルトリウスの姿はひどく目に付いた。  
肉塊に埋もれる彼の姿は、もはや、人とはいえぬもの。何かの魔物にすら、見えた時もあった。  
「何事もなければいい。何事も…」  
その言葉は、ゴーの願いでもあった。  
「それでも私は、許すことはできない」  
オーンスタインは、常に傍に置く自身の槍を、手にする。だが、腰を上げることはしない。  
「許されるものではないのだ。決して、許してよいものではないのだ」  
種の違い。交わることは決してないはずの、差異。それを許すは、神と人との間を繋げるようなものであろう。  
だが、手にした槍が訴える。オーンスタインが目を逸らす、事実を訴えてくる。  
今しがた貫いた、赤子の姿を、見せ付ける。  
オーンスタインは目を閉じた。認めねばならぬのかと、心中で繰り返す。それは自身に言いつけるようだった。  
 
月を見ながら、アルトリウスはふと思う。というか、気付いた。  
先ほどあれだけむせていたのに、今普通に食事ができているということだ。  
天の月と、地上の月を見ながら、これほどまでに落ち着いて食事が出来ることに、今は違和感さえ覚えてしまった。  
此処に来てからは、初めてのことだろう。  
隣で黙々と食事をするキアランを見下ろし、自分よりも食事量が少ないのに、まだ食べ終わっていないのかと、  
不思議に思った。そして、キラキラと光る金の髪にも、目が移る。目移りする。  
だから無意識に、その髪に手が触れる。  
時折自身への視線を感じていたキアランだったが、食事中でもあったし、かといって見つめられたからと、  
彼を見上げるわけにもいかない。もし、見上げてしまっては、目を奪われるのは確かだ。  
彼の美を目の当たりにして、うっとりしないでいられる自身などないからだ。  
だが、さすがに頭を撫でられてしまっては、無視するわけにはいかない。  
キアランは食事の手を置き、アルトリウスを見上げた。  
「あの…」  
どう声をかければいいのか分からない彼女は、言葉を詰まらせた。見上げた彼の表情は、月明かりで逆光になり、  
よく分からない。だが、落ち着いた口調で彼の声が降ってきた。  
 
「綺麗だな。金色の髪。ここまで綺麗に光るものなのか」  
落ち着いた口調と同時に、彼の大きな手のひらに頭を包まれた彼女は、彼の表情は穏やかなものと察する。  
「光栄でございます」  
と、彼女は笑顔で応えた。  
逆光で彼の表情が分からないのが幸いした。もし、それに気付けば、彼女は地上の闇に飲み込まれていただろう。  
彼女の笑顔と明るい声に、アルトリウスはハッとした。  
今、俺何をした?そんな感じだが、何をしているかは、イヤでも見下ろす自身の視界に入っている。  
何を思ったか、彼女のしかも大人の女性の頭を、撫でているのだから。まるで犬猫を撫でるようにだ。  
アルトリウスは慌てて手を引いた。  
「す、すまない…」  
そして、小さく言う。  
「アルヴィナをつれてくればよかったな。あれの毛並みは気持ちいいからな」  
と、言い訳というかその場しのぎというか、小さくぶつぶつ言い出す。  
「でも、アルヴィナだけつれると、シフがいじけるんだ。でも、シフを此処につれてくると、窮屈だし」  
逆光でアルトリウスの表情がキアランに分からないのが幸いした。もし今の表情が分かってしまっては、  
こんどはキアランが、彼の大きな頭を撫でてやりたくなるだろう。  
 
