「……ああ!気が付かなくて申し訳ありません」  
「こっちこそ、祈りの邪魔をしちゃったみたいね」  
 
 毎日、よくもここまで真面目に祈りを捧げることができるものだと、彼女以外の者であればあきれ果てていただろう。  
 
「でも、私の知っている奇跡の話はもう無いのですが、何か御用でしょうか」  
 
 彼女は高貴な家のお嬢様らしく、世間知らずで白教の教え以外何も知らなかった。  
 
「いや、今日は他の話をしようと思ってさ。ほら、お菓子も持ってきたから」  
 
 彼女、レアは奇跡の話以外しようとはしなかった。出来なかったという事は彼女と何度か話して分かっていた。  
恐らくずっと寺院で囲われて暮らしてきたのだろう、話す相手もお付の聖職者ぐらいであったはず。  
 
 私は騎士の家系に生まれたものの、騎士としての生き方を強要されてはいなかった。  
幼い頃は男の子と遊び、親泣かせな事もやったけど、自分の意思で生きる事を教えてくれた両親には感謝している。  
だから、彼女と初めて会った時は、堅苦しい型どおりの聖職者という印象しかなかった。  
 
「他の話しと言われましても…私には…」  
「うん、私の話しを聞いてくれるだけでいいからさ。偶には気を抜く事も必要よ。」  
 
 あの馬鹿に蹴落とされた時、暗闇の中で見た彼女の姿。  
力無く、ただ祈る事しか出来なかった彼女の姿はまるで翼を折られた天使に見えた。  
 
 
 
「…でさ、その虫じゃないと喰いつかないんだけど、その虫ってのが凄い暴れるからさ」  
「え…虫をちぎって…」  
 
 うん、引かれてるな。正直、私もそんなに話題があるほうじゃない。  
流石に釣りの話しはなかったかと思うけど、思い返せば女らしい事ってやってなかったなぁ。  
 
「ま、まあ、ほら、喉も渇いたしお茶にしよう」  
 
 自慢じゃないがお菓子は手作り…まぁこれも男友達から教えてもらったんだけど。  
呪術の火でお湯を沸かす。初めて呪術を見せた時は偏見じゃなく、単純に驚いてくれたのが可愛くて、つい大発火を見せて泣かせてしまった事もあった。  
 
カップにお茶を注ぎ彼女に手渡す。不死街には食器などが風化せずに残っているのはこれも時の歪みのせいなのだろうか。  
 
「熱いからね、気をつけるんだよ」  
「子供じゃありませんから……あつっ」  
 
 少しむくれてそのままカップに口を付けて熱がってくれる。慌ててカップをふぅふぅとするのがまた可愛い、計算通り。  
クッキーをかじりながら彼女と共に過ごすこの時間の喜びを噛み締めていた。  
当たり前の事なんだろう、好きな人と一緒にいるのが愉しいなんて。  
不死となって今まで、こんなに安心できる時間なんて無かった。  
 
 この地では不死である私に親切にしてくれる人たちは居た、でも違う。  
レアとは一緒に居るだけで嬉しいんだ、恋せよ乙女の意味が今はよく分かる。  
 
 私達は何も言わない。レアは食べてくれてるし、私はそれを眺めるだけで十分だったから。  
 
「あの…」  
「ど、どうしたの?」  
 
 レアが重々しく口を開いた。何か気に障るような事をやってしまっていたのか、それとも口に合わなかったのか。  
もしかして、私の気持ちに気付かれてしまったのか。  
 
「申し訳ありません…」  
「え、ああ、気にしなくていいさ。私、作るの好きだしね」  
「違います。私…貴女に何もしてやれなくて…お話も出来ませんし…。こんな私に優しくしてもらって…その…私の事、嫌いに…ならないで下さい…」  
 
