「―――やあ、また君か。罪を想うのは良い事だね」  
「懺悔を…教戒師様、私の罪を聞いて頂けませんか…」  
「勿論だ。私は罪深き者全ての味方だよ…ウフフフ…ッ」  
 
 
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  
 
 
「応えた…ッ!」  
 
 城下不死街。荒れ果てた街道の樽に腰掛けていた少女は独り、歓声をあげた。白のろう石で自身の名を刻んで待つこと半刻、諦めかけたその  
時、サインが強い光を発したのだ。誰かがサインに触れた証。慌てて樽から飛び降りると、ズシリと重い手ごたえを感じながらメイスを握りし  
めた。期待と不安が混じり合った、なんともしがたい昂りを感じながら、その時を待つ。  
 
「ッ…ぅ…」  
 
 視界が歪み、空気が重みを増す。ロードランの各所を隔てる白い光の壁。あれをくぐる際に感じる、未だ慣れない感触が何倍にも増して少女  
にのしかかる。歯を食いしばって耐えていると、徐々に視界は光で満ち、光は少女の体そのものを覆い始めた。  
 ロードランでは、不死は孤独な戦いを強いられる。運良く理性を保った不死に出会えたとしても、時と空間の歪みが手を取り合うことを許さ  
ない。だが、このろう石があれば…。  
 目を開ければ、そこはやはり不死街。荒れた街道も、先程まで腰掛けていた樽も、変わらずそこにある。何もかもが、少女がいた不死街と同  
じで、何もかもが異なる世界。少女は白く輝く霊体となって、別世界の戦士に召喚されたのだ。身を起こし、体に異常が無いことを確かめると  
召喚者を探すべく首をめぐらせ…  
 
『―――』  
 
 背後から聞こえた“声”に弾かれるようにして振り返り、メイスを構える。幼さを多分に残した相貌に刃の様な緊張が走り…すぐに解けた。  
先客だ。  
 少女のメイスの先には長身の女が立っていた。光を纏ったその姿から、女もまた霊体であることは明らかだが、その色は白ではなく、黄金。  
少女にろう石を授けた、あの太陽の戦士と同じ神を信仰しているのであろう誓約者だ。女が肩に担いでいる大型の十字槍も強い神性を放ってお  
り、彼女自身の信仰の深さを表している。女は眉ひとつ動かさず、じっとメイスと少女の顔を見下ろしていた。  
 
「ご、ごめんなさい!ビックリしちゃって…」  
 
 慌ててメイスを下ろして頭を下げる少女に対し、女はたいして気を悪くした様子も無く、軽い笑みを浮かべながら槍を掲げてみせた。  
 
『――――――、―――。―――』  
 
 空間の“ズレ”を正し、共闘を可能とするろう石にも限界はある。言葉が通じなくなることもその一つだが、女が言わんとしていることは少  
女にも理解できた。メイスを高く掲げ、女の槍と打ちつける。  
 
「はい!よろしくお願いします!」  
『――――――――――――!』  
 
 言葉など通じなくとも、やるべきことは一つだけ。すなわち召喚者と共に闘い、勝利する。助け、助けられる、人の関係。同じ不死であれ、  
 
呪われたこの身が誰かの助けになるなど、なんて素晴らしいことだろう!  
 
(私も頑張らないと!)  
 
 そう、気合いを入れ直してメイスを握りしめる。元は白教から旅立つ際に授けられた只の鉄槌だが、教会で出会った鍛冶師に楔石を焼き込  
んでもらった、頼れる相棒だ。武術では女に負けるかもしれないが、奇跡の扱いには長けているという自負もある。粗布で出来たタリスマン  
に祈りを込めると、今度こそ召喚者を探すべく首をめぐらせ…  
 
