※DLCストーリーに関わる可能性もあるので、注意!(あくまで投下主はPC版を知らない自己設定物)  
 
 
さっそく三人は城門前まで来た。  
「ああ、そうか。敵襲が無い限りは此処は閉じていたな」  
ゴーが頭を掻いてそう言った。  
何もしないでいる事が苦痛であった三人は、何も考えずに城門前に来たようだ。  
「意外と狭い門だな。コレだと俺の大剣が二人に当っちまうから、ゴー持っててくれ」  
ゴーは、やれやれと言った風に大剣を受取った。剣をゴーに渡したアルトリウスは、辺りを見渡す。  
近くに井戸と、その周囲に大瓶が並んでいる。それに目がついたアルトリウスは、瓶を二つ手に取る。  
「このエレベータを降りると森に繋がっていたな。水でも汲んでくるよ。さすがにこんな小さな井戸で水汲み  
なんてできねぇしな」  
城門近くにエレベータがあった。アルトリウスはそちら側に向かう。  
「お前にしては、気が利くじゃないか」  
城門を見上げていたオーンスタインが、振り返ってアルトリウスを見た。  
「おいおい、どういう意味だ?」  
と、アルトリウスはオーンスタインに声は掛けたが、そのままエレベータにのり、下へ降りて行った。  
 
「城門を開けるよう、言ってこよう」  
アルトリウスの姿が見えなくなると、ゴーがそう言った。城門が開かないと、小人用の出入り口では小さすぎて  
外に出ることができないのだ。  
「では、私は城門が開いた時に備えよう」  
城内に戻ろうとするゴーに、オーンスタインが声を掛けた。彼は槍を構え、何者かが入り込まないよう警戒を強めた。  
ゴーは振り返り、来た道を戻ろうとした。が、ふと足元に違和感を感じた。何か小動物が横切る、そんな感じだ。  
弓で遠くの敵を打ち落とすのを得意とする彼の戦い方だ。常に周囲の異変には、敏感だ。  
たとえ城内といえど、そのクセは直さない。ゴーは無意識に足を止めていた。  
「うわっ、ちっさ」  
違和感に目線を落としたゴーは、思わずそう声をあげた。  
小人の子供だ。三人いるが、一人がゴー視線に捕まり、身動きできない。  
二人はゴーの傍を通り過ぎたが、残りの一人を心配して見つめていた。  
と、その時、ゴーが膝を落としてしゃがみこみ、子供らに声を掛ける。  
「どうした?何かあったのか?」  
ゴーが自分たちと同じ位置に視線を落としたことに、恐怖感が薄まったのか、ゴーの視線に捕まっていた子供の下に  
残りの二人が寄ってきた。  
ゴーが見ていた子供の一人が、震えながらも話しだす。  
「あ、の。キアランお姉ちゃんにお花を、渡そうと」  
その子供の手には、うっすらと光り輝く白い花が握られていた。  
後から寄ってきた二人の子供も、声を揃えて言った。  
「いつもお世話になってるから、お礼にと思って」  
「森で採ってきたんだ」  
子供たちの声は元気ではあるが、小さく震えているようにも聞き取れた。  
「ほぉ。それは有り難い。キアランも喜ぶだろう」  
ゴーはさらに身を縮めるように屈みこみ、子供の視線よりも自身の視線を下にして、子供の手に握られた花を見る。  
大きな顔に大きな瞳に見つめられ、子供はさらに恐縮したが、ゴーはその大きな瞳を細く緩めて言った。  
「綺麗な花だな。見せてもらってもいいかな?」  
ゴーの声が優しく響いたのだろうか、花を手に持つ子供は大きくうなずくと、ゴーの鼻先に花を差し出した。  
 
