古の神々が暮らしていた都―アノール・ロンド。
黄昏に染まっていた美しい風景はいまや無く、その空間は漆黒の闇と冷たい月明かりに支配されていた。
金属のぶつかり合う鈍い音、霊体のソウルが削れる独特の音が響く。
それはしばらく続いたが、燃え盛る炎の音と、背後から無慈悲に心臓を抉る音を境に静まった。
石と鎖で出来た重厚な鎧を纏った戦士は青い光りを放つ霊体の身体を足蹴にして乱暴に魔剣を引き抜く。
魔女の魂で作られたとされるそれは、今しがた得た人間性を喰らいさらに熱を増したように見えた。
戦士が不気味な容貌の仮面を脱ぎ、エスト瓶を口に含む。
―― 女だった。
重厚な鎧には不釣合いの若い女は、瓶から唇を離すと背後の霊体に目をやり、軽く一礼した。
並んだ二つの霊体も一礼する。
そして女は再び仮面を被り、干からびた指を両手で包んだ。
人間性もソウルも、遥か昔に必要なくなった。
言葉は必要ない。
世界を救う事にも滅ぼす事にも飽きた不死人達の終わらない狂宴。
ふと、女が2、3歩立ち位置を変え、廊下の先を真っ直ぐ見つめる。
程なくして世界の軸が交わる音が木霊した。
見つめた先に黒い陣が描かれ、そこから暗月の剣たる青い霊体が侵入してきた。
暗月の騎士に、自分に裁きを下すために侵入した霊体に女は一礼する。
まるで何時、どこから霊体が侵入するか分かっていたかのような振る舞いだったが
背後に控えた霊体はさして驚いた様子も無く続いて一礼した。
珍しく律儀な罪人だ…そう思ったのか、暗月の騎士も両手を揃え、丁寧に礼をする。
その瞬間、騎士の礼が終わるのを待たずに女は素早く複雑な細工のされたボウガンの引き金に指をかけた。
気づいた騎士は回避しようとしたが間に合わず、左腕からわき腹にかけて3本の矢を受ける事となった。
騎士は青い光に怒りを滲ませ、タリスマンを片手に女へ突進する。
女は盾を構え直しそれに応える。空気が激しく振動する音と衝撃波が生じる。
片方の白い霊体のソウルが剥がれ落ち、消滅する音が聞こえたが女は動じない。
背後を取られないよう、女がローリングで距離を取る。
そこで再び霊体の侵入する音が響いた。
仮面の奥で女が笑う。騎士の奇跡を器用に躱しながら。
三度目の奇跡を騎士と交差する形ですり抜ける。
ローリングした体制から素早く立ち上がると、背後を取った女は騎士に致命の一撃を叩き込む。
魔剣を騎士の身体に突き立てる視界の端で、白い霊体の頭が闇霊の鉄塊で粉砕されていることを確認した。
女は剣を抜きながら、赤黒い光りの霊体に向き直る。
………
「何やってるんだろう」
数刻後、月夜の回廊で、一人残された女は呟いた。
「ロートレクさんっ……どう…して……?」
誰もいない広い回廊。夜に閉ざされている事を除けば、あの時の事によく似ていた。
「貴公か…少しは賢いと思っていたのだがな…」
アノール・ロンドを初めて訪れた時の事。まだ女が呪術師と呼ばれていた時の事。
「い…やっ……やめ…」
自分が呪術師であっても、微笑んでくれる女性が居た。
灰色の聖女。その復讐を誓って果たした、初めての侵入。
「どうした?この程度で声を上げるか?…クク、"あの火防女"はもう少し堪え性が在ったがなぁ?」
「う…そ…っ、んっ、まさかっ……アナスタシアまで…っ!?」
相手は霊体を従えて侵入者を待ち構えていた。
この世界の篝火は彼女の物ではない。エスト瓶は役に立たなかった。
世界は霧に閉ざされ逃げる事もできない。結果は明白だった。
兜を取り去った男の冷たい笑み。
「いやっ……いや、いやあああああああああ!!!!!!!」
脚は無理やり押し広げられ、無遠慮に子宮を突き動かされる。
乳房は白霊によって弄ばれ歪に形を変えていく。
拒絶と罵声を叫ぶしかなかった唇にも、やがて白霊の肉棒がねじ込まれ喉の奥まで犯された。