「アルヴィナは美人ですからね。私も時々、彼女の毛並みが恋しくなりますよ」  
彼女のその、何気ない一言と屈託の無い笑顔は、アルトリウスに小さく刺さった。  
アルヴィナを膝に乗せて縁側でくつろぐ彼の姿を、彼女は想像していた。  
今彼の表情は、逆光でよく見えないのだ。口調とその言葉から、彼女にはそう捉えられたのだ。無理は無い。  
だが、アルトリウスには違った。  
「お前は何故、ゴーを呼び捨てにするんだ?」  
ゴーとアルヴィナ。同じように話しをする彼女に、何をそう、違和感を覚えるのか。それは、無意識だろう。  
だが、彼女は平然と言った。  
「それは、王がお決めになったことです」  
彼女にとって、今更何故そんなことを言うのか、分からないくらいだった。  
王グウィンは、小人である彼女を四騎士に定めた際、ゴーを彼女の下につけた。  
それは、彼女の武器は四騎士の中で一番小さく、最前線にて戦う彼女を潔しとしたのだ。  
それに対しゴーの武器は弓。敵を目の前にせずとも、敵を打ち落とす。攻撃の範囲外から攻撃する。  
彼女の勇ましさに比べ、ゴーは勇ましさに限っては劣ると。  
それは、彼女が小人であることに対しての、配慮とも捉えられた。そうせざるを得ないということは、  
四騎士と言えど、小人である彼女を快く思わぬ者は、多いということ。  
小間使いではないと思う己も、小間使いという単語を使った限り、結局は彼女を下に見ているのであろうか。  
四騎士の位が決まった時、ゴーはキアランに敬語だったが、あまりにも違和感を覚えたのも事実だ。  
キアランが耐えかねたように、ゴーに敬語を止めるようにと言っていた。それも、覚えている。  
ただ、今更。今更、何故それが気になったのか。今まで、これが当たり前であったのに。  
嫉妬をしているのだろうかと思えるほどに、ゴーと彼女とのやり取りが、気になる。  
何故、今なのか。それが何故気になるのか。苛立ちに似た胸中を隠しきれない。  
アルトリウスはまた、無意識に彼女に触れる。  
視界に入れた地上の月の、黄金に輝く清楚な光に己を当てれば、己の闇を払えるのかと、無意識が訴えるのだろう。  
性急に、それは救いすら求めているように、感じた。  
 
彼女は再び触れたアルトリウスの手のひらを、両手で包むように触れた。  
彼女も、アルトリウスの表情までは知る事はできないが、彼の心境の苦しさを感じていた。  
「アルトリウス様…我ら小人のために戦ってくださり、ありがとうございます」  
彼女は瞳を閉じ、アルトリウスの手を握った。そして、ほお擦りをするように、頬を彼の手のひらに付けた。  
そのまま、小さく口付けをする。  
この手が今、魔物のごとく敵をなぎ倒していくお陰で、ここのものたちは、闇に飲まれずに済んでいるのだから。  
そしてそのせいで、心優しき彼が、苦しんでいるのだから。  
彼女の温もりを手のひらに感じたアルトリウスは、空いていた片手も彼女に触れる。  
彼女の頬を両手のひらで包み込むように触れる。  
キアランは驚いたように、目を開けてアルトリウスを見上げた。  
彼女の瞳を真っ直ぐに見たアルトリウスは、思わず自身の胸に彼女を引き寄せていた。  
彼女の温もりを、もっと感じていたかったが、彼女の余りに小さな体を腕に抱いた時、アルトリウスは我に返った。  
「礼を言うのは、俺の方だ。ありがとう」  
彼女の温もりが、その小さな月の明かりが、彼の心を穏やかにしていく。  
そして、彼女の温もりが、次第に熱くなっていくのも感じていく。  
「あの、アルトリウス様…な、何を…」  
彼女の蚊の鳴く声に、アルトリウスはもう一度我に返った。  
「あ、ああ、す、すす、すまない…。いや、その…あ、アルヴィナ…と間違えた。うん」  
もっとましな言い訳ができないのだろうか。慌てて彼女から離れ、天の月に視線を戻すアルトリウス。  
天の月に視線を戻したことで、アルトリウスの慌てふためく表情がほどよく見て取れる彼女は、大いに笑顔だ。  
「では、アルヴィナをつれてきましょう」  
キアランは食事の手を置き、立ち上がる。そして、階段を駆け下りた。  
 
「おいで、アルヴィナ。アルトリウス様がお呼びだ」  
キアランは階段を降りると、部屋隅で丸まっているアルヴィナに声を掛ける。  
アルヴィナはうれしそうに長く一言鳴くと、両手を広げるキアランに飛びつくように抱きついた。  
「おい、キアラン。アルトリウスに様とはなんだ」  
アルヴィナを抱きあげたキアランに、オーンスタインが声を掛けた。  
「あ、で、でも…」  
返答に困るキアランに、オーンスタインは小さく息を吐いて言った。  
「あいつこそタメ口でいいものを。先ほど言ったばかりだ。此処は小人の国。文句があるなら私に言えと言えばいい」  
と、そう言うオーンスタインは頭を掻きながら俯く。  
彼には珍しく、恥ずかしがっているようにも見て取れた。  
「ありがとう、オーンスタイン!」  
キアランは声も明るく、小さく会釈をオーンスタインに返すと、アルヴィナをつれて階段を駆け上がった。  
 