オーンスタインは、城門前でそのやり取りを見ていた。  
何のためらいもなく小人の前で膝を折るゴーの行為に、違和感を隠せない。  
ゴーのその、自身を下にする行為に。  
名誉ある四騎士の位を蔑むような、軽んじる行為とも思える行動に、オーンスタインは違和感を持つのだ。  
小人が下、そういう考えがどうしても外れない。たとえ王が認めたとしても、それはキアランであったからだ。  
自身と同じように勇ましく、そして強い。その潔さに王が認められた、彼女だ。  
だが、目の前の小人は違う。ましてや、名も無きただの小人の、しかも子供だ。  
弁えろ、そう声を荒げたい衝動すら駆られる自身を、オーンスタインは飲み込む。  
此処は小人の国。それだけではない。それは、等しくゴーの生い立ちにも関わること。  
ゴーが四騎士となった時、妙なうわさが飛び交った。うわさを信じるほど、愚かな行為は無いが、真実が分からぬ  
以上は、偽りとは言い難い事実。  
それは、ゴーが奴隷の出ではないか、という事だった。  
たとえ巨人の民といえど、神との差はある。奴隷として連れている鍛冶屋の者と、仲が良い事も気になった。  
ゴーに問うが、鍛冶の技術を持っていた方が、役に立つくらいにしか話さない。  
現にこうして遠征に出た際、武具の修理はゴーが行う。それだけでも、非常に助かっている。  
オーンスタインとて、奴隷の者と同じ位置に居ることなど、ありえぬこと。  
また、王の護衛として奴隷があてがわれるとは考え難い事。それを言うは、王を疑うことと同じ。  
ただ思われることは、王は神と等しき我らの民に差を用いることを嫌われたこと。それを望まれなかったこと。  
火の誕生と供に生まれた差異は、我らを脅かす種となるだろう。だが、生まれてしまった差異は、取り戻せぬもの。  
だから、奴隷の民を自身の側近、四騎士として平等をあらわされたのではないだろうか。  
オーンスタインは、そう答えを自身の中で結論として出していた。  
そうでなければ、下賎な輩と己が同等に扱われることなど、虫唾が走るもの。  
だが、それと同時に、ゴーのその垣根のない行為がうらやましいとも、思う。  
己には、到底できない。  
だが、今。ゴーが示すその行為そのものが、我らが行く道の渦中に必要となるであろう。  
それでも己には、到底出来ぬ行為。  
オーンスタインは苛立ちを隠すようにゴーに背を向けると、城門を見上げた。  
彼らのやり取りに、気付かないふりをした。見なかったことにした。そう、決め付けた。  
 
ゴーは指で子供の手に触れると、その先にある花を小さくつついていた。  
「なんと、花びら自体が光っているのか。これは珍しい」  
ゴーの声は低く穏やかだ。花を持つ子供は、花をさらに前に押し出した。  
そして、震える声で言う。  
「騎士さま、いつもありがとうございます。これ、お礼です」  
その言葉は棒読みではあったが、子供にしてはしっかりとした口調であった。  
隣に居た二人の子供は、頭を下げている。  
このように小さな子らにすら、気を遣わせる事に、此処の者たちの貧しさをゴーは感じた。  
本来なら、このようなことは大人が、しかるべき者がすべきことである。  
それが出来ないのは、純粋に貧しいか。それとも、我らが望まれぬ存在であるか、だ。  
こんな子供に大人の事情など、分かるわけは無い。だからこそ、この行為は有り難く受けなければダメだ。  
「俺が貰ってもいいのかな?キアランに渡すものではないのか?」  
それでも、子供相手に腹を探るようなことを、してしまう自身もしっかり大人の事情を抱えているものだ。  
子供らは、大きくうなずいてゴーを見上げる。  
「この花の茎と葉っぱが、傷に効きます。花びらはそのまま食べると、痛み止めになります。根っこを煎じて飲むと  
体が温まります。薬です。だから、騎士さまにあげます。ケガ、した時に、使ってください」  
子供にしては、しっかりとした口調であった。  
ずっと考えていたのだろうか、それとも、教え込まれていたのか。  
それでは、キアランお姉ちゃんという言葉は出てこないだろう。本来なら、キアランに渡すつもりであっただろうが  
ゴーに渡したという事は、キアランではなく、四騎士に渡したいという意思であろう。  
でなければこの場を去り、キアランを探して渡すはずだ。なにも、ゴーに渡す必要などない。  
ゴーはそこまで頭を回すと、小さな花を指でつまんで受取った。  
「ありがとう。できればこの花が、役に立たないことを願うよ」  
ゴーは小さく笑うと、体を起こす。  
「あ、でもその花は、暗がりに置くと光るんです」  
「夜、明かりの代わりになって、便利なんです」  
体を起こすゴーに、隣にいた二人の子供が必死に声を掛けた。  
「ばか、そういう意味じゃないだろっ。ケガなんかしないで、くださいっ」  
と、花を渡した子供が、慌てて二人を止めて言った。  
「はっはっはっは」  
ゴーは純粋に、その子供のやり取りがうれしかった。大声ではないが、声を出して笑う。  
「ありがとう。大切にするよ、勇者どの」  
そう言った時、二人の子供が驚き、花を渡した子供が首を大きく左右に振った。  
だが、ゴーは、子供らを見つめて言った。  
「何も敵を前にして戦うばかりが勇者ではない。勇気あるものが、勇者だ」  
そして、花を渡した子供に視線を合わせて。  
「俺に声をかけるには、勇気がいっただろう?」  
と、言うと片目を瞑った。  
子供らは大きく首を縦に振った。そして、目を潤ませる。  
そして、花を渡した子は肩を震わし、小さく泣き出してしまった。  
それを見て、ゴーは確信する。我らは受け入れられたと。ただ、怖がられていただけだと。  
ゴーは目を細めてもう一度、片目を瞑って言った。  
「お礼ついでに、一つお願いしてもいいかな?」  
ゴーの声は穏やかで優しい。  
「この城門を開くには、どうしたらいいかな?」  
その声に子供らは涙を拭きながら、大きくうなずいた。  
「うん。こっちの兵隊さんに言ったらいいよ」  
「こっちだよ」  
子供らは駆け出した。ゴーは三人の後に続く。彼らの前に立つと、誤って踏んづけてしまいそうだったからだ。  
 