 これはまずい。そんな目でそんな事言われたら、我慢が出来なくなる。  
 
「レア、私は貴女を嫌いになる事なんてない。約束するわ」  
 
 私は拳を握り、小指だけ立てて見せた。  
 
「あの、これは?」  
「指きりげんまんって言ってさ。お互いの小指をこう合わせて指きりげんまん嘘付いたら針千本飲ますって呪文を唱えたら約束が守られるってお呪いよ」  
 
 不死になる前、東国を旅していた時に子供たちに教えてもらった。意味は分からないけど子供たちが笑顔でそれをやっていたのがとても愛らしく思えた。  
 
「こう、ですか?」  
 
 私の真似をしてレアも小指を立てていた。  
レアの小さな拳からちょんと顔を出している小指はまるで白磁のように綺麗だ。  
 
「こうやって指を絡めて、と。じゃあいくよ」  
 
ゆーびきーりげーんまーんうそついたらはりせんぼんのーっますっ  
 
 レアはとても恥ずかしそうにして声になっておらず私の声だけが教会に響いていた。  
 
「これで、良かったのですか?」  
「うーん。何か最後に言ってた様な気もする…」  
 
 何か一言、それが終わった事を示す言葉があったような気もするけど思い出せない。  
 
「そんな…儀式が不完全なら呪いが返ってくるとか…」  
 
 そんな事を真面目に考えてる、そんなレアだから愛おしい。  
私はレアの体を抱き寄せて、彼女の頭を胸元に埋める。  
 
「大丈夫よ…そんなことはありはしないから」  
「え?あ、あの…」  
「ねえ、レア。私の事、好き?」  
 
 まずい、自分が抑えきれない。私は今までで満足してたはずなのに、自分じゃない何かが体を支配しているようだった。  
 
「…嫌いでは、ありません。そんな訳、ありません…」  
「好きじゃ、ないの…?」  
「…………すき………です……」  
 
 消え行くような声だったけど、はっきりと聴こえた。  
 
「レア…」  
 
 私はレアの頬を掴んで、私の顔へ向けさせる。  
 
「だめです…私は、神に仕える身…ですから…」  
「ごめんなさい、もう我慢できない…」  
 
 私はレアの唇を奪った。恐らく、初めての。  
目を開いて離れようとする彼女の頭を押さえつけ、息が切れるまで?がり続けた。  
 
「ぷは…ぁ。」  
 
 息苦しそうにしながら涙に潤んだ目で私を見る。  
そんな目で見ないで、私は貴女を愛しているのだから…。  
 
「レアの体、見せて…」  
 
 その言葉を聞いた彼女は必死に私の手を離そうとするが、あまりにも弱い力が私の中の何かを刺激する。  
 
「いや…あぁぁ!」  
 
 無理矢理彼女の上衣の胸元を引きちぎった。小振りで、愛らしくて、まさに想像通りの双丘が私の目に映された。  
 
「きれいよ…レア…」  
 
 つんとたった乳首を口に含む。彼女の匂いが鼻を擽り、頭の中はレアの事しか考えられなくなっていた。  
 
「やめて…おねがい、ですから…」  
 
 レアは涙を零していた。でも、止められるはずがない。  
貴女が欲しい、守ってやりたい、だから貴女の全てを私に見せて―  
 
 それから先の事はよく覚えていない。気付いたら祭祀場に私は居た。  
話しかけてきたグリッグスを無言の圧力で押し帰していたのはよく覚えている。  
 
 あれは裏切りだったのだろうか、私は彼女を傷つけてしまったのだろうか。  
 
 やめて…  
   
 彼女の声が頭の中を駆け巡る、目を閉じれば彼女の泣き顔が現われる。  
 
 …これが後悔というものか。  
泣く事はしなかった。私が全て悪いのだから。  
 
 彼女に罪を償おう、そのことを神に誓い立てよう。  
私はエレベータを昇り、あの教戒師の下へ向かった。道中、レアが居るはずであろう方は一切見遣ることなく。  
帰ってきたら、何と言われても良い、殺されても良い、謝ろう。  
 
 きっと彼女は待っていてくれてるはずだから。  
 
 

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