小さく咳き込んでいるオーンスタインに、ゴーがぽかんとした表情で言った。  
「おい、オーンスタイン。いいのか?」  
その声は呆気に取られた感じでもあった。その表情に、オーンスタインが首を傾げる。  
「何がだ?」  
オーンスタインの疑問にゴーはため息交じりに言った。  
「今のキアランでアルトリウスにタメ口なんて言ってみろ?あいつ、爆死するぞ?」  
ゴーの言葉が遅れてオーンスタインの脳裏に入った。  
今のキアラン=鎧を脱いで普通の服&アルヴィナのもふもふ効果。  
「キアランは、かわいいからなぁ…」  
ゴーのささやくような独り言が耳に入った時、ようやくオーンスタインは理解した。  
「あ…」  
うかつだったと思った時には、時すでに遅しか。  
「アルトリウス!アルヴィナをつれて来たぞ」  
と、階段上からキアランの元気な声がこだました。  
 
先ほどまで、仲間に対して嫉妬すら抱いているのではないかと、自己嫌悪に陥っていた所だ。  
ゴーに対して、キアランに対して。そして、己の違和感に対して。  
たった今しがたのことなのに、己が抱いたこの闇に等しい不安感は、余りにも早くに解決した。  
その速さは早すぎたか、爆発する勢いで吹っ飛んでしまった。  
「アルトリウス!アルヴィナをつれてきたぞ」  
元気よくそう言う彼女の笑顔と、なぁ〜と鳴くアルヴィナの愛くるしいさ。  
アルヴィナは単なる猫ではない。黒い森の庭で育った、いわば化け猫の類のものである。  
普通の大きさでも、キアランの上半身はある。  
アルトリウスには、一体どちらが猫に見えただろうか。  
「き、ききキアランっ!な、いきなりなんだっ」  
今しがた自身がキアランに対して疑いに近い疑問を投げたばかりだというのに、その直後とも言えるこの変動。  
まさか、俺のためにとか。そんな都合の良い事を頭で妄想よろしくなアルトリウスであったが。  
「オーンスタインがそうしろと言ったんだ。此処は小人の国だからだと。文句ならオーンスタインに言うといい」  
彼女はうれしそうに、そう言った。ただの会話にすぎないのに、彼女はこの上なくうれしそうな笑顔を見せた。  
俺の願いを聞き入れてくれたなんて、妄想よろしくなアルトリウスに、オーンスタインという予期せぬ敵が  
現実を見せ付ける。  
「おぉおおっ。オーンスタイィーンっ!!」  
何故ともいわずとも、アルトリウスは階段を駆け下りた。  
キアランはアルヴィナと顔を見合わせて、彼の後を追うように下りた。  
 
「ちょ、お、おま、おまっ。何のつもりだっ」  
もはや言葉になっていないアルトリウスは、オーンスタインを指指しながらそう言っている。  
「きわどい言葉を続けるな。そこはせめて、貴公と言え」  
一瞬早く冷静を取り戻したオーンスタインは、平然とアルトリウスに向かい合う。  
「な、何がき、貴公だっ、オーンしゅタインっ」  
「ほう。世紀の偉才アインシュタインになぞられるとは光栄だな。たまには気の利いた嫌味を言えるようになった  
じゃないか。アルトリウス」  
「い、嫌味だとっ。オーンしゅタイナーっ」  
「ださいし」  
言葉にならない慌てっぷりのアルトリウスを軽くあしらうオーンスタインの二人のやり取りは、この上なく面白い。  
ゴーは腹を抱えて笑い、キアランはアルヴィナと戯れながらも、笑いを必死に堪えていた。  
「い、一体どういう事だっ。と、とりあえず、お。落ち着いて説明してくら、くれないかっ」  
「まずは、お前が落ち着け。アルトリウス」  
「あ、ああ。そうだな。落ち着く。はぁ…。俺、何言ってるんだが…」  
一頻り一人騒いだアルトリウスは、大きく息を吐いてその場に座った。  
 