 バンッと、民家の扉が開かれ。  
 
「あ!よろしくおねが…」  
 
 そこに立っていたのは。  
 
「ぃ…し…?」  
 
 フルフェイス型の兜を纏った一人の、騎士。  
 
「き…!」  
 
 召喚者。  
 
「きゃあああぁぁぁ――――――ッ?!!!」  
 
 少女の絶叫。  
 
「ひ!いッいやッぃゃぁぁぁ―――ッ!!」  
 
 半ば、どころか八割方パニックになった少女は、樽の陰に隠れようとして足を滑らせ、盛大にタックルをかますことになり、三個程の樽が  
砕けて散った。「ぐえッ?!」と色気の欠片も無い悲鳴をあげながらも立ち上がり、樽の破片を盾のように構えてジリジリと距離をとろうと  
する。本人は隠れているつもりなのかもしれないが、隠せているのは真っ赤に染まった顔と、涙で潤んだ大きな瞳だけだ。  
 対して、召喚者…フルフェイス型の兜“だけ”を纏った騎士は、「さあ、どうした!」と言わんばかりに逞しい両手を広げながら迫ってく  
る。どうしたも何も、どうかしているのは貴方のほうでしょうに!心中で叫びながら、縋るように背後の女を振り返り…  
 
―――彼女は、既に脱いでいた  
 
 黄金に輝く女の裸体。スラリと伸びた脚線。引き締まり、四つに割れた腹筋。申し訳程度に巻かれたボロ布をはち切らんばかりの両胸は、  
強靭な筋肉の支えによって天を指している。“女”と“戦士”が完璧な融合を果たしたその肉体。まさに黄金比。まさに太陽万歳。ソウルレ  
ベルに換算して30は下らぬであろうその差に、少女はシュンと自らの薄い胸板を撫でた。いや、ステータスの振り方は千差万別。私のこの体  
にも需要は…って、そうじゃなくて!  
 
『―――!――――――ッ!!』  
『―――!―――!―――!』  
 
 ブンブンと頭を振りながら現実と戦っている少女に対し、騎士と女は完全に意気投合していた。両手に構えた互いの槍が、初対面とは思え  
ぬ完璧な軌道とタイミングで打ち鳴らされ、ビシッ!と、防御の型で止まる。もう完全に言葉が通じているんじゃないかと思える程の動きに  
呆然としている少女に向けられた女の目が、ス、と細められた。  
 
(空気が読めない子ね。早く脱ぎなさいよ)  
 
 聞こえた。確かにそう聞こえた。呆れ、落胆、そして失望。今や女の視線にあるのは、少女を否定する光でしかない。それに対して少女は  
わなわなと体を震わせ始めた。何だそれは。ふざけるな。悪いのは私なのか。期待を裏切られ、いきなり二人の変態に囲まれた私に慈悲は無  
いのか。世界は悲劇なのか!  
 騎士は、今にもガチ対戦が始まりそうな雰囲気に気付いたのか「まあまあ」とばかりに二人の間に割って入った。そのまま手にした三又の  
槍を振り回し、舞のような型を披露してみせる。…というか、舞った。むしろ踊った。  
 踊る。騎士が踊る。天高く槍を突き上げ、軍馬のような両足を踏みしだき、ボロ布のような腰巻きがはためく。巌のような腹筋が、鎧のよ  
うな胸板が、流れる汗で鋼にも似た光沢を放っていた。舞いながら騎士の目が語りかける。「脱ごう!」と。「脱いで君も楽しくなろう!」  
と。その目からは一片の劣情も、微塵の悪意も感じられない。ただひたすらに、純粋すぎる光だ。  
 尚も舞い続ける騎士の後ろでは、女が七色の石をバラ撒きながら歓びを露わにしていた。その美貌に刻まれた笑みは本物で、決して空気を  
読んだ作り笑いなどではない。「良い召喚者<ホスト>に当たった!」と。「太陽万歳!」と。  
 狂宴は終わりなく続き、女が取り出したイバラムチに騎士がひれ伏して尻を突き出した光景を最後に、少女の視界は滲んで歪み、あふれ出  
た涙が、黒水晶に当たって弾けた。  
 
 
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  
 
 
「無理です…!私にはできませぇぇん……ッ!」  
「それは罪深いッ!免罪には24万ソウル必要だ!」  
「そんなに?!」  
 

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