オーンスタインは振り返り、この場を離れる四人を見送る。ゴーを先導する、三人の小人の子供が目に付いた。  
これが正しいとは思えない自身の葛藤と、これが正しいのだと認めようとする自身の葛藤が、彼を苦しめた。  
 
子供らと別れたゴーは、城門に行く前に一度、四騎士に当てられた兵舎に戻ることにした。  
アルトリウスの大剣と、子供らから貰った花を、置いてくるためだ。  
たとえ飛竜相手であっても、アルトリウスの大剣を担いだままだと、矢を番える時に邪魔になる。  
それに、これだけ小さな花だと、飛竜の咆哮一つで花びらが散ってしまうだろう。  
部屋に入ったゴーは、一瞬時が止まった。いや、一瞬ではない。  
ゴーはすぐさま兵舎の扉を閉めると、中央に歩みを進めた。  
中央には、無防備に寝転ぶキアランが居た。  
早朝より此処の者たちの手伝いを買って出たのだ。疲れ切って眠っているようだ。  
自身が座る座布団に横たわり、気持ちよさそうに寝息を立てている。  
自分らには座布団でしかない大きさでも、小人であるキアランには十分に布団である。  
手足を曲げて丸まれば、しっかり寝そべれるくらいの大きさはある。  
それだけではない。  
昼下がりまで働いていたのだろうか。その労をねぎらうかのように、彼女は身を清めていたようだ。  
僅かに体から、湯気を立たせている。風呂にでも入ったのだろう。風呂上りだからか、着る物も普段着より簡素だ。  
それに、濡れた髪が乾ききらずにしなんとなっている。いつもはさらさらと靡く髪も、しっとりと垂れている。  
白い肌はしっかりと温もったためか、ほんのりと赤みが差し、火照っているように映った。  
ゴーは思わず、彼女の火照った頬を撫でていた。  
頬を触られても息一つ乱さない彼女の眠りは、深い。  
ゴーはさらに彼女に触れる。しんなりした髪を掻き揚げ、その白い項を見つめる。  
彼女は、手足を曲げて横になっている。そのため、豊満な乳房が腕によって潰され、谷間の形はより強調される。  
彼女の項に指を這わすゴーの手のひらに、彼女の熱い吐息がかかった。  
すぐにでもその熱い吐息を、自身の唇で塞いでしまいたい衝動に駆られるが、ゴーは押さえ込む。  
「全く、コレのどこが赤子というのだ」  
小さくつぶやく。そのつぶやきは彼女には聞こえない。  
 