「で、何のいたずらなんだ?オーンスタイン」  
アルトリウスは深呼吸を一つすると、膝にひじをついてオーンスタインを見上げる。  
オーンスタインは腕を組み、座布団に座りなおした。  
「此処は小人の国。そして、我々が戦っているのも小人たちの敵だ。闇霊と呼ばれているが、結局は小人だろう」  
キアランとのやり取りを話すかと思っていたが、オーンスタインの言葉は二人が思っていたことと違った。  
「考えていた。此処の者たちが、我々を恐れているのではないかと。我らは結果として闇霊たちから自分たちを守る  
英雄とされているが、その闇霊すらなぎ倒す我らを、此処の者たちの目にはどう映っているのかと」  
アルトリウスだけでなく、キアランもゴーも、オーンスタインを見つめ、彼の言葉を聞く。  
「安易に考えても、我らは彼らにとって、バケモノに見えているのではないのか。そう答えが出た。では、我々は  
バケモノか?違うだろう?だったら、それを此処の者たちに分かってほしいと、思った」  
彼は、俯いている。その表情は汲み取れない。  
「そんなことはない!此処の者は皆、喜んでいる!」  
キアランが、声をあげた。  
「私にいつも、感謝の声をかけてくれる。敵襲を恐れ、外出が限られているにも関わらず、我らに食事の用意を  
してくれている。確かに、三人に直接声を掛けることはほとんど無いかもしれない。でも、決してバケモノだなんて」  
彼女は必死に訴えるように、言った。だが、説得力があるだろうか。  
「そうだな。お前は小人だから、言いやすいのだろう」  
説得力など皆無だという現実を、ゴーが答えた。  
「本当だ!確かめてもいい!」  
キアランは、半ば反射的にそう答えた。だが、果たしてそれが可能だろうか。かえって、現実を見せ付けられる  
だけではないだろうか。  
「やめとけ、キアラン。お前は小人ではあるが、我ら四騎士だ。本当の事を言うとは思えない」  
ゴーの言葉は的確で、彼女の言葉は言い訳でしかなくなってしまった。  
彼女の悲しみに似た表情を見たアルトリウスは、睨むようにオーンスタインを見る。  
「で、オーンスタイン。俺たちはどうするべきなんだ?」  
オーンスタインを睨んでも変わりはしないだろう。自身もまた、己がバケモノとして感じているのだから。  
ただ、オーンスタインもそれを感じていたのかと思うと、アルトリウスは、怒りに似た感情が湧いてくる。  
怒りよりも、くやしさ、くやしさというよりは、悲しみにもにた憤りだ。  
アルトリウスの声に、ゴーもキアランも、オーンスタインに目を移す。  
彼は、俯いた顔を一度起こした。そしてまた、俯くと、小さく言った。  
「笑うなよ」  
その声は小さすぎたのか、三人は同時に、は?と短く問うた。  
オーンスタインはもう一度顔を上げ、三人にちらりと視線を移すと、さらに小さく言い出した。  
「ほら、タメ口って、友達っぽいじゃん?だから、その、お友達作戦でいこうかなぁとか…」  
その声は小さすぎたが、彼の言葉を聞き入っていた三人は聞き逃すことなく。  
それはそれは、オーンスタインらしくなかったのだろう。  
「じゃんって…。じゃんって…」  
大事なことなので二回言うアルトリウスに、ゴーは豪快に笑った。  
「大賛成だ!そういう事なら、即座に始めよう。なぁ、キアラン」  
ゴーはうれしそうに彼女を見た。彼女は笑顔だったが、三人とは違っていた。  
「よかった。よかった…」  
小さくささやく彼女の目には、涙が光る。アルヴィナが心配して、彼女の顔を舐めていた。  
「くすぐったいよ、アルヴィナ。大丈夫。私は、うれしいのだから」  
彼女はアルヴィナを抱きしめる。アルヴィナは彼女の顔を見ると、なぁーと鳴いた。  
「キアラン、今すぐには難しいとは思うが、我らと小人たちとの距離が縮まるよう、心がけてくれ」  
しばらく恥ずかしそうに俯いていたオーンスタインは、顔を上げ三人を見渡す。  
「ありがとう。闇霊を追い払ったばかりだ。しばらくは敵襲も無いだろうから、頼んだぞ」  
「はい!」  
オーンスタインに、キアランは大きく返事を返した。  
「しばらくはゆっくりできるだろうが、あいつらは不死だ。動かなくなるまで叩く必要がある。しっかり  
休養を取り、次の敵襲に備えよう」  
ゴーの言葉に、三人は大きく頷いた。  
 