「外道っ……っ、げほっ……っふ、はぁっ…はぁっ…この外道…!」
胎内を、肢体を、美しかった顔までも白濁で汚されなお罵倒する。
握り絞めた右手の炎が酷く赤く灯っていたのを覚えている。
「外道…かぁ」
篝火を見つめる。装備にソウルを充てながら女はため息をついた。
「何時の間にか私も外道になっちゃったなぁ。」
仮面を外して髪をかき上げる。先ほどの戦闘を思い出し苦笑した。
「思い出せば、アイツの外道っぷりも可愛いモンだったね」
アヴェリンの動作を確認する。どこにも異常は無さそうだ。
「アイツ、いま何してるかなぁ…あ…違うか。"今回"は"どうしてやったんだっけ"か…」
クスリと残酷な笑みを浮かべる。まだ笑みを浮かべる程度の人間性は残っているようだ。
牢の中で押し倒して、犯して縊り殺してやったことを思い出した頃には、全ての装備の修復が終わっていた。
女は重い鎧を脱ぎ、簡素だが上等の黒金糸で出来たローブに着替えた
「色々思い出したら…興奮してきちゃった」
着替えを済ませ、底なしの木箱の蓋を閉めると女は瞳を閉じ篝火に手をかざした。
柔らかい芝生、青い空。
篝火から転送されると、そこには見慣れた景色が広がっていた。
火継ぎの祭祀場。多くの不死が訪れ、そして去っていった場所。
女は遺跡のような朽ち果てた建造物の一角へ歩いていく
「ああ…君か。久しぶりだね」
女の存在に気づき、黒いコートを着た若い男が読んでいた本を閉じる。
「お久しぶり、お勉強の邪魔しちゃったかしら。ごめんなさいね」
「いや…ここに居た人たちは皆どこかへ去っていった。君が来てくれると嬉しいよ」
「どこかに…そうね、どこに行っちゃったのかしらね。ふふ」
「しかし、君ほどの実力者なら私の魔術はもう必要ないだろう。そろそろ…私も師を追って公爵の書庫を目指すことにするよ」
「……そう」
女はそっけなく答える。かつて笑顔で送り出した言葉に。
そしていつしか必死で引き止めるようになった言葉に。一緒に行く、と申し出たこともあった。
結果は…変わらなかった。
「私にはたどり着けないかも知れない。けれども…」
「分かっているのに行くのね」
「ああ。これはいわば…私の意地なんだ」
「勿体無い」
「…え?」
意図の分からない女の答えに困惑する間もなく、男は女に迫られる。
「勿体無いなぁ…どうせ亡者になっちゃうならさ…」
女は赤い唇を吊り上げながら、ゆっくり男の頬を撫でる。
その右手は闇霊に似た赤黒い霧を纏っている。
「貴方をぜーんぶ、私にちょうだい…?」
「なっ……何…を……っ!?」
唇を重ねる。女は軽く啄ばむように男の唇を吸い上げる。
頬に当てていた手を首へ廻し、お互いの距離を近づけ、唇を優しく舐め上げる。
「ん……ちゅっ……っん、ちゅっ…」
「…っ、いきなりどうし……」
男は困惑しながらも、女を引きはがそうと女の両肩を掴むが力が入らない。
薄く開いた唇から女の舌が侵入する。
首へ廻した手を一層強め、胸の柔らかさが伝わる程身体を密着させながら舌を絡ませる。
ついに男は身体を支えられなくなり、芝生に仰向けに倒れる形となった。
「なんだか急にね…したくなっちゃったの」
男に馬乗りになり、温もりを確認するように細い指先で唇を撫でながら女は囁いた。
「いや、しかし、だからといって……」
「やっぱり貴方は何時も真面目なのね」
ゆっくりと、女は男の黒いコートを脱がしにかかる。
男はそれを制止しようとするが、相変わらず身体に力が入らないどころか焦点も合わなくなってきた。
「自分の身体を大切にするべきだ。それに祭祀場にはまだ人が…」
霧を纏った右手で身体に触れられる度に気力や思考力が奪われていく。
"不死人"と"亡者"を隔てるための人間性が薄れていく。
「ペトルスはもう居ない。ラレンティウスも……もう居ないよ…」
―― もう居ない……だって私がこんなふうに……