いくら四騎士の部屋だからといっても、無防備すぎるであろう。  
伝達のために、一般兵が入ってくるやもしれない。  
だからといって、疲れきった彼女を起こすには忍びないほど、気持ちよさそうに眠っている。  
ゴーはアルトリウスの大剣を邪魔にならないように部屋隅に置いた。  
部屋内には、彼女に寄り添うようにアルヴィナが居り、その隣ではシフが毛づくろいをしていた。  
「アルヴィナ。おいで」  
アルヴィナにそう声を掛けると、アルヴィナは小さく鳴いてゴーの足元に寄った。  
そして、キアランを座布団ごと抱えると、見晴らし塔へと上がった。  
見晴らし塔に座布団ごと彼女を寝かせる。幸いにも、今日は天気が良く肌寒いことはない。  
そして、彼女の枕元に光る花を置いた。  
昼間でも薄暗い此処だ。寝起きの彼女がびっくりしないように、明かり代わりに置いておくことにした。  
さっそくこの花が役に立つことに、ゴーは苦笑いだ。  
「アルヴィナ。キアランを頼んだぞ」  
部屋で寝るよりは、見晴らし塔の方がいいだろう。  
もし誰かが来れば、足音で彼女が起きるかもしれない。でも、今自身が上ってきても起きないくらい深い眠りだ。  
それでも、アルヴィナが危険を察知すれば、彼女を起こす。もし、危険が迫り、誰かが大勢で押し寄せたとしても、  
目を覚ました彼女にかなう敵など、はたして居るだろうか。  
それでも、彼女に対しては心配性のゴーは、見晴らし塔に続く階段の入り口にシフを陣取らせた。  
 
城門前に戻ったゴーは、城門前で微動だにしないオーンスタインに驚きながらも、苦笑交じりに言った。  
「待たせたな」  
そして、一風変わった矢を番えると、城門めがけて放った。  
甲高い笛の音色と供に矢が放物線を描いて城門に当ったと同時に、城門が開き始める。  
「なんだ、それは」  
見慣れない音と矢に、オーンスタインが槍を構えなおして言う。  
落ちた矢を拾いながら、ゴーは答える。  
「非常灯代わりに見張り兵が使用する笛を矢につけただけだ。この音は高いから遠くまで聞こえるらしい。此処の  
城門を開きっぱなしにすると飛竜が城内に入る恐れがあるそうだ。なので、俺らが出たらすぐに閉められる」  
その言葉に、オーンスタインの顔が曇った。  
「おいおい、締め出されるとでも思ったか?」  
オーンスタインは冗談とも聞こえるゴーの口調に、鼻息一つで答えた。  
「私には出来ぬ芸当だな」  
その言葉の意味を、ゴーは深くは知らない。  
 