その夜、眠りにつく皆の中、アルトリウスはふと目が覚めた。  
隣には、野郎二人。そして、シフに包まるキアランとその隣で丸くなるアルヴィナ。  
彼女は常に、シフとアルヴィナの間で眠る。  
いくら四騎士といえど、女性だ。野郎三人と同じ部屋で眠るのは忍びないと、オーンスタインが配慮した事だ。  
シフもアルヴィナも、キアランを気に入っているようで、抵抗なく彼女の枕となり布団となった。  
本来の意図とは違い、周囲の者たちは、キアランを家畜と同じように扱っていると、勘違いしている。  
それなのに、非難するどころか、賛同の意を唱えるものさえいた。  
小さなうわさでしかない。もし、それが本当なら、王が許さないだろう。だが、キアランも自身も、シフと  
アルヴィナを家畜呼ばわりしたと、憤慨した事を覚えている。  
それなのに、今、自分は二匹と並ぶ彼女に、違和感を覚える。キアランを蔑んでいるのではない。  
ましてや、家畜など。ただ、その違和感が、嫉妬にも似た感情だと、思えるのだ。  
彼女の隣に、自身がいないことだろうか。それとも…。  
いつから、いつからだろうか。こんな感情を抱くようになったのは。  
アルトリウスはそう行き着いた所で、大きく首を振った。  
眠ろう。これは、悪い夢だ。  
そして、硬く目を閉じる。  
いつもは眠る事に抵抗をした。恐怖でもあった。目を閉じた瞬間、闇に飲まれるのではないかと。  
だが、自然と、眠りについた。それは、深く深く。  
 
「さて、これからどうするよ」  
アルトリウスが目覚めた時は、すでに朝も遅く、日が頂点より傾きかけていた。  
だが、此処は日の光が入らないのか、常に薄暗い。昨日眠りにつくのが遅かったアルトリウスは、時間の感覚まで  
鈍っているようにも思えた。それは、オーンスタインもゴーも同じなようだ。  
自身の武器は磨く所が無くなり、シフやアルヴィナの仕草をぼーっと見ていた。  
こういうとき、二匹の何気ない仕草が時を忘れてくれるようだ。  
だが、アルトリウスは気持ちの良い目覚めを迎えたばかりだ。ただ、何もしないのも退屈でしょうがない。  
「かといって、いきなりキアランと並んで、此処の者たちの手伝いなどできないだろう」  
オーンスタインが、何度目か忘れたため息を、深くつく。  
「俺たちが手伝いなどできるか。邪魔にしかならんぞ」  
ゴーは二匹から視線を外すと、自身の弓を手に取った。  
武器の手入れかと思いきや、弦をペンペンと弾きだす。ヒマつぶしに彼がよくする行為だ。  
今では、弦を指で押さえて弾き、音階まで作り出すくらいだ。  
「そういや、キアランは?飯のしたくでもしてるのか?」  
部屋に彼女がいないのを、二人に問うアルトリウスだが、二人から哀れみの視線を浴びる。  
「お前は食うことしか頭が無いのか。昨日の今日だろう。キアランは自ら此処の者たちの手伝いを買って出た」  
オーンスタインの力ない言葉に続き、ゴーがぼそぼそとつぶやく。  
「我らの一食は彼らの10人分だ。何の仕事もしないのに、10人分の食事を用意するはずがないだろう」  
そして、同時に二人が大きく息を吐く。  
どうやら、朝も昼も食事をしていないのだろう。  
「まじかよ!じゃあ、俺たち餓死するのかっ」  
「大きな声を出すな。敵襲の無い日は一日一食にすると、決めただけだ」  
アルトリウスの大声に、オーンスタインは力なく応えた。  
確かに、キアランの食事量と自分の食事量とでは、少なくとも倍は違う。  
アルトリウスは遅く起きた分、空腹感が大きいのだろう。  
「はぁ…。食事くらい、自分たちで用意できないものか…」  
と、大きく肩を落とした。  
その言葉に、ペンペンと弦を鳴らしていたゴーがふと気付いた。  
「そうだ、自分たちで確保すればいい」  
弦を弾いていた指を鳴らすと、ゴーは言った。  
「城壁の外に、飛竜を見かけた。竜の肉ならば力も出るだろう」  
何もしないよりはましかと、二人はゴーの提案に乗った。  
 
 

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