女は心の中でそう付け足して笑い、男の下半身に指を伸ばす。甘い刺激が男の判断力をさらに鈍らせる。
―― そうか、人が居ないなら問題ないか…
考える機能が麻痺しつつある男の頭の片隅で、そんな考えがぼんやりと浮かんだ。
男の瞳が徐々に虚ろになっていく様を満足気に見つめながら、女は露出した男の肉棒に舌を絡める。
先端を尖らせた舌先で転がし、全体を両手の指で包み込みながら溝や裏筋へと舌を動かしていく。
「んちゅっ……ん…っ、ふうっ……っちゅ…」
亀頭を全て口に含み、舌全体で裏側を刺激する。粘膜が擦れる音までが快感として認識される。
唇が上下する度に身体へぞくぞくと波が伝わり、男は喉を反らせ眉をひそめる。
「んぅ…れろっ……っぷはっ…大きくなったね…」
唇を粘液で煌かせながらそう言うと、女は自らのローブをたくし上げながら起き上がった。
力なく横たわった男のぼやけた視線と、跨った女の視線が交差する。
「君は…」
掠れるような声で男は呟いた。
「…君は、もう…まともじゃないのか…?」
女は答えない。返答の代わりに、笑みを浮かべながら肉棒を秘所へあてがう。
「ふふ……入ってる…っ」
怒張が秘裂へ飲み込まれていく。
女は歓喜の声を上げながら腰を落とし、全て収まりきるとそれを男に見せ付けるようにローブの端を摘んだ。
「ねぇ…ほら…全部入ったよ。……気持ち良いね?」
そう言うと両手を男の胸に当て腰を上下させる。
ゆっくりと、雁首が自分の好きな場所を刺激するように腰を動かす。
「あっ……はぁっ……あ、ぁ……っ」
トロトロになった愛液が絡みつく。敏感な肉芽をこすりつけて甘い吐息を漏らす。
時折きゅうきゅうと肉棒を締め付けながら腰を動かす内に、女の吐息が荒くなる。
「……っ、だめだっ…やめっ……このまま…ではっ…」
男も限界が近づいてきたのか、同じように呼吸が荒くなっていく。
「はぁっ……ふ…ふふっ…あんっ……ひぅっ…」
不適な笑みを浮かべながら、女は体重をかけている両手を胸元から首元へ移動させる。
「いいの…イイのっ……このままでっ…中に…」
上下する腰の動きが激しくなる。
「気持ちいいっ……奥でっ……おっきくなってっ……あっ…ん、全部っ…
全部ちょうだいっ!貴方のっ、精液もっ、人間性も…ソウルも、ぜんぶぅっ…!」
女の両手が男の首根を捕らえる。
「っく……あ……出……っ………っかはっ…ッ!?、っく、あ……っ!」
女は恍惚の表情を浮かべながら、両手に精一杯体重をかける。
「あ、すごいっ……お、おかしくなるっ…!私の中にっ……いっぱい…!
精液がっ…どくどく入って…人間性も…あ、これ…これ好きぃ…好きなのおおおぉっ…!」
男は絶頂に達しながらも、酸素を求めて顎を震わせ足掻こうとする。
女の手を退けようとするが、伸ばした腕は溢れ出たソウルで半ば実体を失いつつある。
子宮は精液で満たされ、不死としての身体はソウルで満たされ、女はがくがくと身体を震わせる。
「ふ……ぁ……も…らめ……」
どさりと、満足気に女が身体を芝生に預ける頃には、そこに男の姿は無く
ただ静かに眠る竜印の指輪と秘匿とされる隠密の魔術だけが残っていた。
いつからか、こうする事が女の習慣になっていた。
絶望しか生まない、この呪われた地を何度も巡った女の習慣。
結末を知っていても、結末は変えられない。
彼女は世界を玩具としか思わなくなっていた。
そして女はまた一つ、罪を重ねた。
この世界ではもう、薪を屠る位しかやる事は無さそうだ。
なぜ彼女は最初の火を求めるのか。そんな事はとうに考えることを止めた。
否、考える事ができなくなってきたのか。
誰よりも人間性を持っているはずなのに、確実に亡者へと変わりつつある。
人間性もソウルも必要無くなったはずなのに、貪欲にそれらを求め続ける。
彼女は最初の火の炉へ向かうため、深淵へと至る階段を降りていった。