「ひやぁ〜、こりゃ、思った以上に重労働だ…」  
情けない声を出すのは、水汲みに行ったアルトリウスだ。  
狭いエレベータを降りるところまではよかったが、何分小人用である。瓶を頭の上と股の下に置いてなんとか  
自身が降りれるくらいの狭さだ。それに加え、森に行くまでの洞窟も小人用だ。  
瓶が割れないように胸に抱えて四つん這いになりながらの、移動だ。非常に大変である。  
水を瓶一杯にすれば、今度は水がこぼれないように移動しなければならない。非常に大変である。  
なんとか這いずり出るようにしてエレベータに乗ると、ようやく城門前に戻った。  
城門の外では飛竜の咆哮がひっきりなしに聞こえる。  
「あ〜、俺もあっちに行けばよかった」  
と、今更後悔をしてもと思いながら、一杯になった瓶を両手に持ち替えた時、井戸の周りに小人の女官たちが  
ざわついているのが目についた。  
エレベータ前でしばらく気付かれないようにじっとしていると、女官たちの声が聞こえる。  
どうやら、此処に置いていた瓶がなくなっているのを、心配しているようだ。  
子供らが割ったのか。子供の手で割れるほど、小さくはない。もし割ったなら、破片があるはず。誰か盗んだのか。  
水が入っているなら盗む価値もあるだろうが、空の瓶を誰が盗むというのかと。もはや、言い争いだ。  
それは、巨漢アルトリウスの存在にすら気付けないほどである。  
アルトリウスはこれ以上事が大きくならないようにと、大きくため息をつくと、意を決して女官たちの方へ寄った。  
「探し物の瓶はコレだろ?」  
キアランと同じ。キアランと同じと、頭の中で繰り返しながら、アルトリウスは女官たちに声を掛けた。  
「オーンスタインとゴーが飛竜狩りに出かけたからな。俺は水汲みでもしようかと、瓶を借りていたんだ」  
自分でも棒読みかよと思うような口ぶりだが、アルトリウスを見上げる女官たちは、凍り付いていた。  
それが分かるから余計に気まずいアルトリウスである。  
「さすがにな、その。井戸は俺には小さすぎてよ。ほら、俺らがいつも体を洗う滝の水でも汲んできただけだよ」  
と、抱えていた瓶二つを、女官たちの前に置く。女官たちは、各々驚きながらも、喜んだ。  
だが、それだけではなかった。  
「森に行かれたのですか!気をつけてくださいまし。あそこには深淵の魔物が住むと謂われています。たとえ騎士  
さまといえど、お一人では決して行かないで下さいませ」  
女官の中の一番年寄りが、アルトリウスを見上げて言った。  
「あ、ああ。気をつけるよ」  
アルトリウスは、彼女の真剣な顔に若干気押されした。  
そして、彼女らは何度も頭を下げた。とんでもないことをさせたと、詫びるものもいた。  
だが、アルトリウスは自分がやったことだからと、女官たちをなだめてしまった。  
本来なら、空の瓶全てを満たしてやろうと思っていたが、思った以上に重労働だというのと、瓶二つでもここまで  
頭を下げられては、気まずいものだ。どうしようかと頭を掻いているアルトリウスに、女官の一人がその労を  
ねぎらうように言った。  
「瓶二つも水を満たして下さり、ありがとうございます。さあ、湯浴みをして体を癒してくださいませ」  
瓶といえど、小人にとっては大人の胸まである大きさだ。これを一杯にするには、井戸の桶ではかなりの重労働。  
二つも水汲みしなくて済むと、かなり楽になるというものだ。  
アルトリウスも、あんな狭苦しい思いを二度はしたくなかったので、女官の言うように従った。  
いつもは滝に打たれて体を洗う三人だ。  
湯浴みをするには体が大きすぎて湯を使いすぎることもあり、血塗られた自身の体は、滝の激流でもなければ、  
綺麗にならないくらいであった。だから、今日初めての湯浴みでもある。  
湯船は浸かるには小さすぎたし、湯桶で湯を汲むよりも自分の手ですくった方が多く掬えるのではないかと思う  
ほどだ。結局体を洗う程度にしかならなかったが、湯煙で室内はほどよく暑い。  
アルトリウスはしばらくサウナを楽しむと、ゆっくりと上がった。  
体を洗ったので、オーンスタインたちの飛竜狩りに加わるには気が引けた。  
結局ヒマを弄ぶようになるが、アルヴィナとシフの毛づくろいでもしようかと、アルトリウスは兵舎部屋に戻った。  
 
部屋に戻って、最初に目についたのが、自身の大剣である。  
何故ここにある?コレは、ゴーに渡したはずだ。  
次に、シフが目に付く。そして、目に付くはずのアルヴィナが居ない。  
シフは部屋中央でゴロゴロしているはずが、見晴らし塔の入り口に陣取って、伏せている。  
何かが変だ。  
アルトリウスはそう思った。変というか、いつもと違うのだ。  
シフはアルトリウスの存在に気付き、尻尾を振ってよってきた。  
アルトリウスはシフの頭を撫でると、シフを軽く手で押して見晴らし塔の入り口より離すと、階段を上った。  
見晴らし塔に行くと、アルヴィナが出迎えた。  
普段はシフの隣に居るはずのアルヴィナが、一人ここに居ることはまず無いはずなのに。  
な〜と、アルヴィナが鳴いた。その声にアルトリウスはハッとした。  
ハッとしたが、それ以上に気付く。アルヴィナの隣に居る、キアランの存在だ。  
「ただいま、アルヴィナ。しばらく、シフと一緒に居てくれ」  
自分でも、今何を言ったか分からないくらいだが、かろうじて普段の自分を演じることができたように思った。  
何故なら、アルヴィナはいつもどおりに、な〜と鳴くと、階段を下りていったのだから。  
ざわつく胸中を、必死で押さえようとするアルトリウス。  
目の前に居るのは、余りにも無防備なキアランだからだ。  
何故ここに居る?その疑問よりも、彼女の隣に置いてある花と、ゴーに渡した己の大剣の存在。  
ゴーが此処に来た。そして、キアランの無防備な姿。  
彼女はただ、疲れて眠っているだけだ。だが、その理由を彼は知らない。  
ただ、ゴーに預けた大剣の存在と、地上の月と思えるほどの綺麗な花が、彼女に添えてあることだ。  
二人はどういう関係なのか。親しい間なのか。そういう黒い疑惑が、渦巻く。  
それ以上に、彼女の無防備な姿が、己を荒立つ。  
彼女を好く感情とは、別する、彼女を手に入れようとする感情。  
深淵の魔物の存在が、今となって己の中に渦巻く。  
やめてくれ。俺は、俺は…。  
アルトリウスは何度も己の黒いモノを追い払うように、頭を左右に振る。  
「キアラン…」  
そして、彼女を呼んだ。  
これ以上、自分一人になると、いけない。危険だ。そう、自分自身が自分自身に危険信号を送る。  
「キアラン!」  
もう一度彼女を呼んだ。彼女のその、地上の月の光で、己の黒いモノを浄化してほしいと。困窮するがごとく。  
 
キアランは、目を開けた。  
疲れきってはいたが、しっかりと眠ることができたのだろう。  
深い眠りは、時間がたつことによって、浅いものとなっていたようだ。  
アルトリウスの押し殺したような声でも、彼女は目を覚ますことができたようだ。  
だが、眠っていた方が、よかったのだ。そう思うには、そう気付くには、遅すぎたようだ。  
いや、早すぎた。早すぎた目覚めが、彼女の思考を鈍らせた。  
「アルトリウス?」  
まだ、自分がどういった状況に居るのかが、瞬時には理解できなかった。  
どうして今、自分は此処に居るのだろうか。部屋内で寝ていたはずだった。  
寝ている状況は全く変わらない。ただ、寝ている場所が違うだけだ。  
そして、目の前にいるアルトリウス。  
「どうして此処に?」  
見上げる彼の視線が自身に向けられていることに、彼女はハッとした。  
そして、慌てて自身の服の乱れを整える。  
いくら四騎士、仲間同士であったとしても、成人男性に見せてよい格好とは言い難いからだ。  
本来は女官が着るような服である。寝巻きとまではいかないが、仮眠を取るつもりで簡素な服を選んでいた。  
「着替えてくる」  
彼女は立ち上がる。今どうして此処に居るのか。その理由を探すよりも、自身の身を整えることが先決だ。  
このままでは、いけない。そのシグナルが彼女に、恐怖に似た感情を持たせた。  
だから、いつもよりもずっと、歩みが遅くなった。足が震えていたかもしれない。  
アルトリウスに見つめられ、その視線に捕獲されて、身動きすら、ままならないように。  
「待て」  
彼の隣を過ぎようとした時、アルトリウスの制する声と同時に、キアランは腕を取られた。  
「此処にいろ」  
見晴らし塔は広くない。彼女とアルトリウスの二人で、すでに満員だ。  
彼の隣を過ぎなければ、階段を降りることはできない。素通りすらできず、腕をとられたキアランは、アルトリウス  
を見上げた。  
まだ、夜ではない。日中も薄暗いとはいえ、今は二人には存在が知れぬ、謎の光る花が、明かりの代わりに二人を  
照らしている。その淡い光では、アルトリウスの表情を隠すことまでできなかった。  
此処にいろ、そう命じられた彼女の瞳には、アルトリウスの視線がはっきりと映った。  
それは縁側でくつろぐ翁ではない。精悍な、成熟した男の目。  
その目に射抜かれた瞬間、彼女の動きは封じられる。  
声だけでも、あげるべきだ。そうすれば、耳の良いアルヴィナが彼女の危険を察してくれる。  
アルヴィナが危険を察すれば、シフが此処に駆けつけてくれるはずだ。  
アルトリウスと自身の間にシフが入れば、今の不甲斐ない自分でも、一戦を退けるくらいは出来るかもしれない。  
だが、声すらあげることも、封じられる。恐怖すら、感じる。地上の闇に、吸い込まれていく。  
今、此処で二人で居ることは、決してあってはいけないことの始まりを意味するというのに。  
アルトリウスの腕が、もう一つ彼女の腕を取った。両肩を握られ、彼女は視線をそらすことができない。  
「しばらく、俺に付き合え」  
アルトリウスの低い声と同時に、彼女の両足が宙に浮く。そして、彼の胸中に捕獲されてしまった。  
 
手に入れた。地上の月を。己の腕の中に、手に入れた。  
彼の感情は、欲望を満たした満足感で溢れた。  
その心地よさは、自身の闇が彼を満たしていることに気付けないほどであった。  
今しがた彼女が眠っていた座布団に、アルトリウスは深く腰掛けた。  
見晴らし塔の囲いの塀に寄りかかるように座り、足を投げ出す。  
そして、自身の下腹部の上に、獲物を乗せた。  
驚いたように目を開き、自身を真っ直ぐに見つめる彼女の震える視線を心地よく受けながら、アルトリウスは黄金に  
光る彼女の髪を撫でていた。  
しっとりとした彼女の髪は、普段とは違って彼の指を心地よく触った。  
幾分濡れた髪は、花の発する僅かな光でも黄金に輝かせた。  
普段着よりもラフな女官の服は、首元が大きく肌蹴け、彼女の項を魅せている。そして、豊満な胸元も。  
アルトリウスの視線が胸元に移った時、彼女は視線を落として胸元を隠すような仕草をした。  
両肩から彼の腕は離れている。彼女はただ、彼の下腹部に跨っているだけだ。  
逃げようと思えばいつでも、逃げることができる。だが、逃げることはできない。  
察しろというオーンスタインの言葉が、今となってようやくその本意を知る。  
今、自分が彼の元を離れたら。そう思うだけで、彼女は恐怖を感じた。  
まだ、自分を奪うだけなら、それでいい。拒否を試みなかった、自身にも責任があるのだから。  
 
アルトリウスは、胸元を隠した彼女の手を払うようなことはしない。  
右腕で彼女の髪を掻き上げる。それだけで、彼女の首筋がアルトリウスの目線を奪うのだ。  
首筋を指でなぞる。柔らかく、僅かに冷たい。見晴らし塔の風にあたって彼女の体が冷えたのか、それとも己の体温  
が、必要以上に高いからか。  
「思った以上に、綺麗なんだな」  
アルトリウスは、彼女に問いかけるとも独り言とも聞こえるように、つぶやいた。ため息も一緒に吐き捨てる。  
「柔らかい、な」  
彼女の首筋から肩、そして脇、腹となぞるように彼女の体に触れていくアルトリウス。  
女官の服は、上下が繋がっていた。下は長い裾になっており、スカートのようだ。彼女の白い足が、長い裾から  
はみ出している。  
アルトリウスの腕は、彼女の足を捉える。柔らかくほんのりと冷たい。吸い付くようにきめ細かい肌触りは、この上  
なく心地よい。  
今すぐにでもその長い裾を捲くり上げ、彼女の全てを奪いたい衝動に駆られる。  
だが、アルトリウスは押さえ込む。もはや自身の溢れた欲情は抑えがたき衝動であったが、彼女の震える姿が一線を  
越えずに留まらせる。  
彼女のその、小さな姿が。  
まるで、子供のような、その幼い姿が。  
だが、目の前に光る黄金色の月は、子供と呼ぶには余りにも艶やかであった。  
いや、大人である。成熟した、女性。男を受け入れ、次なる生を繋げゆく女性。  
両手で押さえた彼女の胸元でへしゃげる、豊満な乳房は、とうてい子供が成せるものでない。  
「はぁ…」  
アルトリウスは、深く息を漏らした。その吐息は熱い。  
彼女の足を撫でていた腕は、彼女の胸元に惹かれた。胸元を覆う両手に、アルトリウスの手のひらが触れる。  
その時、アルトリウスは首を左右に振った。  
「すまない。これ以上は…」  
手のひらに触れた彼女の腕が、小さく震えていたことに、アルトリウスは少しばかり理性を戻した。  
両手を彼女から離して、床につける。  
「分かるだろう?キアラン。俺もお前も、子供じゃないから…」  
何とか言葉を発しようとするアルトリウス。吐息が漏れ、苦しそうに彼女を見つめる。  
キアランはずっと、彼を見ていた。  
自分に触れる彼の手のひらの熱さ、そして、苦しそうに吐き出す彼の呼吸。  
これ以上は、これ以上一緒に居れば。その続きの言葉は、言わずとも分かる事。  
だが、彼女とて成熟した大人である。目の前の、精悍な雄を見て、何も感じないのは正常ではないだろう。  
メスを誘うオスの吐息を間近で聞かされ、全身を弄られてまで、何も感じないのはそれこそ異常であろう。  
「私も、触っていい?」  
彼女のささやく声は、アルトリウスの意表をついた。目を丸くし言葉に詰まる彼に彼女は、もう一度言った。  
「私も、あなたに触れたい」  
目の前の成熟したオスは、単に男ではない。神に近し種の者。決して触れる事を許されぬ存在。  
だが今、それが許される。一線を越えたのは、もはや彼女の方。  
誘われて、引き込まれ、その闇に飛び込む。月とは、闇夜に浮かんでこそ、美しく輝くものなのだ。  
 
胸元に留まっていた両手が、アルトリウスに伸ばされた。  
アルトリウスは思わず後ずさった。そのため彼女の重心が崩れ、彼の胸に倒れこむ。  
「きゃっ」  
小さく悲鳴を上げる彼女を、アルトリウスは両腕で抱きしめた。  
彼女の豊満な乳房は、己の胸元で潰される。その感触が、アルトリウスの理性を押し潰そうとしていく。  
彼女は目の前の胸板に、手のひらを這わした。触ってみたかったものでもあった。  
彼も、湯浴みをしたばかりだ。鎧の下に着る薄い布服のみでは、精悍な肉体は隠しきれない。  
自分の胸よりも大きな胸筋だが、弾力があって硬いばかりではない。  
彼女は顔を上げ、彼の胸板に両手をついて上半身を起こした。  
彼女を抱きしめたアルトリウスの腕は、さほど力が入っていなかったので、彼女を簡単に自由にした。  
今度は、己が彼女に自由にされる番だ。  
アルトリウスは微笑んだ。彼女の恐怖に震えていた瞳は、好奇心に満ちたいつもの彼女の瞳であったから。  
彼女は、もう一度彼の胸板を触る。時折体重をかけ、その弾力を感じた。  
アルトリウスの視線も、穏やかだ。  
時折吐く息は熱いままだが、それでも小さく笑う彼に、彼女の心は穏やかに高まる。  
「すごい、大きい」  
胸板から腕に彼女の興味が移る。両肩に盛り上がる彼の筋肉に触れながら、彼女はその大きさに感嘆の声を上げる。  
自分の顔よりも大きな肩だ。そして、肩から腕、手のひら、指まで触っていく。  
大きくて太くて、硬い指。彼女は彼の中指を握った。  
「指で握手できるよ」  
その子供っぽい言葉に、アルトリウスは小さくフフと笑った。彼女は低く笑う彼に、視線を戻した。  
アルトリウスが触れたように、彼女も彼の項に触れる。そして、顎、頬、額、髪と触れていく。  
彼の髪もしんなりと濡れており、彼女の指に心地よく触れた。  
「意外と、柔らかいんだね」  
彼女の素朴な意見に、アルトリウスは目を細める。  
その表情は穏やかだが、花の僅かな光は、彼の端正な顔立ちをよく映した。  
キアランは、アルトリウスのその美しさに目を奪われる。  
いつも、見上げていた彼の、いつもよく見ることがなかった、彼のその顔立ち。  
両手で彼の頬を包むように触れる。そして、自身の瞳の倍はありそうな、大きな瞳に自分を映す。  
まつげも、およそ男の持ち物ではないように、長い。鼻筋も、自分の鼻ぺちゃと比べられないほど、高い。  
惹かれる。吸い込まれるようだ。  
アルトリウスも、それは同じ。  
手に入れたかった地上の月が、自ら己の手中に飛び込んだ。艶やかで美しい、その月。  
 
彼女の興味はさらに深まる。彼の頬を触れていた指が、彼の唇に触れる。  
唇に触れた時、アルトリウスは驚いたように目を開いたが、彼女の指の冷たさが心地よく、その指に小さく  
噛み付いた。そして、彼女の手を取り、その手の甲にキスをした。  
キアランは驚いた。キスなど、したこともされたことも無い。当たり前といえば当たり前の事だが。  
だから、自分以上に彼が自身に惹かれていることを、否応でも知る。  
もっと、触れてもいいのか。もっと、触れたい。それ以上に、彼を知りたい。その興味がキアランにも溢れる。  
アルトリウスのうっとりとした瞳と、切れ長な視線に見つめられ、胸が高まる。  
本当は、触れたいのではない。触れたいだけではない。触れていたいのは、指なんかじゃない。指だけではない。  
お互いが求めるは、二人の距離が縮まること。二人の吐息が重なる。  
 
先に瞳を閉じたのは、アルトリウスの方だった。触れた彼女の手を離し、その手で彼女の頭を撫でる。  
そのまま、自身に引き寄せるようにも思えるその行動は、一線を越えた彼女に対し、遅れて一線を踏み込む行為。  
彼女は押されるまま、瞳を閉じた。  
合わさった吐息は、お互いの唇でふさがれる。  
 

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